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第七節「絆と絆 その信念 引けぬ想い」
~Opportunity <きっかけ>~
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夏休みが始まって早々に舞い込んだ依頼は当初の予想から大きく外れた騒動を呼び込んだ。
隠れ里と呼ばれる閉鎖領域にて、魔者グゥを保護したのである。
だがその数日後、彼は忽然と姿を消す。
姿を消した理由を知らない勇達は必死にグゥの事を探し続け。
でも痕跡さえ見つかる事は無く、捜索は中断。
東京の街はそんな事情さえ知る事も無く、いつも通りの営みを続けていた。
そしてグゥが姿を消してから三日後の事。
勇は福留と共にとある場所へと赴く事に。
それは日本の行政機関の一つである防衛省の庁舎。
つまり福留が所属する特事部の大元締め、その本部である。
その庁舎のとある一つの部屋で、勇と福留を前に一人の男が睨みを付ける。
「―――今回の事は重大な失態であると言わざるを得ない。 怪物を一匹、あろう事か東京の街へと放流してしまったのだからな」
しかもその口調はとても重く厳しいもので。
ぶつけられた途端に勇の顔が堪らず歪む程だ。
この男、村野防衛大臣。
彼等が佇むこの防衛省において最も高い位の、日本の国防を担う人物である。
勇よりも僅かに背が低く、それでいて全体的に角ばった体格を持つ、見た目からして厳しそうな人物像だ。
「でもグゥさんはッ―――」
「理由はどうあれ、人類の脅威である生物な事には変わりないのだよ!!」
そんな人物が今、これ以上に無い程の激昂を勇へとぶつけている。
それも当然だろう。
グゥは魔者で、普通の人間では抵抗する事さえ叶わない存在なのだから。
加えてあの身なりなのだ、事情を深く理解しない限り怪物扱いしてしまうのも仕方の無い事。
魔者という存在の正体が未だ掴めていない現状で、彼等を人と同等に扱う事など出来はしない。
少なくとも勇の様なお人好しでなければ、普通の人間にとっては怪物となんら変わり無いのだ。
「話には聞いている。 危険な存在ではないと。 では誰がそれを証明する!? 証拠や根拠は!? 詳細なデータは!? 何も無いだろう!? それでもし何かが起きた時、君は責任を取れるのかね? まだ親元から離れていない子供が責任を取れるというのかね!?」
「それは……」
「魔剣使いだかなんだか知らんが、戦えるだけで何でも自由に出来ると思ったか? だがこの世の中はそんなに甘くは無い。 君のしでかした事はとてもではないが許容しがたい事実だよ。 少なくとも私にとっては重大な事件なのだからな」
そう思うのは、彼が国防を担っているが故に。
きっと普段はこの様な厳しい事を宣う人物ではないのかもしれない。
少なくとも人の上に立つ存在で、国を守るという責任を常に伴っているからこそ。
国防に関わる事案に対しては何事にも実直に、厳しく、確実に動かねばならないのだから。
だからこそ、勇のしでかした失敗が許せなかったのである。
信頼出来るから―――たったそれだけで街に行く事を許してしまったという失敗を。
それだけで国民を危険に晒したという事に、これ程ない怒りを見せたのである。
「君のした事は君が思う以上に深刻なんだ。 その事を理解出来ないのであれば、私から直接総理に打診せざるを得ない。 君を雇う事への反対意見をな」
「そんな……」
ただ、この人物が勇の事を信頼していない事も確かだ。
実際面白くないのだろう。
突然現れては自衛隊で対処出来ない相手をたった二人で駆逐する事が出来たのだから。
ザサブ族との戦いは特に印象が強く、その成果はマイナスも多いがプラスも多大。
勇達が居なければ大敗も確実な戦いだったが故に。
特事部は防衛省にこそ所属しているが、事実上は総理直属の独立部署。
つまり部外者にも等しい存在だ。
