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第9章 ◇真夏の夜の夢 LAST WEEK
◆5 葵Side:オブリビオンの秘め事 2-①
しおりを挟む同じ頃、高城皇のプライベートルームでは――
***
「……まだ怒ってるんですか?」
皇を、初めてこの部屋で押し倒したあの日以来、2人きりになると口を噤み無視してくる日々が続いていた。
すでに何度か身体を重ねていても、ここで抱いたことはなかったので。
それがどうにも逆鱗に触れたらしい。
この場で2人だけになれば、どうしても色々と思い出してしまう。そして私に主導権を奪われたことが癪に触る……そんな所だろうか?
それが態度に表れているのが、大人気なくて可愛いですね――などと口を滑らせれば、益々機嫌を損ねると思い余計なことは言わずにいるが。
彼は私の問いかけにも反応せず、ただ黙り込んでいて。
「拗ねている」以外の表現が見つからない。
「こう言ってはなんですが――本当に嫌だったのなら、ほら、例えばそこに置いてあるペーパーナイフでもなんでも使って、急所を狙えば充分止められたでしょう?武器になりそうな文房具がここには色々ありますし」
微笑みながら、やや物騒なことを言ってみる。いい加減、機嫌を直してくださいというアピールでそう語りかけると、ソファーに座る和装の主は、やはり不機嫌なまま此方を睨んだ。
「俺を契約で縛っているくせにぬけぬけと……職場で押し倒されて、俺が喜んでいるとでも?」
「――大変申し訳ありませんが、そう見えました」
「………本当に殺されたいか?」
言葉通り、今すぐ私を射殺しそうな目付きを向けてくる。
そんな反応が、愛しくて仕方ない。本人に気付かれないよう笑いを噛み殺すのが大変だった。
彼の今日の装いは、本麻の小千谷縮を使った黒い浴衣。
細い金糸銀糸が縦に細かく縫い込まれ、雨のような模様を表現している。
よくよく見れば小さな金色のスパンコールが縫い付けられていて、それは角度によって時折キラリと輝きを放ち、まるで不意打ちの雷光のように見る者の目を惹きつけた。
裾には雲竜図が大きく描かれている。
組んだ長い脚のせいで裾裏が見えているが、そこには俵屋宗達の雷神図があしらわれていて――
見えない雷神が雨と雲、雷を呼んでいる、という趣向のデザインだ。
肩に掛けている羽織は白銀色で、鱗模様を浮かび上がらせた織地が美しい。
黙って座っているだけで、まるで一幅の絵画のよう。掛軸の中にでも閉じ込めてずっと眺めていたいという欲望が、私を駆立てる……
今日も私の王様は、何もかも完璧だった。
私の心をいつもながら震わせる「美」。その存在に深く満たされ――私は溜息を漏らす。
私が着ている浴衣は、彼と対のデザインになっていて、色は白。薄鼠色の糸で縦模様を描いて淡い雨を表現した。裾には枝垂れて風に揺れる萩や薄、桔梗を配し、裾裏では風神が風を操っている。
そして、紗綾形紋様を織り込んだ黒の羽織を上から身に纏っていた。
「……今日も綺麗ですね。絵の中に閉じ込めたいくらいです」
思わず、言葉にしてしまう。
「つまらない世辞などいらん」
相変わらず、取り付く島もないのだが。
そういう素っ気なさも心地良いと思ってしまう私には、多分、正気に戻す薬がないのだろう。
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