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結婚生活 2年0ヵ月 ~菜の花は警告する~
ショータイムはこれから
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今夜は、私の屋敷でお茶会が開催されます。
近隣の貴族の夫人たちを招き、いわゆる情報交換の場を設けているのです。政治の動向から社交界の噂話、王家の内部事情まで、あらゆる情報が飛び交います。
私の趣味ではありませんが、いざという時に「知りませんでした」で恥をかくのは困ります。
これも領主としての務めですから、情報収集は欠かせません。
「ルイディア様、皆様お揃いです」
執事の声に、私は頷き日当たりの良いサロンへと向かいました。
色とりどりのドレスが、部屋の雰囲気を華やかに彩っていました。
窓から差し込む夕日が、彼女たちの宝石をきらめかせ、グラスの中で琥珀色に輝く紅茶を照らしています。
「皆様、ごきげんよう。ようこそお越しくださいました」
「お招きいただきありがとうございます」
来客の中でも特に格上のダテン伯爵夫人が笑顔を見せた。社交界で影響力を持つマダムの一人です。
「本日は娘を連れて参りました」
伯爵夫人の隣に立つのは、まだ十代と思われる若い娘でした。大きな胸元を強調する流行りのドレスに、少し挑戦的な眼差し。
若さゆえの尖った雰囲気が、眩しく映ります。
「ようこそお越しくださいました。レディ・ウィード」
「ウィーネですわ、ルイディア様」
私としたことが、お名前を間違えてしまいました。
「ご無沙汰しております。王都の祝祭でお会いしましたね」
ウィーネは微笑みを崩さずに訂正しました。その冷静に少しばかり感心します。この年齢で、これほど落ち着いていられる方は珍しいでしょう。
「まあ、ごめんなさい、ウィーネ。さあ、どうぞおかけになって。今日は皆様とたくさんお話できるのを、楽しみにしておりましたのよ」
柔らかな笑みを浮かべ、席へと促します。
お茶会が始まり、上品な談笑がサロンを満たしていきました。紅茶の香りと、焼き菓子から立ち上る甘い匂いが混ざり合い、穏やかな時間が流れます。
その時です。
「ただいま、ルイディア」
サロンの扉が開き、旦那様が入ってきました。
まったく、どこをほっつき歩いていたのでしょうか。夕暮れ時まで姿を見せなかった旦那様に、私は内心の苛立ちを隠せませんでした。
お茶会には必ず顔を出すよう、いつも言い聞かせているのです。お客様に夫婦揃って挨拶するのは、当然の礼儀ですから。
こんな夫でも、彼と会えるのを楽しみにしているご婦人方は多いのです。
ほら、この通り。
「まあ!マートル様!お会いできて光栄ですわ!」
「いつ見ても見目麗しいお姿。まるで春の風が部屋に入ってきたようですわね」
ご婦人方の目の色が変わりました。
若い娘だけでなく、年配の夫人たちにも人気があるようです。どこが良いのか、私にはさっぱり分かりません。
胸焼けしそうな甘い顔立ちに、口から出る愛想の良い言葉。そのすべてが、私には薄っぺらく見えてしまいます。
「皆さまようこそ。こんなに素敵なマダムがたくさんいらっしゃるなんて。これでは、外の花壇の花々も霞んでしまいますね」
なんとまあ、口先だけの軽い言葉でしょう。
そして、その言葉に歓声を上げるご婦人方にも、正直うんざりします。
まるで蜜を求めて群がるミツバチのようです。
彼の一言で、場の空気は簡単に和らぎます。それは侯爵家を円滑に回すためには、確かに必要なことなのでしょう。
ですが、その光景は、私を確実に疲弊させました。
あら?
ウィーネだけが、背筋を伸ばしたまま、その場に立っていました。
媚びることもなく、軽薄な言葉に浮かれることもなく、ただ静かに状況を観察している様子です。
その気概に好感を覚えました。
案外、私と気が合うのかもしれません。彼女の瞳は、冷ややかに光っていました。
「僕はそろそろ失礼しますね。皆さま、どうぞごゆっくりお茶会をお楽しみください」
そう言って旦那様は、優雅に一礼しました。一仕事終えたと言わんばかりの、満足げな笑みです。
「またあとでね、ルイディア」
彼は私の手を取り、頬に軽く口づけました。
その振る舞いは、いつも通り完璧です。この茶番のために、わざわざこの場に顔を出させているのです。
「まあ、仲が良くてうらやましいわ」
「皆様も、ご主人にたっぷり愛してもらってくださいね。夫婦は仲良くなければ、ですわ」
私は余裕の笑みで応じました。
作り物の笑顔を貼り付けているうちに、頬の筋肉が強張っていくのを感じます。
ウィーネが、きゅっと唇を噛み締めたのが目に入りました。彼女には、この茶番がどう映っているのでしょうか。
「それでは」
夫が背を向けた、その瞬間です。
「お待ちください、旦那様」
私は、はっきりと、そして冷ややかな声で呼び止めました。
その一言で、サロンの空気が張りつめます。談笑は止み、全員の視線が私たち二人に集まりました。
旦那様を、このまま逃がすつもりはありません。
この場で、彼に課された役割を、きちんと果たしてもらう必要があるのです。
