妖艶幽玄絵巻

樹々

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遊戯ノ巻

遊戯ノ三③

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 ***



 頭がぼんやりとしている。いつもの朝なら、目覚めは良い方なのに。ぼうっと天井を見上げ、昨日の事を思い出そうとしても、記憶がなかなか出てこない。

 起き上がろうとして、酷く重たいことに気が付いた。何かが乗っている。目を擦って意識をハッキリさせた俺は、肩に乗った紫藤の頭に驚いた。

 彼が仰向けになって、俺の上に居た。半裸になった女物の着物はずいぶん汚れ、乱れている。

 屍のように静かな呼吸をしている紫藤は、目覚める気配はなかった。



 何がどうなっているのか。



 密やかに焦ってしまう。とにかく彼を布団に寝かさなければ。それだけは分かった。裸に近い格好のまま眠っていては、初夏の寒い朝に風邪を引いてしまう。

 そっとどかそうとして、俺は動きを止めてしまった。



 繋がっている。



 俺と、紫藤が。

 あそこで。

 繋がったままだった。

「…………!?」

 俺のモノが、紫藤の中にある。どういう状況なのか、これは。冷や汗がぶわっと噴き出してしまう。

 汗が流れ落ちる頃、このままこうしていても進展しないため、そろそろと動いた。紫藤の中から出ると、丁寧に寝かせてやる。障子の向こうから照らす明かりに、疲れ切った紫藤の姿が浮かび上がった。

 女物の着物はひっかけただけになっているし、結い上げていた髪はほとんど落ちてしまっている。何度達したのか、彼のモノなのか俺のモノなのか、分からない白濁が太股にも腹にも散って固まっていた。

 なにより、俺が抜いたことで溢れ出てきた白濁の多さに、唾を飲み込まずにはいられなかった。

 じわじわと、思い出してくる。

 女の姿になった紫藤に、俺はあり得ない暴走をしてしまったということを。

 咄嗟に詫びようとして、止めた。疲れ果てた紫藤を休ませてやらなければ。お叱りは彼が休んでからにしなければ。音を立てずに急ぎ、布団を引っぱり出してくる。先に敷いた後、簡単に着物を羽織って部屋を飛び出した。

 桶にたっぷり水を張って、手拭いを何枚も取ってくる。俺の体もずいぶん白濁にまみれていたけれど、紫藤が先だ。早く拭いてやらなければ。

 床の間に戻り、紫藤の側に寄り添った。水に浸した手拭いで、体を清めていく。幾つも残る赤い跡を自分が付けたのかと思うと酷く反省した。鬱血して、青くなった所もあるほど、強く噛みすぎている。

