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第39話
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突然の魔王様の登場にクスィーちゃんとウルルは息を呑んでいた。
だが、ギンコだけは動じることなく腕組みの姿勢で威圧している。
そして俺はというと疑心暗鬼だった。
だって、この金髪美女が魔王だという証拠がない。
このヒトがあの簾の向こう側からの濁声《だみごえ》の主?
口では何とでも言える。
「そんな目で見てくれるな。右腕を無くした同志ではないか」
そう言って右手の甲を俺へと向ける。
「余の手を取れ。お前が持ち帰った腕だ。証拠には十分だろ?」
確かに右手の5本の指にはネイルが施されているし、ピンキーリングもある。
間違いなく俺がヤンキー勇者から奪い返した魔王の右腕だった。
「こんな場所ではろくに話をできんな」
「そ、そうですね。あー、じゃあ……うちに来ます?」
「お呼ばれしてもらえるなんて光栄だよ」
そう仕向けたやん!
「俺はもう2回もお城に招いてもらってますからね。しかも、ベッドまで――」
と、そこまで言って口を噤む。
「ベッド……?」
ギンコの瞳孔が蛇のように縦長になり、冷淡な声で俺を責め立てる。
「いや、ちがっ! 回復用のベッドを借りたんや」
「そうだぞ、九尾族。傷ついた体を癒すために余が毎晩寝ているベッドを使わせたのだ」
あわわわわわ。
火に油を注がないでぇぇえぇぇ!?
「その角、へし折って差し上げますわ」
「余は魔王ぞ」
「妾は九尾族。魔王の天敵です」
ギンコの金色の尻尾が逆立ち、魔力が膨れ上がる。
舌打ちをした魔王様も拳を握りしめた。
「ストーップ!」
たまらず仲裁に入る。
クスィーちゃんはあわあわしているだけで、ウルルは伏せているから俺しか割って入ることができなかった。
「ほらほら、お家に帰るで。ギンコが作ってくれたスコーンを食べながら話そう」
「旦那様がそう言うなら」
「仕方ない」
君ら素直やな。
もっとこじれるかと思ったけど、従ってくれるなら助かる。
◇◆◇◆◇◆
場所をマイホームに移し、テーブルを隔てて座った俺たちは魔王様の話を聞くことにした。
「まずは右腕を取り返してくれてありがとう。何よりも大切なものだ。感謝してもしきれない」
分かります。
右手がないとめっちゃ不便やったもん。
「それから、これを」
魔王様が取り出したのは一枚の羊皮紙だった。
そこにはデロッサの森を与えると明言させている。
「こんな紙切れが必要なのか? まるでやり方が人族ではないか」
「言った言わない問題が嫌いなんですよ」
さっさと羊皮紙を懐に仕舞い、わざとらしく窓の外に視線を向ける。
「もういい時間ですね。そろそろご飯の準備を始めへんと」
「そんな時間か」
「えぇ。うちご飯は早めなんで」
「そうであったか」
こ、こいつ!?
まったく動じないんかい!
察してくれや。
王様相手に「はよ帰れ」なんて言えへんやん!
もう用事は終わったんやから帰ろうや。
「勇者はもう攻めて来ないのだな?」
「おそらく。こちらから仕掛けない限りは平和かと」
「まったく。まさかあんな形で侵入を許すとは思わなかった。警備体制を見直さなくては」
ヤンキー勇者の『超転移』は厄介なスキルやからな。
「なんで人族と戦ってるんですか?」
この質問が地雷だったことはギンコと魔王様の雰囲気が一変したことで気づいた。
「そこの九尾族の先祖がきっかけを作ったのだ。当時の魔王をたぶらかし、人族の国に進軍を促した」
ギンコの方を見ると、忌まわしげに魔王様を睨みつけていた。
「決着はつかず膠着状態になってもう何百年も立つ。小さな小競り合いは起きるが、互いに多大な被害は出ていない」
「ギンコ、ほんまなんか?」
「………………はい。そう聞いています」
短く答えて、きゅっと唇を閉じる。
「なぜか人心掌握に長けた九尾族を率先して殺し、魔族もそれに協力したと記された書物が残っている」
それじゃあ、ギンコはどうなる?
