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第9章 ◇真夏の夜の夢 LAST WEEK
◆6 葵Side:オブリビオンの秘め事 2-②
しおりを挟む「私はいつも本気だと知っているくせに」
「…………」
「今日で、このイベントも終わりますね……蓮夜を手放す覚悟の程は、如何です?」
仕返しのつもりでそう言えば「その質問への回答は拒否する」とばかりに、話を変えてきた。
「――美彌子を唆したのはお前だろう?」
「……彼女が、何か?」
「とぼけるな。蓮夜の客に絡んで、負けそうだから大変なのね、と喧嘩を売っていたぞ?根は大人しいあの娘が、自分から進んでそんな事をするとは思えない」
「………」
全てお見通しとは、さすがの洞察力だ。
それだけ私の行動を理解している、という事かもしれない。
「先に、報酬をいただきましたから。何かしないと本当に無能の烙印を押されるかと危惧したまでのことです……蓮夜は自分から情に訴える営業をしませんので、お客様の方から動きたくなる状況を作れれば――とそう思い、少しだけ彼女の耳元で囁いただけですよ」
「……何を言った」
一歩、二歩、と。皇の傍に近付いて、膝を折る。主に仕える従順な下僕のように。
ソファーに座る彼の耳元に唇を寄せた。
「貴方が、『物足りない』と嘆いているんです――と」
胸元に手を当てそう言って笑みを深めれば、皇は眉根を寄せ口許を歪めた。
「………やはり、悪魔だな」
「恐れ入ります。美彌子様には、どうぞ特別な甘いご褒美をあげてください。貴方の為ならと、昔のご友人を傷付けても構わないと思うくらい――頑張っていらしたので」
私の目を見返す。その瞳に映る私は、どんな姿に見えているのだろう。
捻れた角と細く尖った尻尾でも付いているのだろうか。
「………本当の悪魔は俺の方だと?」
「さぁ、どうでしょう」
私が曖昧に微笑んで、返答を避けると。
彼は大きな溜息と共に「馬鹿なヤツだ」と呆れるような言葉を呟いた。
「お客にとって悪魔なのは俺だけで充分だ。お前は、飴と鞭なら飴のほう――天使の貌を見せていればいい。分かったな?」
「……!」
おや、と思う。
皇の瞳から怒りが消えていた。
いつも私には我儘をぶつけてくるのに、珍しい。
美彌子様を憐れんだ、ということだろうか。
「……申し訳ありません。以後、気を付けます」
「お前は――それで満足なのか?俺の為だけに動くような仕事をしていて」
突然、意外なことを言ってきたので、私は少し驚いた。
「どうしたんです?今更。心配されているのかと勘違いしそうです」
「…………」
思わず見詰めると、皇の方が先に目を逸らした。これも珍しい。
「何でもない。下僕のメンタル管理も、契約のうちだと思っただけだ」
「成程……それは非常にお優しい」
勘違いでもいいから縋ってみようかと、そんな気持ちになる。
「でしたら、その気持ちに甘えても?」
「何?」
「――今晩、貴方の部屋に伺ってもいいでしょうか」
「……!」
弾かれたように私を見た。
正攻法の突然の誘いに対しては、咄嗟に断る言葉が出てこないのを知っている。それにつけ込んでみたのだ。
「今月はいつも以上に働きましたから。お互いにご褒美が必要だと思うのですが」
そっと手を伸ばして、指先を彼の髪に絡めた。
艶やかな黒髪の感触を楽しみながら、ご機嫌を窺ってみる。
嫌がっている様子は見えないが、すぐに答えない所を見ると困らせている……だろうか。
「……今日は最終日だから、帰りが遅くなるだろう」
「そうですね……分かりました。では、今日ではなく別の日にでも」
前回の件もあったし、無理強いはしないと決めていた。あっさりと提案を引き上げる。
それでも今の姿を少しでも長く愛でていたくて、名残り惜しいと思いながら指を離した。立ち上がり、傍から離れようとして――
羽織の袖を掴まれた。
「……駄目だとは言っていない」
怒ったような声と共に、身体を引き寄せられる。
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