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1章『恋着編』
12「退学とはどういうことなのだッ」
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そうだ、俺、退学って……。
持っていたフォークを皿に置き、俺は唇を噛む。天王寺の恋人になってほしいとか言われたけど、それも断っちゃったし、てか絶対無理だし、叩いたことも許してもらってないよな。
つまり、俺に残された道は『退学』の一択?
―― ガタンッ ――
急に怖くなって、俺は勢いよく席を立っていた。
「どうしたのだ、姫」
そういえばさっきから俺のこと『姫』なんてふざけた名前で呼んでたななんて、腹も立ったが、もうそれもどうでもよかった。
唇が切れるかもしれないほど噛んで、俺は自分の口からきっぱりと言い切ることに決めた。
「退学処分ですよね、俺、ちゃんと……」
「退学とはどういうことなのだッ」
俺がそれを口にすれば、天王寺が座っていた椅子を後ろに倒して立ち上がった。そして、足音を立てて俺の元までくると、ガシッと肩を掴まれる。
今日は一体何回肩を掴まれるんだろうと、遠くに思いながらも、燃え盛るような天王寺の瞳が怖くて、俺は黙ってその琥珀色の瞳を見つめた。
「自分が犯した罪くらい、分かってるから……」
ようやく逸らせた視線を床に落として、俺はちゃんと分かってると吐いた。庶民が逆らってはいけない高貴な人に暴力を振るってしまった代償を。
「そのようなこと、誰が申したのだ!」
「……そんなこと、言わなくてもいいだろう」
「私の許可なくそのようなこと、させるわけにはいかぬ」
あ、れ? なんだコレ?
退学を言い渡すのは天王寺で、俺はそれを素直に受けて……、って、これが筋書だよな。
「名を申せ、私が罰してくれよう」
痛いくらいに掴まれた肩を揺らされ、退学を言い渡した者の名前を吐けと、天王寺が真剣に問い詰めてくるが、目の前にいるお前が言うんだろうと、本人目の前にして、俺はその名を口にしていいのか悩む。
「姫、誰に言われたのだ」
「……誰って、……」
「姫を退学にさせるなど、断じて許すわけにはいかぬ」
なぜか一人で怒っている天王寺に、俺はうっかり口を開いてしまった。
「天王寺さんが」
ポツリと零した言葉は、天王寺の動きを止めた。部屋に奇妙な沈黙が訪れる。
退学を認めない天王寺が、退学を言い渡す、誰もがその違和感に首を捻る。
「……ふ、ッ」
沈黙を破ったのは浅見だった。小さく噴き出すように笑い出した浅見は、片腹痛いとますます笑い出す。
この部屋で唯一浅見だけが、この謎が解けたからだ。
「何が可笑しいのだ、冬至也。なにゆえ私が退学などと」
「頬の腫れはひいたか?」
「頬とは?」
「姫木に盛大に叩かれたのだろう」
そう、許可なく口づけをして引っぱたかれた記憶は新しい。天王寺はそのような腫れ、とっくにひいていると返すが、浅見はさらにクスッと笑って見せた。
「だ、そうだ。姫木」
天王寺は叩いたことを怒ってはいないと、浅見は姫木に伝えるが、やはり手を出してしまったのは自分。罪悪感だけが取り残される。
許して欲しいけど、許されないだろうって、叩いてしまった手を固く握り込む。
「案ずるには及ばぬ。全て私が至らなかったせいだ」
「……なさい」
「姫が許しを請う必要などない。むしろ私が許しを得る方である」