 丁寧に拭ってやった後、中に放って残っていたモノを掻き出していく。身じろいだ紫藤が、瞼を震わせながら目を開いた。

「……まだ……足りぬか……?」

「紫藤様……」

「お主の……体力は……底なしか……?」

 足を開かせていたせいか、まだしていると思ったようだ。首を横へ振って否定する。

「もう、朝にございます」

「……知っておる。朝日が昇るのを見たではないか……」

「そ、そんなに……!?」

 そう言えばと、先ほど部屋を出た時に、ずいぶん光の位置が高かったように思う。確認するためそっと障子を開いて見れば、太陽はもう、頭上に来ていた。

 眠ったのが、朝日が昇る頃。

 起きたのが、昼ということか。

 俺は叱られるのを覚悟しながら、紫藤の側に戻った。後ろを拭ってやると抱き上げる。

「……のう……もう少し休んでからにせぬか……?」

「ご安心を。昨晩のようなこと、二度と起こらぬように致します故」

「…………ん? おお……! 元に戻ったか!」

 布団の上に寝かせれば、安心したように笑っている。髪を解いて散らしてやると、いつもの紫藤に戻った。

「はぁ~さすがに私も死ぬかと思うたほど、激しい一夜であった」

「声が掠れておいでです。水を持って参りましょう」

「うむ。先に言っておくぞ。自害は許さぬ。これは主としての命だ。良いな?」

 先に命じられてしまった。刀に触れていた手を離す。一礼すると部屋を出て、水を汲みに行った。

 自分も落ち着くため、湯飲み二杯分の水を飲み干してから、紫藤の元へ戻る。水差しにもたっぷり水を入れて戻ると、紫藤が上半身を起こした。

「すまんな」

「……いえ」

「のう、清次郎」

 何を言われても耐える。正座をして待っていた俺に、水を一杯飲んだ紫藤が手招きしている。今少し近くに寄れば、コツンとおでこを叩かれた。

「昨夜の事はお互い様だ。お主がなかなか美しいと褒めてくれなかった故、触れてはならぬと命じ、焦らしてやろうと思うてな」

「……俺が、至らぬばかりに……」

「まさかあれほど溜め込んでおるとは思わなんだぞ。もっとはよう、求めて来ぬか。いつ、お主が我慢できずに飛び込んでくるかと待っておったのだぞ」

「……触れるなと命じられて、そう易々と命を破ることなどできませぬ」

「うむ。それが誤算であった。いや、しかし……」

 紫藤は笑い続ける。

「……うむ。ふふふ……」

「紫藤様……?」

「たまらなんだ……! お主ががむしゃらに私を求める日がこようとは……!」

「……反省しております」

「何故反省などする必要がある? まあ、さすがに昨晩はやりすぎではあったが、嬉しかったぞ」

 にこにこと笑っている紫藤。正座を続ける俺の頭に手を乗せてきた。

「お主が冷静な心を捨て、私だけを求め続け、他の誰の事も考えず、私しか見えておらなんだ。お主のしゃぶりつき、食い千切られそうなほどであったぞ!」

「……し、紫藤様……!」

 耳が赤くなっていくのが自分で分かった。恥ずかしさに身を縮める俺に顔を寄せ、唇に軽い口付けを落としてくる。

「また、おなごの姿をしてやろう」

「……もう、ようございます。頭が狂ってしまいます故……」

「いいや、するぞ。今度はすぐに言うのだぞ?」

 首に両腕を回してきた彼は、耳に囁いた。

「欲しくてたまらぬ……とな?」

「……言えませぬ」

「言わねばまた、焦らすぞ。泣きながら私を求めたであろうが」

「……意地の悪いお方だ」

 裸の体を抱き寄せる。膝に乗せると布団の中に押し戻した。

「飯の準備をして参ります」

「その前に風呂を沸かせぬか?」

「分かりました。では先に湯の準備をして参りましょう」

「お主も共に入るぞ」

 立ち上がろうとした俺に、素早く告げる。それはできない、家臣としての立場から断ろうとしたけれど。

「背中を流してくれ。節々がいとうて、思うように動かぬでな」

「……俺の……せいでございますな」

「うむ。健康な侍に付き合うと、体がもたぬものよ」

 からかうように言われ、真っ赤になりながら立ち上がる。また何か言われる前に湯の準備に掛かった。浴槽いっぱいに水を張っていては時間がかかるため、半分ほどまで移し替えていく。外に回ると火を起こして沸かした。