そんな存在が突然現れて功績を攫って行けば、攫われた側としては気持ちが良い訳も無いだろう。
要するに、こう咆えているのは……一つの嫉妬によるものである。
だが、そんな大人の醜い側面を良しとしない人物も今、ここに居る。
「ええ、ええ、そうですねぇ。 勇君がしでかした事がとても大変な失敗だという事は我々特事部も重々承知しております」
そんな罵声とも言える叱責が続く中、遂にこの男が間に入る。
重苦しい雰囲気の中でも囚われる事の無い緩やかな声を挟んで。
そう、福留である。
「ですが、魔者に話が通じる人物がいるという事は事実でしょう。 実際、四国と東北の魔者とは現状で和解が通じて休戦中という事ですし。 その上で信じた以上、勇君とグゥさんには人間同士の様な信頼関係が成り立っていたという事になります。 そうもなれば、今回の様な行動を起こしてしまう事もいざ仕方の無い事かと」
「そうかもしれません。 ですがまだその確証が無いままに野放しにした事が問題だと言っているのですよ!」
でも、相手もそう簡単には引き下がりはしない。
こういった口戦を繰り返してきたのが政治家で、村野大臣はその筆頭の一人とも言える存在なのだから。
しかし福留もそれを知っている上でスタンスは崩さない。
相手を押し切るのではなく、間に立つバランサーとしてのスタンスを。
「ええ。 ですのでこうして勇君も反省しております。 ですからきっとまた同じ事を繰り返しはしないでしょう。 今はそれで良いではありませんか」
その上でお互いに譲歩させ合い、言い争いを解決する。
あくまでも間に立ち、互いを取り持つ事が福留の役目なのだ。
「それに村野大臣がおっしゃる通り、彼はまだ未成年で責任を取る事が出来ない。 ならば彼は過ちを学び、そして我々も間違えぬ様に対策を施せば良いだけですからねぇ」
それに今回の事は勇だけが失敗した訳ではない。
最初から「出してはいけない」という決まりを作っておけば防げたかもしれない。
人員に事情の周知を徹底していれば、止められていたかもしれない。
それが出来なかった政府側の失敗でもあるのだから。
一度過ぎ去った事を取り戻す事はもう出来ない。
でも次に生かす事は出来るだろう。
人は失敗から学び、未来を築き続けて来た。
知らない事も、苦難も、人類はそうして乗り越えて来た。
そして今回もまた同様に。
魔者だけではなく、『あちら側』についてはまだまだわからない事だらけだ。
だから人はこれから彼等の事を学ばなければならない。
渋谷の様な悲劇を再び繰り返さない為にも。
「ですがね福留先生、だから教養の無い無責任な子供を使うという理屈は通りませんよ」
ただ、そう前向きに考えられる人間がいれば、この様な後ろ向きに考える人間も少なくはない。
この村野大臣という人間もまた、責任という言葉に囚われた後ろ向きの人間なのだろう。
だが、そんな人物の放った一言が琴線に触れた時、福留の表情に僅かな変化が訪れる。
微笑みで浮かんでいた笑窪が突如として消え。
緩く開いていた眼が突如として鋭さを帯びたのだ。
「では、現状でどこか凄惨な事件が起きたのでしょうか? 東京でまた怪物騒ぎが起きたのでしょうか? まだ何も起きてはいませんし、目撃者も出ていません。 つまり事は無かったと言えるでしょう」
「それは結果論で―――」
そう村野大臣が言い掛けた途端―――
まるでその一言を遮るかの様に福留が開いた掌を正面へと突き出す。
鋭く、叩き付けるかの様な勢いで。
「ええ、結果論です。 でしたらきっと勇君達が居なければもっと凄惨な事になっていたでしょうね。 そうですねぇ、恐らく東京はダッゾ族とやらによって二、三日で壊滅、続いて九州も今頃は大変でしょう」
そう言い放つと同時に、突き出された掌から指が一つ、二つと折られていき。
「そうなれば司令塔を失った自衛隊も統制が取れなくなり、もしかしたら四国も東北もどうなっていた事か。 信越も最悪の場合は被害が出ていたかもしれませんねぇ」
