王道ですが、何か?

樹々

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第三王道『恋してふっさふさ☆』

3.え、嘘だろう!?

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 出来レースとまで言われている剣術大会。第一試合の第一部隊と第五部隊の対決は、ヒョウ族出身の第五部隊が途中まで押していたけれど。

 体力が有り余っている第一部隊に後半は押さえこまれ、怪我をする前に棄権した。第一部隊の応援が熱狂を帯び、俺の長い耳を苛つかせた。

 一方の俺は、第二部隊に勝ち、続く第八部隊、第六部隊も撃破し、決勝進出を決めた。といっても、俺を無傷で決勝に送るため、ある程度剣を交えたらすぐに負けを認めて棄権してしまった。

 もっと腕の良い隊長達ばかりのはずが、やる気が感じられない。第一部隊だけが異常な盛り上がりを見せる中、俺とモルドーが対峙した。

 一昨年のこと、ラビット族で初めて剣術大会で優勝した。昨年もまた、ライオン族であるモルドーに勝利して優勝した。

 第五部隊の隊長が軽く手を振っているのに頷きながら、両手に剣を構える。刀身を短くした二刀流が俺のスタイルだった。

 モルドーの手には巨大な体に見合うだけの巨大な斧を持っている。あれにまともに当たると即死してしまう。当たらないこと、がまず第一だった。

「今年こそ、その小さな体を砕いてやろう!」

「まあ、せいぜい当ててくれ」

 大振りで単調な動き。一発でも当てれば勝負が決まると相手も分かっている。毎年、同じ戦法だ。斧を振り回し、数で押し切ろうとする。

 攻撃を避けながら背後に周り、足をまず封じる。あれだけの重さの斧を支える足を仕留めれば、自ずと自滅するだろう。

 構えながら長い耳はそばだてておいた。ライオン族の咆哮が煩くてたまらないけれど、耳栓をする訳にはいかない。

 試合開始の合図が、今まさに、振り下ろされようとしている。モルドーの動きを注意深く見ていた俺は、長い耳が拾った僅かな震音に待ったをかけた。

「棄権する!」

 試合開始の合図の旗はまだ振られていない。試合を中断し、棄権を宣言した俺は、応援していた第十部隊のもとへ走って行く。

「合図が上がった! 東の森へ急げ! 魔物が侵入している!」

「え、侵入されたんですか!」

「ああ、最悪だ。応援要請の震音を鳴らしている」

 東の森の方角から、まだ危険を知らせる狼煙は上がっていないけれど、俺の仲間からの震音を長い耳が捕らえていた。

「どういうことだ?」

 第五部隊の隊長と仲間が俺達に駆け寄ってくる。事情を説明すれば、彼らも一緒に向かってくれることになった。馬を用意するため走って行く。

「民の避難が最優先だ! 防御壁を用意した場所まで誘導する。他の部隊も手の空いている者は応援を……」

「隊長!」

 仲間の一人が叫んだ。殺気を感じ、振り返った時には腹部に重い一撃が入っていた。足を浮かせ、咄嗟に衝撃を吸収したけれど、それでも息が止まる程の激痛にうめいてしまう。数メートル飛ばされた体が地面に転がった。

「おいおい、何を血迷ってやがる。魔物が侵入しただと? 東の森は俺の屈強な部下達が守っている。死にたくないからと盛大な嘘をつくな!」

 大きな斧を振り上げている。なおも一撃を打ち込もうとしているモルドーに、応戦するため立ち上がろうとしたけれど足に力入らない。

 彼の目が、俺の両足に狙いを定めた。切り落とすつもりで振り下ろしてくる。腹部を押さえたまま動けなかった俺の目の前に、ランスが飛び込んできた。

 振り下ろされた斧を両手で受け止めている。僅かに沈んだ彼の足元を見ただけでも、相当な力で振り下ろされたのが分かった。

「ランス、どけ! そいつの力をまともに受けるな!」

 正面からライオン族の力を受けるのは得策ではない。力の入らない足を立たせようと、両手で体を支えた時だった。モルドーの斧を受け止めたランスが、その斧を振り払うように弾いている。体勢を崩したモルドーに対して姿勢を低くした。

「どけ! 今度こそそのチビを……!?」

「それでも騎士か」

 ランスの拳が、モルドーの腹部にめり込んだ。言葉もなく倒れたモルドーを冷ややかに見下ろした彼は、俺を抱き上げてくる。まさかライオン族の男をヒューマンの男が、拳一つで黙らせられると思わなかった俺は、そっと頭を撫でてきた手を呆然と受け入れてしまった。

「第一部隊はこれより私の指示に従ってもらう。他の部隊も急ぎ現場へ向かえ! ヴェルダー! 馬を!」

「もう、準備できていますよ。甲冑はどうしますか?」

「時間が惜しい。彼らの情報によれば、東の森は今、手薄になっている。町も近い。このまま行く」

「了解」

 ヴェルダーと、呼ばれたのはランスロット総団長として壇上に居た人で。俺も、仲間も、他の部隊の騎士達も、一般騎士であったはずのランスの命令に、状況が飲み込めないでいる。

 動けなかった俺達に、ああ、とヴェルダーと呼ばれた騎士が笑っている。
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