王道ですが、何か?

樹々

文字の大きさ
46 / 87
第三王道『恋してふっさふさ☆』

2-2

しおりを挟む

「……隊長」

「何だ?」

「尻尾……」

「あ?」

 まさか可愛い、とか言わないだろうな。フサッと丸い俺の尻尾を見つめるランスに声で威嚇すれば、続きは言わなかった。何かを堪えるように奥歯を噛み締めている。

 やれやれだ。騎士の間を通り抜けたランスは、会場の手前で下ろしてくれた。ねぎらいの意味を込めて、長い耳で彼の肩をポフッと叩いてやる。

「助かった。お前はあいつらに合流しておけ」

「……」

「ランス?」

「……ぁ、はい。試合、頑張って下さい」

「おう」

 白い肌を赤く染めたランスは、俯きながら歩いて行く。何を赤くなっているのか、不思議に思いながらも集まっていた部隊長に合流した。

 張り出されていたトーナメント表。本来なら、昨年、優勝した俺がシードになるはずなのだが。今年もシードは俺ではなく第一部隊のモルドーになっている。バフリ団長の言い訳は、一年の間、最も団に貢献した部隊、だからだそうだ。

 ここまで露骨に甥ひいきをしていると、むしろ感心する。モルドーは一戦目、第五部隊の隊長と戦った後は決勝まで悠々休むことができる。他の部隊は三試合勝ち進んでやっと決勝に進める。

 つまり、疲れている者を力任せに叩きのめしにくるということだ。悪趣味この上ない。

「チッ。いけすかねぇ」

「チェスター隊長、声に出てる。おっさんに聞こえたらまずいぞ」

「さっさと負けた方が良いぞ。見世物にされる」

「まあ、ほどほどに暴れておくさ」

 第五部隊の隊長は、長い尻尾を振りながら肩を竦めて笑ってみせた。

 十部隊全員の隊長が揃い、一度壇上へ上がる。左端に居た第一部隊の隊長モルドーが上がると、ライオン族の騎士達が遠吠えのような声で鼓舞している。思わず長い耳をたたんでできるだけ音を遮断した。頭がキンキンしてしまう。

 ざっと見ただけでも、応援の数は一番多い。二百人中のほとんどが会場へ来ているようだった。大柄な騎士達に応えるようにモルドーは右手を突き上げている。そうして一番右端に居た俺を高圧的に見下ろしてきた。

 この剣術大会も質が落ちた。

 バフリが団長として就任してから。

 ひいきと差別を露骨に表す彼によって、実力で上を目指していた者達の意識を削いでしまっている。どんなに足掻いて上を目指しても、馬鹿正直な者や生真面目な者、後ろ盾のない者は上に上がることができなくなった。

 去年の大会のことだ。いつもは俺を軽蔑したように見ている他の部隊の隊長が、どうしてかたいして手合わせをすることなく俺に負けている。勝ちを譲った、と言った方が良い。

 ほぼ体力を温存してからモルドーと対戦することになった俺は、せめてバフリ団長の思い通りにはさせまいと、力自慢のライオン族の膝を地面に付けて勝利した。

 今年も勝ってくれ、無音の言葉が壇上に響いている気がした。

 言われずとも、勝って終わらせる。勝ったとろこで何も変わらないとしても、今年は総団長が見ている。無様な姿は見せたくない。

「我がバフリ団の精鋭揃いです。まあ、若干名、そうではない者も居ますが、第一部隊のモルドー隊長が、足手まといの者の分まで働いております」

「君がモルドー君か。確かに、豪腕のようだ」

 頭を垂れる俺達の前をゆっくりと歩いていく総団長。俺の側まで来たとき、思い切って視線を上げてみた。

 青い甲冑に身を包んだ総団長は、光を背にして立っていて。スラリと高く、腰に剣を帯び、右手には大きな槍を持っている。

 総団長は槍術に長けていると聞いたことがある。あれが彼の武器なのかと思うと、眩しくて仕方がなかった。

 頭は冑で覆われているため、髪と目の色までは確認できなかったけれど。獣の血を引く者であれば、耳や尻尾、羽など獣の名残をどこかに残しているはずだ。穴の空けられていない甲冑は、ヒューマンである証だろう。

 一通り俺達を観察したランスロット総団長は、右手に握り拳を作り、胸に当てた。

「これより、剣術大会を執り行う。皆、日頃の鍛錬の成果をいかんなく発揮してくれ」

「「「はっ!!」」」

 深い頭を垂れた俺達は、総団長が席に着いた事を確認してから壇上から降りていく。時折、バフリ団長が何か話し掛けていたようだが、彼は口元の笑みを絶やさなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

起きたらオメガバースの世界になっていました

さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。 しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...