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第五節「交錯する想い 友よ知れ 命はそこにある」
~無知 前進 涙は共に~
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勇が瀬玲と話を交わしていた頃。
ちゃなの居る教室では―――
昼休みを告げるチャイムの音が鳴り響き、授業が終わりを迎える。
するとちゃなはいつもの様に席を立っていて。
彼女はお昼になるといつも一人。
場所を変え、時間を変え、目立たない様にしていたのだ。
だから今日もこうして席を立ち、その日だけの場所を求めて歩き行く。
でも今日はいつもと違ってどこか嬉しそうだ。
ぷくりとした微笑みが口元に浮かんでいて。
その理由はただ一つ。
彼女の手に握られた手提げ袋の中にある。
その中には勇の母親に手渡されたお弁当が入っているのだ。
実は彼女にとってこれが楽しみでしょうがなかった様で。
お昼前にもなればソワソワとしていて授業に身が入らない程である。
―――今日のお弁当楽しみ……フフッ―――
先日は例の少女達とのいざこざでまともに食べられなくて。
勇の母親に悪いと思って、緊急帰宅後の着替える直前に掛けこんだものだ。
でも今日はもう障害も無く、きっと普通に食べられる。
それが堪らなく嬉しかったのだろう。
パタパタと歩いていく様はどこかいつもよりも軽快だったのだから。
「待って……!」
けれど世間はどうやらそう上手くもいかせてはくれない様だ。
途端、聴いた事のある声がちゃなの背後から上がり。
たちまち駆けていた足がピタリと止まる。
いっそそのまま立ち去ってしまえば良かった。
聞こえないフリして逃げてしまえば良かった。
ちゃなの脳裏にそんな想いが駆け巡る。
そう思わせてしまう人物の声だったから。
ぷくりとしていた微笑みも途端に強張りとなっていて。
でも振り向かないとそれもそれで何か言われそうだったから。
縮めこんだ首をそっと回し、振り向けば―――
そこには先日ちゃなを追い詰めていたアキと呼ばれた少女の姿が。
彼女はちゃなをイジメていた主犯格である。
だからこうして呼び止められた事がちゃなには怖くてしょうがなかったのだ。
また何かされるかもしれない、そう思ってならなくて。
「あ……こ、これからご飯……」
「いいからちょっと来て」
そんな小声が聞こえたのかどうか。
でもそんな事にも構う事もなく。
途端にアキがちゃなの手を取り、半ば強引に引いていく。
ちゃなも抵抗する事が出来ず、ただただされるがままに。
こうして二人は、クラスメイト達が注目する中でそそくさと室外へと立ち去っていった。
二人が、もといアキが連れて行ったのは、三階の階段上。
屋上に繋がる最上階である。
当然そこは無人で、屋上への扉も締め切られていて。
階下から生徒達の話し声は聴こえるものの、二人の存在に気付く者は誰一人として居ない。
そこでやっとアキがちゃなの腕を離し。
たちまち二人の間を静かな雰囲気が包み込む。
「あ、あの……」
二人の間も沈黙が続いたままだ。
当然、ちゃなにはここに連れてこられた理由はわからない。
何かされたらどうしよう、そんな不安が過る。
いつもならこんな場に連れてこられればたちまち罵声を浴びせられて。
取り巻きと三人で何かをされた事など数知れない。
だから最初は大きな不安があったものだ。
先日の様な事だけではない。
時には上履きを隠されたり。
机に悪戯書きをされたり。
そして名前を馬鹿にされたり。
その記憶は未だ消える事無く残り続け、今でもトラウマとなっている。
それがこんな時に体を奮えさせて止まらない程の恐怖感を呼ぶのだ。
先日のウィガテ王との戦いの時の様に。
思い出したくも無いのに思い出してしまうのである。
けれど今回は何かが違っていた。
いつも一緒な取り巻きの二人が今は居ない。
隠れている様子も無くて。
何より目の前に居るアキが、いつもと何か様子が違うのだ。
ちゃなを前にしてただただ無言を貫いていたまま。
何か言いたそうに視線を向け、でもすぐに逸らして。
