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結婚生活 2年0ヵ月 ~菜の花は警告する~
雑草にもミツバチは寄ってくる?
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「皆様、ここへ来る前に菜の花が一面に咲いていたのを見られました?今年は特に美しく咲いておりますのよ」
私が突然尋ねると、マダムたちは口々に言います。
「ええ、とても綺麗でしたわ」
「馬車から見た景色は、まるで黄金の海のようでしたもの」
さらに、ダンテ伯爵婦人が続きます。
「本当に素晴らしい景色でしたわ。ウィーネなんて、あまりにきれいだからと、お屋敷まで散歩してくると言って、困ったものですわ」
「お、お母様、そのような話は……」
それまで完璧に保っていた仮面が、初めてひび割れた瞬間です。その一瞬の隙を見逃す私ではありません。
「ウィーネ、あの菜の花畑のむせ返るほどの香り、覚えていらっしゃいますか?」
「え、ええ。それはもう……」
ウィーネは、気まずそうに視線をそらしました。
彼女がその場で言葉を詰まらせたこと、そしてお母様が不用意に口を滑らせたこと。
この2つのピースが、私の頭の中で完璧に繋がりました。
本当に、ミツバチのような旦那様ですね。
「ところで、旦那様――」
私の声を聞いた途端に、顔から血の気が引いたようです。
「な、なに?」
目が泳ぎ、視線が宙を彷徨っています。
過去の経験から、もう観念していると言っても、過言ではないのでしょうね。
「ルイディア、そろそろ僕は失礼したいよ」
私は立ち上がると、優雅な仕草で彼の隣に立ちました。
「裾に土がついてますよ」
膝や裾を手で払って差し上げます。
旦那様の顔がさらに青ざめます。その怯えた顔を見て、私はゾクゾクとしました。
「あら、菜の花の花粉がこんなにたくさん。花畑でかくれんぼでもしたのですか?」
私の指先についた、ほんの僅かな黄色い粉を、誰もが息をのんで見つめました。
「菜の花の花粉を身にまとって、次から次へと花の蜜を楽しむだなんて、本当に旦那様はミツバチみたいですわ」
「僕がミツバチ?」
「明日はどんな花のもとへ行かれるのか、気になりますわ。ねえ、レディ・ウィーネ」
私はウィーネに微笑みかけました。
彼女は膝の上で手を握りしめ、唇を小刻みに震わせています。その屈辱的な表情が、私の満足感を満たしてくれます。
「あの、ルイディア様?」
ウィーネの母親であるダンテ伯爵夫人が、私の意図を図りかねて怪訝そうにしています。そろそろ、分かりやすくお伝えして差し上げましょうか。
「あら?ウィーネのドレスにも、たくさん花粉がついていますわ」
私の言葉に、ご婦人たちは目を丸くしました。
皆さんは好奇心に耐えられないのです。一斉に、テーブルの下を覗き込み、ウィーネのドレスの裾を確かめています。
「スカートの中も、花粉だらけではないかしら」
「なんですって?」
ダンテ伯爵婦人が立ち上がりました。
「旦那様は獣のような体位がお好きですから、膝が泥で汚れてないか、ましてやお怪我でもされていないか、心配ですわ」
サロンに、ご婦人たちの小さな悲鳴が響きました。ウィーネは顔を真っ赤にして、何も言えません。
「あー、えっと、僕は、用事があるから」
夫はもう、耐えられなかったのでしょう。逃げ出すようにその場を後にしようとしました。
「いた!」
私はジャケットの裾を引っ張り阻止します。
「甘い蜜ばかりでは、さぞかし喉が渇くのでしょう?旦那様、今夜は私が特製のハーブティーを入れて差し上げますわ。心ゆくまでお話しましょうね」
私の言葉に、夫は怯えたような表情で背を向けました。
「ひい!」
私の手が離れた隙に、文字通り逃げて行きました。
「マ、マートル様……!」
可哀想に。なにも助けてもらえませんでしたね。同情は不要ですわ。
「ダテン伯爵夫人、ご息女をこんなに魅力的なレディに育てるには、どうすればいいのかしら?じっくりとお話を伺いたいですわ。ドレスの選び方や、男性への愛想の振り方も含めて」
「そ、そんな、ルイディア様。滅相もありません」
伯爵夫人はすっかり委縮し、気の毒ですね。でも仕方ありません。
「何か言いたいことはある?レディ・ウェード」
私は再びウィーネに問いかけました。彼女は、悔しさと怒りに満ちた顔で叫びました。
「ウィーネです!」
「あら、失礼。ウィードでは雑草ですものね」
私は優雅に微笑みました。
正直な話、旦那様から見れば、菜の花も雑草も、大した区別はされていないのでしょう。
可哀そうなことです。男を見る目こそ、立派な淑女に必要なことなのに。
まともな教育ができなかった、目の前のお母様の責任ですよ。私や旦那様を恨むのは、お門違いというものです。
「さぁ、お茶会はお開きにしましょうか」
みんながハッと顔を上げます。
「皆様、本日はお越しいただき、ありがとうございました。私、これから、愛しい旦那様とのお楽しみが待っておりますから」
サロンの空気がさらに張りつめました。
「あ、あの、本当に仲睦まじくて、う、羨ましいことですわ」
