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第一王道『異世界にトリップ、てきな?』
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しおりを挟む「……ふっ」
「……先輩?」
どうやらこの子は、諦めることを知らないらしい。どうしても僕に触れたいのだろう。
今日で、この子とのたわいのない日常が終わるかもしれないと思っていたけれど。
「分かった。僕もできるだけ努力する」
どこまで我慢できるかは分からないけれど。少しずつ、彼が僕の一部になるように努力してみよう。自分の一部になってしまえば、嗚咽も出なくなるかもしれない。
「それって……付き合ってくれるってことですか?」
「そうなるのかな」
「……先輩!!」
「シャワーが先!」
抱きつこうとした彼に、浴室を指さした。広げた両手をピタリと止め、慌てて駆けていく。
「待ってて下さいね!」
「体を洗ったらここを出よう」
「はい!」
浴室に駆け込んだ彼を見送って、濡れていた髪を拭き上げた。
先に着替えておこう。脱ぎ捨てていたワイシャツとズボンを履いていると、浴室からシャワーを浴びる音がしている。透けているガラスの向こうでは、鼻歌を歌いながらシャワーを浴びる萩野の姿がぼんやり映っていた。
なるほど、こういう風に見ていたのか。観察し、着替えを終えてしまう。ドライヤーは脱衣所にあるので、彼が出てくるまで待っていよう。
ほどなくして戻ってきた彼は、濡れた髪を拭きながら笑っている。
「どうでした、俺のシャワーシーン」
「どうって?」
「……先が長いですね」
僕の言葉の何かを期待していた萩野は、ガックリと肩を落としてみせた。でも、すぐに顔を上げている。
「いつか俺の体に興味を持ってもらいますから!」
「努力してみるよ」
笑った僕を見つめた萩野は、そうっと顔を近づけてくる。その顔をわし掴んだ。
「まだ、無理」
「今度はちゃんと、普通のキスにしますから」
「駄目だ、さっきのがまだ……ぅっ」
嘔吐いた僕の背中を撫でてくれる。今日はもう、キスはできそうにない。萩野は落ち込みながらも、今日のキスは諦めてくれた。
ずいぶん、がっかりしているけれど。
あからさまに寂しそうな眼をしているけれど。
キスの代わりにと、手を握られた。
「じゃあ、出ましょうか。終電、終わっているけどどうします?」
「萩野君」
握られている手を少し引いた。空いていた手で彼の後頭部を捕まえる。引き寄せると、洗ったばかりの甘い香りがしているおでこにキスをした。
「さ、出よう。君が着替えている間に髪を乾かしてくるよ」
「せ、先輩! 俺もおでこにキスしたいです!」
「駄目だよ。今日はもう、君からは受け付けない」
また暴走して、何かされたら困る。付いてこようとする萩野を押し戻し、脱衣所にあるドライヤーを手に取った。
大きな鏡に映る自分を見て、はたと気付く。
「僕、笑ってる?」
口角が少し上がっているようだ。珍しい。
観察しながら髪を乾かした。着替えを終えた萩野が追いかけてくると、後ろから力一杯抱き締められてしまう。
大きな子犬の頭を撫でてやった鏡の中の僕は、楽しそうに笑っていた。
第一王道『異世界にトリップ、てきな?』
終わり
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