​宮廷舞神に恋した皇女は、兄の執着から逃げられない ~あの夜は鑑賞されていた~

はなたろう

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#0 禁宮の残り香

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緋色の帳に手をかけ、そっとその奥へと足を踏み入れる。漂う香油と薬草の、どこか苦い匂いが鼻をくすぐった。


「久しぶりだね。ずっと、待ちわびていたよ」


白絹の敷かれた寝台。そこに優雅に腰かけていたのは、宮廷舞神、白蓮。艶やかな銀髪は、差し込む月光を銀砂のように跳ね返し、冷ややかに、けれど妖しく輝いている。


「口づけは?」


白蓮は、それが当然の権利であるかのように、形の良い唇をわずかに開いて言った。


「ここは神聖な場所ですよ」


彼の思い通りになるのが癪で、私はつい強がって視線を逸らす。


「神聖な――か。尚更ではないか」


数多の崇拝者を熱狂させる彼が、今、私一人のためだけにその端整な顔を歪め、独占欲を隠そうともしない。


「おいで、愛漓」


「もう、白蓮様!」


細くしなやかな手に引かれ、彼の膝の上にのせられる。何度も肌を合わせているはずなのに、彼に触れられると、まるで初めて抱かれる夜のような初心な反応を体が返してしまう。


「お兄様に怒られても知りませんよ」


「ふふ。でも身体は正直だね、愛漓」


からかうように囁かれ、熱い吐息が耳元を掠める。それだけで、薄衣の下で胸の先がぎゅっと硬くなるのが分かった。


「隣国への巡業で会えず、寂しい思いをさせたな」


「それは、仕方のないことですわ……」


「浮気はしていないだろうね?」


「するわけありません」


「本当かな。証拠を見せてごらん」


衣の帯に指がかかる。ひとつ、ふたつと解かれ、淡い藍色の肌着が露わになる。絹の合わせ目から、熱を帯びた指先が滑り込んできた。


「っん……」


「誰にも触れられてはいけないよ」


「は、はい」


寝衣を緩く纏っただけの白蓮。その隙間からは、舞踊で鍛え上げられたしなやかな筋肉と、陶器のように滑らかな白い肌が覗く。


「ほら、口づけをしよう」


彼の手が私の腰を引き寄せると、白蓮の熱い昂ぶりも確かに伝わってくる。


「あ……っ」


その感触だけで、下腹部の奥が疼き、蜜が溢れ出すのが自分でも分かった。


「愛漓のここ……もうこんなに、熱くなっているよ」


白蓮の指先が衣の裾を捲り上げ、絹越しに内腿の柔らかい部分をなぞり上げる。指先が秘めやかな蕾に触れる寸前、私は耐えきれず彼の肩に縋り付いた。


「愛漓は私だけの『癒やし手』なのだから」


低い声が鼓膜を震わせ、理性の鎖が音を立てて千切れた。


「白蓮……」


耐えきれず自分から重ねた唇に、白蓮は待っていましたと言わんばかりに応えてくる。


「うん、いい子だね」


疼く場所を愛撫する指の熱に、私は声を殺してのけぞった。


そのときだ――。


「お取り込み中のところ済まないが、約束の時間は過ぎているぞ、白蓮」


厚手の帳が勢いよく開き、冷ややかな声が響いた。皇太子の琉克が、冷徹な眼鏡の奥の瞳で私たちを観察するように立っていた。


「お兄様……!」


慌てて白蓮の上から降りようとする。しかし、白蓮の両腕が私をしっかり抱いて離さない。


「いいところだったのに。もう少し待てないのかい、皇太子殿下。見物料をいただこうか。俺の舞の数百倍はいただくよ」


「場所をわきまえて発言するんだな」


ここは皇太子の管理下にある離れ、玄武殿だ。


「二人とも、ケンカはやめて」


「こらこら愛漓。はだけた胸元を晒して言っても説得力がないぞ」


兄の揶揄するような言葉に、顔から火が出るほど熱くなる。袖で身を隠しても、もう遅い。


「皇帝陛下がお待ちだ」


「まったく、親子揃って人使いの荒いことだ」


このあと、白蓮は王宮で舞踊を披露する。白蓮は私がずっと憧れていた舞踊手で、その美しくも苛烈な舞から、宮廷舞神と称される。そして――私の心も体も支配する、唯一無二の想い人。


「愛漓、お前も来なさい」


「はい、お兄様」


皇太子、琉克。私の実の兄であり、主君であり、そして――幼い頃から私を過保護に監視する、絶対的な支配者。次期皇帝。


あの頃は、こんな倒錯した関係に溺れるなんて、夢にも思っていなかった。すべてが狂い始めたのは、数ヶ月前。


――そう。


私が、あの重い帳の隙間から、絶対に見てはいけない「秘密」を覗いてしまった、あの夜からだった。
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