 程良い湯加減になったところで紫藤を呼びに行く。抱いて行け、と命じられ、今日は大人しく従った。霊に見られてもいけないので、着物を簡単に羽織らせて。

 浴室まで運ぶと、戸を閉めてから着物を取り去ってやった。白い裸が浮かび上がる。俺も脱ぎ捨てていると、紫藤が至極真面目な顔をして言った。

「お主、おなごの私には鼻息を荒くしたくせに、何故今の私の裸に興味を持たぬのだ?」

「……え?」

「みよ、この肌を。男共が放っておかぬ体だぞ。それを前にして、その冷静な顔は何だ?」

 いつものことなのに。裸のまま、仁王立ちしている。困ってしまった俺は、腕を組んで考える。

「紫藤様、だからでしょうか」

「意味が分からぬぞ。おなごの格好をしていても、私は私であろうが」

「それはそうなのですが……。そうですね……男である紫藤様は、俺の主、だからでしょうか」

 裸のまま討論していても滑稽だ。紫藤を促し、中へ入れる。木製の椅子に座らせ、湯加減を確かめながら肩から掛けてやる。振り返る彼に、苦笑した。

「主であるお方は守らなければなりませぬ。美しさに目が眩む前に、そのお命を守りたいと思います」

 手拭いに石鹸を擦り付けた。紫藤の肌を丁寧に洗っていく。長い髪を持ってもらい、首筋も念入りに洗った。

「されど、昨日の紫藤様はおなごにございました。そう思うと、侍としての俺ではなく、男としての俺が勝ったようで……あのようなはしたない暴走をしてしまったのだと思います」

 恥ずべき事だ。紫藤は紫藤であるのに、欲望が勝り、侍としての俺が影を潜めてしまうとは。

 きっちり自分を改めなければ。女の姿をしていても、主は主。変わるはずがないのに。

「今後、どんな姿をしていても、紫藤様をお守りできる侍であろうと思います。欲に流された侍では、紫藤様をお守りできませぬ故」

「……清次郎」

 石鹸の泡を洗い流し、浴槽に入ってもらう。その間に俺も手早く体を洗った。紫藤が洗うと言い出したけれど、それは譲らない。主に背中を流させることなど、決してできない。

 身綺麗にしたところで、濡れて貼り付く黒髪を掻き上げながら、彼がゆっくりしている様を見守った。ふと、俺の方を見て手招きしている。

「何故入らぬ。さっさと浸かれ」

「いえ、俺はここでよろしゅうございます」

「二人で入っても苦しくはない。入れと申すに」

「主と共に浸かるなど……」

「その主の命だ。さっさと入れ」

 そう言われてしまえば断れない。端の方から失礼して浸かった。湯かさが増し、腰辺りまでしかなかったお湯が胸辺りまで上がってくる。手でお湯を掬うと紫藤の肩に掛けてやる。

