王道ですが、何か?

樹々

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第三王道『恋してふっさふさ☆』

5.野生の血

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 頭がぼんやりしている。背中が少し寒い。

 頬に当たる温かい場所にすり寄りながら、覚醒しつつある意識が、長い耳から聞こえてくる音を拾っている。

 俺とは違う、別の呼吸音。人間ベースの耳に聞こえる心臓の音。

 頬に当たっているのは、生の感触だ。

「……はっ!!」

 記憶がなくなる前のことを鮮明に思い出し、目を見開き体を起こす。まさかランスロット総団長に薬を盛られるとは思わなかった。体を確認し、服を着ていることと、変な感触がないことは分かった。

 ほうっと息をつきながら、たった今まで自分が俯せで寝かされていた場所に唖然となる。宿舎のソファーに寝ている総団長の上に、折り重なるようにして寝かされていた。

「この……!」

 ヒューマンの身でありながら、総団長にまで上り詰めた人だ。きっと誠実で、偏見や差別など持たない人だと思っていた。自身もきっと、ヒューマンということで苦労を重ねてきているはずだから。

 それがどうだ。ラビット族である俺を愛玩動物として扱っている。耳と尻尾を撫でたいために、薬を盛るとは思わなかった。寝ている間にどれだけ触られていたのだろう。

 相手が総団長でも関係ない。玉を握り潰してやろうとして気がついた。

「……すげー」

 はだけたシャツから見えているのは、逞しく鍛えられた筋肉だった。俺にはもてない体をしている。静かな呼吸音は、まだ深い眠りに落ちていることを知らせている。

 ずいぶん触られたのだ。俺も触って良いだろう。玉を潰すのはそれからで良い。

 シャツのボタンを外していくと、ギュッと内に引き絞られた体が露わになる。触ってみると硬かった。割れた腹筋は、ライオン族の男の力にも負けていなかった。

 ズボンの上から太ももにも触ってみた。程よく太く、硬い。馬上で両手を離しても体を支えられるほどしっかりとした太ももだった。

 ヒューマンの体をまじまじと観察したことはない。まだ起きていないことを確認しながら、思い切ってズボンの紐を解いてみた。尻がどうなっているのか気になる。

 尻尾が無いのなら、ツルッとしているのだろうか。ドキドキしながら脱がせていると、その手を握られ驚いた。耳がそばだってしまう。

「さすがに、裸にされるのは困る」

「す……す、すみません!」

「私もたくさん触らせてもらったから構わない」

 体を起こした総隊長。目覚めたばかりにしては意識がハッキリしている。いつから起きていたのだろう。はだけたシャツをそのままに、時間を確認している。

「まだ三時、か。起きるには早いかな。聞き取りは終わっているだろうから、帰ってくれて良いよ」

「聞き取り?」

「ああ。君の部隊に、一人一人意見を求めたくてね。ヴェルダーと面談してもらった。その間、君にはここで少し眠っていて欲しかったんだが」

 済まなそうに頭を掻いている。お茶を一気に飲み干すとは思わなかったそうだ。少しずつ飲む間に、緩やかに薬が効いてうたた寝するくらいにしていたらしい。それを俺が一気に飲んだことで薬が早く回り、結果、まあまあ長い間眠ってしまったらしい。

「純粋な意見を聞きたくて。君が戻らないようにしたつもりだったんだが。布団はないし、寒いと丸まってフルフル震えだすし」

 頬を赤く染めた総団長は、俺の髪をそっと撫でている。

「抱き上げたらしがみ付いてきたから。後で髪をむしられるかもしれないと思いつつも、抱き締めずにはいられなかった」

 耳に触りたそうに伸ばされた手は、触れる前に止められる。代わりに肩を叩かれた。

「さ、戻って休んでくれ」

 総団長が立ち上がったので、俺もソファーから飛び降りた。無意識に耳をフルフルさせると、熱い視線が注がれる。

 俺は愛玩動物ではない。

 好きでふさふさしているわけでもない。

 思った心が顔に出ていたのか、総団長は頬を赤く染めたまま、真剣な目をして言った。

「今言ってもきっと、信じてもらえないと思うから。もう少し落ち着いたら、聞いてほしいことがある」

「……今、聞きますが」

「いや、駄目だ。君の耳が、私の言葉を理解してくれる時を待つよ」

 どういう意味だろう。赤い顔のまま笑った総団長に見送られ、外に出ると腕を組んで考えた。どうして今、言えないのだろう? 俺の耳が何を理解するのを待つのだろう?

「わっかんねぇな~」

 ひんやりしている空気を肌に感じながら、第十部隊の宿舎まで歩いて行く。長い耳をフルフルさせ、右へ左へ動かした。寝ていたせいか、少し凝っている。念入りにストレッチをした。

 長い耳は、的になる。

 自由に、素早く動かせるよう、鍛えてきた。

「……まあ、いっか」

 考えても分からない。変な音を拾ってしまわないよう、長い耳に耳栓をした。夜はいけない。色々と聞こえてしまう。どこかの誰かが、あれこれやっているのを拾ってしまう。

 足早に自分の宿舎に戻った俺は、自室に入るとベッドへ飛び込んだ。後少しくらいは眠れるだろう。

 まん丸になると目を閉じた。少し冷たいベッドにフルッと震えてしまう。

 長い耳を引き寄せ、顔を温めながら眠った。

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