こいつは生きてるぞ。
「そこには『赤子の九尾を封印した』とあった。何か思い当たる節はないか?」
目を瞑って、これまでの出来事を思い出してみる。
――――あっ。
「あの壺か……?」
俺がヤンキー勇者によって魔素の沼地に強制転移させられた時、尻餅をついて壊してしまった壺があったはずだ。
「ギンコとの出会いは偶然じゃなかった」
壺の封印が解かれ、俺の後をついてきたギンコに気づいたのがあの川の近くだったってことになるのか。
そこに偶然居合わせたブラックウルフを一緒に倒した、と。
「九尾族は魔王国にとって害獣だ。お主のペットでなければすぐにでも命を奪っているところだぞ」
「ペットちゃうで。嫁や」
「……………………はぁ?」
俺の発言は金髪美女を破顔させるほどの威力があったらしい。
「よ、嫁? それは、その、つまり、契りを結んだということか!?」
「まぁ、そうなるりますね」
「正気か!? きっと心を掌握されているのだ! 今、助けてやる!」
「いらん、いらん。俺は正気や。なぁ、クスィーちゃん?」
突然、話を振られて狼狽えたクスィーちゃんだったが、しっかりと頷いてくれた。
「ネロやプテラヴェッラから聞く限り、九尾族ではないとのことだが、お主は何者だ? 魔族にしては魔力が安定しないが」
「なんてことないただのヒトや」
「あぁ、魔人か。それなら納得できる」
ま、魔人? 何それ。
俺、ランプにでも閉じ込められるの?
「なるほど!」と、手を打ったクスィーちゃん。
「魔人なら全てのことに説明が出来ます。別種族になれることも、転移魔法や転置魔法が扱えることも! やっと納得できました。魔王様、ありがとうございます」
「良いぞ、良いぞ。良きに計らえ」
噛み合っているのか分からないが、当人たちが気持ちよさそうだから放っておこう。
魔人が何者なのか聞きたいが、俺がそれを聞いてしまっておかしなことになるのは勘弁して欲しい。それなら静観を続けよう。
「その九尾族が新たな火種にならないことを願うばかりだ」
「九尾族やない。ギンコや。この子がおったから今の俺があるねん。あんまりグダグダ言うと嫌いになるで」
「旦那様っ!」
「はーい。そこまででーす」
2人の世界をこじ開けるようにクスィーちゃんが割って入り、魔王様を直視する。
「トーヤはまだ万全ではありません。今日のところはお引き取りを願います」
さすが、クスィーちゃん!
ぴしゃりと言い放ってくれたことで、魔王様は椅子から立ち上がった。
「嫌われたくはないから帰ることにしよう」
そう言って、俺に右手を伸ばす。
俺は会社員時代からの癖で無意識のうちに立ち上がり、手を伸ばした。
「あっ! トーヤ!」
そんなクスィーちゃんの制止する声が届く前に俺たちは握手した。
「余の右手を取ったな。末長くよろしくしてくれよ」
クスィーちゃんが頭を抱えている理由が分からない。
「言ったであろう、右腕は何よりも大切だと。勇者に切り落とされたのが左腕だったなら、そのままくれてやったわ」
「はぁ……?」
「魔族は右手を契約時にしか使わない。魔人であれば知っていて当然だ。これで余との間に縁ができたな」
な、なんやその自分ルール!?
知らんって!
「いや、でも、俺は妻帯者なんで」
「魔王国はいつから一夫一妻制になったのだ? ここでは余がルールだぞ」
にやりと不敵に笑う魔王様にギンコが飛び掛かる。
しかし、魔王様は簡単にかわして、何事なかったかのように扉に手をかけた。
「ネロもプテラヴェッラも貴公のことを気に入っている。もちろん余もだ。多種族になれるのであれば、話が早い。希少種の子孫繁栄に一役買ってもらうぞ」
言いたいことだけを言って、逃げるようにマイホームから外へ出た魔王様は来訪時と同様に空を飛んで行ってしまった。
だが、ギンコだけは動じることなく腕組みの姿勢で威圧している。
そして俺はというと疑心暗鬼だった。
だって、この金髪美女が魔王だという証拠がない。
このヒトがあの簾の向こう側からの濁声《だみごえ》の主?
