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第3章

第28話 お姉ちゃんは12周目で折れる part8

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 あれから何日経過したのか分からない。
 ただ、今日はセレナとデッラ・バレルナーゼが正式に婚約する日らしい。何も知らされず着替えていた私に二人のメイドさんが教えてくれた。

「全然、違うお話になっちゃったな」

 上等な紺色のドレスを着せられ、両親やセレナと一緒に馬車に乗り込む。
 到着し|た場所は真新しい教会だった。
 王子が仲人《なこうど》を務めるなど異例のことで、会ったこともない親戚一同が参列していた。
 すでにバレルナーゼ公爵もその息子であるデッラも到着していて、セレナが馬車から降りる際に手を貸していた。
 かたわらにはラウル王子の姿もある。

 ラウル王子は二人の仲人なこうどとして挨拶をして、彼らの婚約を発表した。
 セレナとデッラが婚約誓約書を読み上げ、サインを終える。

「ここにセレナ・アッシュスタインとデッラ・バレルナーゼの婚約成立を宣言する」

 ラウル王子が最後に誓約書へサインしたことで婚約が成立となり、盛大な式が終わった。

 これで本当に良かったの?
 このまま最後のページをめくったとき、私たちは現実世界に戻っているの?
 その後のセレナはどうなるの?

 様々な疑問はあったが、それらの答えが分かるのは12周目を終えた時だ。
 それまで私はラウル王子主体の物語を見届けることしかできない。


◇◆◇◆◇◆


 その日の夜。私は父に呼び出された。
 書斎に入るや否や、父は私の両肩を掴んで興奮気味に笑った。

「上手くやったな、リリーナ!」

「は?」

「セレナをバレルナーゼ家の息子と婚約させたのはアッシュスタイン家とバレルナーゼ家の仲を取り持ち、対立するモブルス家に圧力をかけるためだろう? ハハハハッ」

 父が大口を開けて笑う。やけに酒の匂いが鼻についた。
 婚約式後の食事会でもワインを飲んでいたし、帰宅後もとっておきの一本を開けていた。
 相当、酔っているらしい。

「そしてお前がラウル殿下の妻となる。良い筋書だ。まるで狡猾こうかつな魔女だな!」

 違う。そんな打算的な考えはなかった。
 これはラウル王子の筋書きで私は何も関与していない。
 私は魔女じゃない。そんな目で私を見ないで!

「これでアッシュスタイン家は安泰だ。長女としての働きに感謝するぞ、リリーナ。愛しき私の娘よ。これでお前が1番だ」

 全然、嬉しくない。
 1番だとか、2番だとか関係ない。
 セレナの幸せはセレナ本人にしか分からないことだ。
 これで私が現実世界に戻れたとしても後味が悪すぎる。
 どんな手を使ってでも物語を終わらせるという気持ちにうそ偽りはない。
 でも、セレナの気持ちを踏みにじって良い理由にはならないはずだ。

「私は日本に帰りたいだけなのに。どうしてこんなことになったの?」

 どうやって自室に戻ったのか分からない。
 気づくと真っ暗な部屋の中に立っていて、そう呟いていた。
 目の前にはあの本棚。きっちりと本が並べられた列の中に一つだけ乱雑な箇所があった。

 今回の1日目にばらまいてしまった本をセレナと雑に戻した列だ。
 この本たちに隠された『闇の魔道書』を使って魔女になったとしても、私の悩みを解決できる都合のよい魔法がなければ意味はない。これまで破壊の魔法しか使用してこなかったことを後悔した。

 せめて本棚はきちんと直しておこう。
 どうせ、この12周目が終わって13周目を迎えることになったら、元通りになっているから意味はない。
 しかし、体を動かす口実になるのなら、と蝋燭ろうそくに火をともした。

 私は夜が怖い。
 特にエンディングに近づくと眠るのが怖くなってしまう。
 次に目覚めなかったらどうしよう、と不安になってしまうのだ。
 眠らなかったとしても勝手に暗転して、目を開くと別の場所だった。なんてことは何度も経験しているから無駄な抵抗だということも理解している。
 それでも手を動かし続けた。

 面倒くさっ。

「なんで他人の恋路にこんなに悩まないといけないのかしら。恋愛相談は仲良しグループでやって欲しいものだわ」

 公爵令嬢とは思えない口の悪さだ。
 絶対に人には見せないようにしているが、11周目の卒業記念パーティーでラウル王子と口論しているし今更か、と自己完結しつつ強がってみせる。

 雑に詰め込まれた本を一度取り出して問題の一冊に手を伸ばした。
 いつ、どこで、どうやって手に入れたのか不明な『闇の魔導書』をテーブルの上に置く。
 ページを開くと古い本特有の独特な匂いが漂ってきた。
 図書室の匂いだ。懐かしさを感じる匂いを堪能し、蝋燭ろうそくの火で文字を照らした。

 描かれている謎の文字を読み上げれば私は闇の魔女として覚醒し、魔法を使うことができる。
 はたして、この文字を読めるのは本当に私だけなのだろうか。
 同じ転生者であるラウル王子や登場人物であるセレナ。その辺にいる使用人などは読めないのか。

「もしもセレナが傷つくなら、12周目を強制終了させればいいわ」

 鼓動が速くなり、じんわりと汗がにじむ。

「私は絶対に呪わない。セレナのために魔女になる」

 読めるはずのない暗号とも取れる文字を人差し指でなぞりながら声に出そうとしたとき、脳裏であいつの声が聞こえた。

『――は詰めが甘いんだよ。ちゃんと見直ししたのか?』

 テスト返しの後に必ず言われていた言葉だ。

 はっとして顔を上げる。
 そうだ。私は重大なことを見落としている。
 セレナの好きな人はデッラ・バレルナーゼでもラウル王子でもなく、リスティだ。
 リスティが何者なのか、私はまだ知らない。

「ねぇ、どうしてこんな時間にお片付けをしているの?」

 私は声をかけられるまで背後にいる彼女に気がつかなかった。
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