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第五王道『SUN SUN! 七拍子☆』
☆5☆ふわモコハリケーン
しおりを挟む携帯に、望月先輩からのメールが送られてくる。
もう、何通も、何通も。
着信も来ていたけれど。
そのどれにも、返事をすることができない。
「……なあ~、もういい加減戻ろうぜ? そりゃ~色々とショックだったと思うけどさ。すぐ謝ってくれたんだろう?」
霧里巡が、俺の前の席で頬杖と溜め息をついている。トレーナーとジャージに着替えていた彼は、まだ制服のまま部屋に戻れない俺に、一応、付き合ってくれている。
学食に居たり、共同のテレビ部屋に居たり、移動を繰り返し、探している望月先輩から逃げていた。彼は目立つ。ざわつく寮生の様子を観察していれば、逃げるのは結構簡単だった。
夕飯もどうにか食べることはできたけれど。どうしても部屋に戻れない。巡の部屋に匿ってもらおうと思ったけれど、彼の同部屋の先輩は、なんとあの場に居合わせていた生徒会長だった。
「しっかし空夜が泣き虫だったとはな~~」
「……泣き虫言うな」
「鼻先真っ赤だし? まだ目が潤んでるし?」
「……うっさい」
ぐすっと鼻をすすってうなだれた。
確かに、ちょっとだけ泣き虫かもしれない。十歳も歳の離れた姉に可愛がられて育ったせいで、泣いて駄々をこねると困った顔をしながらも何でも言う事を聞いてくれたから。
男として、これではいけないと思って空手を始めて。
体は丈夫になったけれど、どうにも一度泣き出すと止められなくて。
応援団で精神も鍛えればきっと、強い男になれると思った。
嫁ぐことが決まった姉の結婚式にも、笑って見送れるくらい強くなれると。
このままではきっと、姉の結婚式でいかないでくれと泣いて駄々をこねてしまいそうだ。
「俺……強くなりたいのにな」
「……あのさ~。別に応援団だけが精神鍛える場所って訳じゃないじゃん? 要は自分の心がけしだいっしょ?」
「簡単に言うなよ」
「ま、簡単じゃないけどさ。でもさ、何で応援団に入部できないんだ? そこんところがどうしても分かんないんだけど」
頬杖を付いている巡に、どうしても本当の事を言えないでいた。
団長がピンク系大好き、可愛い物大好き、ついでに俺の天然パーマが大好きで。
おでこや頬ちゅーされていて。
今日。
数時間前に。
皆が憧れる団長に、唇へのファーストキスを奪われたことを。
言える訳がなかった。
「……だんまり? き~に~な~る~!」
「……俺だって、どこまで言って良いか分からないんだって」
力無く立ち上がった。学食の時間が終わろうとしている。残っていたのは俺と巡だけになっていた。学食のおばちゃん達も帰る準備をしている以上、ここには居られない。
すっかり日が暮れてしまい、どこに隠れようかと迷った。
風呂場は、まだ危険だろう。もう一度、共同スペースのどこかに身を潜めようと考えていた俺の目の前に、会いたくない人が立っていた。
「やっと見つけた……!」
息を切らしている望月先輩。彼もまだ、制服姿のままだった。
逃げようと一歩後退したけれど、長い腕が伸ばされ、掴まれた手に引かれ、彼の胸にすぽっと収まってしまった。
やばい。
駄目だ。
「……ふぇ」
涙腺が緩んでいる。訳も分からず涙を滲ませた俺の頭に、大きな手が乗った。
「本当に済まなかった! お前を泣かせてしまうなんて……!」
「……せんぷわぁ~~い」
「良い子だから泣き止んでくれ。俺が悪かった。本当にごめん」
腰を抱かれ、しがみ付くと何だか安心した。
子供の頃、よくこうやって姉の体にしがみ付いていた。俺がよちよち歩きの頃からずっと抱っこをしてもらっていたから。
泣いた時は頭を撫でて宥めてくれた。
身長が追いつき、追い越した時くらいから、抱き締めてもらうことは少なくなっていたけれど。大好きな姉の温もりは覚えている。
望月先輩からは、姉と同じくらい温かいものを感じた。
「……故郷、ごめんな? お前の優しさに甘えてしまって」
「……せんぷわぁい……ひっく」
「もう、おでこも、頬も、もちろん唇も。可愛いお前を見てもキスは我慢するから。応援団に入りたいなら、俺から皆に話すから」
ポフポフ、ポフポフ、天然パーマを包むように撫でてくれる。俺の気持ちが落ち着くように。
望月先輩の制服に涙を滲ませながら、もっとしがみ付いた。
「本当ですか……? 俺も応援団に入れる?」
「ああ。恒星が心配してるのは、俺の事だから。お前は関係無い。俺が自制すれば済むことだ。可愛いお前が居ても、部屋まで我慢するさ」
にこりと男前に笑った望月先輩に、ようやく俺の涙が止まってくれた。緩んでいた涙腺も引き締まってくる。
手の甲で涙を拭った俺に、望月先輩の手が重なる。一緒になって拭ってくれた。
「…………とはいえ、やっぱり可愛いな」
囁いた望月先輩は、思わずだろう、俺のおでこにキスしそうになって、慌てて顔を離している。パシッと自分の頬を打って気合を入れている。
「ごめんな」
「いえ」
「さ、帰ろう」
差し出された手は、姉の手に思えた。喧嘩に負けて、泣いていた俺の手を引いて帰ってくれた事を思い出す。
握った手は姉より断然大きいけれど、久しぶりの事で、素直に引かれた。
「…………い~~や~~~~!!」
すぐ側で、奇妙な叫び声が聞こえる。望月先輩の手を離し、空手の癖で身構えた俺は、両頬に両手を当て、有名な絵画ムンクの叫びさながらに、叫んでいる巡にハッとなる。
見られた。
見られた……!!
望月先輩の桃色世界は秘密なのに……!!
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