たちまち五本の指全部が折れ曲がり、とうとう握り拳が握られていて。
それが再び大きく開かれた時―――その可能性の延長が福留の口から語られる事となる。
「結果、どれを通しても日本壊滅です。 さて、この責任を村野大臣はどう取るのでしょうか?」
それはあくまでも可能性の一端でしか無いだろう。
村野大臣が否定した勇達を除いた場合の可能性である。
しかしこの空想たる可能性を前に村野大臣が返せる言葉は無い。
既に勇が今日までに繋いだ可能性は日本を救ったに等しい功績とも言えるのだから。
その功績を除いた場合に生まれた責任はもはや、村野大臣ごときが背負える程の代物ではない。
これこそ、国の存亡が掛かっていたと言っても過言ではない事案だったのだから。
「でも勇君はそんな責任があるにも拘らず、こうして必死に役割を果たしてくれています。 だからこそ、これからも見守ってあげてください。 彼の細やかな失敗くらいは掬いとって、無かった事にしてあげられるくらいにねぇ」
そして福留もまた、無い責任を押し付けるほど愚かでは無く。
波風が立たぬよう、穏やかな風たる一言で片付ける事を忘れない。
もちろん、相手がそれで済む様な相手であれば―――だが。
「では今回の処遇は―――」
それでもまだ諦めきれなかったのだろう。
村野大臣がまだ食い下がる様にその手を伸ばす。
ただそれは―――もはや悪手でしかない。
「村野さん……いいですか? 責任とは取らねばならぬ事ではなく、果たすべき事です。 そして勇君が果たす事は貴方への謝罪や賠償では無く、これからの未来を繋ぐ事です。 その意味がおわかりにならない様でしたら、勇君の代わりに私がお相手致しましょう。 それでよろしいでしょうか?」
そう語る福留の顔にいつもの緩さは既に無い。
珍しくも怒っている様に感じられる強張りが生まれ、貫かんばかりの睨みを付ける。
もしも福留がただの老人であれば、その睨みも決して意味を成しはしないだろう。
しかし村野大臣は知っている。
福留がただの老人ではないという事を。
その正体も、その実力も。
「私がお相手する」……その一言が持つ真の意味さえも。
その意味を理解した時、おのずと村野大臣は―――首を振る事となる。
水平方向へと、ただただ素直に。
こうして村野大臣との話し合いはたちまちの終わりを告げ。
勇と福留はようやく重苦しい空気からようやく解放された。
とはいえ、後半はもはや福留無双。
村野大臣の立つ瀬などありはしなかったが。
でもそのお陰で、終始弱気だった勇も庁舎を出る頃にはいつもの雰囲気を取り戻していて。
福留の援護に感謝を禁じ得ない。
そして当然、反省も。
「すいません福留さん、俺がグゥさんを通してしまったばかりに……」
「いえいえ、もう済んだ事ですから。 それに、確かにグゥさんは見つかりませんでしたが、彼が人を安易に襲うとは到底思えません。 きっと大丈夫でしょう」
そんな実直な勇を前に、福留もまんざらではなさそうだ。
先程と打って変わり、穏やかな表情で勇へと返事を返す姿が。
福留もグゥと幾度か話し合い、よく知っているからこそこう言い切れる。
「彼は間違いなく、人に危害を加える様な人物ではない」のだと。
それ程までに福留も信頼していたのだ。
そんな人物を怪物呼ばわりされれば、いくら温和であろうと怒りもするだろう。
どうやらそれは勇も同じだった様で。
「でもそれは別として、やっぱりグゥさんを怪物扱いするのは許せないですよ。 会った事も無いのにどうしてあんな事が言えるのか、俺にはわかりません」
鬱憤が溜まるとどうしても愚痴を漏らさずには居られない性格な勇だけに。
福留相手でもお構いなしに、募った不満がこれみよがしに溢れ出す。
しかしそこはやはり福留か。
優しく微笑むままに「ウンウン」と頷き、漏れ出す愚痴を受け入れる。
長い経験もあって、こんな話を聞く事にも慣れているのだろう。
