5 / 7
5話 雨と侵入者
しおりを挟む
「圭人くん、ソラくん。次はあの話の続き、聞かせてね?」
「うん、また来てね」
常連の女性客が名残惜しそうに笑顔で手を振り、ガラスのドアを押して出ていく。
扉が閉まると、にぎやかだった店内に静けさが訪れた。
残ったのは、俺とソラだけだ。
「あのお客さん、3時間はいたな。ソラ、お前いつの間にあんなに仲良くなったんだ?」
「えー、別に普通だよ。ケイがキッチンにこもってる間、退屈だったから話し相手になってあげただけ」
ソラは興味なさそうに、店の特等席であるヴィンテージソファに寝そべりった。
あの女性客は、あきらかに好意的な目だった。
俺はカウンターの中でグラスを磨きながら、なんとなく、胸の奥がザワつくのを感じた。
「長居したくなる気持ちはわかるな」
ソラが欠伸をしながら言う。
「そういえば、このカフェ、いつからケイがやってるの?」
「3年くらいかな。前のオーナーから俺が譲り受けたんだ。昔ながらの常連さんが多いから、あんまり雰囲気を変えられない」
「へぇ」
カフェは木のテーブルや観葉植物に囲まれ、天然木をたくさん使った温かみのある空間だ。間接照明が壁のレンガを優しく照らす。本棚には古い小説やレコードが並び、ほのかなコーヒーの香りが漂う。
俺自身、この空間に何度も救われてきた。そして今は、ソラと過ごす場所になっている。
夕方を過ぎると、雨が降ってきた。予報では雨は深夜だといっていたはずだった。
「明日のランチの仕込みをするかな」
俺がエプロンを締め直すと、ソファからソラが飛び起きた。
「僕も手伝うよ。なに作るの?」
「ビーフシチュー」
客が少なく時間があるときは、煮込み料理ものんびりできる。
最初は黙々と野菜を切り、炒めたりと手を動かしていた。
でも、ソラが長く集中できるわけもなく、グツグツと鍋が音をたてはじめる頃には、すっかり飽きていた。
「ねぇ、これ味見していい?」
俺が混ぜていたソースに、ソラは勝手にスプーンを差し込んだ。
「おい、まだ完成してないって」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
まるで猫がじゃれるように、ソラは俺の集中を軽く奪っていく。
その仕草は子供のように無邪気で、それなのに時おり妙に艶っぽく、俺の理性をかき乱す。
「でも、味見するならケイのほうかな」
カプッと、耳たぶを噛まれた。
「っ……!」
背中から伝わる生々しい体温に、全身の神経がソラとの接触面に吸い寄せられていく。
「こら、営業中だろ。いつ客が来るか――」
「誰も来ないよ、こんな寒い雨の日」
エプロンの下に手を入れてくる。
「ねぇ、こんなに暇なら、今夜はもう店じまいにしてさ。2人で飲むのはどう?」
ソラは俺の首筋に顔を埋め、俺の肩にアゴを乗せたまま、ゴロゴロと甘えてくる。夜の店で培った誘惑の技術だろうか。
「何が飲みたいんだ?」
「ワイン!クリームチーズとクルミにハチミツかけたの、作ってくれる?」
ソラが酒豪なのはもうわかっていた。
「……しかたないな」
この気まぐれな猫の誘惑には、抗えない。俺はCLOSEの看板を出そうとドアへ向かった。
その時――。
「こんばんは。お邪魔していい?」
カランとドアベルが鳴り、澄んだ声が響く。
濃紺のタイトスカートにピンヒールを履いた、研ぎ澄まされた美しさを纏う女性。しなやかな肢体のラインを際立たせていた。
「梨夏、久しぶりだな」
「濡れちゃったわ。タオル貸してくれる?」
黒く艶やかな髪の雫をはらう。
「ああ、待ってろ」
その瞬間、カウンターに座って寛いでいたソラから、甘い雰囲気がすっと消えた。
まるで、見知らぬ侵入者を前にした猫が、背を丸めて警戒するように見えた。
「うん、また来てね」
常連の女性客が名残惜しそうに笑顔で手を振り、ガラスのドアを押して出ていく。
扉が閉まると、にぎやかだった店内に静けさが訪れた。
残ったのは、俺とソラだけだ。
「あのお客さん、3時間はいたな。ソラ、お前いつの間にあんなに仲良くなったんだ?」
「えー、別に普通だよ。ケイがキッチンにこもってる間、退屈だったから話し相手になってあげただけ」
ソラは興味なさそうに、店の特等席であるヴィンテージソファに寝そべりった。
あの女性客は、あきらかに好意的な目だった。
俺はカウンターの中でグラスを磨きながら、なんとなく、胸の奥がザワつくのを感じた。
