時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」

~闇に消ゆるも誰そ彼て~

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 北の大地での激闘を経て、勇達に心強い仲間が加わった。
 その名は【白の兄弟】ことアージとマヴォ。
 魔者でありながら種族に囚われない人物観を抱く者達である。

 彼等との邂逅は勇のみならず、その周りにも大きな影響を与える事となる。
 二人の存在感はそれだけ誇り高く、それでいて優しかったから。
 故にきっと、二人の力は勇達にとって何よりも心強いものとなるだろう。

 しかしその一方で、仲間となりながら即座に離反した者も居る。

 その者の名はドゥーラ、謎多き『あちら側』の魔剣使いである。
 人の命を弄ぶ禁術を扱う事さえ厭わない恐れるべき者だ。
 過去数々の人間・魔者を切り裂き、死に至らしめたという経歴さえ持つという。

 ただ、そんな彼女も既に勇達の下を離れて姿をくらまして。
 今となってはもう福留さえ追う事が出来ないでいた。

 でも今はそれで良かったのかもしれない。
 下手に関われば、余計な被害が出かねなかったからこそ。



 なお、そのドゥーラはと言えば―――
 今なんと、北海道最北部の空路・稚内わっかうち空港に居るという。



 ただその服装は当初のものとはだいぶ違う。
 リボンを巻いただけの様だった服装も、今はなんと現代のフォーマルスーツで。
 とはいえその体格もあって袖はほぼ肘に、スカートも太もも半ば程で途切れている。
 着こなしこそ間違ってはいないが、よく見ればどこか不自然だ。
 ついでに言えば髪型や化粧などはそのままで、妖しさは残ったまま。
 それでも堂々と構内を歩く様は、まるで現代を歩き慣れたかのよう。

「いらっしゃいませぇ」

 土産店などに入る姿に至っては、もはや観光客のそれと大差ない。
 違いを強いて言うなら、その仕草がどこか気怠そうというくらいか。

 そんな彼女は何を思ったのか、お土産を物色し始めていて。
 ふと真白の雪ウサギキーホルダー人形を見つけては、そっと摘まみ上げ。
 更には首を捻っては見上げる様にまじまじと覗き込むという。
 まるでそのままぺろりと食べてしまいそうな雰囲気である。

 でもさすがにそこまではしないらしい。
 満足して頭身体を起こすと、キーホルダーを摘まんだままレジへ。
 途中で箱菓子を一つ手に取り、きちんと会計を済ますという。
 取り出した財布も現代モノで、そうして見せる仕草はまさに現代人そのものだ。

 明らかに馴染んでいる。
 しかも一日と足らずの間で。
 一体そんな知識をどこで、いつどうやって手に入れたのだろうか。
 謎は深まるばかりだ。

「お客さん観光者さん? この商品も人気なんだけどね、どうかしら~」

「じゃあ、いただく、わ」

 遂にはこうしてコミュニケーションまで取る。
 なればもはや現代人となんら変わりはない。
 精々化粧が風変わりな女性程度にしか見えないだろう。

 ただその行動原理はと言えば、若干不自然ではあるが。

「お客さんお釣り!」

「いらない。 貴女に、あげる……」

 そうしてお釣りも受け取らずに店を去り。
 ゆらりゆらりと幽霊の様に構内へ消えていく。
 唖然とする店員になど一目さえ向ける事も無いままに。

 その後ドゥーラはあろう事か、なんと航空チケットまでをも購入していた。
 行き先は当然の如く東京である。(そもそも本土便はそこしか無いが)

 そのまま普通にフライト受付さえも済ませ、悠々と機内へ。
 他の乗客もが流れていく中、何事も無く指定席へと座り込む。
 ここまで来ると、最初から現代の事を知っていたとしか言いようがないだろう。
 もちろんそんな訳も無く、内装に指を走らせては好奇心を向けていたが。

 どうやら一人の方がずっと動き易いらしい。
 勇達の傍では見せなかった仕草が今ここに。

 するとそんな時、隣の席前に一人の男が立ち留まる。
 これまたフォーマルなスーツを着込んだ青年だ。

―――うォ、身体でっけ。 外人か? にしてもなんかエロいな、へへ―――

 こちらは何の変哲も無い普通の市民で、ついでに言うと少し好色気味か。
 自席の隣に座るドゥーラを前に、どこか期待の笑みを浮かばせていて。
 それと同時に、その身長を前にした動揺も隠せない。
 やはり常人には二メートル近いドゥーラが異様に見えるらしい。