「ええ、その気持ちはよくわかります。 私も同じ想いでしたから。 ただ村野大臣も必死なんです。 今回の変容事件で色々と国民から心無い叱責を受けていますから。 それだけはわかってあげてくださいねぇ」
それでいて、バランサーとしての役割も忘れない。
自身の想いに囚われず、客観的に見て双方の落ちかけた心を掬うという役割を。
きっとこの様な不満を持つのは勇だけではないのだろう。
事情を知らない国民全てが未だ変容事件について多くの不安を抱いたままで。
そこから生まれた不満や鬱憤が、多くの情報媒体を経由して今なお拡散し続けられている。
そして生まれた批判が集まるのは大抵、政府だ。
きっと今でも心無い叱責とやらが飛び交い続けていて。
結果論だけを振り回し、責任を追及し、誹謗中傷を浴びせ続けている。
例え政府の力ではどうにもならない事案であろうとも構う事無く。
ある意味で言えば、その矢先に立つ村野大臣もまた変容事件の被害者なのかもしれない。
「はい、福留さんがそう言うならもう責めません。 俺も福留さんが信じてくれた通り、これからは失敗しない様に心掛けます」
「ええ、今はそれでいいのです。 でも、少しくらいの失敗は我々大人が引き受けますから、多少は無茶してもいいのですよ?」
その言い草は本音か建前か。
そう語る福留にニヤリとした笑みが浮かび上がる。
まるで村野大臣に正面からぶつかっても良かった―――そう言ってるかの様で。
少なくともそう感じた勇はと言えば、「あはは……」と苦笑するばかりである。
「さて、そんな素直な勇君に汚名返上する機会を与えましょうか」
「えっ?」
すると福留がにこやかな笑みのままに、満を持してのとある情報を伝え。
それを耳にした途端、勇は一つ返事でその話を受ける事となる。
そうしてしまうだけの価値が、その案件にはあったのだ。
こうして勇は新たな案件を抱えて家路へと就く。
そこに秘められた次なる希望を胸に。
そんな依頼の内容とは果たして―――
隠れ里と呼ばれる閉鎖領域にて、魔者グゥを保護したのである。
だがその数日後、彼は忽然と姿を消す。
姿を消した理由を知らない勇達は必死にグゥの事を探し続け。
でも痕跡さえ見つかる事は無く、捜索は中断。
東京の街はそんな事情さえ知る事も無く、いつも通りの営みを続けていた。
そしてグゥが姿を消してから三日後の事。
勇は福留と共にとある場所へと赴く事に。
それは日本の行政機関の一つである防衛省の庁舎。
つまり福留が所属する特事部の大元締め、その本部である。
その庁舎のとある一つの部屋で、勇と福留を前に一人の男が睨みを付ける。
「―――今回の事は重大な失態であると言わざるを得ない。 怪物を一匹、あろう事か東京の街へと放流してしまったのだからな」
しかもその口調はとても重く厳しいもので。
ぶつけられた途端に勇の顔が堪らず歪む程だ。
この男、村野防衛大臣。
彼等が佇むこの防衛省において最も高い位の、日本の国防を担う人物である。
勇よりも僅かに背が低く、それでいて全体的に角ばった体格を持つ、見た目からして厳しそうな人物像だ。
「でもグゥさんはッ―――」
「理由はどうあれ、人類の脅威である生物な事には変わりないのだよ!!」
そんな人物が今、これ以上に無い程の激昂を勇へとぶつけている。
それも当然だろう。
グゥは魔者で、普通の人間では抵抗する事さえ叶わない存在なのだから。
加えてあの身なりなのだ、事情を深く理解しない限り怪物扱いしてしまうのも仕方の無い事。
魔者という存在の正体が未だ掴めていない現状で、彼等を人と同等に扱う事など出来はしない。
少なくとも勇の様なお人好しでなければ、普通の人間にとっては怪物となんら変わり無いのだ。
「話には聞いている。 危険な存在ではないと。 では誰がそれを証明する!? 証拠や根拠は!? 詳細なデータは!? 何も無いだろう!? それでもし何かが起きた時、君は責任を取れるのかね? まだ親元から離れていない子供が責任を取れるというのかね!?」
