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第一幕 ―― 姫竜邂逅
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「ほぅ? この少年が、ですか? 見たところ身体の線は細く、ぱっとしない印象を受けるな、貴君からは。それに大した倶纏の気配も感じない。この序列二位である某の相手が務まるかさえ疑問も甚だしい。よくその程度の実力で、難関といわれている試験を通り抜けられたものだ。今年の試験官たちは弱かったのかな? 運だけは良い、と言う事か。いや〝運も実力〟とも言いますから、それもまた貴君の実力か。これは失礼をした。だが、その強運、某にも通じる等と思い上がらないで欲しい物だ」
すると、今まで理事長の斜め後ろに立っていた依夜が口を挟む。
「相変わらず、自信過剰ですね、貴方は。だから嫌いだというのです。その相手を都合よく見下す態度と言葉。どれをとっても品が無い。闘い自体に関してもそうです。貴方は相手に敬意というものを払ったことは一度たりとて無い。貴方に有るのは、相手に対する侮蔑と愉悦のみ。わたしは敬意には敬意で応えますが、不敬には不敬で応じます」
横にいる詞御は感じ取れた。依夜がゼナに対し、燃えるほどの不快の激情を抑えて話しているのが。彼女の昂輝の一部が淡い燐光となってこぼれ出ているのがその証拠だ。
心底この男をを毛嫌いしているのは、これだけでも十二分に分かる。
「それは心外というものだ。某はこれまで相手に対して真正面から闘い打ち破っている。それは映像でも結果でもしっかりと記憶されている事。依夜様の言うことには根拠が無い。いい加減、某という存在と実力を認めてくださらぬか。まあ、それも今此処までの話。明日、否が応にも認めざる得ないでしょう。某が彼を倒してしまえばパートナーは確定するのですから」
「闘う相手に失礼だと思わないのですか、貴方は――っ!?」
流石にこのゼナの言葉には、依夜が我慢してきた沸点を超えるだけのものがあった。
抑えていた感情の一部が流れでる。だが、これは逆効果に過ぎない。依夜は咄嗟に我に返ると、片手で口をふさぐ。が、既に出てしまった言葉だ。取り戻す事はできない。
ゼナと十勇士の気配が一瞬だけ変わり、元に戻る。気付けたのは詞御だけ。感じた気配を言葉にするなら〝筋書き通り〟。つまり、ゼナは敢えて依夜の沸点を煽る事をいい、今の言葉を引き出したかったのだ。自身の思うとおりの展開に持っていくために。
「相手の力量に敬意を払う、つまり某よりも強いという心構えで闘え、と仰るなら、明日の試合は物理ダメージ可という事でも構わないですな、依夜様。強いというなら某の攻撃も難なく受け、そして捌ききれるはずだ。それが依夜様のいう相手に払う最大限の〝敬意〟ではありませんか?」
「そ、それは……」
〔奴にいい口実を作らせてしまったか。これならば、試合で不慮の事態が起きたとしても、何のお咎めも無いという事にできる〕
〔もっとも、それはこちらにも言える事ですけどね〕
「詞御という名だったな? 貴君も構わぬな、その条件の下での闘いについては。勿論、今この場で辞退を申し出ても、某は一向に構わん。弱者の言葉を受け入れ、慈悲を与えるのも、また強者の務めと言うものだ。これも依夜様の言う所の敬意になりますな」
さも当然とばかりに、慇懃無礼にしたり顔をしてくるゼナという男を詞御は見る。
彼の発言、外見上の、偽りの誠実さの裏に隠された慇懃無礼な態度に対して、詞御には何の感情も沸きはしない。寧ろ、浄化屋への復帰の為の障害が一つ減ってくれたと思うくらいだ。
この手の輩には腐るほど会って来た。今更その対象が一人増えた所でどうだというのだ。詞御が心を乱す事は断じて無い。ただ、依夜が庇う行為をしてくれた事は嬉しさを感じた。
なので――、
〔セフィア〕
〔構いません、詞御。不敬には不敬で。それが、私達を選んでくれた皇女様に対する礼になります〕
――依夜の流儀に従って応対するのが、彼女に対して感謝の意を示す事を考えて。
セフィアの了承を受けて、詞御はゼナの目を射抜くように見る。