口では何とでも言える。
「そんな目で見てくれるな。右腕を無くした同志ではないか」
そう言って右手の甲を俺へと向ける。
「余の手を取れ。お前が持ち帰った腕だ。証拠には十分だろ?」
確かに右手の5本の指にはネイルが施されているし、ピンキーリングもある。
間違いなく俺がヤンキー勇者から奪い返した魔王の右腕だった。
「こんな場所ではろくに話をできんな」
「そ、そうですね。あー、じゃあ……うちに来ます?」
「お呼ばれしてもらえるなんて光栄だよ」
そう仕向けたやん!
「俺はもう2回もお城に招いてもらってますからね。しかも、ベッドまで――」
と、そこまで言って口を噤む。
「ベッド……?」
ギンコの瞳孔が蛇のように縦長になり、冷淡な声で俺を責め立てる。
「いや、ちがっ! 回復用のベッドを借りたんや」
「そうだぞ、九尾族。傷ついた体を癒すために余が毎晩寝ているベッドを使わせたのだ」
あわわわわわ。
火に油を注がないでぇぇえぇぇ!?
「その角、へし折って差し上げますわ」
「余は魔王ぞ」
「妾は九尾族。魔王の天敵です」
ギンコの金色の尻尾が逆立ち、魔力が膨れ上がる。
舌打ちをした魔王様も拳を握りしめた。
「ストーップ!」
たまらず仲裁に入る。
クスィーちゃんはあわあわしているだけで、ウルルは伏せているから俺しか割って入ることができなかった。
「ほらほら、お家に帰るで。ギンコが作ってくれたスコーンを食べながら話そう」
「旦那様がそう言うなら」
「仕方ない」
君ら素直やな。
もっとこじれるかと思ったけど、従ってくれるなら助かる。
◇◆◇◆◇◆
場所をマイホームに移し、テーブルを隔てて座った俺たちは魔王様の話を聞くことにした。
「まずは右腕を取り返してくれてありがとう。何よりも大切なものだ。感謝してもしきれない」
分かります。
右手がないとめっちゃ不便やったもん。
「それから、これを」
魔王様が取り出したのは一枚の羊皮紙だった。
そこにはデロッサの森を与えると明言させている。
「こんな紙切れが必要なのか? まるでやり方が人族ではないか」
「言った言わない問題が嫌いなんですよ」
さっさと羊皮紙を懐に仕舞い、わざとらしく窓の外に視線を向ける。
「もういい時間ですね。そろそろご飯の準備を始めへんと」
「そんな時間か」
「えぇ。うちご飯は早めなんで」
「そうであったか」
こ、こいつ!?
まったく動じないんかい!
察してくれや。
王様相手に「はよ帰れ」なんて言えへんやん!
もう用事は終わったんやから帰ろうや。
「勇者はもう攻めて来ないのだな?」
「おそらく。こちらから仕掛けない限りは平和かと」
「まったく。まさかあんな形で侵入を許すとは思わなかった。警備体制を見直さなくては」
ヤンキー勇者の『超転移』は厄介なスキルやからな。
「なんで人族と戦ってるんですか?」
この質問が地雷だったことはギンコと魔王様の雰囲気が一変したことで気づいた。
「そこの九尾族の先祖がきっかけを作ったのだ。当時の魔王をたぶらかし、人族の国に進軍を促した」
ギンコの方を見ると、忌まわしげに魔王様を睨みつけていた。
「決着はつかず膠着状態になってもう何百年も立つ。小さな小競り合いは起きるが、互いに多大な被害は出ていない」
「ギンコ、ほんまなんか?」
「………………はい。そう聞いています」
短く答えて、きゅっと唇を閉じる。
「なぜか人心掌握に長けた九尾族を率先して殺し、魔族もそれに協力したと記された書物が残っている」
それじゃあ、ギンコはどうなる?