怒ってはないと、優しく頬に触れた天王寺の手が温かくて、俺は硬く目を閉じていた。あの日から周りの視線は冷たく、すごく痛かった。
天王寺会長を平手打ちした学生がいる、絶対停学だろう、いや、退学どころじゃないぞ、国外追放じゃねえの、あいつの家族も人生も終わったな。
なんて陰で囁かれて、白い目で見られて、ようやく大変なことをしてしまったんだと知った。
だから、だから、優しくされる立場なんかじゃないんだって、俺は奥歯を思いっきり噛んで、滲む涙を必死にこらえて、
「本当に、申し訳ありませんでした」
と、深く深く頭を下げた。
床に染みができる。泣くつもりなんかなかったけど、もうどうあっても止まらないんだ。溢れ出した涙は、止めることなんかできない。
「姫っ、なにゆえ泣くのだ」
「っ、……く、ごめんなさい、本当に……俺……」
顔なんか上がらない、歪んだ視界に映るのは高級絨毯だけ。染みが広がり、天王寺はなにを思ったのか、俺を抱きしめた。
「姫、どうか涙を拭ってほしい」
優しく包み込んで、天王寺が声を掛けたが、涙なんか止まらない。ついに嗚咽まで出てきて、
「姫木、勘違いするな。退学の話など始めからない」
泣き出してしまった俺に、浅見がそんな話はないと教えてくれた。
退学の話なんかないと聞かされ、俺は益々涙が溢れた。俺は大学を辞めなくていいんだと、母さんにも父さんにも迷惑かけなくて済むんだと、一気に押し寄せてきた安堵感に、俺は抱きしめてきた天王寺に抱きついて、盛大に泣き出す。
「う、うわぁ~~」
恥とか羞恥とかもうどうでもよかった。嬉しすぎて声も涙も抑えられない。
「冬至也! 姫を泣かせるとは、どのような了見なのだ」
「泣かせているのは俺じゃない」
「では誰が……」
「お前だ、尚人」
手をあげてしまったことへの罪の意識から、最悪の事態を想像し、姫木はここまで大人しくついてきた。きっと退学を言い渡されると思ったのだろう。
けれど、実際はすべて姫木の妄想の域を出なかった。だから、安心して泣いているのだろうとは考えたが、この場合、泣かせている犯人を言えと言われれば、天王寺で間違いないと、浅見は適任者の名をあげた。
持っていたフォークを皿に置き、俺は唇を噛む。天王寺の恋人になってほしいとか言われたけど、それも断っちゃったし、てか絶対無理だし、叩いたことも許してもらってないよな。
つまり、俺に残された道は『退学』の一択?
―― ガタンッ ――
急に怖くなって、俺は勢いよく席を立っていた。
「どうしたのだ、姫」
そういえばさっきから俺のこと『姫』なんてふざけた名前で呼んでたななんて、腹も立ったが、もうそれもどうでもよかった。
唇が切れるかもしれないほど噛んで、俺は自分の口からきっぱりと言い切ることに決めた。
「退学処分ですよね、俺、ちゃんと……」
「退学とはどういうことなのだッ」
俺がそれを口にすれば、天王寺が座っていた椅子を後ろに倒して立ち上がった。そして、足音を立てて俺の元までくると、ガシッと肩を掴まれる。
今日は一体何回肩を掴まれるんだろうと、遠くに思いながらも、燃え盛るような天王寺の瞳が怖くて、俺は黙ってその琥珀色の瞳を見つめた。
「自分が犯した罪くらい、分かってるから……」
ようやく逸らせた視線を床に落として、俺はちゃんと分かってると吐いた。庶民が逆らってはいけない高貴な人に暴力を振るってしまった代償を。
「そのようなこと、誰が申したのだ!」
「……そんなこと、言わなくてもいいだろう」
「私の許可なくそのようなこと、させるわけにはいかぬ」
あ、れ? なんだコレ?
