恋は止まらない

空条かの

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10話

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朝七時 大型車のエンジン音が家の前で停止。
四条と相原は元気よく行ってきますと挨拶し、俺は朝から体力使いすぎでぐったりである。
朝の弱い果津にいは結局起きてこず、圭にいと雪さんが三人を送り出してくれた。
重い足取りで外に出た俺の目に入ってきたのは、大きな観光バスと面白いほどあわてふためく雨宮の姿。

「みのくんの魂胆はお見通しだよ」

通りすがりに相原が一言。

「悠太のお兄さんが快く夏休みの予定を教えて下さってな。一週間のキャンプ宜しく稔」

嬉しそうに雨宮の肩を軽く数回叩いた四条も、相原の後を追って観光バスに乗り込んでいく。

「……私の、……完璧だった計画が……」

ひとんちの玄関先でヒーローに敗れた悪役となった雨宮がぼそぼそと呟く。俺は掛ける言葉もない。

「……悠ちゃんと、……二人だけのバカンスが……」
「…………はぁ」

雨宮の呟きから出た今回の目論見。いつもなら怒鳴りつけてるところだが、キャンプの事細かに計画されたプリント、ごく自然に兄ちゃんを説得し、観光バスまで用意した雨宮に少し同情しつつも、半ば呆れ返るってしまっていた。
文句のひとつでも言ってやりたいのは山々だが、はっきり言って疲れた。あまりの疲労感に何かを考えるのもめんどくさい。それに、『世界で今一番不幸です』並みに暗くなっている雨宮が可哀相に見えてきて、俺は圭にいが用意してくれた荷物を持ち直すと、

「雨宮、キャンプに行くんだろ。早く行くぞ」

元気に声を掛けてやる。どうせキャンプは口実で別の場所に行くんだろうけど、雨宮のバカンスにつきやってやることにした。もちろん相原と四条も一緒に……。





「嫌だ、嫌だ、嫌だ!絶対俺はパス」
「大丈夫だって……、ほんとにすぐだから。ねっ悠ちゃん」
「すぐでもだめなものはだめなんだよ」

ここにきてもう十五分。俺は半分泣きたい気持ちで雨宮の申し出を拒否し続けている。
家を出発し、観光バスをすぐに返し、そのまま飛行機に乗って島へ。小さな空港に降りたところからさらに車で移動。ここまでは良かったんだけど……、その後の乗り物が良くない。大きなプロペラを付けたヘリコプターに乗ると言い出したのだ。もともと高いところが苦手な俺は高所恐怖症。飛行機のように下が見えないものは取り敢えず大丈夫だが、地上が良く見えるものは絶対にだめだ。俺にとって観覧車なんてのは言語道断である。

「南ちゃん、着くまで目瞑ってていいから……」
「着いたら悠太の好きなものなんでも作ってやる」

小さな子供を宥めるお兄さんと化した相原と四条それに雨宮の三人は、俺の頭をなでなでしながら、何とか説得しようと試みる。俺はといえば頭をなでられてることなんてまったく認識できず、目の前で風を切ってくるくると回るプロペラから目が離せないでいた。

「悠ちゃんお願い。本当にすぐだから……、ねっ」
「絶対やだ!」
「……悠ちゃん、……じゃぁ船用意しようか?」

ここにきて雨宮がまたまたとんでもないことを言い出した。本当に申し訳ないが船もだめなんだよ! 恐いんじゃなくて、酔っちゃうから……

「どうする? 悠ちゃん」

空と海、俺は真剣に天秤にかけていた。結果俺の天秤は海のほうがやや下がった。恐いのは一瞬でも、酔ったらしばらくは気分が悪いままだ。

「……ヘリで、……いい」

消え入りそうな声で俺はようやく返事を返した。

「悠ちゃんありがとう。後でいっぱいおいしいもの作ってあげるからね」
「よく言った悠太」
「南ちゃんえらーい」

雨宮はうれしそうに俺の荷物を手に乗り込む。相原の荷物を無理やり持たされ、二人分の荷物を持って乗り込む四条。そして、俺の手を引く相原。
プロペラの音が大きくなるたび、俺の心臓も大きく鳴り響く。恐いなんてもんじゃない、相原が手を引いていなければ俺の脚はその場に崩れ去っているかもしれなかった。