だが、感受性が低いのか、それとも内面の鍛錬を怠っているのか。本来本能が感じるはずの警告をゼナは無意識の内に除外する。そのせいもあって、詞御の視線にゼナは何の反応も示さなかった。ゼナ自身が後戻りできない道に踏み入った事にも気づかずに。
「了承した」
一瞬の視線の射抜きの後、詞御は、簡潔にそして何の気負いも無く、一言で答える。
だが、それに対し、周囲は静かだった。いや、この場合、静かに為らざる得なかったのだ。十勇士はおろかゼナまでもが。だがよく見れば、詞御を除き、全員が絶句というのが付けるに相応しい表情をしていたのだから。なのでもう一言付け加える。
「聞こえませんでしたか、ゼナ先輩。貴方の申し出を受ける、と言っているんです」
相手は建前上、先輩に当たる人間。
なので、なるべく表面上は丁寧に接したつもりだった。
すると硬直が解けたのか、ゼナは僅かに口端をひくつかせつつも、歩を進めながら詞御の眼前に立ち左手を差し出す。詞御も建前の礼儀上、左手で握手をする。
「は、はは、い、良いでしょう。それでは双方とも〝物理ダメージ可〟で合意という事で問題ないですね。もう一度だけ訊きますが、本当に構わないんですね?」
「くどい」
「な!? き、貴君という人は……っ!!」
詞御の短い返答をどう捉えたのか、少なくとも好意的に捉えられたことではないのは間違いないようだ。先ほどまで握手していた左手を怒りに任せてふりほどく。一応言葉遣いは、敬意の形ではあったが、表情がそれを裏切っているのを詞御は見逃さなかった。
ゼナのこめかみに、血管の筋が浮き上がる。がそれも一瞬の事。なんとか自己抑制が出来たのだろう、ゼナの表情的は見た目的には普通に見えた。
序列決定戦で現在の地位を獲得したと聞いていたが、一瞬地を見せたとはいえ、表面上は落ち着いたのを見て、幾分はその実力はあるのだろな、と詞御は思った。
けれども、身体から滲み出るものを抑えられないようではその実力もたかが知れていると云うものだ。ゼナの全身から詞御に向かって、殺気が放たれてる。尤も、詞御には慣れた物だからどうでもよかったが。
「良いでしょう! 其処まで言うからには、貴君ももかなりの自信があるとお見受けする。だが、後悔する事になると予言しましょう。少なくとも、貴君は某の逆鱗に触れた、そのことはよく覚えておきたまえ。明日の試合、〝これ〟と対峙しても竦まぬことを所望するっ!!」
そういうな否や、ゼナの後方に猛烈な風が生まれ、闘技場に倶纏を顕現させていく。
「これが、某が誇る完全無敵の倶纏、〝ナーパ〟だ!」
風が収まった後、彼の背後には、青い毛並みを持つ巨大な物体が立っていた。
四本の太い足に数本の鋭い鉤爪を備え、口には無数の牙を生やしている。この世界にいる物に例えるなら、
〔虎ですね、大元になっているのは。口の上顎から二本の牙が伸びているから、微妙に違うといえば違いますけれども〕
詞御の中に居るセフィアがどうでもいいような口調で詞御に独り言を言う。独り言なのは詞御も分かっているから。ただ、言葉に出てしまったのだ。愚痴として。
「明日、貴君がどの程度保つのかが楽しみだ。今さら、〝待った〟等と撤回は出来ぬと思え!!」
目の前に理事長たちが居る事を忘れたかのような彼の立ち振る舞い。
倶纏を含めこのゼナと言う男には、既に詞御は毛ほどの興味すら持ち合わせていなかった。
〔もういい。関わりあいたくない〕
〔同意です。明日の試合前に手の内を見せる、馬鹿ときたものです〕
「明日は、遠慮なく且つ安心して、思いっきり掛かってきて下さい」
だから、詞御は突き放す形で言葉を紡ぐ。これ以上話す事は無い、という意思表示も兼ねて。
「ーーーーっ!! ……あぁ、望むところだ。互いに本気でぶつかりましょう」
一瞬だけ耐え抜くかのように、ゼナはぎりぎりと歯軋りをする。だが、それに気付いたのは詞御だけ。何とか自制し、ゼナは不敵な笑みを浮かべ、宣戦布告の言葉を投げ返す。
流石に、理事長と皇女、ひいては自分の手下共が居る手前、蛮行は出来ない事をゼナは自覚している。だから表面上は友好的な言葉で対戦相手たる詞御を称える。
