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9. 兄との再会
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季節は春になった。
カフェの前の通りには、桜並木が淡いピンク色の花を咲かせている。窓を開けると、時折、風に乗って花びらが舞い込む。
平日のランチタイムが終わり、店内は落ち着いていた。ソラはカウンターでまかないランチを食べている。
会計をする客に笑みを振りまくと、「ソラくん、またね」なんて、黄色い声を浴びている。
ソラの中性的な魅力は男女問わず効果抜群で、客足は確実に延びた。
時々、ソラはテラス席でコーヒー片手にのんびりする。そして、通行人に愛嬌を振りまいていると、その通行人が、吸い寄せられるように店に入ってくることもあった。
まるで看板猫、そんな感じだ。
「ねぇ、ケイ。追加でパスタも食べたい」
本当に食欲旺盛だな。細い身体のどこに入るのか。
「野良猫だって、もう少し遠慮するよ」
俺が苦笑しながら答えた、その時だった。カフェのドアがカラン、と軽やかな音を立てて開いた。
「いらっしゃいませ!」
俺が声を上げると、そこに立っていたのは、意外な人物だった。
パリッと糊の効いたスーツに身を包んだ、俺の兄、隼人。
「兄さん……」
そして、その後ろに、そっと控えていた女性が小さく会釈をする。
「こんにちは」
梨夏は顔を上げると静かに言った。
身体のラインに沿った、細身のスーツを完璧に着こなしていた。タイトにまとめられた黒髪、冷たい光を放つ宝石のような瞳が、感情の機微を一切見せない。
先日、ここで笑っていたときは、まるで別人のようだ。
只ならぬ雰囲気に、ソラがじっとこちらを窺っている。
「なにか、急用でも?」
俺は驚きを隠せずに尋ねた。
隼人と梨夏が一緒に俺の店に来るなんて、初めてのことだ。それに、兄を含め実家とは、何年も連絡を絶っていたから。
隼人は店内を一瞥すると、冷たい笑みを浮かべた。
「仕事中に悪いな。用件を伝えたらすぐに失礼する」
有無を言わせぬ声が響く。
そして、梨夏に軽く視線を投げると、梨花は無言でバッグから封筒を取り出し、カウンター席にそっと置いた。
隼人が視線だけで『開けろ』と指示される。反抗するのも億劫で、俺は封筒からカードを取り出した。
それは予想通り、結婚式の招待状だった。
「6月に挙式をする。身内の欠席は体裁が悪い、ということは理解できるだろう。当然、参列するんだな」
隼人の言葉に、俺は眉をひそめた。
「兄さん、あんたねぇ…」
俺の視線は、思わず梨夏に向かった。何の感情も浮かんでいないかのような、無表情でこちらを見ている。
「元婚約者の前で、よくもそんなことが言えるな」
俺の言葉は、怒りを含んで震えていた。まさか、兄がここまで配慮のない人間だったとは。すると、梨夏が静かに口を開いた。
「圭人さん、公私混同は良くありません。私は今、隼人さんの秘書としてここに同行しています。個人的な感情は、今までもこれからも、仕事には持ち込むつもりはありません」
驚くほど冷静で、事務的だった。
「梨夏は、優秀な秘書だよ」
「……ありがとうございます」
そのプロフェッショナルな態度に、俺は何も言い返すことができなかった。梨夏の整った顔から、表情を無くすと、とても冷たく見える。
それが、梨夏の強さなのだろうか。それとも、そう振る舞うことで、自分の感情を押し殺しているのだろうか。いつもとは全く違う、梨夏の無機質な立ち振る舞いと表情。何より、無力で何もできない自分に腹が立った。
「お前が梨夏と時々会っていることは知っている。いや、別に構わないさ。部下のプライベートに口は出さない主義だ。好きにしたらいい」
梨夏が少しだけ眉をひそめた。ポーカーフェイスが一瞬だけ崩れた。
「なぁ、圭人。お前は昔から、俺のお下がりが似合いだよ」
「何言ってんだよ」
「ああ、そうだ。あのバイクも、まだ乗っていたんだな」
店の前に置かれた、バイクへ視線を向けた。
「バイクも女も、お下がりで満足するようでは、な」
その言葉は、まるで俺の全てを見透かしているかのように聞こえた。
「常務、少しお言葉が過ぎるかと」
「ふ、そうか。それは失礼した」
隼人の圧倒的な存在感と、梨夏の無表情なまでの冷静さが、俺を強く圧迫する。店の空気は一気に凍りつき、まるで時間が止まったかのようだ。
この張り詰めた空気を、誰か壊してくれと、俺は心の底から願った。
そのときだ。
「 ねえ、お兄さん。ご注文は?」
重い空気を割った明るい声。
初めて、隼人の視線が、すぐ隣のソラを捉えた。
「ここの特製ナポリタン、野菜たっぷり、半熟の目玉焼きが乗っていて、とっても美味しいですよ」