こうして互いに何も言う事無く、時だけが過ぎていく。
そんな一向に進む気配の無い状況の中。
いつもと違う様子が、ちゃなにふと一つの記憶を思い出させていた。
―――前に出てみなよ―――
それは先日、勇から言われた一言。
あの時、ちゃなにとってその言葉がどれだけ心強かったか。
ずっと守ってくれていた勇が自分の事を凄いと褒めてくれて。
こう言って背中を押してくれて。
それが彼女に勇気を与えてくれたから。
きっとその勇気は些細なものだっただろう。
魔剣使いになると決めた時よりもずっと。
あの時は勇の力になりたいと思って、剣聖に恩返ししたいと思っただけだから。
自分の為にと思った事では無かったから。
でも今、彼女はまた勇気を振り絞る。
今度は自分の為に。
勇と同じ様に、拳を握り締めて。
「「あ、あのっ……!!」」
そんな時、偶然にも二人の声が同時に木霊する。
どうやらアキも同じ想いだった様だ。
よく見れば彼女も両拳を握り締めていて。
もちろん狙った訳では無く。
とはいえ今の合唱がちゃなに思考停止を呼び込み。
堪らず鳩が豆鉄砲を喰らった様に呆けるばかり。
そしてそれがキッカケとなったのだろう。
なんとちゃなではなく、アキが一歩を踏み出してきたのだ。
「あ、あのさ、一昨日の事なんだけど」
その一言がちゃなに動揺を呼び込んだのは言うまでもない。
例え勇に救われたとしても、嫌な思い出には変わりないのだ。
それにもし勇が現れなかったら。
そんな想いがたちまち脳裏に駆け巡り。
ちゃなの胸に締め付けんばかり苦しさを呼び起こす。
先程までの勇気も風前の灯火と言わんばかりに弱く萎んで―――
「ご、ごめんなさい。 あたしが悪かったよ……」
だがその一言が、一瞬にしてちゃなの苦痛を取り祓った。
まさかの一言に、ちゃなは耳を疑うばかりだ。
アキが謝るなんて思っても見なくて。
強情な性格である事は同級生になってからの二ヶ月で充分理解していたから。
でも今のアキの様子は夢なのでは無いかと思える程にしおらしくて。
それがちゃなにとっては変容事件と同じくらいに非現実的だったのだ。
けれどきっとそれはちゃながそう思い込んでいただけなのだろう。
アキが恐ろしい存在として肥大化していたから。
そう思い込んでいたから。
そう、アキもまた……普通の子だったのだ。
「実はさ……昨日、ちゃなの家の場所調べたんだ。 そしたら変容区域だっけ、あの中にあったんだね」
アキの言う通り、ちゃなの実家は変容区域のほぼ中心付近に存在している。
それは彼女が住んでいた家だけでなく、彼女を取り巻いていた全ての環境が変化の渦に飲み込まれたという事に他ならない。
つまり彼女の知る全てが失われたと言っても過言ではないのだ。
「ニュースだけじゃそこの事まったくわからないけどさ、行方不明者だらけなのくらいは知ってる」
例え世間の事に疎い子供でも、これだけ騒げば知りもしよう。
アキの様に流行に敏感そうな子なら知らない訳も無く。
「あたしの家も変容のとこに結構近くてね。 避難はしなくて平気だったけど、近所の人が消えたって噂は入ってたんだ。 それでも最初は冗談とか思ってた。 大丈夫なんだって。 けど、もしも自分の周りがそうだったらって思ったらさ、なんかこう、凄い悲しくなっちゃって……」
そう語る声は僅かに震えていて。
世間では沈静化し始めている怪物騒動も、こうして現実を認識すればたちまち真実味を帯びる。
ちゃなという存在がアキの中でそれを証明してしまったから。
きっと彼女も怖くなったのだろう。
恐ろしくなったのだろう。
一歩間違えれば自分も消えていたかもしれない。
恐ろしい怪物に遭遇していたかもしれないと。
そしてそれを知らずに、実際に巻き込まれたちゃなを罵倒して。
挙句に〝死ね〟と言ってしまった事に強い罪悪感を憶えたのだ。
勇に言われた事の重大さに、そこで初めて気が付いたのである。
自分が如何に滑稽で、無知だったのかという事に。
「アキちゃん……」
「ごめん……ほんとごめん。 あたし酷い事言っちゃった、ごめんねぇ……ウッウッ―――」
その想いが本物だったからこそ、吐き出し続けた事で感極まったのだろう。
