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〈番外編〉女優 玲奈の気持ち
台本のない演技
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ドラマの撮影を終え、小さなバーの扉を開いたときは、もう深夜1時を過ぎていた。
そこはカウンターしかない、小さな隠れ家的なバー。もう何年も通っている。
店内にいた客はひとりだけ。琥珀色のグラスを回していた。
「やぁ、玲奈。遅くまでおつかれさま」
桐生翔が、グラスを軽くあげて出迎える。私はいつものジントニックをオーダーし、隣の席に腰を下ろした。
「……しまりのない顔ね」
「おかげさまで、楽しくやっているよ」
「ノロケ話は遠慮したいわ」
差し出されたグラスに、自分のグラスを軽くぶつける。
カチン、と心地よい音が店内に響いた。
「理久との対談、記事を見たよ。よく撮れていたね」
昨日、発売されたばかりの雑誌だ。表紙はもちろん、私と理久くんのツーショット。
「本当なら、いじめてあげようとしたのよ、対談のとき」
「君は相変わらず悪趣味だね、玲奈」
「あら、友人がアイドルに騙されてるかもしれないじゃない」
「俺が?」
「恋は盲目だもの」
カウンターの向こうから、マスターが静かに口を開く。
「今夜は、タレコミの準備は不要ですか?」
その冗談に、私たちは思わず吹き出した。
「その節は、本当にお世話になりました」
トップアイドル、TOMARIGIの片倉理久との関係を勘づかれないよう、翔は私と嘘のスキャンダルを企てた。この店で寄り添っている写真をマスターが撮り、週刊誌に流したのだ。
あとは、言葉も事実もいらない。
『結婚秒読み』などと、ワイドショーが勝手に報道し、世間もそれなりに信じているようだ。
「玲奈のおかげで、怪しまれることなく、理久とデートができそうだ。俳優とアイドル、プライベートで仲の良い友人としてね」
「プレイボーイも地に足が着いたわね」
翔は苦笑いする。
かつては恋多き俳優だったのに、今は自分のキャリアさえチップにして、あの子ひとりを守ろうと賭けている。
「愛されてるわね、理久くん。……うらやましいわ」
ふと口を突いて出た本音に、翔が鋭い視線を向けた。
「……玲奈。君の『彼女』への想いは、まだ届かないのかい?」
私は自嘲気味に笑い、一気にグラスを空けた。
スキャンダルが出たあと、彼女は『よかったわね』と眩しい笑顔で祝福してくれた。
その瞬間、私の恋は永遠に死んだ。
「スキャンダルのおかげで、私も彼女のそばにいられるのよ。翔との恋を応援してくれる、良き相談相手としてね」
彼女を失わないために、自分を「友人」という檻に閉じ込める道を選んだ。
無理やり心をこじ開け、自分の居場所を奪い取った翔とは、決定的に違う道。
「玲奈と理久は、似ているね」
「そう?」
「恋に対する考え方がね」
翔はそれ以上は言わず、グラスに口を運んだ。
「TOMARIGIのライブ、素敵だったわ」
対談のあと、本当にライブの招待状が届いた。
「ステージで輝く理久くん、本当に綺麗だった。あんなに幸せそうに笑うアイドル、初めて見たわ」
「そうだな、自慢の恋人かな」
「お互いが、羽を休める場所なのね」
カランと氷が音を立てる。
「最高のハッピーエンドでよかったわね」
私が皮肉混じりに言うと、翔はゆっくりとグラスを置き、まっすぐに前を見つめた。
「いや、これはエンドロールじゃない。俺と理久の、本当の物語のプロローグだよ」
そう答える翔の横顔は、どの映画のラストシーンよりも穏やかな愛に満ちていた。
「はいはい。ごちそうさま」
私は席を立ちつ。
「玲奈の物語は、まだはじまっていないんだろう」
「さぁ、どうかしら」
そうして、夜の街へ踏み出した。