誰かが上ずった声で言いました。
ええ、確かに。夫婦は常に仲良くいたいものですね。この茶番劇は、まだまだ終わりそうにありませんから。
私が突然尋ねると、マダムたちは口々に言います。
「ええ、とても綺麗でしたわ」
「馬車から見た景色は、まるで黄金の海のようでしたもの」
さらに、ダンテ伯爵婦人が続きます。
「本当に素晴らしい景色でしたわ。ウィーネなんて、あまりにきれいだからと、お屋敷まで散歩してくると言って、困ったものですわ」
「お、お母様、そのような話は……」
それまで完璧に保っていた仮面が、初めてひび割れた瞬間です。その一瞬の隙を見逃す私ではありません。
「ウィーネ、あの菜の花畑のむせ返るほどの香り、覚えていらっしゃいますか?」
「え、ええ。それはもう……」
ウィーネは、気まずそうに視線をそらしました。
彼女がその場で言葉を詰まらせたこと、そしてお母様が不用意に口を滑らせたこと。
この2つのピースが、私の頭の中で完璧に繋がりました。
本当に、ミツバチのような旦那様ですね。
「ところで、旦那様――」
私の声を聞いた途端に、顔から血の気が引いたようです。
「な、なに?」
目が泳ぎ、視線が宙を彷徨っています。
過去の経験から、もう観念していると言っても、過言ではないのでしょうね。
「ルイディア、そろそろ僕は失礼したいよ」
私は立ち上がると、優雅な仕草で彼の隣に立ちました。
「裾に土がついてますよ」
膝や裾を手で払って差し上げます。
旦那様の顔がさらに青ざめます。その怯えた顔を見て、私はゾクゾクとしました。
「あら、菜の花の花粉がこんなにたくさん。花畑でかくれんぼでもしたのですか?」
私の指先についた、ほんの僅かな黄色い粉を、誰もが息をのんで見つめました。
「菜の花の花粉を身にまとって、次から次へと花の蜜を楽しむだなんて、本当に旦那様はミツバチみたいですわ」
「僕がミツバチ?」
「明日はどんな花のもとへ行かれるのか、気になりますわ。ねえ、レディ・ウィーネ」
私はウィーネに微笑みかけました。
彼女は膝の上で手を握りしめ、唇を小刻みに震わせています。その屈辱的な表情が、私の満足感を満たしてくれます。
「あの、ルイディア様?」
ウィーネの母親であるダンテ伯爵夫人が、私の意図を図りかねて怪訝そうにしています。そろそろ、分かりやすくお伝えして差し上げましょうか。
「あら?ウィーネのドレスにも、たくさん花粉がついていますわ」
私の言葉に、ご婦人たちは目を丸くしました。
皆さんは好奇心に耐えられないのです。一斉に、テーブルの下を覗き込み、ウィーネのドレスの裾を確かめています。
「スカートの中も、花粉だらけではないかしら」
「なんですって?」
ダンテ伯爵婦人が立ち上がりました。
「旦那様は獣のような体位がお好きですから、膝が泥で汚れてないか、ましてやお怪我でもされていないか、心配ですわ」
サロンに、ご婦人たちの小さな悲鳴が響きました。ウィーネは顔を真っ赤にして、何も言えません。
「あー、えっと、僕は、用事があるから」
夫はもう、耐えられなかったのでしょう。逃げ出すようにその場を後にしようとしました。
「いた!」
私はジャケットの裾を引っ張り阻止します。
「甘い蜜ばかりでは、さぞかし喉が渇くのでしょう?旦那様、今夜は私が特製のハーブティーを入れて差し上げますわ。心ゆくまでお話しましょうね」
私の言葉に、夫は怯えたような表情で背を向けました。
「ひい!」
私の手が離れた隙に、文字通り逃げて行きました。
「マ、マートル様……!」
可哀想に。なにも助けてもらえませんでしたね。同情は不要ですわ。
「ダテン伯爵夫人、ご息女をこんなに魅力的なレディに育てるには、どうすればいいのかしら?じっくりとお話を伺いたいですわ。ドレスの選び方や、男性への愛想の振り方も含めて」
「そ、そんな、ルイディア様。滅相もありません」
伯爵夫人はすっかり委縮し、気の毒ですね。でも仕方ありません。
「何か言いたいことはある?レディ・ウェード」
私は再びウィーネに問いかけました。彼女は、悔しさと怒りに満ちた顔で叫びました。
「ウィーネです!」
「あら、失礼。ウィードでは雑草ですものね」
私は優雅に微笑みました。
正直な話、旦那様から見れば、菜の花も雑草も、大した区別はされていないのでしょう。
可哀そうなことです。男を見る目こそ、立派な淑女に必要なことなのに。
まともな教育ができなかった、目の前のお母様の責任ですよ。私や旦那様を恨むのは、お門違いというものです。
「さぁ、お茶会はお開きにしましょうか」
みんながハッと顔を上げます。
「皆様、本日はお越しいただき、ありがとうございました。私、これから、愛しい旦那様とのお楽しみが待っておりますから」
サロンの空気がさらに張りつめました。
「あ、あの、本当に仲睦まじくて、う、羨ましいことですわ」
誰かが上ずった声で言いました。
ええ、確かに。夫婦は常に仲良くいたいものですね。この茶番劇は、まだまだ終わりそうにありませんから。
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