アキの目からじわりと涙が浮かび、雫と成って零れ落ちる。
嗚咽と共に、何度も、何度も。
そんな彼女の姿を前にしたちゃなもまた感情を引かれていて。
昂った感情が瞳に潤いを呼ぶ。
以前のちゃなだったら、きっとしどろもどろするだけだっただろう。
何も出来ず、何も返す事が出来ずにいただろう。
でも今はもう違う。
心が強くなって、勇気を持つ事が出来たから。
それは決して魔剣のお陰だからでは無い。
勇に背中を押してもらえたから。
「大丈夫だよアキちゃん。 私、平気だからっ!」
「……えっ!?」
「私、何言われても平気だから……強い人に会えたから!!」
そして今はもう、一人じゃないから。
ちゃなの脳裏に浮かぶのは、いつか勇が見せてくれた大きな背中。
襲い来るダッゾ族を前に颯爽と立ち塞がり、窮地を救ってくれた時の。
あの背中が思い出せる限り、彼女はもう怖気付きはしない。
今はその心強さを心から理解する事が出来たから。
「だからアキちゃん泣かないで? 私、アキちゃんの事怨んでもいないし怒ってもいないよ……?」
「あ……う、うう……ちゃなぁ!!」
途端、悲しみのままにアキがちゃなへと抱き着き。
ちゃなもそれを受け入れる様に微笑みを向けていて。
アキの腰を、その細くて柔らかい腕でそっと包み込んでいた。
ちゃなはとても心優しい少女である。
人を怨んだりした事は一度しか無い程に。
それは彼女の過去が、こんな事には負けない程に壮絶だったから。
こうしてイジメられても、一人ぼっちでも、耐え忍ぶ事が出来る程に。
そんな彼女も心ではこの様に人と抱き合う事を求めていたのだろう。
けれど、奇しくも変容事件という悲劇をキッカケに勇と出会って。
そして今、そのお陰でこうして望みが一つ叶ったから。
だからもうそれだけで十分だったのだ。
アキという子を許す理由など、たったそれだけで。
悲しみを共有し合う二人の姿はまるで友達同士のよう。
いや、きっと二人はもういがみ合う仲ではないのだろう。
こうして本音を打ち明け合って、弱みを見せあって。
それはもはや友達となんら違いは無いのだから。
―――勇さん、私ちょっとだけ前に出れましたよ―――
だからちゃなは本心で、そう呟く事が出来た。
ちゃなの居る教室では―――
昼休みを告げるチャイムの音が鳴り響き、授業が終わりを迎える。
するとちゃなはいつもの様に席を立っていて。
彼女はお昼になるといつも一人。
場所を変え、時間を変え、目立たない様にしていたのだ。
だから今日もこうして席を立ち、その日だけの場所を求めて歩き行く。
でも今日はいつもと違ってどこか嬉しそうだ。
ぷくりとした微笑みが口元に浮かんでいて。
その理由はただ一つ。
彼女の手に握られた手提げ袋の中にある。
その中には勇の母親に手渡されたお弁当が入っているのだ。
実は彼女にとってこれが楽しみでしょうがなかった様で。
お昼前にもなればソワソワとしていて授業に身が入らない程である。
―――今日のお弁当楽しみ……フフッ―――
先日は例の少女達とのいざこざでまともに食べられなくて。
勇の母親に悪いと思って、緊急帰宅後の着替える直前に掛けこんだものだ。
でも今日はもう障害も無く、きっと普通に食べられる。
それが堪らなく嬉しかったのだろう。
パタパタと歩いていく様はどこかいつもよりも軽快だったのだから。
「待って……!」
けれど世間はどうやらそう上手くもいかせてはくれない様だ。
途端、聴いた事のある声がちゃなの背後から上がり。
たちまち駆けていた足がピタリと止まる。
いっそそのまま立ち去ってしまえば良かった。
聞こえないフリして逃げてしまえば良かった。
ちゃなの脳裏にそんな想いが駆け巡る。
そう思わせてしまう人物の声だったから。
ぷくりとしていた微笑みも途端に強張りとなっていて。
でも振り向かないとそれもそれで何か言われそうだったから。
縮めこんだ首をそっと回し、振り向けば―――
そこには先日ちゃなを追い詰めていたアキと呼ばれた少女の姿が。
彼女はちゃなをイジメていた主犯格である。
だからこうして呼び止められた事がちゃなには怖くてしょうがなかったのだ。
また何かされるかもしれない、そう思ってならなくて。
