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戦間期(1932〜1941)
『大和』の産声三 藤本喜久雄
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先の会議により、諸項目の優先順位が決定したのであるが、それを元に藤本少将が図案を起こしたのは同年五月の事であった。この頃になると、新戦艦は軍令部が起草した一四〇番目の戦艦であると言う意味の、A140と呼称されるようになった。
藤本少将が設計したA140の内容は以下の通りであった。
五一サンチ四連装砲三基一二門
一五・五サンチ三連装砲六基一八門
一二・七サンチ連装高角砲六基一二門
速力三三ノット
砲塔の正面装甲には、五一サンチを防げる他、集中防御式で、部分的には四六サンチ砲に対する防御力を兼ね備えており、更にはその他の部分にも条約型軽巡の主砲の限度である一五・二サンチ砲を防ぐ装甲を持っていた。
この設計の最も特徴的な所は主砲の配置であろう。三番砲を後ろ向きに置く、ピラミッド式に艦橋前部に三基配置されている。その為、艦の前後の重量バランスを保つため、艦橋が従来の戦艦に比べ、後方に置かれている。では、艦橋の後ろには何が置かれているのかと言うと、水上機発射用のカタパルト二基に、着水した水上機を引っ張り上げるためのクレーン一基である。この案では、A140は、利根型に類似した設計となっていた。航空機運用能力も、一二機と強力な物になっている。又、装甲を抑えることで、三三ノットもの高速力を発揮できるのも注目点である。五一サンチ主砲は、軍令部の主張が、次第にそうなって行き、藤本少将もその案を受け入れたのであった。彼にしてみれば、装甲厚で文句を言った手前此方でも要求をはねる事は出来なかったのである。彼は余り用兵側の要求を断らない男であった。用兵側からすると、彼の前任者―正確には三代前であるが、実質的には前任者である―平賀譲が頑なに自身の設計を崩そうとしなかっただけに、評判はすこぶる良かった。
その後も、計画は進められ、昭和九年三月二一日に行われた会議では上記の内容を更に発展させた試案を提出している。
基準排水量を五万トンとし、全長二九〇メートル、艦幅三六メートル、五一サンチ四連装三基、一五・五サンチ三連装砲六基一八門、航空機は少し減って八機、機関は一四万馬力で、全てディーゼルエンジンとし、航続距離は一六ノットで一二〇〇〇浬となった。
この計画案は、その後のA140型戦艦の設計図として、殆どそのまま使われる。そのはずであった。
同年三月一二日、登庁してきた、藤本少将の元に、連絡兵が飛び込んできた。
「何事だい?」
そう聞く、藤本少将に、連絡兵は、息を切らし、答える。
「『友鶴』が、行方不明になりました」
「『友鶴』が!?」
『友鶴』とは、藤本少将がかつて設計した水雷艇であり、排水量六〇〇トン程度の船に、一二・七サンチ砲三門、五三サンチ魚雷発射管四門を始めとする、武装を積み込んだものであった。
この船の兵装重量は、二四パーセントもあったが、藤本少将独自の理論によって復元性は十分な物である、はずであった。
それが、行方不明となっている。
藤本少将には、信じられない話であった。
彼の顔はたちまち蒼白になり、机に寄りかからなければ、立っていられない程にまで、憔悴していた。
「あれじゃないか!?」
『龍田』の見張り員が、指差したその方向には、僅かに赤いものが浮かんでいた。『友鶴』の船腹であった。
乗り移った『龍田』の水兵が、トンカチで、船腹をカンカン、と叩く。すると、同じように、返事が返ってきた。
「生存者がいるぞ!」
狭い船内では、その空気が限られている。窒息の危険が有ったが、洋上での救出作業は危険が大きいとの判断から、佐世保の乾ドックで、船体に穴を開ける事となった。
しかし、翌日、佐世保に到着するまでに定期的に行われたトンカチでの応答は、次第に乏しくなり、最後には返事が返って来ないようにまでなってしまった。
佐世保に着くなり、作業は開始されたが、船内の空気はもう無くなってしまっていた。
この事件は、乗員数一一三名の内、生存者一三名という、惨憺たる結果に終わってしまったのである。
海軍としては、この事件の原因究明に、どうしても乗り出さなければいけなかった。事件の起こった『友鶴』の同型艦は四隻の就役が決定されており、これらが今後事故を起こすか、だけでなく、同じ藤本少将設計の艦が同じ問題を孕んでいないとは、とても言えなかった。
これには、かつて艦政本部第四部長であり、現在帝大の教授となっている、平賀譲も協力していた。
結果として、復元性が十分でない事に、焦点が当てられる事となった。平賀はこの点を糾弾し、藤本少将の謹慎処分と、彼の設計した全ての軍艦艇に対策を施す事が決定された。
これには、平賀の藤本少将への怨念のような物が少なからず影響したことは、否定できない。彼らは犬猿の仲であった。