 とはいえ、その細身のお陰で窮屈という事は無さそう。
 座り込んだ青年もほっと一安心だ。

「……ご旅行っすか?」

 そんな間際、ふと青年がドゥーラへ声を掛ける。
 なんだか、そうしないといけない気がして。

 確かに少し軽めの男だから、という事もあったのだろう。
 しかしそれ以上にどうにも気になって仕方が無かったから。

 なにせ隣に座って初めてその妖艶さがわかる。
 それだけ心地良い甘香りが漂ってきたのだ。

 市販のフレグランスとは少し違う。
 香りを感じさせながらも息苦しさが全く無くて。
 それも透き通る様な薔薇香と僅かな酸味を交えた、鼻腔を通り抜ける良質な香りだ。
 思わず吸い込み楽しんでしまいたくなる程の。

「えぇ、とても素敵な、場所でした」

 しかしドゥーラはそんなあからさまな男を前にしても嫌な顔一つせず。
 それどころか、とろんと瞼を下げた横目を向け、妖しい微笑みでそっと返すという。
 勇達を前にした時には見せなかった顔がここにも。

「いやぁ羨ましいです。 僕は出張でここまで来させられてね、おまけにあの大雪ですよ。 一時はどーなる事かと。 これならスノボとか持って来ればよかったなぁって」

「アラ、それは大変、ねぇ。 でも雪も、いい。 真っ白で、フワ、フワ」

 青年もこうして返してくれるドゥーラに気を良くしたらしい。
 その話し方に少し違和感こそ感じれど。
 でもちゃんと会話が成り立つから自然と口が弾むもので。

「あぁ、わかりますよその気持ち。 ここの雪ってすごく綺麗でなんすよ。 ほら、結晶とかって見た事が有ります?」

「結、晶?」

「雪質が良いと、雪の結晶って目で見えるくらいにしっかり出来るんすよぉ。 幾何学模様みたいで凄い綺麗なんすわ」

「へぇ……それは、知らなかった」

 そうして遂にはスマートフォンまで取り出し、雪の結晶まで見せて。
 ドゥーラは妖しさこそ変わらないものの、そんな青年の好意に身を寄せ笑う。

 こうして見ると、何の変哲も無い普通の人間としか思えない。
 先日の勇達と対峙した時とはまるで別人である。

 そんな会話が弾む中、遂に旅客機が動き出す。
 どうやら離陸準備が済んだらしい。
 とはいえ二人は未だ顔を画面を合わせて談笑中だが。

 しかしそんな楽しい時間も、乗務員の指示を受けて終わりを迎え。
 旅客機がとうとう空へと向けて走り始めていく。
 乗組員全員に凄まじい圧を与えながら。

 するとその時突然、青年の身体に不自然な衝撃が。

 ドゥーラの上半身が覆い被さっていたのだ。
 まるで衝撃に耐えられず転がる様にして。

 あろう事か彼女の腰にはベルトが備わっていない。
 取付指示を聞きそびれたのだろうか。
 にしては余りにも不自然な倒れ込み方だったが。

 でも青年にはそんな不自然さなどどうでも良かった。
 こうして倒れ込んで身体が振れた、ただそれだけで。

 その姿はまるで抱き合う男女だ。
 胸元に吐息が当たる様な形で頭を添え、胸は股間へと押し当てて。
 肘を曲げて当てた手は膝に乗せられ、まるで股を開かせるようにしていて。

 明らかに誘っている。
 そうとしか思えなかったのだ。

 たちまち青年の鼓動が高まる。
 心拍数が上がっていく。
 期待と高揚に心を握られたまま。

 そしてドゥーラが振り向き見上げた時、青年は目の当たりにするだろう。
 まるで何かを求めるかの如く口を窄め開かせた、その妖艶なる素顔を。

 もう我慢の限界だった。
 ドゥーラが放つ香りがそれだけ理性を奪っていたから。
 更にその仕草一つ一つが心を擽っていたから。

 だから気付いた時にはもう―――自ら唇を求めていた。



 航空機が大空へと舞い上がる中、二人の男女が欲を唇で貪りあう。
 誰もが空へと想いを馳せるその中で。
 ただ静かに、ただ濃厚に。



 でも二人の関係はそこまでだった。
 事後、青年はドゥーラをそっと座席へ返してはベルトを締めて。
 まるで寝かしつけるかの様に、彼女の瞼をそっと指で降ろす。
 たった数分の行為でも疲れ切ってしまったのだろうか。

