チートな環境適応型スキルを使って魔王国の辺境でスローライフを ~べっぴんな九尾族の嫁さんをもらった俺が人間やなんてバレへん、バレへん~

桜枕

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第26話 名も無き弓使い視点

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 人族の国――グラファイト王国の辺境地は冒険者が集まる有名な街だった。

 あの日も名も無き弓使いは簡単な依頼を受ける為に冒険者ギルドに立ち寄っていた。
 必要な分の金を稼ぎ終え、宿屋に帰ろうかとしていた矢先に緊急招集が発令された。

 召集を受けた総勢90名の冒険者が向かったのは魔王国との国境ギリギリの地で、現着時にはすでに関所は破壊され尽くしていた。

 敵は3体のデスクック。
 冒険者ギルドからAクラス(災害級)と評価される魔鳥が同時に3体も現れたのだ。

 本来であれば、王都にいる勇者の出番となる。
 あるいは、隊列を組み、もっと入念な作戦会議を行った上で討伐に向かう。

 しかし、今回は緊急事態とあって、作戦会議もないままに中隊を組み、デスクック1体に対して人族30名で討伐に当たった。

 結果は無惨だった。
 中にはパーティとして参加していた猛者たちもいたが、狂乱鳥の異名を持つデスクックは簡単に仕留められる相手ではなかった。

 討伐開始時間が夕方で、すぐに夜になれば弓兵としては役に立たず、一足先に撤退を検討していた時に彼らが現れた。

 なまりの強い話し方の男女。

 片方は目を開いているのかすら怪しい男。常に絶やさないうすら笑いが不気味だった。
 しかも、Aクラスの魔物が相手だと分かっていながら無防備で武器すら持っておらず、弓を貸してくれと頼んできたのだ。

 女の方は妖艶以外にどう言い表せば良いのか分からなかった。
 流し目一つで心を鷲掴みにされそうな恐ろしさがあった。
 しかし、女は名も無き弓使いには興味を示さず、それどころかデスクックにも見向きもしなかった。