「それは……」
「魔剣使いだかなんだか知らんが、戦えるだけで何でも自由に出来ると思ったか? だがこの世の中はそんなに甘くは無い。 君のしでかした事はとてもではないが許容しがたい事実だよ。 少なくとも私にとっては重大な事件なのだからな」
そう思うのは、彼が国防を担っているが故に。
きっと普段はこの様な厳しい事を宣う人物ではないのかもしれない。
少なくとも人の上に立つ存在で、国を守るという責任を常に伴っているからこそ。
国防に関わる事案に対しては何事にも実直に、厳しく、確実に動かねばならないのだから。
だからこそ、勇のしでかした失敗が許せなかったのである。
信頼出来るから―――たったそれだけで街に行く事を許してしまったという失敗を。
それだけで国民を危険に晒したという事に、これ程ない怒りを見せたのである。
「君のした事は君が思う以上に深刻なんだ。 その事を理解出来ないのであれば、私から直接総理に打診せざるを得ない。 君を雇う事への反対意見をな」
「そんな……」
ただ、この人物が勇の事を信頼していない事も確かだ。
実際面白くないのだろう。
突然現れては自衛隊で対処出来ない相手をたった二人で駆逐する事が出来たのだから。
ザサブ族との戦いは特に印象が強く、その成果はマイナスも多いがプラスも多大。
勇達が居なければ大敗も確実な戦いだったが故に。
特事部は防衛省にこそ所属しているが、事実上は総理直属の独立部署。
つまり部外者にも等しい存在だ。
そんな存在が突然現れて功績を攫って行けば、攫われた側としては気持ちが良い訳も無いだろう。
要するに、こう咆えているのは……一つの嫉妬によるものである。
だが、そんな大人の醜い側面を良しとしない人物も今、ここに居る。
「ええ、ええ、そうですねぇ。 勇君がしでかした事がとても大変な失敗だという事は我々特事部も重々承知しております」
そんな罵声とも言える叱責が続く中、遂にこの男が間に入る。
重苦しい雰囲気の中でも囚われる事の無い緩やかな声を挟んで。
そう、福留である。
「ですが、魔者に話が通じる人物がいるという事は事実でしょう。 実際、四国と東北の魔者とは現状で和解が通じて休戦中という事ですし。 その上で信じた以上、勇君とグゥさんには人間同士の様な信頼関係が成り立っていたという事になります。 そうもなれば、今回の様な行動を起こしてしまう事もいざ仕方の無い事かと」
「そうかもしれません。 ですがまだその確証が無いままに野放しにした事が問題だと言っているのですよ!」
でも、相手もそう簡単には引き下がりはしない。
こういった口戦を繰り返してきたのが政治家で、村野大臣はその筆頭の一人とも言える存在なのだから。
しかし福留もそれを知っている上でスタンスは崩さない。
相手を押し切るのではなく、間に立つバランサーとしてのスタンスを。
「ええ。 ですのでこうして勇君も反省しております。 ですからきっとまた同じ事を繰り返しはしないでしょう。 今はそれで良いではありませんか」
その上でお互いに譲歩させ合い、言い争いを解決する。
あくまでも間に立ち、互いを取り持つ事が福留の役目なのだ。
「それに村野大臣がおっしゃる通り、彼はまだ未成年で責任を取る事が出来ない。 ならば彼は過ちを学び、そして我々も間違えぬ様に対策を施せば良いだけですからねぇ」
それに今回の事は勇だけが失敗した訳ではない。
最初から「出してはいけない」という決まりを作っておけば防げたかもしれない。
人員に事情の周知を徹底していれば、止められていたかもしれない。
それが出来なかった政府側の失敗でもあるのだから。
一度過ぎ去った事を取り戻す事はもう出来ない。
でも次に生かす事は出来るだろう。
人は失敗から学び、未来を築き続けて来た。
知らない事も、苦難も、人類はそうして乗り越えて来た。
そして今回もまた同様に。