 だからか、青年ももう何も語らない。
 余韻とも言える虚ろ目を虚空へ向けたまま、ただじっと座り続ける。

 航空機が目的地へと到達したその時まで。

『本日はJNAをご利用頂き、誠にありがとうございました。 またのご利用をお待ちしております』

 そんなアナウンスが流れ、人が動く。
 ようやく降機指示が降りたのだ。
 ならばと、乗り合わせた乗客がこぞって連絡通路へと歩き始めていて。
 皆きっと早く家路に、あるいは宿泊先へと向かいたいのだろう。

 その中には当然、青年も。
 ドゥーラに一言も掛ける事無く、そそくさと退出していく姿がそこに。
 一方のドゥーラは降りるどころか俯いたまま微動だにしていなかったが。



 そうして次第に人の流れが収まりを見せ。
 代わりに乗務員の動きが活発となっていく。
 この様に忘れ物や異常を探して回るのも彼等の役目の一つだ。

 するとそんな中、一人の女性乗務員が何かに気付く。
 ドゥーラに、である。
 
 まだ彼女は椅子に座り続けたままで。
 ぐったりと壁にもたれる姿は、まるで眠り続けているかのよう。

 乗務員もきっとそう思ったのだろう。
 もう他の客の姿も無いから、素の呆れが顔に思わず浮かぶ。

「お客様、もう到着なされましたよ?」

 しかし客である限り、誠意ある対応をしなければならない。
 すぐに明るい表情へと戻し、微笑みのままにドゥーラの肩をトントンと叩く。
 ただ、それでも動く事は無かったが。

 きっと「随分と眠りの深い人ね」とでも思った事だろう。

「お客様、お客様?」

 だからか、今度は肩を掴んでゆさゆさと。
 ドゥーラの身体を揺らし、懸命に落ちた意識を取り戻させようする。

 だがその行為は、ドゥーラに更なるを落とさせるだけにしか過ぎなかった。

ゴトリ……

 そう、何かが落ちた。
 大きな何かが床へと。

 でも乗務員はただただ身を固まらせる他無い。
 落ちた物を前にして。
 常軌を逸した光景を前にして、何もかも理解出来なくて。



 何故なら、落ちたのは―――ドゥーラの頭、だったのだから。



 その頭は、まるでミイラの様だった。
 いや頭だけではない、身体もだ。
 全身が干からび、枯れ果て、崩れていく。
 皮が割れ、肉がしおれ、骨が変形して。
 遂には乗務員へ向けて倒れ行き、体片を「バシャリ」と隣の座席へとぶち撒ける事に。

 粉々だった。
 衣服だけを残し、跡形も残らないくらいに。
 精々、頭だけが頭蓋を遺したくらいか。
 それも間も無くパサパサと表皮を崩していて。
 もうそこには眼球すら残されてはいない。

「きゃあああああ!!!!」

 その惨状を前にしてとうとう乗務員が叫びを上げる。
 それだけの異様さが彼女の前で起きていたが故に。



  

 多くの警備員が空港構内を走る。
 機内で起きた惨状を聞きつけて。

 あの青年さえも素通りしたままに。

 先程ドゥーラと絡んだ青年は平然と歩いていた。
 物々しい雰囲気に全く気をやる事も無く、ただただ堂々と。
 そして電車やバスなども利用せず、徒歩で空港外へと歩き去る姿がそこに。

 そんな青年の手に摘まんでいた航空半券が宙を舞う。
 過ぎ去るバスの横風に煽られヒラヒラと。
 そうして道路へと落ちれば、間も無く焼けたタイヤとアスファルトに挟まれ屑と化そう。

 でもその様な小物に気を向ける者などこの場に居はしない。
 轢いた車の主も、傍を通る民衆さえも。
 誰しもがみな自分だけの事を考え、視界にさえ映さないだろうから。

「……男の体は、久方振り。 暫く、慣れそうに、ない、な」

 こう呟く青年の姿さえも同様に。

 好奇の目を向けない事に慣れ過ぎた今の世の中だからこそか。
 歩く青年は、端的に見れば自然だったけれども。
 頑なと動くその姿は―――

 連続的に観ればまるでロボットの様に、歪と不自然だった。





 なおこの一件は福留の耳に入るだけに留まった。
 ミイラ化した存在がドゥーラであった事の証明が取れなかったからである。

 遺体が持ち合わせていた身分証明書は偽造品。
 彼女の顔写真だけが貼り替えられた別人の物で。
 その素となった人物も、現在は行方不明だという。

 故にその足跡からはもうドゥーラの痕跡を辿る事は出来なかった。


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