一人ぼっちになりたくて

Bera Abeliūnaité

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2 空港構内  Subway

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 俺はローストビーフサンドの五倍盛り、空はチキンサンド。どちらも野菜は上限まで増やしてもらった。

 隣の席の人は、プラスチックの容器に入った具だけを摘んでいた。パン抜きというものがあるらしい。

 俺はコーラ、空はコーヒー。

 空は三才年上の幼馴染。俺も空も、子供の頃から国際色豊かな学園の寮で暮らしていた。幼い頃の俺は、日本人同士ということで自然と空に懐いていた。子供の頃は穏やかで優しい空を姉のように思っていた。中学の頃は少し憧れていたかも。今となっては、恋とかそういう感情は消え、話しやすい親戚のお姉さんのように思っている。なぜ恋心が消えたのかはわからない。二十一才にもなって一人称がぼくというところが引っかかったのかもしれないし、あるいは空が恋愛に興味がないのだということに気がついたからかもしれない。

 空は、今流行りのLGBTというやつだ。心が男なのだとか。初めて聞いたときはなんだそりゃとも思ったけれど、空のカミングアウトを基に考えてみると、女友達の少ない俺が空とだけは妙に楽しい時間を過ごせることにも納得が出来た。

 そんな空は、学園の大学部に籍を置きながら警察のインターンをやっている。主に国際犯罪を扱う部署で働いているらしく、空港にはよく足を運んでいるのだ。

 マイレージが湯水のように湧いてくる人生を送っている彼女(そう、俺にとって空は女なのだ)は、食事の後、俺をゴールドカードのラウンジに入れてくれた。

「これが上流の景色だよ」ドヤ顔の空も可愛かった。

「ふーん」俺は無料のアーモンドを摘み、水を飲んだ。上流の景色。なるほど悪くない。無料のナッツは嬉しいし、初めて目にするラベルのミネラルウォーターも口通りが爽やかで美味しい気がする。あちらには無料のアルコールまである。俺はまだ十八なので日本では飲むわけにはいかないが、飲んだくれには最高だろう。このソファもなかなかに俺をだめにしてくれそうだし、一帯には、空港では珍しいことに静けさが漂っている。なかなか居心地の良い空間だ。でも……、「良いね」

 空は小さく笑った。「ちっとは興味持てよ」

 俺は小さく笑った。「こういう場所は疲れる」あちらにもこちらにもそちらにまで、この空間にいるのはビシッとした雰囲気の、身にまとうオーラだけで俺を気後れさせてくる顔ぶればかり。この場所にいたら、俺まであの顔になってしまうんじゃないだろうか。あまり好んで足を運びたい場所とは思えなかった。

「だね、ぼくも」

「なんで来たの」

「喉乾いてたし」空はミネラルウォーターを飲んだ。「学園の先生にこないだ言われたんだよ。お前やる気なさすぎじゃない?」

「あー」俺は水を飲んだ。「現役で卒業出来れば良いかって感じ」

「将来どうすんの」

「まだ十八だってば。わかんないよ」

「良い成績取れるでしょ、賢いんだから。ぼくもインターンで色んな現場とか大人とか見てるから少しはわかるんだけど、能力は示しておくに限るよ。示し方には品性が求められるけどね。無能を演じて得するのは、イカれた場所にいるときだけ」

「そうだね……」俺はうなずいた。「なんかやる気出ないんだよね」

「ぼくだって勉強教えるし」

「それは嬉しい」

 空はほくそ笑んだ。「勉強と運動と料理は習慣にした方が良い。あと外出も。新鮮な空気吸って、陽の光浴びて、夜は寝る。そうしないと頭も心もおかしくなる。スマホはあんま触んない方が良い。そんな感じかな」

「覚えとく」

「うん」

 俺は水を飲んだ。「俺をやる気にさせたくてここに?」

「うん」空はシャンパンを啜った。

 一人だけずりーな……、そんなことを思っていると、彼女は、キャビアを親指と人差指のつけ根の辺りに載せ始めた。「なにやってんの」

「キャビア、こうやって食べるんだよ」

「へえ」

「食う?」

「おいおい良いんですか? 女子大生の女体盛りとかこんなとこでやって良いプレイじゃないでしょ」調子に乗った事を言っていると、すねを蹴られた。

「死ね」空はキャビアを口に運び、口の中で少し転がしてからシャンパンを口に含んだ。「可愛かったケントも、今やエロ親父か」

「時の流れは残酷だね」俺は空にならってキャビアを手の甲に載せ、口に運んだ。塩辛くてぷちぷちしていて美味しい。「美味い」米が欲しい。

「っしょ?」

 俺はうなずいた。「それで? 高いんだ?」

「べらぼうに」

「べらぼうか」

「進路のことでも授業のことでも、なんかあったらいつでも連絡して良いから。履歴書の書き方とか、なんでも良い」

「人付き合いは?」

「それは無理」高等部まで陰キャで通していた空は未だに人間関係に苦手意識を持っていた。学園でも指折りの優等生なのにどうしてだろう。そんなことを訊いてみたことがあったけれど、返ってきた答えは人には向き不向きがあるというものだった。そんな空の交友関係は決して広くはないけれど、彼女はそれで良いらしい。「あ、そだ。新しい名刺作ったんだよ。見る?」

「見る見る」

「これ」差し出された名刺は、白の生地のシンプルなもの。空の名前と階級、電話番号とメールアドレスが、アルファベットで書かれていた。「あげる」

「警視って偉いんじゃないの?」

「べらぼうに」

「まだ学生だろ?」

「優秀さを認められちゃったのかね。情報のアクセスとかで便利だからって、その階級にさせてもらっちゃった。卒業したらその階級から」

「はえー……、……、手作り?」

「ばーか、空ちゃんあんたが思うより優秀だから。ぼくの弱点は陽キャだけだよ」

 幼い頃からの付き合いだ。嘘を言っていないことは一目でわかる。俺は少しだけ考えて口を開いた。「仕事大変?」

 空は、少しだけ嬉しそうな様子で目を輝かせ、控えめな笑顔を浮かべた。「興味出た?」

「ちょっとだけ」

「飲め」空は、新しいグラスにシャンパンを注ぎ俺に持たせた。

「良いのかよ警視さん」まあ、グラスはありがたくもらっておくけど。

 空は、俺の質問には応えず、俺の手にキャビアを載せ、自分の手にもキャビアを載せた。「んじゃ、乾杯」

「乾杯」

「うぇーす」

「うぃーす」

 俺と空は、グラスを持ち上げた。

 空が口にキャビアを含み、シャンパンで流し込むのを見て、俺も真似をした。
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