王道ですが、何か?

樹々

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第五王道『SUN SUN! 七拍子☆』

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 顔面蒼白のまま、叫んだ巡が走り出す。残っていた食堂のおばちゃん達が顔を覗かせていたけれど、その脇をすり抜け駆けだして行った。

 止めなければ、変な噂がたってしまう。追い掛けようとした俺よりも先に、望月先輩が反応していた。長い足で走っていく。

「故郷は先に部屋へ戻っていてくれ!」

「で、でも……!」

「俺のことだ。俺が何とかする」

 走って行く望月先輩を追いかけることもできず、俺一人が取り残された。電気を消すよ~、というおばちゃんの声に押し出され、仕方がないので部屋に戻った。

 戻っても落ち着かなくて。ウロウロ、ウロウロ、部屋の中を徘徊してしまう。

 そうして十五分ほど、待ち続けた時、不意にドアが開いた。望月先輩と、巡が入ってくる。

 入ってくるのはまずい。慌てて二段ベッドの上に上がって、大きな抱き枕を隠そうとした俺に、望月先輩が笑っている。

「もう、話したから。隠さなくて良い」

「で、でも……!」

「さ、霧里君も入ってくれ。これが証拠だ」

 そう言って、巡を部屋に通した望月先輩は、自分からピンク系大好きなのをバラしている。

「俺が二段ベッドの上を使っているし、奥の机も俺のだ。ふわふわした可愛い物が好きで、故郷の髪が今、一番のお気に入りだ」

 ポフッと俺の天然パーマを撫でている望月先輩。そんな先輩を意味もなく首を横へ振りながら見ている巡。

「……嘘っしょ? 天下の応援団長さんが……ふわふわ!?」

「大好きだ」

 堂々と、宣言している。男前の笑顔を咲かせながら、手にふわふわのピンクのうさぎのぬいぐるみを持ち、頬すりまでして。

「俺が好きなんだ。だから故郷は関係ない」

 俺を守るために?

 秘密にしないといけないのに。

 俺も何かしないと!

「た、確かに! ビックリすると思うけど! でも先輩の心はすっごく強いんだ! だから……」

「ストーップ!!」

 右手を突き出し、俺を止めた巡。腕を組み、部屋の中央まで歩いてくる。視線をキョロキョロと動かし、机を見てはぬいぐるみに触り、二段ベッドを見上げてはほうっと溜め息をついた。

「……巡?」

 手を腰に当て、何かを考えていた巡は、俺と望月先輩を振り返る。

「驚いたけど、感心しました」

「感心……?」

 どういう意味なのか。ハラハラしている俺に笑っている。

「こういうの、バラすのって勇気いるっしょ? お前守るためとはいえ、全部俺に話しちゃうなんて凄くね?」

「……そ、そうなんだ! 望月先輩は凄いんだ!」

「俺がペラペラしゃべる奴だったら明日には噂広がってますよ。良かったんですか?」

 巡の問い掛けに、にこりと笑っている。望月先輩は、ぬいぐるみをギュッと胸に抱いた。

「俺の問題だ。故郷を巻き込むわけにはいかないから」

「……いよっ! 男前!」

 掛け声を上げた巡にホッとした。溜めていた息を吐き出してしまう。

 俺のせいで望月先輩の桃色世界が表に出てしまったら大変だった。

「しっかし、凄い世界ですね~。あのでっかいウサウサ、抱き枕っすか?」

「ああ。ふわふわしている物を触ると落ち着くんだ」

 そう言いながら、望月先輩は、じっと巡を見つめている。気づかない巡は、俺のベッドに置かれているパンダの抱き枕を持ち上げると、ふにふに触ってみている。

「確かに、ぬいぐるみって気持ち良いかも。つか、これ、お前の?」

「俺のじゃないけど……」

 いつの間にか俺のベッドが定位置になってしまった。俺とパンダの抱き枕の組み合わせが望月先輩のツボにはまったからだろう。机に戻しても、翌朝にはベッドに戻ってくるので、もうそのままにしている。

「……なんとなく察した。ま、ファイト」

 俺の肩をポンッと叩いた巡の、頭にポフッと望月先輩の手が乗った。

「え?」

 何で頭に手が乗っているのか、巡は望月先輩を見て、助けを求めるように俺を見ている。分からないと、軽く首を横に振って合図した。

「君……」

「は、はい……」

「ちょっとこれを被ってくれないか?」

 差し出された帽子。返事も待たずに巡の頭に乗せている。

 頭から顎まで布があり、ふわふわだ。白を土台とし、少し長めの黒耳がてれんと垂れている。たぶん、うさぎの耳をモチーフにした物だろう。

「…………!」

 望月先輩の頬が僅かに赤くなる。呆然としている巡の手に、うさ耳とセットを思われる黒いモコモコの手袋を着けている。ふわモコになった巡を一歩引いて眺めた望月先輩は、満面の笑みを浮かべた。

「君も可愛いな!」

 長い腕が巡に伸ばされた。ムギュッと胸に抱きしめている。

 瞬間、巡が力一杯、望月先輩の腕を跳ね除けた。

「いやいやいや!! 俺、無理ですから!!」

「……可愛いぞ?」

「可愛くなんてないですから!!」

 填められた手袋を急いで外し、帽子も脱ぐと俺の頭に被せてくる。ふわふわの毛が頬を擽った。

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