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一番最初の人生と比べたら、舞踏会中コーネリアに注がれる視線はガラリと変わった。
軽蔑や恐怖といったネガティブな感情は少なくなり、羨望や尊敬といったポジティブな感情を向けられているのを感じる。しかし、それで浮かれ上がる程コーネリアはもう子供ではない、精神的な未熟さもなくなっていた。
建国祭の舞踏会というお祝いの場ではあるけれど、貴族にとっては交流の場でもある。彼らから向けられる羨望や尊敬に驕ることなく、今後の人脈作りや持ち掛けられた相談話に耳を傾けることに勤しんで。
そんな次期王妃の勤めを全うするコーネリアに向けられるもうひとつの視線といえば、憐れみ、だろうか。
「まあ、見て……あの子、また殿下に付きまとって……」
「コーネリア様もいらっしゃるのよ? 本当に何を考えているのかしら、あの子……殿下も……」
「ご存知? 殿下ったら、あの子にしょっちゅう贈り物をしてるらしいのよ」
「ええ、存じ上げていますわ。この前はそう、滅多に手に入らないガラスペンやインクを贈ったとか……」
コーネリアから離れたところで、イントリーグとエーデルワイスが何か話している。どの人生の舞踏会でも見た、有り触れた光景だ。違うことといえば、コーネリアに対する周りの反応だろうか。エーデルワイスを擁護する声が多かった最初の頃の人生に比べ、今はコーネリアに寄り添うような声が多い。
まあもうコーネリア本人は、その光景に何も思わなくなってしまったのだけれど。
本来は咎めた方がいいのだろう。しかし、もうこんな日々も今夜で終わりなのだとわかっているから、どうでもよくなってしまった。慰める声には適当な笑顔を貼り付けて返し、イントリーグを批判する声には〝彼は優しい人だから〟と心にもない擁護をして。
そんなことをしていれば、ダンスの時間になってしまった。
(……抜け出してしまおうかしら)
ファーストダンスは婚約者と踊るのが基本だ。しかし今までの人生の中で、イントリーグと踊ったのは半分以下で。彼と踊れたのだって、全てコーネリアから誘ったものだ。
だから自分から誘うことがなければ、彼と踊ることもない。今回はもう、誘うつもりもない。
いっその事彼がエーデルワイスと踊るのを見届けて、あくまで〝婚約者に裏切られて可哀想な次期王妃〟を演じて彼らを完全に悪者扱いしてしまおうかとも思ってしまうけれど、それは流石に性格が悪いだろうか。
ホールの窓から見える綺麗な星空に、どうしても惹かれてしまって。ふらふらと会場から抜け出そうと歩いていれば、いきなり後ろから腕を引かれた。
「おい……!」
反射的に振り向けば、そこには鬼気迫るような表情をしているイントリーグがいて。
「殿下……?」
一体どうしたのだろうと首を傾げれば、その眉間にシワが寄った。
「一体どこに行こうとしていた?」
「どこに、とは……」
邪魔者は消えてあげようと、なんて馬鹿正直に言うわけにもいかない。適当な言い訳を考えていれば、強引に腕を引かれて。
「行くぞ」
「な、っ……ちょ、ちょっと……!」
抵抗する間もなく、ホールの真ん中へと連れていかれる。そうして背中へと手が回され、もう片方の手がコーネリアの手を掬い上げた。彼女を強引に引っ張ってきたわりに、その手はどこか優しいもので。
「忘れるな。言ったはずだ。お前は、私の婚約者だと」
しかしその声は、どこか冷たい。
「……申し訳ございません」
恥をかかせるな、ということだろうか。
強引ではあるものの、彼からダンスの誘いを受けたのは正直驚いている。これも、同じ人生を繰り返して周りへの接し方を変えていった成果なのだろう。
しかしそれでも、あまり嬉しいとは思えない。彼の気持ちに踏ん切りをつけてしまったからだろうか。それとも、自分に向けられたその表情が険しいものだったからだろうか。これがにこやかな笑顔だったら、もう少し喜べただろう。
(そんな顔をするなら、無理して誘わなくてもいいのに)
王族にそれは許されないのだろうけれど、今までの人生でそうしてきたのだからそこまで変わらなくていいのに、なんて思ってしまう。
(まあ、1曲踊れば大丈夫かしら)
そうすれば、次期国王としての威厳は守ることが出来るだろう。そこから先は、彼の行動次第だ。
そう思いながら、ワルツを1曲。戸惑いながらもイントリーグに合わせて踊ることが出来るのは、日頃のレッスンの賜物だ。
演奏が終わり、向き合ってお互い頭を下げる。
(もういいかしら)
次の演奏が始まる前に、エーデルワイスにここを明け渡さなければ。
その場から立ち去ろうとしたけれど、その瞬間イントリーグの手がコーネリアの手へと伸ばされる。
「えっ……」
驚き彼を見上げるけれど、しかしその表情は少しも動かない。
「何か不都合でもあるのか?」
「い、いえ……そういうわけでは……」
「であればいいだろう」
立ち去る言い訳も思い浮かばないうちに、次の演奏が始まってしまって。こうなってしまえば、途中で手を振り払って立ち去る方が不自然だろう。
(エーデルワイスは大丈夫なの……!?)