魔者だけではなく、『あちら側』についてはまだまだわからない事だらけだ。
だから人はこれから彼等の事を学ばなければならない。
渋谷の様な悲劇を再び繰り返さない為にも。
「ですがね福留先生、だから教養の無い無責任な子供を使うという理屈は通りませんよ」
ただ、そう前向きに考えられる人間がいれば、この様な後ろ向きに考える人間も少なくはない。
この村野大臣という人間もまた、責任という言葉に囚われた後ろ向きの人間なのだろう。
だが、そんな人物の放った一言が琴線に触れた時、福留の表情に僅かな変化が訪れる。
微笑みで浮かんでいた笑窪が突如として消え。
緩く開いていた眼が突如として鋭さを帯びたのだ。
「では、現状でどこか凄惨な事件が起きたのでしょうか? 東京でまた怪物騒ぎが起きたのでしょうか? まだ何も起きてはいませんし、目撃者も出ていません。 つまり事は無かったと言えるでしょう」
「それは結果論で―――」
そう村野大臣が言い掛けた途端―――
まるでその一言を遮るかの様に福留が開いた掌を正面へと突き出す。
鋭く、叩き付けるかの様な勢いで。
「ええ、結果論です。 でしたらきっと勇君達が居なければもっと凄惨な事になっていたでしょうね。 そうですねぇ、恐らく東京はダッゾ族とやらによって二、三日で壊滅、続いて九州も今頃は大変でしょう」
そう言い放つと同時に、突き出された掌から指が一つ、二つと折られていき。
「そうなれば司令塔を失った自衛隊も統制が取れなくなり、もしかしたら四国も東北もどうなっていた事か。 信越も最悪の場合は被害が出ていたかもしれませんねぇ」
たちまち五本の指全部が折れ曲がり、とうとう握り拳が握られていて。
それが再び大きく開かれた時―――その可能性の延長が福留の口から語られる事となる。
「結果、どれを通しても日本壊滅です。 さて、この責任を村野大臣はどう取るのでしょうか?」
それはあくまでも可能性の一端でしか無いだろう。
村野大臣が否定した勇達を除いた場合の可能性である。
しかしこの空想たる可能性を前に村野大臣が返せる言葉は無い。
既に勇が今日までに繋いだ可能性は日本を救ったに等しい功績とも言えるのだから。
その功績を除いた場合に生まれた責任はもはや、村野大臣ごときが背負える程の代物ではない。
これこそ、国の存亡が掛かっていたと言っても過言ではない事案だったのだから。
「でも勇君はそんな責任があるにも拘らず、こうして必死に役割を果たしてくれています。 だからこそ、これからも見守ってあげてください。 彼の細やかな失敗くらいは掬いとって、無かった事にしてあげられるくらいにねぇ」
そして福留もまた、無い責任を押し付けるほど愚かでは無く。
波風が立たぬよう、穏やかな風たる一言で片付ける事を忘れない。
もちろん、相手がそれで済む様な相手であれば―――だが。
「では今回の処遇は―――」
それでもまだ諦めきれなかったのだろう。
村野大臣がまだ食い下がる様にその手を伸ばす。
ただそれは―――もはや悪手でしかない。
「村野さん……いいですか? 責任とは取らねばならぬ事ではなく、果たすべき事です。 そして勇君が果たす事は貴方への謝罪や賠償では無く、これからの未来を繋ぐ事です。 その意味がおわかりにならない様でしたら、勇君の代わりに私がお相手致しましょう。 それでよろしいでしょうか?」
そう語る福留の顔にいつもの緩さは既に無い。
珍しくも怒っている様に感じられる強張りが生まれ、貫かんばかりの睨みを付ける。
もしも福留がただの老人であれば、その睨みも決して意味を成しはしないだろう。
しかし村野大臣は知っている。
福留がただの老人ではないという事を。
その正体も、その実力も。
「私がお相手する」……その一言が持つ真の意味さえも。
その意味を理解した時、おのずと村野大臣は―――首を振る事となる。
水平方向へと、ただただ素直に。
こうして村野大臣との話し合いはたちまちの終わりを告げ。
