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第4章

第40話 お姉ちゃんは13周目に賭ける part7

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 目の前には青空が広がり、鐘の音が聞こえる。
 瞬時に自分が横になっているのではなく立っているのだと気づいた。とっさに両足に力を込めたつもりだったが、一瞬遅かったようで膝を折ってしまった。

「おっと。大丈夫かな、お嬢さん」

 私の腕を掴んでくれた老紳士のおかげで転ばずに済んだ。
 お礼を述べて自分の服装を見ると社交界用とは異なるドレスを着ていた。

「こんな服じゃなかったのに。どうして?」

 私は確かに町でセレナを見つけて、クリスティアーノに告白させて、体調不良に見舞われたラウル王子を抱き締めたはずだ。
 それなのにラウル王子の姿はなく、見知らぬ紳士や淑女に混じって拍手をしている。辺りを見回すとクラスメイトの姿もあった。

「どういうこと……?」

 独り言をつぶやく私を無視して大きく鐘が鳴り、扉が開いた。

「うそ、でしょ」

 私の目に飛び込んできたのは純白のドレス姿のセレナと、純白のタキシード姿のクリスティアーノだった。
 参列者の拍手が一層大きくなり、私の混乱を助長させる。
 少し離れた場所で涙ぐむ両親を見つけた私は駆け出した。

「お父様、お母様! これは一体どういうことですか!?」

 父はいつかとは違い、瞳を潤ませながら私の肩を掴んだ。

「私が間違っていた。許してくれ、リリーナ。セレナは幼い頃にお会いしたクリスティアーノ殿下をずっと想っていたそうだ。初めてお会いした時は混乱したが、事情を聞いて得心した。お前たち二人を信じて良かった」

「最初は猛反対したのよ。でも、クリスティアーノ殿下が陛下の御子で王位継承権を持っていると聞いてからずっとあの調子なの」

 隣で涙を拭った母が小声で父の説明に補足してくれた。
 私は「そうなんだ」とだけつぶやき、ほっと胸をなで下ろした。
 私と彼の計画は上手くいったようだ。これでセレナもクリスティアーノも両親も不幸になることはない。
 私が闇の魔女になる必要もないし、もしかすると現実世界に戻れるかもしれない。

 一瞬で気分が晴れ渡り、顔を見合わせているセレナとクリスティアーノを改めて祝福するために両手を振った。
 すぐに気づいてくれて、二人揃って手を振り返してくれる。
 当初思った通り、私はただの公爵令嬢でセレナは未来のお妃様になった。私たちの身分差は圧倒的だけど、嫉妬の感情はなかった。

「良かった。みんな幸せそうで」

「これも全てラウル殿下のおかげなのよ。それなのに、あんなことになってしまって」

「……え?」

 これまでの喧騒が嘘だったように頭の中が静まりかえる。
 そうだ。ここにはラウル王子の姿がない。
 途端に全身が震え始めた。

「ラウル王子はどうなったの!? 今、どこにいるの!?」

 震える声で母に尋ねた瞬間、私の視界は真っ暗になった。


◇◆◇◆◇◆


 次に目を開けると、座ったままの姿勢でベッドに突っ伏していた。
 灯りはなく、窓から差す月の光だけが頼りの真っ暗な部屋だ。

 体を起こそうにも首や腰が痛くてすぐには動けない。痛みに耐えながら慎重に顔を上げると私の手が何かを握っていることに気づいた。
 ゴツゴツした男の人の手だ。
 目で追うとベッドに横たわっていたのは間違いなく彼だった。

「ラウル王子!」

 生きてる。そう信じて布団を剥ぎ取り、肩を揺さぶったが動く気配がない。
 よく見ると胸が動いていなかった。

「息してないの?」

 彼の手も顔も首筋も全てが凍っているかのように冷たい。

「どうして……。せっかくセレナが幸せになったのに。私も魔女になっていないし、殺されることもなかったのに」

 頬を伝った涙が彼の手の甲に落ちた。

「どうして、あなただけが不幸になっているのよ。おかしいでしょ。何も悪いことをしていないのに」

 冷たい彼の手を握って何度も息を吹きかけても暖まることはない。
 脱力している彼の手を離すと簡単にベッドの上に落ちてしまう。
 彼は生きていない。
 こんな悲惨な現状を見せつけられて希望を持つ方が難しかった。

「もういい。13周目を終わらせるわ」

 ここはラウル王子の私室だ。
 髪一つ落ちていないカーペットに、貴族名簿を読み漁ったソファ。
 大きな窓は開きそうにないが、小さな窓ならば身を乗り出せるだろう。
 この高さから落ちれば14周目を始められる。

 絶対に彼を救う。
 そう誓って窓を開けたが、片足をかけた姿勢で思いとどまり、もう一度ベッドへと向かう。
 最後に彼の顔を見たくなったのだ。

「眠っているみたいね」

 私の手が彼の頬に伸びる。
 やめろ、と命令しても体は止まらない。私の目は彼の閉じたまぶただけを見つめている。
 私の吐息は触れているだろうが、彼の吐息は私には届かない。
 ふいに垂れた髪を耳にかける。

「ごめんなさい」

 誰に対する謝罪なのか、何に対する謝罪なのか。私にも分からない。
 ただ、そうつぶやきながら彼の唇にキスしようとした瞬間、誰かが私の手を掴んだ。

「あっぶね。死ぬかと思った」

「あなた……まさかずっと起きて!?」

「ずっと声は聞こえていたけど、体が動かなかった。キスだけはダメだと思ったら動いたんだ」

 むくりと体を起こし、彼の大きな手が私の頭の上に置かれた。

「頑張ったな、リリーナ。これでハッピーエンドだ」

「生意気。女子が頭ポンポンされて喜ぶと本当に思っているの?」

 既視感を感じる。私はこのセリフをどこかで、誰かに言ったはずだ。

「グハッ。今日もキレッキレだな」

「……私のキスで目覚めれば良かったのに。そっちの方がロマンティックでしょ」

「どうせなら俺からさせてくれよ」

 光の宿った紫色の瞳の中に私の顔が映っている。

「――きだ、――」

「え、なに!? なんて言ったの!?」

 突然、開けておいた小窓から風が入り、彼がなんと言ったのか聞き取れなかった。
 あまりにも強い風に目も開けていられない。
 無理矢理に片目を開けると私の目の前にはドレス姿のセレナの姿があった。

「セレナ!?」

「受け取って、リリーナ」

 彼女の手の中にはブルーサファイアのネックレスがあった。

「これって」

「うん。お揃い」

 セレナの首元ではピンクサファイアが輝いていた。
 私の背後に回ったセレナが優しくネックレスをつけてくれる。
 ひんやりとした指先がくすぐったいような、心地良いような不思議な感覚だった。

「綺麗だね。ありがとう、リリーナ。私、今すっごく幸せだよ!」

 その言葉とともに涙があふれた。

「うんっ。うん! とっても綺麗」

 苦しいほど強く抱き締め合って、何度もお互いの名前を呼び合う。
 幸せになってね、と伝えて離れたとき私の足元が光を放った。

「なに!?」

 初めての出来事に戸惑っていると、セレナは同じ光に包まれるラウル王子の方を指さして微笑んだ。

白峰しらみね。卒業式、サボんなよ」

「それ、私の名前」

 その言葉を最後にラウル王子は白い光の中に消えた。
 自分の名前と一緒に全ての記憶を取り戻した私はセレナに向かって声を上げた。

「私の好きな人は和久井わくいだった!」

 満面の笑みで手を振るセレナの姿を最後に私の意識は途絶えた。
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