「あ……こ、これからご飯……」
「いいからちょっと来て」
そんな小声が聞こえたのかどうか。
でもそんな事にも構う事もなく。
途端にアキがちゃなの手を取り、半ば強引に引いていく。
ちゃなも抵抗する事が出来ず、ただただされるがままに。
こうして二人は、クラスメイト達が注目する中でそそくさと室外へと立ち去っていった。
二人が、もといアキが連れて行ったのは、三階の階段上。
屋上に繋がる最上階である。
当然そこは無人で、屋上への扉も締め切られていて。
階下から生徒達の話し声は聴こえるものの、二人の存在に気付く者は誰一人として居ない。
そこでやっとアキがちゃなの腕を離し。
たちまち二人の間を静かな雰囲気が包み込む。
「あ、あの……」
二人の間も沈黙が続いたままだ。
当然、ちゃなにはここに連れてこられた理由はわからない。
何かされたらどうしよう、そんな不安が過る。
いつもならこんな場に連れてこられればたちまち罵声を浴びせられて。
取り巻きと三人で何かをされた事など数知れない。
だから最初は大きな不安があったものだ。
先日の様な事だけではない。
時には上履きを隠されたり。
机に悪戯書きをされたり。
そして名前を馬鹿にされたり。
その記憶は未だ消える事無く残り続け、今でもトラウマとなっている。
それがこんな時に体を奮えさせて止まらない程の恐怖感を呼ぶのだ。
先日のウィガテ王との戦いの時の様に。
思い出したくも無いのに思い出してしまうのである。
けれど今回は何かが違っていた。
いつも一緒な取り巻きの二人が今は居ない。
隠れている様子も無くて。
何より目の前に居るアキが、いつもと何か様子が違うのだ。
ちゃなを前にしてただただ無言を貫いていたまま。
何か言いたそうに視線を向け、でもすぐに逸らして。
こうして互いに何も言う事無く、時だけが過ぎていく。
そんな一向に進む気配の無い状況の中。
いつもと違う様子が、ちゃなにふと一つの記憶を思い出させていた。
―――前に出てみなよ―――
それは先日、勇から言われた一言。
あの時、ちゃなにとってその言葉がどれだけ心強かったか。
ずっと守ってくれていた勇が自分の事を凄いと褒めてくれて。
こう言って背中を押してくれて。
それが彼女に勇気を与えてくれたから。
きっとその勇気は些細なものだっただろう。
魔剣使いになると決めた時よりもずっと。
あの時は勇の力になりたいと思って、剣聖に恩返ししたいと思っただけだから。
自分の為にと思った事では無かったから。
でも今、彼女はまた勇気を振り絞る。
今度は自分の為に。
勇と同じ様に、拳を握り締めて。
「「あ、あのっ……!!」」
そんな時、偶然にも二人の声が同時に木霊する。
どうやらアキも同じ想いだった様だ。
よく見れば彼女も両拳を握り締めていて。
もちろん狙った訳では無く。
とはいえ今の合唱がちゃなに思考停止を呼び込み。
堪らず鳩が豆鉄砲を喰らった様に呆けるばかり。
そしてそれがキッカケとなったのだろう。
なんとちゃなではなく、アキが一歩を踏み出してきたのだ。
「あ、あのさ、一昨日の事なんだけど」
その一言がちゃなに動揺を呼び込んだのは言うまでもない。
例え勇に救われたとしても、嫌な思い出には変わりないのだ。
それにもし勇が現れなかったら。
そんな想いがたちまち脳裏に駆け巡り。
ちゃなの胸に締め付けんばかり苦しさを呼び起こす。
先程までの勇気も風前の灯火と言わんばかりに弱く萎んで―――
「ご、ごめんなさい。 あたしが悪かったよ……」
だがその一言が、一瞬にしてちゃなの苦痛を取り祓った。
まさかの一言に、ちゃなは耳を疑うばかりだ。
アキが謝るなんて思っても見なくて。
強情な性格である事は同級生になってからの二ヶ月で充分理解していたから。
でも今のアキの様子は夢なのでは無いかと思える程にしおらしくて。
それがちゃなにとっては変容事件と同じくらいに非現実的だったのだ。
けれどきっとそれはちゃながそう思い込んでいただけなのだろう。
アキが恐ろしい存在として肥大化していたから。
そう思い込んでいたから。
そう、アキもまた……普通の子だったのだ。
