倶(とも)に纏(まと)いし、纏われし ―〔新たなる一歩〕―

緋村 真実

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第五幕 ―― 神滅覚醒

5-4

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 これには依夜を始め、周囲が驚いた。鎧を用意するからと昨日言った時、「自前のがあるので」と詞御に言われたので、何も用意しなかったらこの有様である。周囲が驚くのも無理は無かった。だが、詞御はあっけからんとした顔で、

「この服は見た目は普通ですが、特注品です。耐熱・耐爆・耐衝撃・耐刃、その他諸々にかなりの耐性があるので大丈夫。それに、鎧は動きの妨げになるから普段からつけていません。これ一丁で浄化屋の時もこなしてましたから。優秀なんですよ、これ」

 とのたまう始末。セフィアの「大丈夫です」という言葉が無ければ、無理やり鎧を着せられていたところだった。

「まあ、本人が闘いやすいスタイルの方が良いではないか、な皆」

 国王の言葉に不承不承頷く依夜と女王。その表情は不安げだった。

「大丈夫、大丈夫。心配しない。それよりも来たのですね」

 詞御の言葉一つで場の空気が硬くなる。円形のテーブルの上に、国王は二枚の紙らしき物を取り出し、詞御たちと依夜たちに配る。依夜と詞御は取り敢えず武器をはずし、椅子に座った。

「今朝方、この通達が王宮内にある我の執務室に出現した。何の前触れも無く、唐突に、だ」

 手に取ってみた。
 感触と、それが放つ金属めいた光沢は、これまで見た事のない材質に思えた。少なくとも詞御にとっては。

「各国のパートナーが全部選出された事。そして、〝神の試練〟に参加する期間についてだ」
「これは!」

 前者はまあいい。問題は後者だった。

「参加猶予期間がたったの半日? しかも、開始が今日の正午からですか!?」

 セフィアもだが、詞御も依夜たちも同様に驚いていた。
 これは、前回の記録を元に準備をしている国にとってみれば、痛恨ともいえる告知なのではないのだろうか?

「私達もこれを見た時は驚きました。と同時に、昨日、高天さんに言われて準備を万全にした甲斐があったと、胸を撫で下ろしています。それでは、昨日の宣言どおり行きますか?」

 何時? とは女王は問わなかった。
 それは即ち、開始時刻は詞御たちにとって参加する時間と同義語であるからだ。

「勿論です、お母様。わたし〝達〟の意志は既に固まっています」

 依夜の言葉に詞御とセフィアは頷く。
 それを見て満足したのか、国王は続けて言葉を発する。

「依夜と高天殿に渡した物の一番下に空白があるだろう。そこに今日の正午から日付が変わるまでの半日だけ、円形の枠線が出る。その枠に、参加する者が拇印を押す事で〝神の試練〟の場へと案内される、との事だ」

 国王の言葉をなぞる形で詞御と依夜も手元の物体に書かれている文字を見る。
 既存の移動技術を超えるものだな、と思う反面、

「成る程、これでは増援を送ることも出来ない、という事か」
「そういう事になりますね。頼れるものは己が力量と倶纏、そしてパートナーという事になります。よろしく頼みます、高天さん。そして依夜も」

 国王と女王は立って、こちらに一礼してくる。いや、ふたりだけではなく、後ろでこれまで成り行きを見守っていた王宮警備隊長もだ。
 それにきちんと応じるべく、詞御たちも立ち、三人に対してお辞儀を返す。
 これで、参加に対して何も憂うことは無くなった。後はただ待つだけだ、開始の時刻を迎えるのを。しかし、何処で待てば良いだろう? と詞御は思案げにふと考えた。

 セキュリティ上、この部屋で待機か? しかし、殺風景で何も無い。くつろぐにも、椅子とテーブルがあるだけ。お茶の一つもありはしない。元々、機密重視で造られているんだからしょうがないのか、と詞御はさきほどまで座っていた椅子に座りなおそうとした。