ここで、設計者である藤本少将が表舞台から去った事で、A140は宙ぶらりんとなり、進展は望めない様になった。
しかし、時代は、いや、帝国海軍は、これを追い求めて止まなかったのである。
直ぐに次の転機が訪れた。
藤本少将が設計したA140の内容は以下の通りであった。
五一サンチ四連装砲三基一二門
一五・五サンチ三連装砲六基一八門
一二・七サンチ連装高角砲六基一二門
速力三三ノット
砲塔の正面装甲には、五一サンチを防げる他、集中防御式で、部分的には四六サンチ砲に対する防御力を兼ね備えており、更にはその他の部分にも条約型軽巡の主砲の限度である一五・二サンチ砲を防ぐ装甲を持っていた。
この設計の最も特徴的な所は主砲の配置であろう。三番砲を後ろ向きに置く、ピラミッド式に艦橋前部に三基配置されている。その為、艦の前後の重量バランスを保つため、艦橋が従来の戦艦に比べ、後方に置かれている。では、艦橋の後ろには何が置かれているのかと言うと、水上機発射用のカタパルト二基に、着水した水上機を引っ張り上げるためのクレーン一基である。この案では、A140は、利根型に類似した設計となっていた。航空機運用能力も、一二機と強力な物になっている。又、装甲を抑えることで、三三ノットもの高速力を発揮できるのも注目点である。五一サンチ主砲は、軍令部の主張が、次第にそうなって行き、藤本少将もその案を受け入れたのであった。彼にしてみれば、装甲厚で文句を言った手前此方でも要求をはねる事は出来なかったのである。彼は余り用兵側の要求を断らない男であった。用兵側からすると、彼の前任者―正確には三代前であるが、実質的には前任者である―平賀譲が頑なに自身の設計を崩そうとしなかっただけに、評判はすこぶる良かった。
その後も、計画は進められ、昭和九年三月二一日に行われた会議では上記の内容を更に発展させた試案を提出している。
基準排水量を五万トンとし、全長二九〇メートル、艦幅三六メートル、五一サンチ四連装三基、一五・五サンチ三連装砲六基一八門、航空機は少し減って八機、機関は一四万馬力で、全てディーゼルエンジンとし、航続距離は一六ノットで一二〇〇〇浬となった。
この計画案は、その後のA140型戦艦の設計図として、殆どそのまま使われる。そのはずであった。
同年三月一二日、登庁してきた、藤本少将の元に、連絡兵が飛び込んできた。
「何事だい?」
そう聞く、藤本少将に、連絡兵は、息を切らし、答える。
「『友鶴』が、行方不明になりました」
「『友鶴』が!?」
『友鶴』とは、藤本少将がかつて設計した水雷艇であり、排水量六〇〇トン程度の船に、一二・七サンチ砲三門、五三サンチ魚雷発射管四門を始めとする、武装を積み込んだものであった。
この船の兵装重量は、二四パーセントもあったが、藤本少将独自の理論によって復元性は十分な物である、はずであった。
それが、行方不明となっている。
藤本少将には、信じられない話であった。
彼の顔はたちまち蒼白になり、机に寄りかからなければ、立っていられない程にまで、憔悴していた。
「あれじゃないか!?」
『龍田』の見張り員が、指差したその方向には、僅かに赤いものが浮かんでいた。『友鶴』の船腹であった。
乗り移った『龍田』の水兵が、トンカチで、船腹をカンカン、と叩く。すると、同じように、返事が返ってきた。
「生存者がいるぞ!」
狭い船内では、その空気が限られている。窒息の危険が有ったが、洋上での救出作業は危険が大きいとの判断から、佐世保の乾ドックで、船体に穴を開ける事となった。
しかし、翌日、佐世保に到着するまでに定期的に行われたトンカチでの応答は、次第に乏しくなり、最後には返事が返って来ないようにまでなってしまった。
佐世保に着くなり、作業は開始されたが、船内の空気はもう無くなってしまっていた。
この事件は、乗員数一一三名の内、生存者一三名という、惨憺たる結果に終わってしまったのである。
海軍としては、この事件の原因究明に、どうしても乗り出さなければいけなかった。事件の起こった『友鶴』の同型艦は四隻の就役が決定されており、これらが今後事故を起こすか、だけでなく、同じ藤本少将設計の艦が同じ問題を孕んでいないとは、とても言えなかった。
これには、かつて艦政本部第四部長であり、現在帝大の教授となっている、平賀譲も協力していた。
結果として、復元性が十分でない事に、焦点が当てられる事となった。平賀はこの点を糾弾し、藤本少将の謹慎処分と、彼の設計した全ての軍艦艇に対策を施す事が決定された。
これには、平賀の藤本少将への怨念のような物が少なからず影響したことは、否定できない。彼らは犬猿の仲であった。
ここで、設計者である藤本少将が表舞台から去った事で、A140は宙ぶらりんとなり、進展は望めない様になった。
しかし、時代は、いや、帝国海軍は、これを追い求めて止まなかったのである。
直ぐに次の転機が訪れた。
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