ステップを踏みながら、こちらを見ている周りの人間達を見回す。イントリーグとコーネリアが踊っているのを羨ましそうに見ている者、うっとりと見惚れている者、二人のどちらかに嫉妬心を剥き出しにしている者……様々な感情が入り交じる観客の中、彼女はいた。
悔しそうに唇を噛んで、コーネリアを睨み付けている。まるで、少し前の自分のように。
「……おい」
「あっ……」
強引なステップで体が引かれ、体勢が崩れる。転ぶ前にイントリーグによって支えられたためになんとか持ち直したけれど、体が密着したせいで視界の全てが彼によって覆い尽くされてしまって周りが見えなくなってしまった。
「どこを見ていた」
コーネリアを見下ろすその目は、冷たく鋭い。
「いえ……申し訳ございません。知り合いがいたような気がしたもので……」
嘘ではない。まあ今回の人生では、エーデルワイスと話したことどころか接触したことすらないのだけれど。
「知り合い、か」
彼の眉間には、更に深いシワが寄る。
「私のパートナーを務めている最中に余所見とは、いい度胸じゃないか」
「…………申し訳ございません」
今夜、彼は酷く不機嫌らしい。そんなだったら尚更エーデルワイスの傍にいればいいものを。もしかしたら、コーネリアが彼女に何か危害を加えようとしているのではないかと、こうして近くで監視しているのかもしれない。
(馬鹿ね。もうそんなことしないというのに……)
以前のコーネリアには有効な手かもしれないけれど。こうしているくらいなら、彼女の傍にいてあげる方が時間を無駄にしないというのに。
(嗚呼、早く終わってくれないかしら……)
不機嫌なイントリーグとこうしているのは、なんだか息苦しい。流れている曲はそれ程長いものではなかったけれど、ゆったりしている曲調なのもあって時間の流れが遅く感じる。
ようやく曲が終わった頃には、もう疲弊仕切っていて。曲の終わったところで、ようやく方の力が抜けた。
(もういいかしら)
流石に少し疲れた。
曲が終わった流れでイントリーグから離れようとしたのだけれど。
「待て」
再び、彼の手が伸びてくる。
(また……!?)