退学を言い渡すのは天王寺で、俺はそれを素直に受けて……、って、これが筋書だよな。
「名を申せ、私が罰してくれよう」
痛いくらいに掴まれた肩を揺らされ、退学を言い渡した者の名前を吐けと、天王寺が真剣に問い詰めてくるが、目の前にいるお前が言うんだろうと、本人目の前にして、俺はその名を口にしていいのか悩む。
「姫、誰に言われたのだ」
「……誰って、……」
「姫を退学にさせるなど、断じて許すわけにはいかぬ」
なぜか一人で怒っている天王寺に、俺はうっかり口を開いてしまった。
「天王寺さんが」
ポツリと零した言葉は、天王寺の動きを止めた。部屋に奇妙な沈黙が訪れる。
退学を認めない天王寺が、退学を言い渡す、誰もがその違和感に首を捻る。
「……ふ、ッ」
沈黙を破ったのは浅見だった。小さく噴き出すように笑い出した浅見は、片腹痛いとますます笑い出す。
この部屋で唯一浅見だけが、この謎が解けたからだ。
「何が可笑しいのだ、冬至也。なにゆえ私が退学などと」
「頬の腫れはひいたか?」
「頬とは?」
「姫木に盛大に叩かれたのだろう」
そう、許可なく口づけをして引っぱたかれた記憶は新しい。天王寺はそのような腫れ、とっくにひいていると返すが、浅見はさらにクスッと笑って見せた。
「だ、そうだ。姫木」
天王寺は叩いたことを怒ってはいないと、浅見は姫木に伝えるが、やはり手を出してしまったのは自分。罪悪感だけが取り残される。
許して欲しいけど、許されないだろうって、叩いてしまった手を固く握り込む。
「案ずるには及ばぬ。全て私が至らなかったせいだ」
「……なさい」
「姫が許しを請う必要などない。むしろ私が許しを得る方である」
怒ってはないと、優しく頬に触れた天王寺の手が温かくて、俺は硬く目を閉じていた。あの日から周りの視線は冷たく、すごく痛かった。
天王寺会長を平手打ちした学生がいる、絶対停学だろう、いや、退学どころじゃないぞ、国外追放じゃねえの、あいつの家族も人生も終わったな。
なんて陰で囁かれて、白い目で見られて、ようやく大変なことをしてしまったんだと知った。
だから、だから、優しくされる立場なんかじゃないんだって、俺は奥歯を思いっきり噛んで、滲む涙を必死にこらえて、
「本当に、申し訳ありませんでした」
と、深く深く頭を下げた。
床に染みができる。泣くつもりなんかなかったけど、もうどうあっても止まらないんだ。溢れ出した涙は、止めることなんかできない。
「姫っ、なにゆえ泣くのだ」
「っ、……く、ごめんなさい、本当に……俺……」
顔なんか上がらない、歪んだ視界に映るのは高級絨毯だけ。染みが広がり、天王寺はなにを思ったのか、俺を抱きしめた。
「姫、どうか涙を拭ってほしい」
優しく包み込んで、天王寺が声を掛けたが、涙なんか止まらない。ついに嗚咽まで出てきて、
「姫木、勘違いするな。退学の話など始めからない」
泣き出してしまった俺に、浅見がそんな話はないと教えてくれた。
退学の話なんかないと聞かされ、俺は益々涙が溢れた。俺は大学を辞めなくていいんだと、母さんにも父さんにも迷惑かけなくて済むんだと、一気に押し寄せてきた安堵感に、俺は抱きしめてきた天王寺に抱きついて、盛大に泣き出す。
「う、うわぁ~~」
恥とか羞恥とかもうどうでもよかった。嬉しすぎて声も涙も抑えられない。
「冬至也! 姫を泣かせるとは、どのような了見なのだ」
「泣かせているのは俺じゃない」
「では誰が……」
「お前だ、尚人」
手をあげてしまったことへの罪の意識から、最悪の事態を想像し、姫木はここまで大人しくついてきた。きっと退学を言い渡されると思ったのだろう。
けれど、実際はすべて姫木の妄想の域を出なかった。だから、安心して泣いているのだろうとは考えたが、この場合、泣かせている犯人を言えと言われれば、天王寺で間違いないと、浅見は適任者の名をあげた。
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