勇と福留はようやく重苦しい空気からようやく解放された。
とはいえ、後半はもはや福留無双。
村野大臣の立つ瀬などありはしなかったが。
でもそのお陰で、終始弱気だった勇も庁舎を出る頃にはいつもの雰囲気を取り戻していて。
福留の援護に感謝を禁じ得ない。
そして当然、反省も。
「すいません福留さん、俺がグゥさんを通してしまったばかりに……」
「いえいえ、もう済んだ事ですから。 それに、確かにグゥさんは見つかりませんでしたが、彼が人を安易に襲うとは到底思えません。 きっと大丈夫でしょう」
そんな実直な勇を前に、福留もまんざらではなさそうだ。
先程と打って変わり、穏やかな表情で勇へと返事を返す姿が。
福留もグゥと幾度か話し合い、よく知っているからこそこう言い切れる。
「彼は間違いなく、人に危害を加える様な人物ではない」のだと。
それ程までに福留も信頼していたのだ。
そんな人物を怪物呼ばわりされれば、いくら温和であろうと怒りもするだろう。
どうやらそれは勇も同じだった様で。
「でもそれは別として、やっぱりグゥさんを怪物扱いするのは許せないですよ。 会った事も無いのにどうしてあんな事が言えるのか、俺にはわかりません」
鬱憤が溜まるとどうしても愚痴を漏らさずには居られない性格な勇だけに。
福留相手でもお構いなしに、募った不満がこれみよがしに溢れ出す。
しかしそこはやはり福留か。
優しく微笑むままに「ウンウン」と頷き、漏れ出す愚痴を受け入れる。
長い経験もあって、こんな話を聞く事にも慣れているのだろう。
「ええ、その気持ちはよくわかります。 私も同じ想いでしたから。 ただ村野大臣も必死なんです。 今回の変容事件で色々と国民から心無い叱責を受けていますから。 それだけはわかってあげてくださいねぇ」
それでいて、バランサーとしての役割も忘れない。
自身の想いに囚われず、客観的に見て双方の落ちかけた心を掬うという役割を。
きっとこの様な不満を持つのは勇だけではないのだろう。
事情を知らない国民全てが未だ変容事件について多くの不安を抱いたままで。
そこから生まれた不満や鬱憤が、多くの情報媒体を経由して今なお拡散し続けられている。
そして生まれた批判が集まるのは大抵、政府だ。
きっと今でも心無い叱責とやらが飛び交い続けていて。
結果論だけを振り回し、責任を追及し、誹謗中傷を浴びせ続けている。
例え政府の力ではどうにもならない事案であろうとも構う事無く。
ある意味で言えば、その矢先に立つ村野大臣もまた変容事件の被害者なのかもしれない。
「はい、福留さんがそう言うならもう責めません。 俺も福留さんが信じてくれた通り、これからは失敗しない様に心掛けます」
「ええ、今はそれでいいのです。 でも、少しくらいの失敗は我々大人が引き受けますから、多少は無茶してもいいのですよ?」
その言い草は本音か建前か。
そう語る福留にニヤリとした笑みが浮かび上がる。
まるで村野大臣に正面からぶつかっても良かった―――そう言ってるかの様で。
少なくともそう感じた勇はと言えば、「あはは……」と苦笑するばかりである。
「さて、そんな素直な勇君に汚名返上する機会を与えましょうか」
「えっ?」
すると福留がにこやかな笑みのままに、満を持してのとある情報を伝え。
それを耳にした途端、勇は一つ返事でその話を受ける事となる。
そうしてしまうだけの価値が、その案件にはあったのだ。
こうして勇は新たな案件を抱えて家路へと就く。
そこに秘められた次なる希望を胸に。
そんな依頼の内容とは果たして―――
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そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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