「実はさ……昨日、ちゃなの家の場所調べたんだ。 そしたら変容区域だっけ、あの中にあったんだね」
アキの言う通り、ちゃなの実家は変容区域のほぼ中心付近に存在している。
それは彼女が住んでいた家だけでなく、彼女を取り巻いていた全ての環境が変化の渦に飲み込まれたという事に他ならない。
つまり彼女の知る全てが失われたと言っても過言ではないのだ。
「ニュースだけじゃそこの事まったくわからないけどさ、行方不明者だらけなのくらいは知ってる」
例え世間の事に疎い子供でも、これだけ騒げば知りもしよう。
アキの様に流行に敏感そうな子なら知らない訳も無く。
「あたしの家も変容のとこに結構近くてね。 避難はしなくて平気だったけど、近所の人が消えたって噂は入ってたんだ。 それでも最初は冗談とか思ってた。 大丈夫なんだって。 けど、もしも自分の周りがそうだったらって思ったらさ、なんかこう、凄い悲しくなっちゃって……」
そう語る声は僅かに震えていて。
世間では沈静化し始めている怪物騒動も、こうして現実を認識すればたちまち真実味を帯びる。
ちゃなという存在がアキの中でそれを証明してしまったから。
きっと彼女も怖くなったのだろう。
恐ろしくなったのだろう。
一歩間違えれば自分も消えていたかもしれない。
恐ろしい怪物に遭遇していたかもしれないと。
そしてそれを知らずに、実際に巻き込まれたちゃなを罵倒して。
挙句に〝死ね〟と言ってしまった事に強い罪悪感を憶えたのだ。
勇に言われた事の重大さに、そこで初めて気が付いたのである。
自分が如何に滑稽で、無知だったのかという事に。
「アキちゃん……」
「ごめん……ほんとごめん。 あたし酷い事言っちゃった、ごめんねぇ……ウッウッ―――」
その想いが本物だったからこそ、吐き出し続けた事で感極まったのだろう。
アキの目からじわりと涙が浮かび、雫と成って零れ落ちる。
嗚咽と共に、何度も、何度も。
そんな彼女の姿を前にしたちゃなもまた感情を引かれていて。
昂った感情が瞳に潤いを呼ぶ。
以前のちゃなだったら、きっとしどろもどろするだけだっただろう。
何も出来ず、何も返す事が出来ずにいただろう。
でも今はもう違う。
心が強くなって、勇気を持つ事が出来たから。
それは決して魔剣のお陰だからでは無い。
勇に背中を押してもらえたから。
「大丈夫だよアキちゃん。 私、平気だからっ!」
「……えっ!?」
「私、何言われても平気だから……強い人に会えたから!!」
そして今はもう、一人じゃないから。
ちゃなの脳裏に浮かぶのは、いつか勇が見せてくれた大きな背中。
襲い来るダッゾ族を前に颯爽と立ち塞がり、窮地を救ってくれた時の。
あの背中が思い出せる限り、彼女はもう怖気付きはしない。
今はその心強さを心から理解する事が出来たから。
「だからアキちゃん泣かないで? 私、アキちゃんの事怨んでもいないし怒ってもいないよ……?」
「あ……う、うう……ちゃなぁ!!」
途端、悲しみのままにアキがちゃなへと抱き着き。
ちゃなもそれを受け入れる様に微笑みを向けていて。
アキの腰を、その細くて柔らかい腕でそっと包み込んでいた。
ちゃなはとても心優しい少女である。
人を怨んだりした事は一度しか無い程に。
それは彼女の過去が、こんな事には負けない程に壮絶だったから。
こうしてイジメられても、一人ぼっちでも、耐え忍ぶ事が出来る程に。
そんな彼女も心ではこの様に人と抱き合う事を求めていたのだろう。
けれど、奇しくも変容事件という悲劇をキッカケに勇と出会って。
そして今、そのお陰でこうして望みが一つ叶ったから。
だからもうそれだけで十分だったのだ。
アキという子を許す理由など、たったそれだけで。
悲しみを共有し合う二人の姿はまるで友達同士のよう。
いや、きっと二人はもういがみ合う仲ではないのだろう。
こうして本音を打ち明け合って、弱みを見せあって。
それはもはや友達となんら違いは無いのだから。
―――勇さん、私ちょっとだけ前に出れましたよ―――
だからちゃなは本心で、そう呟く事が出来た。
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