 その時、

「それではわたしの部屋で休憩されるというのはどうでしょう? 時間は短いですが、打ち合わせとかしても良いかと」

 セキュリティ上大丈夫か? と思った詞御だが、この王宮に来て二日目の事を思い出す。そういえば、依夜の部屋は気配が漏れない部屋だったという事に。

「それが良かろう。あそこならば、人が消えても気配が漏れぬから、大丈夫だろう」
「では女王様、美味しい緑茶などを後で準備してもらえんかのう?」
「良いですよ、ルアーハ。最高級のお茶と菓子を持っていきましょう」

 おお、楽しみじゃ、と言うルアーハの姿は竜人のみかけとは裏腹に、何とも人間臭さを感じさせる。なんとものどか過ぎやしないか、この空気? と詞御は思わなくも無かった。

「もう打つ手は打った。何より最高の準備が出来たのだ。我らに出来る事は貴方達を信じて、ただ待つことだけだからな。高天殿のお陰だよ」

 詞御の心を見透かしたかのように、国王は言って来る。これが一国を治める者の器というものか、と感嘆した。もっとも、次に発せられた女王の言葉を国王が聞くまでは、であったが。

「あ、依夜」
「何ですか?」
「邪魔はしませんので、ごゆっくり」
「お母様!?」

 詞御は、何とも微笑ましい親子の会話だと思っていると、視界の傍らには、王宮警備隊長に羽交い絞めにされている国王の姿があった。「そんなことは許さん」とか「信じているぞ、高天殿」とかわめいている。さっきの威厳の欠片はみじんも無い、ただ父親としての姿があった。
 一体なんだと思っていると、横では深く深く溜息をつくセフィアの姿が目に映る。

〔どうした?〕
〔……何でもありません。私もそうですが、皇女様も苦労しそうですね〕

 セフィアは何を言っているんだろうか?
 戦いを前にして今からそれでは、気疲れしないだろうか、と詞御は心配になる。
 取り敢えず、移動しようかとなったとき、国王を抑え終わった(女王にバトンタッチしたともいう)王宮警備隊長の柊純哉が声を掛けてくる。

「詞御殿」
「なんですか、王宮警備隊長殿」
「帰ってきたら、是非自分と手合わせ願いたい。約束してくれますか?」

 詞御は、純哉の意図するところが分かった。〝無事に戻って来てくれ〟という願いに他ならないという事を。それを汲み取った詞御は、

「ああ、その時は互いに本気で」
「ええ、本気で。楽しみにしていますよ」

 その後、依夜の部屋に案内され、正午までの時間は、あらゆる想定に応じた対応策の再確認に費やした。そして、時間はあっと言う間に過ぎていき、気が付けば、開始予定時間の十分前に差し掛かろうとしている。

「さて、最終確認は出来たか?」
「もちろんです。準備も、あらゆる想定の対策もばっちりです」

 依夜は編入試験の際に使っていた折りたたみ式の戦斧ではなく、一本の頑強な柄で造られた立派な物を背中に携えている。この武器で最終試験を挑まれていれば、結果は怪しい所だ。どう勝負が転んでいたか分からない。

「戻ってきたら、改めてお手合わせしていただけますか、わたしと」

 詞御が向ける視線の意味に気付いたのだろう。依夜は口元に軽く笑みを浮かべながら、そう言ってくる。それは楽しそうだ、と思った。約束事がもう一つ増えた、と詞御は楽しそうに微笑む。
 帰るのを期待して待ってくれている人が居る。それだけに、絶対に帰らねば、という強い意志が詞御の内に沸いて来た。

「ああ、約束しよう。その時は、是非手合わせ願いたい」
「はい!!」

 依夜は、今まで自分が見た中で、一番と思う笑顔を見せてくれた。
 何となく自分の顔に熱がこもって来るのが詞御には分かる。

「そういう話でしたら、私もルアーハと手合わせしてみたいですね」
「ほっほっほ、受けて立とうぞ、セフィア殿」

 詞御達に触発されたのか、セフィアの申し出にルアーハは嬉々として受け入れた。手加減はせぬぞ、という言葉を付け加えて。

 直後、ぼーん、と正午を告げる時計の音が鳴った。そして、同時に、自分と依夜、互いに国王から渡された物体に、円形の枠線が出現する。一度依夜と目を合わせてから一緒に頷き、倶纏を己が内に戻すと互いの拇印をそこに押した。
 瞬間、視界が眩いばかりの光に覆われていく。

      ◇       ◇       ◇       ◇       
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