困惑し、思わずその手を振り払おうとしてしまって。しかしそれより前に、視界の端から誰かがイントリーグへと飛び付いてきた。
「イントリーグ様! 私とも踊ってください!」
うるうると目を潤ませて、上目遣いで彼を見上げて。
普段であれば不敬で下品な行いだと咎めただろう。しかし今は、願ってもいない助け舟だった。
「……申し訳ございません、殿下。少々体調が優れませんので、わたくしはこの辺りで下がらせていただきますわ」
頭を下げ、いそいそとその場から走り去る。
「おい……!!」
イントリーグの呼び止める声が聞こえた気がしたけれど、知らない。聞こえなかった振りをして、2人から離れていく。
そんなコーネリアに、周りの人々の視線が注がれた。
「可哀想なコーネリア様……」
そんな言葉が聞こえてきて。以前のコーネリアであれば、それを惨めに思ってしまっただろう。でも今は、なんだか納得してしまう。
(ええ、本当にね)
どうして、あんなにも彼へ縋っていたのかわからない。彼に心酔していた頃が、なんだか馬鹿らしく思ってしまう。
敗走なのは認めよう。だからこそ、ここから早く離れなければ。そうしないと、まだ自分を睨み付けているあの男と、どこか勝ち誇ったように笑っているあの女に、今世も殺されてしまう。
(そんな顔しなくても、今夜で退場してあげるわよ)
そうだ。今夜で全て、終わる。
人々の目から隠れるようにバルコニーへと出た。そこから見えるのは、ホールの中心で踊る2人だ。人々の視線は、もうコーネリアから彼らへと移っていて。そんなものだ、人々の関心や興味というのは。
それはそれで気が休まるから、コーネリアとしてはその方が嬉しいのだけれど。
コーネリアはホールから視線を逸らして、ゆったりと流れる音楽を聴きながら静かな外を眺めた。煌びやかなホールよりも、今はこちらの方が癒される。
(そういえば……外の世界なんて、視察以外で行ったことはなかったわね……)
自分の家が持っている領地以外の世界を知らない。だから案外楽しみなのだ、この先の人生も。
……なんて。これからのこととまだ見ぬ外の世界に思いを馳せていれば、背後から誰かの気配を感じて振り返る。そこにいたのは、見知らぬ給仕の男で。
「こちらにいらっしゃいましたか」
なんて、にこやかな笑顔でバルコニーへと出てくる。そうして彼は、手に持っていたトレイをコーネリアへと差し出した。
「こちら、いかがでしょうか?」
そこには、バラが1輪添えられた赤いモクテルが乗っている。
(ああ、これね)
あの悪魔が言っていたのは。
「ありがとう、いただくわ」
コーネリアはそれを受け取ると、ゆらゆらとその水面を揺蕩わせる。赤く綺麗なそのモクテル。自分をここから連れ出してくれる、赤いバラ。
コーネリアはグラスの縁を愛おしそうに指で撫で、中身を一気に煽った。
嚥下して、数十秒。
「ぅ……あ……」
全身から血の気が引いていくような感覚がする。頭が回って、だんだんと体から力が抜けていって、やがて瞼が重くなって……
パリン、と遠くで何かが割れる音がした。それが、自分の手から離れたグラスが落ちて割れる音だと気付いた時にはもう、視界が真っ暗になって。自分の体が同じようにバルコニーの床に落ちる頃にはもう、眠気に耐えられず瞼を閉じていた。
軽蔑や恐怖といったネガティブな感情は少なくなり、羨望や尊敬といったポジティブな感情を向けられているのを感じる。しかし、それで浮かれ上がる程コーネリアはもう子供ではない、精神的な未熟さもなくなっていた。
建国祭の舞踏会というお祝いの場ではあるけれど、貴族にとっては交流の場でもある。彼らから向けられる羨望や尊敬に驕ることなく、今後の人脈作りや持ち掛けられた相談話に耳を傾けることに勤しんで。
そんな次期王妃の勤めを全うするコーネリアに向けられるもうひとつの視線といえば、憐れみ、だろうか。
「まあ、見て……あの子、また殿下に付きまとって……」
「コーネリア様もいらっしゃるのよ? 本当に何を考えているのかしら、あの子……殿下も……」
「ご存知? 殿下ったら、あの子にしょっちゅう贈り物をしてるらしいのよ」
「ええ、存じ上げていますわ。この前はそう、滅多に手に入らないガラスペンやインクを贈ったとか……」
コーネリアから離れたところで、イントリーグとエーデルワイスが何か話している。どの人生の舞踏会でも見た、有り触れた光景だ。違うことといえば、コーネリアに対する周りの反応だろうか。エーデルワイスを擁護する声が多かった最初の頃の人生に比べ、今はコーネリアに寄り添うような声が多い。
まあもうコーネリア本人は、その光景に何も思わなくなってしまったのだけれど。
本来は咎めた方がいいのだろう。しかし、もうこんな日々も今夜で終わりなのだとわかっているから、どうでもよくなってしまった。慰める声には適当な笑顔を貼り付けて返し、イントリーグを批判する声には〝彼は優しい人だから〟と心にもない擁護をして。
そんなことをしていれば、ダンスの時間になってしまった。
(……抜け出してしまおうかしら)
ファーストダンスは婚約者と踊るのが基本だ。しかし今までの人生の中で、イントリーグと踊ったのは半分以下で。彼と踊れたのだって、全てコーネリアから誘ったものだ。