カウンター席に座っていたソラは、甘えるような視線で、隼人を見上げていた。
カフェの前の通りには、桜並木が淡いピンク色の花を咲かせている。窓を開けると、時折、風に乗って花びらが舞い込む。
平日のランチタイムが終わり、店内は落ち着いていた。ソラはカウンターでまかないランチを食べている。
会計をする客に笑みを振りまくと、「ソラくん、またね」なんて、黄色い声を浴びている。
ソラの中性的な魅力は男女問わず効果抜群で、客足は確実に延びた。
時々、ソラはテラス席でコーヒー片手にのんびりする。そして、通行人に愛嬌を振りまいていると、その通行人が、吸い寄せられるように店に入ってくることもあった。
まるで看板猫、そんな感じだ。
「ねぇ、ケイ。追加でパスタも食べたい」
本当に食欲旺盛だな。細い身体のどこに入るのか。
「野良猫だって、もう少し遠慮するよ」
俺が苦笑しながら答えた、その時だった。カフェのドアがカラン、と軽やかな音を立てて開いた。
「いらっしゃいませ!」
俺が声を上げると、そこに立っていたのは、意外な人物だった。
パリッと糊の効いたスーツに身を包んだ、俺の兄、隼人。
「兄さん……」
そして、その後ろに、そっと控えていた女性が小さく会釈をする。
「こんにちは」
梨夏は顔を上げると静かに言った。
身体のラインに沿った、細身のスーツを完璧に着こなしていた。タイトにまとめられた黒髪、冷たい光を放つ宝石のような瞳が、感情の機微を一切見せない。
先日、ここで笑っていたときは、まるで別人のようだ。
只ならぬ雰囲気に、ソラがじっとこちらを窺っている。
「なにか、急用でも?」
俺は驚きを隠せずに尋ねた。
隼人と梨夏が一緒に俺の店に来るなんて、初めてのことだ。それに、兄を含め実家とは、何年も連絡を絶っていたから。
隼人は店内を一瞥すると、冷たい笑みを浮かべた。
「仕事中に悪いな。用件を伝えたらすぐに失礼する」
有無を言わせぬ声が響く。
そして、梨夏に軽く視線を投げると、梨花は無言でバッグから封筒を取り出し、カウンター席にそっと置いた。
隼人が視線だけで『開けろ』と指示される。反抗するのも億劫で、俺は封筒からカードを取り出した。
それは予想通り、結婚式の招待状だった。
「6月に挙式をする。身内の欠席は体裁が悪い、ということは理解できるだろう。当然、参列するんだな」
隼人の言葉に、俺は眉をひそめた。
「兄さん、あんたねぇ…」
俺の視線は、思わず梨夏に向かった。何の感情も浮かんでいないかのような、無表情でこちらを見ている。
「元婚約者の前で、よくもそんなことが言えるな」
俺の言葉は、怒りを含んで震えていた。まさか、兄がここまで配慮のない人間だったとは。すると、梨夏が静かに口を開いた。
「圭人さん、公私混同は良くありません。私は今、隼人さんの秘書としてここに同行しています。個人的な感情は、今までもこれからも、仕事には持ち込むつもりはありません」
驚くほど冷静で、事務的だった。
「梨夏は、優秀な秘書だよ」
「……ありがとうございます」
そのプロフェッショナルな態度に、俺は何も言い返すことができなかった。梨夏の整った顔から、表情を無くすと、とても冷たく見える。
それが、梨夏の強さなのだろうか。それとも、そう振る舞うことで、自分の感情を押し殺しているのだろうか。いつもとは全く違う、梨夏の無機質な立ち振る舞いと表情。何より、無力で何もできない自分に腹が立った。
「お前が梨夏と時々会っていることは知っている。いや、別に構わないさ。部下のプライベートに口は出さない主義だ。好きにしたらいい」
梨夏が少しだけ眉をひそめた。ポーカーフェイスが一瞬だけ崩れた。
「なぁ、圭人。お前は昔から、俺のお下がりが似合いだよ」
「何言ってんだよ」
「ああ、そうだ。あのバイクも、まだ乗っていたんだな」
店の前に置かれた、バイクへ視線を向けた。
「バイクも女も、お下がりで満足するようでは、な」
その言葉は、まるで俺の全てを見透かしているかのように聞こえた。
「常務、少しお言葉が過ぎるかと」
「ふ、そうか。それは失礼した」
隼人の圧倒的な存在感と、梨夏の無表情なまでの冷静さが、俺を強く圧迫する。店の空気は一気に凍りつき、まるで時間が止まったかのようだ。
この張り詰めた空気を、誰か壊してくれと、俺は心の底から願った。
そのときだ。
「 ねえ、お兄さん。ご注文は?」
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初めて、隼人の視線が、すぐ隣のソラを捉えた。
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