それが結果的に功を奏す事になった。ゼナに心酔する十勇士がゼナに送る視線は畏敬だったから。その自身に向けられる視線の意味を悟ったのか、ゼナは不遜たる自信を取り戻したのか、倶纏を消すな否や、ゆっくりと踵を返し詞御たちが入ってきた扉と反対方向へと出て行った。それと同時に十勇士の気配も掻き消える。尤も、詞御、ひいては依夜もそれは掴んでいた。その事に気付いた詞御は、依夜の実力の一端を垣間見る。普通ならゼナの倶纏が放つ圧倒的な威圧感で感覚が麻痺し、ゼナの退場にのみ気を囚われ、十勇士の隠形に気付かないからだ。
すると、今まで理事長の斜め後ろに立っていた依夜が口を挟む。
「相変わらず、自信過剰ですね、貴方は。だから嫌いだというのです。その相手を都合よく見下す態度と言葉。どれをとっても品が無い。闘い自体に関してもそうです。貴方は相手に敬意というものを払ったことは一度たりとて無い。貴方に有るのは、相手に対する侮蔑と愉悦のみ。わたしは敬意には敬意で応えますが、不敬には不敬で応じます」
横にいる詞御は感じ取れた。依夜がゼナに対し、燃えるほどの不快の激情を抑えて話しているのが。彼女の昂輝の一部が淡い燐光となってこぼれ出ているのがその証拠だ。
心底この男をを毛嫌いしているのは、これだけでも十二分に分かる。
「それは心外というものだ。某はこれまで相手に対して真正面から闘い打ち破っている。それは映像でも結果でもしっかりと記憶されている事。依夜様の言うことには根拠が無い。いい加減、某という存在と実力を認めてくださらぬか。まあ、それも今此処までの話。明日、否が応にも認めざる得ないでしょう。某が彼を倒してしまえばパートナーは確定するのですから」
「闘う相手に失礼だと思わないのですか、貴方は――っ!?」
流石にこのゼナの言葉には、依夜が我慢してきた沸点を超えるだけのものがあった。
抑えていた感情の一部が流れでる。だが、これは逆効果に過ぎない。依夜は咄嗟に我に返ると、片手で口をふさぐ。が、既に出てしまった言葉だ。取り戻す事はできない。
ゼナと十勇士の気配が一瞬だけ変わり、元に戻る。気付けたのは詞御だけ。感じた気配を言葉にするなら〝筋書き通り〟。つまり、ゼナは敢えて依夜の沸点を煽る事をいい、今の言葉を引き出したかったのだ。自身の思うとおりの展開に持っていくために。
「相手の力量に敬意を払う、つまり某よりも強いという心構えで闘え、と仰るなら、明日の試合は物理ダメージ可という事でも構わないですな、依夜様。強いというなら某の攻撃も難なく受け、そして捌ききれるはずだ。それが依夜様のいう相手に払う最大限の〝敬意〟ではありませんか?」
「そ、それは……」
〔奴にいい口実を作らせてしまったか。これならば、試合で不慮の事態が起きたとしても、何のお咎めも無いという事にできる〕
〔もっとも、それはこちらにも言える事ですけどね〕
「詞御という名だったな? 貴君も構わぬな、その条件の下での闘いについては。勿論、今この場で辞退を申し出ても、某は一向に構わん。弱者の言葉を受け入れ、慈悲を与えるのも、また強者の務めと言うものだ。これも依夜様の言う所の敬意になりますな」
さも当然とばかりに、慇懃無礼にしたり顔をしてくるゼナという男を詞御は見る。
彼の発言、外見上の、偽りの誠実さの裏に隠された慇懃無礼な態度に対して、詞御には何の感情も沸きはしない。寧ろ、浄化屋への復帰の為の障害が一つ減ってくれたと思うくらいだ。
この手の輩には腐るほど会って来た。今更その対象が一人増えた所でどうだというのだ。詞御が心を乱す事は断じて無い。ただ、依夜が庇う行為をしてくれた事は嬉しさを感じた。
なので――、
〔セフィア〕
〔構いません、詞御。不敬には不敬で。それが、私達を選んでくれた皇女様に対する礼になります〕
――依夜の流儀に従って応対するのが、彼女に対して感謝の意を示す事を考えて。
セフィアの了承を受けて、詞御はゼナの目を射抜くように見る。
だが、感受性が低いのか、それとも内面の鍛錬を怠っているのか。本来本能が感じるはずの警告をゼナは無意識の内に除外する。そのせいもあって、詞御の視線にゼナは何の反応も示さなかった。ゼナ自身が後戻りできない道に踏み入った事にも気づかずに。
「了承した」
一瞬の視線の射抜きの後、詞御は、簡潔にそして何の気負いも無く、一言で答える。
だが、それに対し、周囲は静かだった。いや、この場合、静かに為らざる得なかったのだ。十勇士はおろかゼナまでもが。だがよく見れば、詞御を除き、全員が絶句というのが付けるに相応しい表情をしていたのだから。なのでもう一言付け加える。