「夜、もう一度沸かしましょう」

「いや、今日はもう良い。お主も疲れたであろう?」

「俺は大丈夫です」

「ははは! やはり侍は体の作りが違うようだの!」

 楽しそうに笑った紫藤が、身を寄せてくる。浴槽の中で俺を押し倒し、膝に乗った。濡れている俺の黒髪を手に取っている。

「どんどん、勇ましく、美しくなっていくの」

「……お、俺などただの男にございます」

「そんなことはない。村娘達は、私が居なければ今頃、清次郎を取り合っておると話しておったぞ」

 そんな話までするようになったのか。村人と打ち解ける主を嬉しく思う反面、俺の知らない間に悪知恵を付けられていくのではないかと思うと心配だったりする。

 できればあまり、色気を持つようにはしないで欲しい。

 そうでなければ、制御が効かなくなりそうだ。

「美しい男だ、清次郎。出会った時からその瞳に吸い寄せられる……」

「し、紫藤様……! これ以上近付かれますと……!」

「何だ? 今は男だ。問題は……」

 紫藤が、気付いてしまった。

 お湯の中に、視線を落としている。

「…………お主、ほんに底なしなのか? あれだけ出しておいてまだ立つか」

「面目ございませぬ……」

 本当に、俺はどうしてしまったのだろう。男であり、主であるはずの紫藤に、こうも簡単に反応してしまうとは。

 紫藤を降ろすと立ち上がる。隠しながら浴槽を出た。先に外へ出ようと思って。

 しかし。

 ザバッとお湯から出てきた紫藤が、はしっと腰を捕まえてきた。後ろから抱き締められ、モノに手を添えられる。

「し、紫藤様!」

「私がしてやろう!」

「い、いえ! 自分で処理します故……お離しを……!」

「嫌だ! 私がする!」

 細い手に絡み取られると、力が抜けてしまった。膝を折った俺を追って、紫藤も跪いている。細い手が俺のモノを撫で、湯に濡れた肩には唇が這っていった。

「清次郎……」

 囁かれ、体が震える。すぐに達した俺の体が、ブルリと震えた。

「……はぁ……ぁ……ん」

 解放され、息をついた俺に紫藤がしがみ付いている。

「……たまらんぞ!!」

「……紫藤様!?」

 とうっと押し倒され、のしかかられる。背中に貼り付いた紫藤が、さわさわと俺の体を撫で始める。

「き、きついのではありませぬか!?」

「吹き飛んだ!!」

「ふ、吹き飛ぶはずがありませぬ! さ……触らないで下さいませ!」

「嫌だ!」

 これでは終わりがない。押し倒し、押し倒され、いつになったら切れるのか。

 もがけどももがけども、紫藤はくっついて離れない。

 どころか体を擦り寄せ、俺をめいっぱい煽ってくる。

 どうにもできな体の疼きを把握した紫藤は、手にした俺のモノを握って笑った。

「うむ。男だの」

「……紫藤様!」

「逃がさぬぞ!」

 元気になった紫藤に押し倒されてしまった俺は、とうとう、その誘惑に負けてしまった。

 男である紫藤も、本当はずっと、欲しているのだから。

 濡れた体を抱き留め、与えられた口付けに応えた。



 ***



 布団の中でゴロゴロしていた私は、元気に動き回る清次郎に感心するやら、呆れるやらだった。

 昨晩、あれほど愛し合い、なおかつ風呂場で二度も私を抱いてなお、動けるとは。侍の体はどこまで丈夫にできているのだろう。

 夕刻になり、飯の準備に取り掛かった清次郎は台所へ引っ込んでいる。障子を開け、風を通してくれた清次郎のおかげで、暑くもなく、のんびりさせてもらった。

 抱かれる側の方がより、疲れるのかもしれない。気だるさに負けた私は、どうしても起き上がって清次郎を見に行くことができなかった。

 ぼんやりと庭先を見つめてしまう。もう、何年も清次郎と共に過ごしているような気がしてならない。

 一年も経っていないなんて思えなかった。清次郎という人間が、私の一部であるかのようだ。

「……今はまだ、考えぬ……のう……?」

 掠れた声で自分に話し掛ける。

 まだ、考えない。

 考えたくない。

 ずっと、清次郎は居てくれるのだから。

 考えるのはもっとずっと先のことだ。

 廊下を歩いてくる足音に耳を澄ませる。力強い足音は私を酷く安心させてくれた。

 女の格好をしたのも、全ては清次郎のため。花見の宴の時、彼は村娘にしがみ付かれ、まんざらでもなさそうな顔をしていた。

 彼も男だ。女に興味があっても仕方が無い。私がいくら美しいとはいえ、最初は拒んだほど男と男はおかしいと思っているような堅物なのだから。

 せめて女を抱いている錯覚だけでも起こさせてやろうと思って、皆に手伝ってもらえば。あれほど暴走するとは思わなかった。

 もし、私が本当の女であったなら……。

 想像すると少し笑った。どれほど子ができたことだろう。

「紫藤様? 起きていらっしゃいますか?」

 廊下に跪き、そっと顔を覗かせた清次郎。顔を向け、微笑んだ。

「うむ。起きている」

「ようございました」

 盆に乗せた夕飯を運び入れた清次郎。このまま床の間で食べるつもりのようだ。

 珍しいことだ。堅苦しいほど寝床と飯を食う場所を分けていた彼が、それを破るとは。病気でもない限り、床の間で食べることなどなかったのに。

「さ、起きて下さいませ」

 そっと背中を支えられる。盆を引き寄せた清次郎は、匙でお粥を掬ったのだが。

「……病人ではないぞ」

「栄養を取らねばなりますまい。無理をさせてしまいましたから……」

「要らぬ!! 薬草粥は好かぬと申したであろう!」

「されど……」

「要らぬものは要らぬ!!」

 バフッと布団を被って寝転んだ。薬草がたっぷり入ったお粥など、食べるだけで胸がムカムカしてしまう。

 まあ、どうせ清次郎のことだ、上手いことを言って無理やりにでも食べさせてくるだろうけれど。それまでこちらも意地を張ってやる。

 そう、思って構えていたけれど。いつまで経っても清次郎は何も言わないし、動かない。背中を向けていた私はだんだん、不安になっていった。もしや怒っているのだろうか?