「ほら南ちゃん」

先に乗り込む相原が俺の手を引くが、俺はあと一歩がでない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫……。呪文のように心で言い続けながら俺は、清水の舞台から飛び降りた。
左右に揺れながら上昇するヘリ。見なきゃいいのに、俺の好奇心はふと下を見てしまう。
俺は声にならない声で口をパクパクさせ、隣に座る相原に抱きついた。

「大丈夫南ちゃん? 恐いなら僕に摑まってていいからね」

なるべく下を見ないよう、俺は相原のウエスト辺りに手を回して顔を埋める。

「やっぱり南ちゃんってば可愛い」

そんなことを言いつつ相原は俺を包み込むように抱きしめ返す。こんな状況じゃなかったら、可愛いと言われて文句を返さないわけがないのだが、今は、周りのことよりも早く降ろしてくれの一言しか浮かんでこない。

「……悠ちゃん……」

向き合いに座っていた雨宮が、軽く俺をつついて遠慮気味に声を掛けてきた。

「……ん?」

チラッと雨宮を見れば、両手を広げてニコニコしている。

「悠ちゃんこっち」
「…………」

満面の笑みを浮かべ雨宮が両手でおいでおいでをする。それを見た相原が俺をきつく抱きしめて、

「何考えてるのみのくん! 南ちゃんは僕がいいの!」

と、睨みつけた。

「あいちゃんだけ抱きついてもらってずるいよ。私にも頼ってよ悠ちゃん」
「だ~め、みのくんなんかに南ちゃん渡したらなにするか分かんないんだから」
「何にもしないから……、せめてちょっとだけでも」

手を合わせて哀願する雨宮をさらに睨みつけた相原は、だめったらだめ! と言い返す。
だから俺は今そんな会話に入ってけるほど心穏やかじゃないんだよ!一刻も早く地上に足をつけたいんだから~~~~。俺の届かない心の叫びは頭の中でぐるぐると回り、ヘリが少しでも傾くたび相原をきつく抱きしめてしまっていた。

「稔、大人げないぞ」

みんなの荷物をまとめていた四条が雨宮の肩叩き、四人の荷物を自分の居た場所に置くと、そっとその場で立ち上がった。四条はヘリを揺らさないよう慎重に足を進めると俺の隣にやってきた。もちろんヘリが揺れないわけなくて……

「やだやだ、やだ……」
「大丈夫だ悠太、私がついてるからな」

四条はちゃかり隣に座ると俺の背中を摩る。相原と四条に挟まれた俺は以外にも安堵した。両側に人が居るだけで俺は、きつく相原を抱きしめていた両腕の力を少し緩められた。

「ずるいぞ朝人お前まで悠ちゃんに触って」
「悠太がこんなに恐がってるんだ、しかたないだろう」
「みのくんは来ちゃ駄目だからね」

そこですかさず相原が静止の声を掛ける。

「なんであいちゃん? 朝人だけいいなんて……」
「稔、お前がこっちに来たらヘリが大きく傾くぞ」
「……えっ!」

四条の傾くと言う言葉に敏感に反応した俺はびっくりした声を上げ、体を強張らせる。

「南ちゃんが恐がってるでしょ」

再びきつく抱きしめてしまった俺に、相原が抱きしめ返しながら雨宮に文句を返す。隣に座った四条は眼鏡を直し、フッと鼻で笑ったかと思った次の瞬間さらに恐いことを告げた。

「もしかしたら、墜落するかもな」

聞いたとたん俺はこれ以上ないってくらい大声で叫んでしまっていた。


『雨宮絶対来るな~~~! 俺に近づくな~~~~~!』


―――――――と。

「悠ちゃんそれはないよ(泣)」
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