「聞こえませんでしたか、ゼナ先輩。貴方の申し出を受ける、と言っているんです」
相手は建前上、先輩に当たる人間。
なので、なるべく表面上は丁寧に接したつもりだった。
すると硬直が解けたのか、ゼナは僅かに口端をひくつかせつつも、歩を進めながら詞御の眼前に立ち左手を差し出す。詞御も建前の礼儀上、左手で握手をする。
「は、はは、い、良いでしょう。それでは双方とも〝物理ダメージ可〟で合意という事で問題ないですね。もう一度だけ訊きますが、本当に構わないんですね?」
「くどい」
「な!? き、貴君という人は……っ!!」
詞御の短い返答をどう捉えたのか、少なくとも好意的に捉えられたことではないのは間違いないようだ。先ほどまで握手していた左手を怒りに任せてふりほどく。一応言葉遣いは、敬意の形ではあったが、表情がそれを裏切っているのを詞御は見逃さなかった。
ゼナのこめかみに、血管の筋が浮き上がる。がそれも一瞬の事。なんとか自己抑制が出来たのだろう、ゼナの表情的は見た目的には普通に見えた。
序列決定戦で現在の地位を獲得したと聞いていたが、一瞬地を見せたとはいえ、表面上は落ち着いたのを見て、幾分はその実力はあるのだろな、と詞御は思った。
けれども、身体から滲み出るものを抑えられないようではその実力もたかが知れていると云うものだ。ゼナの全身から詞御に向かって、殺気が放たれてる。尤も、詞御には慣れた物だからどうでもよかったが。
「良いでしょう! 其処まで言うからには、貴君ももかなりの自信があるとお見受けする。だが、後悔する事になると予言しましょう。少なくとも、貴君は某の逆鱗に触れた、そのことはよく覚えておきたまえ。明日の試合、〝これ〟と対峙しても竦まぬことを所望するっ!!」
そういうな否や、ゼナの後方に猛烈な風が生まれ、闘技場に倶纏を顕現させていく。
「これが、某が誇る完全無敵の倶纏、〝ナーパ〟だ!」
風が収まった後、彼の背後には、青い毛並みを持つ巨大な物体が立っていた。
四本の太い足に数本の鋭い鉤爪を備え、口には無数の牙を生やしている。この世界にいる物に例えるなら、
〔虎ですね、大元になっているのは。口の上顎から二本の牙が伸びているから、微妙に違うといえば違いますけれども〕
詞御の中に居るセフィアがどうでもいいような口調で詞御に独り言を言う。独り言なのは詞御も分かっているから。ただ、言葉に出てしまったのだ。愚痴として。
「明日、貴君がどの程度保つのかが楽しみだ。今さら、〝待った〟等と撤回は出来ぬと思え!!」
目の前に理事長たちが居る事を忘れたかのような彼の立ち振る舞い。
倶纏を含めこのゼナと言う男には、既に詞御は毛ほどの興味すら持ち合わせていなかった。
〔もういい。関わりあいたくない〕
〔同意です。明日の試合前に手の内を見せる、馬鹿ときたものです〕
「明日は、遠慮なく且つ安心して、思いっきり掛かってきて下さい」
だから、詞御は突き放す形で言葉を紡ぐ。これ以上話す事は無い、という意思表示も兼ねて。
「ーーーーっ!! ……あぁ、望むところだ。互いに本気でぶつかりましょう」
一瞬だけ耐え抜くかのように、ゼナはぎりぎりと歯軋りをする。だが、それに気付いたのは詞御だけ。何とか自制し、ゼナは不敵な笑みを浮かべ、宣戦布告の言葉を投げ返す。
流石に、理事長と皇女、ひいては自分の手下共が居る手前、蛮行は出来ない事をゼナは自覚している。だから表面上は友好的な言葉で対戦相手たる詞御を称える。
それが結果的に功を奏す事になった。ゼナに心酔する十勇士がゼナに送る視線は畏敬だったから。その自身に向けられる視線の意味を悟ったのか、ゼナは不遜たる自信を取り戻したのか、倶纏を消すな否や、ゆっくりと踵を返し詞御たちが入ってきた扉と反対方向へと出て行った。それと同時に十勇士の気配も掻き消える。尤も、詞御、ひいては依夜もそれは掴んでいた。その事に気付いた詞御は、依夜の実力の一端を垣間見る。普通ならゼナの倶纏が放つ圧倒的な威圧感で感覚が麻痺し、ゼナの退場にのみ気を囚われ、十勇士の隠形に気付かないからだ。
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