 せっかく作ってくれたのに、我がままが過ぎただろうか。そうっと振り返った私は、息を飲んでしまった。

 唇を噛み締めた清次郎が、正座した膝の上に握り拳を置いて佇んでいる。何かに耐えるように俯いた彼は、まるで泣いてしまいそうで。

「せ、清次郎……?」

「申し訳……ありませぬ」

 深く頭を下げた清次郎は、盆を手にすると立ち上がった。出て行こうとする彼の足に思わずすがってしまう。

「ま、待て! 食う! 食うぞ!」

「……されど……お嫌いな物を、俺のせいで無理に召し上がって頂く訳には……」

「構わぬ! とにかく座れ、のう?」

 清次郎を座らせ、盆は横に置かせた。項垂れる彼の両手を握り締める。

「済まぬ。私の我がまま故、お主が落ち込むことはあるまい?」

「されど……元を正せば俺が……あまりに無理をさせたせいです」

「もう、良いではないか。もう一度誘ったのは私だ。のう、お主がその様に泣きそうな顔をしておると、私まで苦しくなる。笑ってくれ、清次郎」

 硬い頬を包み込んだ。本当に泣いてしまいそうな顔をしている。

 薬草粥を出せば、私の機嫌が悪くなると分かっていても、衰弱していた私を思えば、やはり栄養を取るには一番の薬草粥しかなかったのだろう。

 とはいえ、その衰弱した原因が自分にあると思っている清次郎は、心苦しく思ったのかもしれない。私が拒絶したばかりに、傷つけてしまった。

「しっかり食う故、元気を出してくれ」

「紫藤様……」

「いつものお主の方が何倍も良いぞ。のう、清次郎」

 コツンとおでこを付き合わせた。膝に乗った私を支えてくれる。

「飯に煩いのがお主であろう?」

「……はい」

「ならば食わせてみよ。無理やりでも食わせるのがお主であろうが」

 促せば、私を左腕一本で支え、避けていた盆を引っ張り寄せた清次郎が匙でお粥を掬っている。差し出された薬草粥を口にした私は、やはり苦くて眉根を寄せた。

「苦いの~」

「薬草ですからな」

「もう少し甘ければ食べやすいのだが」

「これでも苦味はずいぶん抑えたのですよ。さ、もう少し」

「仕方がないの」

 清次郎がまた、泣きそうな顔をしてはいけない。我慢した私は、ゆっくりだが薬草粥を全てたいらげた。口元についたお粥を拭ってくれた清次郎が、ホッとしたように笑っている。

 その笑顔を見ると、私も安心した。いつもの清次郎に戻ってくれて。

 硬い頬に手を伸ばし、撫でてやれば顔が近づいてくる。瞼を閉じて受け止めた。柔らかく触れた唇に、心底安心する。

「……片付けて参ります故、のんびりされて下さい」

「はよう来るのだぞ? お主も疲れたであろう。早めにのんびりしようぞ!」

「……はい」

 笑った清次郎が私を布団に戻し、立ち上がる。盆を手に出て行った広い背中を見つめ、温まる胸に手を乗せた。

「清次郎……」

 この名を呼ぶと、胸が熱くて仕方が無い。

「清次郎……」

 早く抱き締めて欲しい。

「清次郎……」

 いつかの時まで。

 側に。

「愛しい名だ……清次郎」

 清次郎が来るまで起きていようと、天井を見つめた。

 今宵はきっと、春のようであろう。

 温かな陽だまりが、すぐ側にある。

 ずっと忘れていた陽だまりが、側に。

 この幸せを、少しでも長く。

「お主と共に……」

 過ごそう。

 流れ行く時を感じながら待っていた私は、戻ってきた清次郎を笑顔で迎え入れる。

 笑った清次郎の顔をしかと心に刻んだ。





 遊戯ノ三 完


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