こいつは生きてるぞ。
「そこには『赤子の九尾を封印した』とあった。何か思い当たる節はないか?」
目を瞑って、これまでの出来事を思い出してみる。
――――あっ。
「あの壺か……?」
俺がヤンキー勇者によって魔素の沼地に強制転移させられた時、尻餅をついて壊してしまった壺があったはずだ。
「ギンコとの出会いは偶然じゃなかった」
壺の封印が解かれ、俺の後をついてきたギンコに気づいたのがあの川の近くだったってことになるのか。
そこに偶然居合わせたブラックウルフを一緒に倒した、と。
「九尾族は魔王国にとって害獣だ。お主のペットでなければすぐにでも命を奪っているところだぞ」
「ペットちゃうで。嫁や」
「……………………はぁ?」
俺の発言は金髪美女を破顔させるほどの威力があったらしい。
「よ、嫁? それは、その、つまり、契りを結んだということか!?」
「まぁ、そうなるりますね」
「正気か!? きっと心を掌握されているのだ! 今、助けてやる!」
「いらん、いらん。俺は正気や。なぁ、クスィーちゃん?」
突然、話を振られて狼狽えたクスィーちゃんだったが、しっかりと頷いてくれた。
「ネロやプテラヴェッラから聞く限り、九尾族ではないとのことだが、お主は何者だ? 魔族にしては魔力が安定しないが」
「なんてことないただのヒトや」
「あぁ、魔人か。それなら納得できる」
ま、魔人? 何それ。
俺、ランプにでも閉じ込められるの?
「なるほど!」と、手を打ったクスィーちゃん。
「魔人なら全てのことに説明が出来ます。別種族になれることも、転移魔法や転置魔法が扱えることも! やっと納得できました。魔王様、ありがとうございます」
「良いぞ、良いぞ。良きに計らえ」
噛み合っているのか分からないが、当人たちが気持ちよさそうだから放っておこう。
魔人が何者なのか聞きたいが、俺がそれを聞いてしまっておかしなことになるのは勘弁して欲しい。それなら静観を続けよう。
「その九尾族が新たな火種にならないことを願うばかりだ」
「九尾族やない。ギンコや。この子がおったから今の俺があるねん。あんまりグダグダ言うと嫌いになるで」
「旦那様っ!」
「はーい。そこまででーす」
2人の世界をこじ開けるようにクスィーちゃんが割って入り、魔王様を直視する。
「トーヤはまだ万全ではありません。今日のところはお引き取りを願います」
さすが、クスィーちゃん!
ぴしゃりと言い放ってくれたことで、魔王様は椅子から立ち上がった。
「嫌われたくはないから帰ることにしよう」
そう言って、俺に右手を伸ばす。
俺は会社員時代からの癖で無意識のうちに立ち上がり、手を伸ばした。
「あっ! トーヤ!」
そんなクスィーちゃんの制止する声が届く前に俺たちは握手した。
「余の右手を取ったな。末長くよろしくしてくれよ」
クスィーちゃんが頭を抱えている理由が分からない。
「言ったであろう、右腕は何よりも大切だと。勇者に切り落とされたのが左腕だったなら、そのままくれてやったわ」
「はぁ……?」
「魔族は右手を契約時にしか使わない。魔人であれば知っていて当然だ。これで余との間に縁ができたな」
な、なんやその自分ルール!?
知らんって!
「いや、でも、俺は妻帯者なんで」
「魔王国はいつから一夫一妻制になったのだ? ここでは余がルールだぞ」
にやりと不敵に笑う魔王様にギンコが飛び掛かる。
しかし、魔王様は簡単にかわして、何事なかったかのように扉に手をかけた。
「ネロもプテラヴェッラも貴公のことを気に入っている。もちろん余もだ。多種族になれるのであれば、話が早い。希少種の子孫繁栄に一役買ってもらうぞ」
言いたいことだけを言って、逃げるようにマイホームから外へ出た魔王様は来訪時と同様に空を飛んで行ってしまった。
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