だから自分から誘うことがなければ、彼と踊ることもない。今回はもう、誘うつもりもない。
いっその事彼がエーデルワイスと踊るのを見届けて、あくまで〝婚約者に裏切られて可哀想な次期王妃〟を演じて彼らを完全に悪者扱いしてしまおうかとも思ってしまうけれど、それは流石に性格が悪いだろうか。
ホールの窓から見える綺麗な星空に、どうしても惹かれてしまって。ふらふらと会場から抜け出そうと歩いていれば、いきなり後ろから腕を引かれた。
「おい……!」
反射的に振り向けば、そこには鬼気迫るような表情をしているイントリーグがいて。
「殿下……?」
一体どうしたのだろうと首を傾げれば、その眉間にシワが寄った。
「一体どこに行こうとしていた?」
「どこに、とは……」
邪魔者は消えてあげようと、なんて馬鹿正直に言うわけにもいかない。適当な言い訳を考えていれば、強引に腕を引かれて。
「行くぞ」
「な、っ……ちょ、ちょっと……!」
抵抗する間もなく、ホールの真ん中へと連れていかれる。そうして背中へと手が回され、もう片方の手がコーネリアの手を掬い上げた。彼女を強引に引っ張ってきたわりに、その手はどこか優しいもので。
「忘れるな。言ったはずだ。お前は、私の婚約者だと」
しかしその声は、どこか冷たい。
「……申し訳ございません」
恥をかかせるな、ということだろうか。
強引ではあるものの、彼からダンスの誘いを受けたのは正直驚いている。これも、同じ人生を繰り返して周りへの接し方を変えていった成果なのだろう。
しかしそれでも、あまり嬉しいとは思えない。彼の気持ちに踏ん切りをつけてしまったからだろうか。それとも、自分に向けられたその表情が険しいものだったからだろうか。これがにこやかな笑顔だったら、もう少し喜べただろう。
(そんな顔をするなら、無理して誘わなくてもいいのに)
王族にそれは許されないのだろうけれど、今までの人生でそうしてきたのだからそこまで変わらなくていいのに、なんて思ってしまう。
(まあ、1曲踊れば大丈夫かしら)
そうすれば、次期国王としての威厳は守ることが出来るだろう。そこから先は、彼の行動次第だ。
そう思いながら、ワルツを1曲。戸惑いながらもイントリーグに合わせて踊ることが出来るのは、日頃のレッスンの賜物だ。
演奏が終わり、向き合ってお互い頭を下げる。
(もういいかしら)
次の演奏が始まる前に、エーデルワイスにここを明け渡さなければ。
その場から立ち去ろうとしたけれど、その瞬間イントリーグの手がコーネリアの手へと伸ばされる。
「えっ……」
驚き彼を見上げるけれど、しかしその表情は少しも動かない。
「何か不都合でもあるのか?」
「い、いえ……そういうわけでは……」
「であればいいだろう」
立ち去る言い訳も思い浮かばないうちに、次の演奏が始まってしまって。こうなってしまえば、途中で手を振り払って立ち去る方が不自然だろう。
(エーデルワイスは大丈夫なの……!?)
ステップを踏みながら、こちらを見ている周りの人間達を見回す。イントリーグとコーネリアが踊っているのを羨ましそうに見ている者、うっとりと見惚れている者、二人のどちらかに嫉妬心を剥き出しにしている者……様々な感情が入り交じる観客の中、彼女はいた。
悔しそうに唇を噛んで、コーネリアを睨み付けている。まるで、少し前の自分のように。
「……おい」
「あっ……」
強引なステップで体が引かれ、体勢が崩れる。転ぶ前にイントリーグによって支えられたためになんとか持ち直したけれど、体が密着したせいで視界の全てが彼によって覆い尽くされてしまって周りが見えなくなってしまった。
「どこを見ていた」
コーネリアを見下ろすその目は、冷たく鋭い。
「いえ……申し訳ございません。知り合いがいたような気がしたもので……」
嘘ではない。まあ今回の人生では、エーデルワイスと話したことどころか接触したことすらないのだけれど。
「知り合い、か」
彼の眉間には、更に深いシワが寄る。
「私のパートナーを務めている最中に余所見とは、いい度胸じゃないか」
「…………申し訳ございません」
今夜、彼は酷く不機嫌らしい。そんなだったら尚更エーデルワイスの傍にいればいいものを。もしかしたら、コーネリアが彼女に何か危害を加えようとしているのではないかと、こうして近くで監視しているのかもしれない。
(馬鹿ね。もうそんなことしないというのに……)
以前のコーネリアには有効な手かもしれないけれど。こうしているくらいなら、彼女の傍にいてあげる方が時間を無駄にしないというのに。
(嗚呼、早く終わってくれないかしら……)
不機嫌なイントリーグとこうしているのは、なんだか息苦しい。流れている曲はそれ程長いものではなかったけれど、ゆったりしている曲調なのもあって時間の流れが遅く感じる。
ようやく曲が終わった頃には、もう疲弊仕切っていて。曲の終わったところで、ようやく方の力が抜けた。
(もういいかしら)
流石に少し疲れた。
曲が終わった流れでイントリーグから離れようとしたのだけれど。
「待て」
再び、彼の手が伸びてくる。
(また……!?)
