石燕先生、モノノケでござる!

玉水ひひな

文字の大きさ
31 / 39
第二話 亡霊、知らず生者の気を啜る

新たな死体

しおりを挟む

「はい。知りたいです。石燕先生」
「……」

 ……さっきった脚を探す哀れな女のことを思い出したのだ。
 
 今は、彼女は恐ろしい物の怪に変じていた。
 しかし、本当はきっと、泣いているのだ。
 今晩幽夢に視た、あの救いのない闇の中で……。

 もしこの画に描かれているのが九郎先生だとしたら、きっと彼も泣いているに違いない。

 救いを求める誰かのために、何かしてやりたかった……千代に対して無力だったのと同じ轍を踏むことになるかもしれなくても。

 骸骨となって溶けて消えた脚のない女と、骸骨の影を引く九郎先生。
 春右衛門には、その二人に何か関係があるような気がしてならなかった。
 ただ座して見て見ぬ振りをするなどできない。

 頭を下げている春右衛門を見て、石燕はつまらなそうに舌を打った。
 春右衛門が言い返してきたらからかうつもりだったのか、興ざめしたような声が蒲団の中から聞こえてくる。

「教えてやらん。知りたきゃ手前てめえで調べるんだな」



 ♢ 〇 ♢



(――不気味な墓掘り男の画、か……)

 石燕の朝餉を用意して、明け方彼のあばら屋敷を出ると――春右衛門は、白々と明け始めた朝の空を見上げた。
 濃紺の闇が払われ、世界に光が満ちていく。
 夜と朝が交わる払暁はこれほどまでに澄んで清々しいのに、なぜ昼と夜が交わる黄昏時はああも不気味なのだろう?
 朝の香気を胸いっぱいに吸って、ふと春右衛門は、九郎先生の長屋の前で足を止めた。

 ……人の気配はない。

 どうやら、九郎先生は留守のようだ。

(では、昨夜はあの恋人らしき女性は来なかったのかな)

 あの晩見かけた障子戸の向こうに浮かぶ重なり合った二つの人影と、不思議にかぐわしい古めかしくて唐風な香。
 九郎先生と恋人の弾むように楽しそうだった笑い声を思い出すと、彼が人ならざるモノだとは、にわかには信じがたい。
 だが、石燕が描いた禍々しい夜更けに墓を掘る九郎先生に似た男の画を考えると……。

(……もしや、あの脚のない女を殺したのは、捕まった情夫ではなく九郎先生だったのか? 情夫は女を殺したのは自分ではないとか言っているというが、まさかな……)



 ♢ 〇 ♢



 家に帰ると、さすがにまぶたが重い。
 ほとんど夜通し起きていたようなものだ――それでも何とか早朝の剣稽古を終えて道場に行って帰ると、慌てたように家を出る兄の新介とかち合う。

「……わわっ⁉ あ、兄上?」
「おお、春坊か。悪い、急ぐんだ」

 急いで雪駄を履いている新介に、春右衛門は目を瞬いた。

「何をそんなに急いでいらっしゃるのです。例の心中の下手人も見つかったことですし、上役の八木様からは休暇をもらえたはずでは……」
「それが、新たに女の死体が上がったんだ」
「えっ! また女の死体が出たんですか!」
「何でも、今度は腕がないらしい」
「う、腕が?」
「おっと、誰にも言うなよ。また口さがない奴らの暇潰しの種にされちゃ、死んだ女があんまり哀れだ……」

 言いながらも、もう新介は玄関を飛び出し、走り去っていく。
 急いで火打石をカチカチ鳴らして切り火をしたのだが、遅かった。
 兄の背は、もう路地を折れて見えなくなっていた。

「……まあ、兄上は験担げんかつぎなんぞ信じる人ではないからな」

 肩を落とし、春右衛門は玄関に腰を下ろした。

「しかし――また新たな死体か……」

 新介の懸念はわかるが、巷の噂になるのも時間の問題だろう。
 また哀れな女が噂好きの餌になってしまうのはやるせなかったが、人の口に戸は立てられない。

 ふと春右衛門は、石燕の家を片づける際につい懐に仕舞って持って帰ってきてしまった、あの破れた墓掘り男の画を取り出した。
 習作とはいえ、石燕という稀代の天才画師の手による画が塵のようにただ捨てられてしまうのが忍びなかったのだ。
 だが――。

(もしこれが、本当に九郎先生を描いた画だとすれば……!)

 眠いのも忘れ、春右衛門は弾かれたように立ち上がった。

 石燕が昨夜言ったように、何とか自分の力で調べられるかもしれない。
 急に、調べる当てを思い立ったのだ。
 春右衛門は、大急ぎで玄関を飛び出した。



 ♢ 〇 ♢



 ――大江戸の町には、流れ者が多い。
 
 膨張を続けるこの都は、何時いつでも何処どこでも人手不足だ。
『物売りの手は足りてるかァ、荷運びの手は足りてるかァ』と騒いで歩けば、あっという間に声がかかって手間賃が手に入る。

 が、宵越しの銭を持たない流れ者の江戸っ子達は、身体を壊してしまえばあっという間に食い詰める。
 そうしてとうとう死んでしまって、弔い代も残せなかったような死者達が葬られる場所が、この町にはあった。





---

ここまで読んでいただいてありがとうございます!
引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

怪蒐師

糸世朔
ホラー
第8回ホラー•ミステリー大賞で優秀賞を受賞しました。ありがとうございました! ●あらすじ 『階段をのぼるだけで一万円』 大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。 三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。 男は言った。 ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。 ーーもちろん、ただの階段じゃない。 イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。 《目次》 第一話「十三階段」 第二話「忌み地」 第三話「凶宅」 第四話「呪詛箱」 第五話「肉人さん」 第六話「悪夢」 最終話「触穢」 ※他サイトでも公開しています。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

処理中です...