王道ですが、何か?

樹々

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第五王道『SUN SUN! 七拍子☆』

5-3

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「こういうふわっとしたのは空夜のが似合うし。な? 空夜!」

 黒い手袋も俺の手に填めようとした巡は、俯いていた俺の顔を見て首を傾げている。

「空夜? どした? ふくれっ面して」

 ツンツンと、膨らませていた俺の頬を突いている。ギュッと握り拳を作りながらそっぽを向いた。

「別に」

「んだよ。めっちゃ怒ってます風じゃん?」

「怒ってないし」

「怒ってるし?」

「怒ってない!」

 ぶっと膨れる頬を止められない。尖らせた口の中で奥歯を噛みしめた。



 別に、望月先輩が誰を可愛いと思っても、俺には関係ないし?



 ターゲットが巡になるなら、俺はピンク系の世界から解放されるし?



 チュッチュチュッチュ、キスされることもなくなるし?



 安心して男の中の男を目指せるし?



 男の中の男を……。



 俯きながら、何に対してこんなに腹が立つのか分からなかった。望月先輩は可愛い物が好きで、それは俺に限ったことではないわけで。

 分かっているのに、巡を可愛いと、抱きしめた姿が頭から離れなくてイラついた。

「……えー、訳わかんねぇ」

「……ごめん。俺もわかんない」

 本当に。

 俺はどうしたのか。

 意味もなく溢れてきそうになる涙を誤魔化そうと、フワフワの耳で顔を隠そうとした時だった。

「……もう、我慢できない……!」

 力一杯抱き締められた。ふわふわの帽子ごと頭を撫で回される。腰に回った腕は力強く、空手をやって鍛えた体でも、この腕を外すのは難しいだろう。

「くそ……駄目なのに……!」

 悶えながら望月先輩の顔が、俺のふわふわの帽子に埋まっている。頬をすり寄せているのだろう、密着が増している。

「故郷……!」

「は、はい!」

「キスしたい!」

「は…………えぇ!?」

 捕まった腕の中で叫んでしまう。ふわふわの帽子に顔を埋めたまま、なおもキスがしたいと伝えてくる。

「駄目だろうか?」

「いや……その……!」

「可愛い唇にはしない。おでこに……一度だけ……!」

「……!」

 ふわふわの帽子ごと、頬を包まれると弱かった。真正面から見つめている望月先輩の顔は真っ赤で、なんだか可愛く思えてしまって。

「お……おでこなら」

「本当に!? ありがとう!」

 嬉しそうに笑った望月先輩の形の良い唇が、いそいそと迫ってくる。



 あれ……キスって目を瞑るんだっけ!?



 今までどうしてたっけ?



 やばい……不意打ちじゃないやつは初めてだ!



 いつも勝手にキスされていた時は、たいてい目を開けていたけれど。キスするぞ、と言われてキスされる時はどうしたら良いのか。

 頬を包まれたままゆっくり近づいてくる唇を見つめているのが恥ずかしくて、慌てて目を瞑った。じっと待っていると、チュッとおでこに吸い付かれる。



 は、離れない……?



 吸い付いたままなかなか離れていかない望月先輩。そっと片目を開けてみれば、ちょうど唇を離したところで。

 瞼に閉ざされていた彼の瞳がゆっくりと現れる。

 近い距離で見つめるその瞳は、少し潤んでいるようだった。

「故郷……」

「望月先輩……」

 離れがたそうに頬を撫でている手が、心地よくて。

 撫でてくれる大きな手に、俺の手を重ねようとしたら。



 パンッ!!



 すぐ側で鳴った破裂音。

 ハッと我に返った俺は、思い切り手を叩いて音を出した巡と目が合った。

「俺お邪魔。続きは俺抜きで!」

「……え、ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「待てない居れないもー見てられない!!」

 クルリと背を向け部屋から飛びしていく。

 待ってくれ、俺を置いて行かないでくれと、追いかけようとしたその腕を取られると引き戻される。逞しい望月先輩の胸に背中を包まれた俺は、スッと黒い物を差し出された。

「故郷、手袋を忘れているぞ」

 背後から伸びた長い腕は、俺の手にふわふわの黒い手袋を装着させた。出来栄えを確認するように反転させられる。

「……お前……本当にたまらなく可愛いよ!」

 ふわふわになった俺の手を愛おしそうに撫でる望月先輩の手を、どうしても巡のように跳ね除けることができなかった。



 流されるな、俺!



 俺は男の中の男になるんだ!



 染まるな、ピンク!



 ふわふわに負けるな!



 俺は……!



 俺は…………!!



 カシャッと鳴ったシャッター音。

 ふわモコになった俺を携帯に収めた望月先輩は、にこりと男前の顔で笑った。

 俺は引きつった笑顔で応えることしかできなかった。





おわり☆


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