困惑し、思わずその手を振り払おうとしてしまって。しかしそれより前に、視界の端から誰かがイントリーグへと飛び付いてきた。
「イントリーグ様! 私とも踊ってください!」
うるうると目を潤ませて、上目遣いで彼を見上げて。
普段であれば不敬で下品な行いだと咎めただろう。しかし今は、願ってもいない助け舟だった。
「……申し訳ございません、殿下。少々体調が優れませんので、わたくしはこの辺りで下がらせていただきますわ」
頭を下げ、いそいそとその場から走り去る。
「おい……!!」
イントリーグの呼び止める声が聞こえた気がしたけれど、知らない。聞こえなかった振りをして、2人から離れていく。
そんなコーネリアに、周りの人々の視線が注がれた。
「可哀想なコーネリア様……」
そんな言葉が聞こえてきて。以前のコーネリアであれば、それを惨めに思ってしまっただろう。でも今は、なんだか納得してしまう。
(ええ、本当にね)
どうして、あんなにも彼へ縋っていたのかわからない。彼に心酔していた頃が、なんだか馬鹿らしく思ってしまう。
敗走なのは認めよう。だからこそ、ここから早く離れなければ。そうしないと、まだ自分を睨み付けているあの男と、どこか勝ち誇ったように笑っているあの女に、今世も殺されてしまう。
(そんな顔しなくても、今夜で退場してあげるわよ)
そうだ。今夜で全て、終わる。
人々の目から隠れるようにバルコニーへと出た。そこから見えるのは、ホールの中心で踊る2人だ。人々の視線は、もうコーネリアから彼らへと移っていて。そんなものだ、人々の関心や興味というのは。
それはそれで気が休まるから、コーネリアとしてはその方が嬉しいのだけれど。
コーネリアはホールから視線を逸らして、ゆったりと流れる音楽を聴きながら静かな外を眺めた。煌びやかなホールよりも、今はこちらの方が癒される。
(そういえば……外の世界なんて、視察以外で行ったことはなかったわね……)
自分の家が持っている領地以外の世界を知らない。だから案外楽しみなのだ、この先の人生も。
……なんて。これからのこととまだ見ぬ外の世界に思いを馳せていれば、背後から誰かの気配を感じて振り返る。そこにいたのは、見知らぬ給仕の男で。
「こちらにいらっしゃいましたか」
なんて、にこやかな笑顔でバルコニーへと出てくる。そうして彼は、手に持っていたトレイをコーネリアへと差し出した。
「こちら、いかがでしょうか?」
そこには、バラが1輪添えられた赤いモクテルが乗っている。
(ああ、これね)
あの悪魔が言っていたのは。
「ありがとう、いただくわ」
コーネリアはそれを受け取ると、ゆらゆらとその水面を揺蕩わせる。赤く綺麗なそのモクテル。自分をここから連れ出してくれる、赤いバラ。
コーネリアはグラスの縁を愛おしそうに指で撫で、中身を一気に煽った。
嚥下して、数十秒。
「ぅ……あ……」
全身から血の気が引いていくような感覚がする。頭が回って、だんだんと体から力が抜けていって、やがて瞼が重くなって……
パリン、と遠くで何かが割れる音がした。それが、自分の手から離れたグラスが落ちて割れる音だと気付いた時にはもう、視界が真っ暗になって。自分の体が同じようにバルコニーの床に落ちる頃にはもう、眠気に耐えられず瞼を閉じていた。
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