届かない想いを胸に、明日もドラマの撮影だ。
彼女の前で、最高の演技をする。
台本の無い、『親友』という名の役を、永遠に演じ続けるから。
そこはカウンターしかない、小さな隠れ家的なバー。もう何年も通っている。
店内にいた客はひとりだけ。琥珀色のグラスを回していた。
「やぁ、玲奈。遅くまでおつかれさま」
桐生翔が、グラスを軽くあげて出迎える。私はいつものジントニックをオーダーし、隣の席に腰を下ろした。
「……しまりのない顔ね」
「おかげさまで、楽しくやっているよ」
「ノロケ話は遠慮したいわ」
差し出されたグラスに、自分のグラスを軽くぶつける。
カチン、と心地よい音が店内に響いた。
「理久との対談、記事を見たよ。よく撮れていたね」
昨日、発売されたばかりの雑誌だ。表紙はもちろん、私と理久くんのツーショット。
「本当なら、いじめてあげようとしたのよ、対談のとき」
「君は相変わらず悪趣味だね、玲奈」
「あら、友人がアイドルに騙されてるかもしれないじゃない」
「俺が?」
「恋は盲目だもの」
カウンターの向こうから、マスターが静かに口を開く。
「今夜は、タレコミの準備は不要ですか?」
その冗談に、私たちは思わず吹き出した。
「その節は、本当にお世話になりました」
トップアイドル、TOMARIGIの片倉理久との関係を勘づかれないよう、翔は私と嘘のスキャンダルを企てた。この店で寄り添っている写真をマスターが撮り、週刊誌に流したのだ。
あとは、言葉も事実もいらない。
『結婚秒読み』などと、ワイドショーが勝手に報道し、世間もそれなりに信じているようだ。
「玲奈のおかげで、怪しまれることなく、理久とデートができそうだ。俳優とアイドル、プライベートで仲の良い友人としてね」
「プレイボーイも地に足が着いたわね」
翔は苦笑いする。
かつては恋多き俳優だったのに、今は自分のキャリアさえチップにして、あの子ひとりを守ろうと賭けている。
「愛されてるわね、理久くん。……うらやましいわ」
ふと口を突いて出た本音に、翔が鋭い視線を向けた。
「……玲奈。君の『彼女』への想いは、まだ届かないのかい?」
私は自嘲気味に笑い、一気にグラスを空けた。
スキャンダルが出たあと、彼女は『よかったわね』と眩しい笑顔で祝福してくれた。
その瞬間、私の恋は永遠に死んだ。
「スキャンダルのおかげで、私も彼女のそばにいられるのよ。翔との恋を応援してくれる、良き相談相手としてね」
彼女を失わないために、自分を「友人」という檻に閉じ込める道を選んだ。
無理やり心をこじ開け、自分の居場所を奪い取った翔とは、決定的に違う道。
「玲奈と理久は、似ているね」
「そう?」
「恋に対する考え方がね」
翔はそれ以上は言わず、グラスに口を運んだ。
「TOMARIGIのライブ、素敵だったわ」
対談のあと、本当にライブの招待状が届いた。
「ステージで輝く理久くん、本当に綺麗だった。あんなに幸せそうに笑うアイドル、初めて見たわ」
「そうだな、自慢の恋人かな」
「お互いが、羽を休める場所なのね」
カランと氷が音を立てる。
「最高のハッピーエンドでよかったわね」
私が皮肉混じりに言うと、翔はゆっくりとグラスを置き、まっすぐに前を見つめた。
「いや、これはエンドロールじゃない。俺と理久の、本当の物語のプロローグだよ」
そう答える翔の横顔は、どの映画のラストシーンよりも穏やかな愛に満ちていた。
「はいはい。ごちそうさま」
私は席を立ちつ。
「玲奈の物語は、まだはじまっていないんだろう」
「さぁ、どうかしら」
そうして、夜の街へ踏み出した。
届かない想いを胸に、明日もドラマの撮影だ。
彼女の前で、最高の演技をする。
台本の無い、『親友』という名の役を、永遠に演じ続けるから。
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