「皆様、申し訳ございません。私の旦那様が、大切なご挨拶をお忘れのようですから」
さぁ、ここからが見所ですわ。
近隣の貴族の夫人たちを招き、いわゆる情報交換の場を設けているのです。政治の動向から社交界の噂話、王家の内部事情まで、あらゆる情報が飛び交います。
私の趣味ではありませんが、いざという時に「知りませんでした」で恥をかくのは困ります。
これも領主としての務めですから、情報収集は欠かせません。
「ルイディア様、皆様お揃いです」
執事の声に、私は頷き日当たりの良いサロンへと向かいました。
色とりどりのドレスが、部屋の雰囲気を華やかに彩っていました。
窓から差し込む夕日が、彼女たちの宝石をきらめかせ、グラスの中で琥珀色に輝く紅茶を照らしています。
「皆様、ごきげんよう。ようこそお越しくださいました」
「お招きいただきありがとうございます」
来客の中でも特に格上のダテン伯爵夫人が笑顔を見せた。社交界で影響力を持つマダムの一人です。
「本日は娘を連れて参りました」
伯爵夫人の隣に立つのは、まだ十代と思われる若い娘でした。大きな胸元を強調する流行りのドレスに、少し挑戦的な眼差し。
若さゆえの尖った雰囲気が、眩しく映ります。
「ようこそお越しくださいました。レディ・ウィード」
「ウィーネですわ、ルイディア様」
私としたことが、お名前を間違えてしまいました。
「ご無沙汰しております。王都の祝祭でお会いしましたね」
ウィーネは微笑みを崩さずに訂正しました。その冷静に少しばかり感心します。この年齢で、これほど落ち着いていられる方は珍しいでしょう。
「まあ、ごめんなさい、ウィーネ。さあ、どうぞおかけになって。今日は皆様とたくさんお話できるのを、楽しみにしておりましたのよ」
柔らかな笑みを浮かべ、席へと促します。
お茶会が始まり、上品な談笑がサロンを満たしていきました。紅茶の香りと、焼き菓子から立ち上る甘い匂いが混ざり合い、穏やかな時間が流れます。
その時です。
「ただいま、ルイディア」
サロンの扉が開き、旦那様が入ってきました。
まったく、どこをほっつき歩いていたのでしょうか。夕暮れ時まで姿を見せなかった旦那様に、私は内心の苛立ちを隠せませんでした。
お茶会には必ず顔を出すよう、いつも言い聞かせているのです。お客様に夫婦揃って挨拶するのは、当然の礼儀ですから。
こんな夫でも、彼と会えるのを楽しみにしているご婦人方は多いのです。
ほら、この通り。
「まあ!マートル様!お会いできて光栄ですわ!」
「いつ見ても見目麗しいお姿。まるで春の風が部屋に入ってきたようですわね」
ご婦人方の目の色が変わりました。
若い娘だけでなく、年配の夫人たちにも人気があるようです。どこが良いのか、私にはさっぱり分かりません。
胸焼けしそうな甘い顔立ちに、口から出る愛想の良い言葉。そのすべてが、私には薄っぺらく見えてしまいます。
「皆さまようこそ。こんなに素敵なマダムがたくさんいらっしゃるなんて。これでは、外の花壇の花々も霞んでしまいますね」
なんとまあ、口先だけの軽い言葉でしょう。
そして、その言葉に歓声を上げるご婦人方にも、正直うんざりします。
まるで蜜を求めて群がるミツバチのようです。
彼の一言で、場の空気は簡単に和らぎます。それは侯爵家を円滑に回すためには、確かに必要なことなのでしょう。
ですが、その光景は、私を確実に疲弊させました。
あら?
ウィーネだけが、背筋を伸ばしたまま、その場に立っていました。
媚びることもなく、軽薄な言葉に浮かれることもなく、ただ静かに状況を観察している様子です。
その気概に好感を覚えました。
案外、私と気が合うのかもしれません。彼女の瞳は、冷ややかに光っていました。
「僕はそろそろ失礼しますね。皆さま、どうぞごゆっくりお茶会をお楽しみください」
そう言って旦那様は、優雅に一礼しました。一仕事終えたと言わんばかりの、満足げな笑みです。
「またあとでね、ルイディア」
彼は私の手を取り、頬に軽く口づけました。
その振る舞いは、いつも通り完璧です。この茶番のために、わざわざこの場に顔を出させているのです。
「まあ、仲が良くてうらやましいわ」
「皆様も、ご主人にたっぷり愛してもらってくださいね。夫婦は仲良くなければ、ですわ」
私は余裕の笑みで応じました。
作り物の笑顔を貼り付けているうちに、頬の筋肉が強張っていくのを感じます。
ウィーネが、きゅっと唇を噛み締めたのが目に入りました。彼女には、この茶番がどう映っているのでしょうか。
「それでは」
夫が背を向けた、その瞬間です。
「お待ちください、旦那様」
私は、はっきりと、そして冷ややかな声で呼び止めました。
その一言で、サロンの空気が張りつめます。談笑は止み、全員の視線が私たち二人に集まりました。
旦那様を、このまま逃がすつもりはありません。
この場で、彼に課された役割を、きちんと果たしてもらう必要があるのです。
「皆様、申し訳ございません。私の旦那様が、大切なご挨拶をお忘れのようですから」
さぁ、ここからが見所ですわ。
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