 ずっと隣に立つ男を見上げていたのだ。
 こんなにも魔性を振り撒く女を連れ歩き、平然としていられる男を更に不気味に感じた。

 情報過多で語彙力を失った名も無き弓使いは男を罵倒した上で弓を渡した。

 決して安くはなく、手入れは欠かさなかった弓だ。

 男は慣れた手つきで矢をつがえる。
 あろうことか魔力をまとませて――

 相棒の弓は男の引分け動作に耐えられず、悲鳴を上げている。
 こんな音を聞くのは初めてだった。

「よー見ときや。デスクックはこうやって倒すんや」

 狙いを定め、矢を放った。

 感じたことのない速さと威力。
 一撃で3体のデスクックを射抜いた男はなんでもないように振り向き、ヒビの入った弓を返してきた。

 まるで散歩の途中とでも言うように帰ろうとする男女を呆然と見ていると、大地が揺れて人族にとっての更なる脅威――サイクロプスが現れた。

 それでも男女は怖気付かない。

 気づけば、名も無き弓使いは土下座していた。

「た、頼む! あんた、いや、あなた様がいれば助かるんだろ!? 俺たちを救ってくれ、頼む!!」

 どんな魔法を使ったのか想像もつかないが男は全員を避難させ、女は一撃でサイクロプスの首を落とした。

 とてもではないが、同じ人間とは思えない。
 最後に二人と何か会話をしたような気がするが、そこの記憶は欠落していた。


◇◆◇◆◇◆


「以上が俺が覚えている限りです。何というか、自分でもまだ夢でも見ているような気がして……」

 場所はグラファイト王国首都に建てられた王宮。
 グラファイト国王の使者に連れられた名も無き弓使いは、王宮の謁見の間で国王を前にしてありのままを告げた。

「……そうか」

 重々しく開いた口から出た言葉は短かった。

「ご苦労であった」

 国王陛下から労いの言葉をいただける冒険者がどれだけいるだろうか。
 だが、名も無き弓使いの心情としては誉れよりも、恥ずかしさと情けなさが勝っていた。

「その者たちはどこの所属が分かっているのか?」

 国王が目配せすれば、控えていた大臣が書類を広げた。

「名前、種族、在籍ギルド、冒険者ランク全て不明。女も同様です」

「見つけ次第、余の下へ。全力で探し出せ」

「はっ!」

 大臣の一人が去っていく。

「女の方は妖艶、絶世の美女と言っていたが――」

 立派な白髪と白髭の国王の眼光が鋭くなる。

「抱きたいと思ったか?」

「め、滅相もありません! 勃つものも勃ちませんよ、あんなの!」

 飛び上がり、不敬を承知で答えた。
 そうしなければ、この恐怖心が伝わらないと思ったのだ。

 目の前にいるのは、かつて軍神と呼ばれた人種族の王だが、名も無き弓使いの脳裏に焼き付いたあの女には更に強い畏怖の念を抱かずにいられなかった。

「まさかとは思うが、この女に似ていたというわけではあるまいな?」

 国王の合図で従者たちが歩み出て、額に収められた絵を置いた。
 男4人で持たなければ運べない大きさだ。

 それは名も無き弓使いとっても見慣れた絵だった。

 かつてグラファイト王国を建国した初代国王の肖像画。

 唯一、名も無き弓使いの記憶にある絵と異なるのは、国王のかたわらに女も描かれていた点だ。

 グラファイト王国民であれば一度は見たことのある肖像画だが、この女が描かれた物は初めて見た。

 そして、同時に声を荒げた。

「そうです! 間違いなくこの女です!! この女が、サイクロプスの首を落としました!!」

 謁見の間だけでなく、王宮内に響き渡るほどの絶叫。

 国王は立ち上がり、一瞬のうちに移動して名も無き弓使いの口を塞いだ。

「黙れ。このことは忘れろ。二度と口に出すな。万が一にも口外してみろ、貴様を問答無用で処刑する」

 大の大人が涙を流しながら首を縦に振った。

 国王の形相が恐ろしかったのではない、あの女に関わってしまったことを後悔したのだ。

「それを片付けろ。投獄塔へ戻しておけ」

 従者が急いで肖像画を持ち去っていく。
 あの額に入った絵は普段は罪人を投獄する塔に保管されている。国王はあの女の正体を探るためだけに、忌々しい肖像画を持ち出した。

(あの絵の女は今から千年近く前の九尾族だぞ。同一とは思えない。最後の一匹まで殺し尽くしたとされている九尾族の生き残りがいたのか。それとも子供を産んでいたのか。どちらにしても由々しき事態になった)

 国王は名も無き弓使いを帰すわけにいかなくなり、しばしの間、王宮騎士団の監視下に置くと決定した。

「陛下、お身体に障ります。お部屋へ」

「構うな」

 側近にたしなめられ、私室へと戻ろうにも足がすくんで動けなかった。
 人払いを終え、誰も居なくなった謁見の間で息を吐く。

「かつてグラファイト王国のみでなく、帝国も公国も、まとめて人種族の国を乗っ取ろうと画策した女狐め。今更、何の用だ。それにあの男、一体何者だ?」

 女の正体は分かった。
 だが、男の方は得体が知れない。

「男を見つけねば。ただでさえ強いのに、九尾族を飼い慣らしているのであれば脅威だ。野放しにはできぬ」

 初代国王の息子であり、二代目グラファイト国王が残した手記にはこうある。

『王はあの女に出会って、父ではなくなった。
心を奪われた王は自分の妻も子供も分からなくなってしまった。
ただ、王としては立派に勤めを果たし、国を大きくした。
そのかたわらには美しくて博識な、9本の尾を持つ女が常に控えていた』

 伝説上、あるいは御伽話おとぎばなしの登場人物だと思っていたヒトが身近に居たと思うだけで冷や汗が吹き出した。

「男が九尾族と共に魔王軍に渡るのだけはなんとしても避けたい。あの金髪の勇者が魔王を討ち取ってくれれば良いのだが」

 数日前に単独で魔王討伐に向かった異世界の勇者の顔を思い浮かべる。
 傲慢で態度の悪い若者だ。だが、めっぽう強い。
 
 グラファイト国王は勇者を信じて、吉報を待つことしかできなかった。
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