「長居したくなる気持ちはわかるな」
ソラが欠伸をしながら言う。
「そういえば、このカフェ、いつからケイがやってるの?」
「3年くらいかな。前のオーナーから俺が譲り受けたんだ。昔ながらの常連さんが多いから、あんまり雰囲気を変えられない」
「へぇ」
カフェは木のテーブルや観葉植物に囲まれ、天然木をたくさん使った温かみのある空間だ。間接照明が壁のレンガを優しく照らす。本棚には古い小説やレコードが並び、ほのかなコーヒーの香りが漂う。
俺自身、この空間に何度も救われてきた。そして今は、ソラと過ごす場所になっている。
夕方を過ぎると、雨が降ってきた。予報では雨は深夜だといっていたはずだった。
「明日のランチの仕込みをするかな」
俺がエプロンを締め直すと、ソファからソラが飛び起きた。
「僕も手伝うよ。なに作るの?」
「ビーフシチュー」
客が少なく時間があるときは、煮込み料理ものんびりできる。
最初は黙々と野菜を切り、炒めたりと手を動かしていた。
でも、ソラが長く集中できるわけもなく、グツグツと鍋が音をたてはじめる頃には、すっかり飽きていた。
「ねぇ、これ味見していい?」
俺が混ぜていたソースに、ソラは勝手にスプーンを差し込んだ。
「おい、まだ完成してないって」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
まるで猫がじゃれるように、ソラは俺の集中を軽く奪っていく。
その仕草は子供のように無邪気で、それなのに時おり妙に艶っぽく、俺の理性をかき乱す。
「でも、味見するならケイのほうかな」
カプッと、耳たぶを噛まれた。
「っ……!」
背中から伝わる生々しい体温に、全身の神経がソラとの接触面に吸い寄せられていく。
「こら、営業中だろ。いつ客が来るか――」
「誰も来ないよ、こんな寒い雨の日」
エプロンの下に手を入れてくる。
「ねぇ、こんなに暇なら、今夜はもう店じまいにしてさ。2人で飲むのはどう?」
ソラは俺の首筋に顔を埋め、俺の肩にアゴを乗せたまま、ゴロゴロと甘えてくる。夜の店で培った誘惑の技術だろうか。
「何が飲みたいんだ?」
「ワイン!クリームチーズとクルミにハチミツかけたの、作ってくれる?」
ソラが酒豪なのはもうわかっていた。
「……しかたないな」
この気まぐれな猫の誘惑には、抗えない。俺はCLOSEの看板を出そうとドアへ向かった。
その時――。
「こんばんは。お邪魔していい?」
カランとドアベルが鳴り、澄んだ声が響く。
濃紺のタイトスカートにピンヒールを履いた、研ぎ澄まされた美しさを纏う女性。しなやかな肢体のラインを際立たせていた。
「梨夏、久しぶりだな」
「濡れちゃったわ。タオル貸してくれる?」
黒く艶やかな髪の雫をはらう。
「ああ、待ってろ」
その瞬間、カウンターに座って寛いでいたソラから、甘い雰囲気がすっと消えた。
まるで、見知らぬ侵入者を前にした猫が、背を丸めて警戒するように見えた。
0
あなたにおすすめの小説
イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺
スノウマン(ユッキー)
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。
大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
定時後、指先が覚えている
こさ
BL
職場で長く反目し合ってきた二人。
それでも定時後の時間だけは、少しずつ重なっていく。
触れるはずのなかった指先。
逸らさなかった視線。
何も始まっていないのに、
もう偶然とは呼べなくなった距離。
静かなオフィスでゆっくりと近づいていく、
等身大の社会人BL。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない
綿毛ぽぽ
BL
アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。
━━━━━━━━━━━
現役人気アイドル×脱落モブ男
表紙はくま様からお借りしました
https://www.pixiv.net/artworks/84182395
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる