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第二十八節「疑念の都 真実を求め空へ 崩日凋落」
~SIDE勇-05 偽り無き意思~
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現在時刻 日本時間16:21......
北米、カリフォルニア州時間24:21......
歩いて僅か数分後、勇達の存在に気付いた茶奈が合流を果たした。
街中ではと長く会話を挟む事無く、二人は続き進むミシェルに付いていく。
その後間も無くして三人が辿り着いたのは、小さなネオンが光る看板を構えたバーだった。
あからさまに個人経営の店……見た目は普通の一軒家の風体。
窓は無く、外からは中の様子が見えない所はどうにも入り難さを感じさせる。
もっとも、こんな時間でも開店している時点で何かしらの怪しさは感じさせるが。
この様な密談にはもってこいの場所だ。
店内に入ると、如何にも古風なバーといった様相が広がっていた。
カウンターの向かい側にはバーテンダーの服装を着こなしたチョビヒゲの店主がおり、いつ来るかもわからない客を待つ様に背筋を伸ばして静かに立っている。
清潔感溢れる身なりや振る舞いは店主の趣味故なのだろう。
ミシェルが勇達を連れて店内に足を踏み入れると、迷う事無く奥の机へと足を運んでいく。
どうやら客は他には居ない様だ。
「さぁ、どうぞ座って」
彼女に誘われて四人席の椅子へと腰を掛けると、ミシェルが対面に座る。
大柄な人種が多い国の店なだけあって、日本のレストランの四人席と比べても明らかに大きい。
ゆったりと座れる空間に座したという事もあって、茶奈が疲れた様に背もたれにもたれ掛かる。
今までの行動で相当疲れが溜まっていたのだろう。
「マスター、彼女が着られる服を用意出来ますか? もしあればでよいのだけど」
そんな時、ミシェルが茶奈に手を向けながら店主へそんな声を掛ける。
すると店主は嫌な顔一つする事無くニコリと笑顔を向けると、店のバックヤードへと向かっていった。
「ここでは盗聴の心配は無いから安心してください。 ある程度はゆっくりと過ごせるでしょうから、先ずは落ち着きましょうか」
そう言われて初めて二人は大きな溜息を吐き、安堵の表情を浮かべた。
ここに至るまでに何かがあっては不味いと思い、妙な緊張感を憶えていた様だ。
「さて、本当に久しぶりですね、ミスターフジサキ。 そしてお初お目にかかります、ミスタナカ」
「お久しぶりです、ミシェルさん」
「は、初めまして……」
先程の演 技とは違う、知的な笑みを浮かべたミシェルの優しい声。
改めて行われた挨拶は、どこか最初に出会った雰囲気を思い起こさせる。
ミシェルの本来のクールさを前面に押し出した様子が勇にそんな懐かしさを感じさせていた。
また堂々とした大人の立ち振る舞いの彼女を前に、茶奈は別の意味で緊張を催していた。
「色々と積もる話はありますが……きっと時間が無いのでしょう?」
二人の姿はどちらもボロボロのまま。
茶奈に至っては破けた衣服だけではなく至る所に傷も残っており、痛々しい様相が店の明かりに照らされてハッキリと浮き上がっていた。
その様子から状況を察した様で……ミシェルの的を射た問いに、二人は思わず頷く様を見せる。
すると……何を思ったのか突然、ミシェルが座る座席と壁の間の隙間へと手を差し込んだ。
そして間も無く彼女がそこから何かを取り出し、勇達の目の前に「コトリ」と置く。
彼女の手が退いて現れたのは……一本のUSBメモリだった。
各国の共通規格を使用したコネクタを持つこのメモリは、見た目に反して大容量のデータが保存出来る代物である。
今やどこにでも売っている物であるが……何かしらのデータの交換を物理的に行うのにこれ以上の最適な道具は早々無いだろう。
「ここに貴方達が知りたいであろう情報が全て詰まっています……米国中央情報局を通して集めた非常に信憑性の高い情報です」
淡々と語られるも、その重要性を感じ取り……思わず勇と茶奈が唾を飲む。
そこに在るのは最重要機密。
そう感じさせる一言が、途端にその場を緊張感溢れる空間へと変化させていた。
彼女の言う事を信じた勇がそっと手をUSBメモリへと伸ばす。
だが……勇の手が触れそうになった時、USBメモリはミシェルの指に引きずられて離れていった。
「ミシェルさん……?」
勇が思わず声を漏らす。
視線がUSBメモリから手へ、そのまま沿う様に彼女の顔へと移っていく。
その時、彼の目に映ったのは……ミシェルの睨みにも足る真剣な眼差し。
「貴方が何故私の場所へ来たのかは察しています。 その上で敢えて問わせてください」
そんな彼女の口から発せられたのは、先程のクールさが濁る程に……高さと低さが織り交ざった鈍い声色。
「貴方は、この情報を受け取るという事がどの様な意味か……それを本当に理解していますか?」
それはまるで威圧。
体の大きい彼女が更に大きく圧し掛かる様な存在感を乗せて巨大に見せる。
長年の知識と経験から培われた、ミシェルという名の巨大な重圧が勇達の肩を強く押し潰す様だった。
その言葉を前に、勇は言葉を返せずにいた。
「わかっている」と安易に応えればよい問題ではない事に気付いているからだ。
本当に自分が理解しているのか、それすらも疑わしい事に。
大概の人間ならば、その場凌ぎでやり過ごす事も吝かでは無いだろう。
だが、勇にはそれを行う「勇気」は無かった。
ミシェルという存在を蔑ろにする事に等しいそれは……彼の信念に反する事なのだから。
「……正直、今の俺達にはわかってはいない事が多すぎます。 だから、まだ理解に至る余地は無いと言えます……」
だからこそ、彼は正直に打ち明ける事にしたのだ。
「だから知りたいんです……いや、知らなきゃならない!! 守りたい人が居るから……守りたい人とずっと寄り添いながら歩む事の出来る道を進みたいから……!!」
その時、勇が茶奈の腰を取り、そっと抱き寄せる。
「守りたい人が居るから」……それが彼女である事を惜しげも無く、ミシェルへと見せつけた。
それが勇の選択。
見栄でも、虚構でもなく……ただありのままを伝える事。
しかしそれが彼にとっても、そして彼女にとっても正解だったのかもしれない。
勇の力強い一言を前に、ミシェルが顔に陰りを落とす。
だがふと、そんな彼女の口元を覗くと……僅かな照明の光に充てられて浮かぶ唇が僅かに下向きの反りを描いていた。
「……それが今の貴方の成すべき事なのですね。 わかりました……では、少しお話をしましょうか。 このメモリの中の情報の一端、貴方達の知る日本とは違う、今の日本の真実について、ね……」
彼女の口から語られる現状の日本に関する事実。
それを耳にした時……勇と茶奈は驚愕する事になる。
自分達の信じてきた世界が想像を絶する程に歪んでいた事に……ただ、戸惑うしかなかったのだ。
北米、カリフォルニア州時間24:21......
歩いて僅か数分後、勇達の存在に気付いた茶奈が合流を果たした。
街中ではと長く会話を挟む事無く、二人は続き進むミシェルに付いていく。
その後間も無くして三人が辿り着いたのは、小さなネオンが光る看板を構えたバーだった。
あからさまに個人経営の店……見た目は普通の一軒家の風体。
窓は無く、外からは中の様子が見えない所はどうにも入り難さを感じさせる。
もっとも、こんな時間でも開店している時点で何かしらの怪しさは感じさせるが。
この様な密談にはもってこいの場所だ。
店内に入ると、如何にも古風なバーといった様相が広がっていた。
カウンターの向かい側にはバーテンダーの服装を着こなしたチョビヒゲの店主がおり、いつ来るかもわからない客を待つ様に背筋を伸ばして静かに立っている。
清潔感溢れる身なりや振る舞いは店主の趣味故なのだろう。
ミシェルが勇達を連れて店内に足を踏み入れると、迷う事無く奥の机へと足を運んでいく。
どうやら客は他には居ない様だ。
「さぁ、どうぞ座って」
彼女に誘われて四人席の椅子へと腰を掛けると、ミシェルが対面に座る。
大柄な人種が多い国の店なだけあって、日本のレストランの四人席と比べても明らかに大きい。
ゆったりと座れる空間に座したという事もあって、茶奈が疲れた様に背もたれにもたれ掛かる。
今までの行動で相当疲れが溜まっていたのだろう。
「マスター、彼女が着られる服を用意出来ますか? もしあればでよいのだけど」
そんな時、ミシェルが茶奈に手を向けながら店主へそんな声を掛ける。
すると店主は嫌な顔一つする事無くニコリと笑顔を向けると、店のバックヤードへと向かっていった。
「ここでは盗聴の心配は無いから安心してください。 ある程度はゆっくりと過ごせるでしょうから、先ずは落ち着きましょうか」
そう言われて初めて二人は大きな溜息を吐き、安堵の表情を浮かべた。
ここに至るまでに何かがあっては不味いと思い、妙な緊張感を憶えていた様だ。
「さて、本当に久しぶりですね、ミスターフジサキ。 そしてお初お目にかかります、ミスタナカ」
「お久しぶりです、ミシェルさん」
「は、初めまして……」
先程の演 技とは違う、知的な笑みを浮かべたミシェルの優しい声。
改めて行われた挨拶は、どこか最初に出会った雰囲気を思い起こさせる。
ミシェルの本来のクールさを前面に押し出した様子が勇にそんな懐かしさを感じさせていた。
また堂々とした大人の立ち振る舞いの彼女を前に、茶奈は別の意味で緊張を催していた。
「色々と積もる話はありますが……きっと時間が無いのでしょう?」
二人の姿はどちらもボロボロのまま。
茶奈に至っては破けた衣服だけではなく至る所に傷も残っており、痛々しい様相が店の明かりに照らされてハッキリと浮き上がっていた。
その様子から状況を察した様で……ミシェルの的を射た問いに、二人は思わず頷く様を見せる。
すると……何を思ったのか突然、ミシェルが座る座席と壁の間の隙間へと手を差し込んだ。
そして間も無く彼女がそこから何かを取り出し、勇達の目の前に「コトリ」と置く。
彼女の手が退いて現れたのは……一本のUSBメモリだった。
各国の共通規格を使用したコネクタを持つこのメモリは、見た目に反して大容量のデータが保存出来る代物である。
今やどこにでも売っている物であるが……何かしらのデータの交換を物理的に行うのにこれ以上の最適な道具は早々無いだろう。
「ここに貴方達が知りたいであろう情報が全て詰まっています……米国中央情報局を通して集めた非常に信憑性の高い情報です」
淡々と語られるも、その重要性を感じ取り……思わず勇と茶奈が唾を飲む。
そこに在るのは最重要機密。
そう感じさせる一言が、途端にその場を緊張感溢れる空間へと変化させていた。
彼女の言う事を信じた勇がそっと手をUSBメモリへと伸ばす。
だが……勇の手が触れそうになった時、USBメモリはミシェルの指に引きずられて離れていった。
「ミシェルさん……?」
勇が思わず声を漏らす。
視線がUSBメモリから手へ、そのまま沿う様に彼女の顔へと移っていく。
その時、彼の目に映ったのは……ミシェルの睨みにも足る真剣な眼差し。
「貴方が何故私の場所へ来たのかは察しています。 その上で敢えて問わせてください」
そんな彼女の口から発せられたのは、先程のクールさが濁る程に……高さと低さが織り交ざった鈍い声色。
「貴方は、この情報を受け取るという事がどの様な意味か……それを本当に理解していますか?」
それはまるで威圧。
体の大きい彼女が更に大きく圧し掛かる様な存在感を乗せて巨大に見せる。
長年の知識と経験から培われた、ミシェルという名の巨大な重圧が勇達の肩を強く押し潰す様だった。
その言葉を前に、勇は言葉を返せずにいた。
「わかっている」と安易に応えればよい問題ではない事に気付いているからだ。
本当に自分が理解しているのか、それすらも疑わしい事に。
大概の人間ならば、その場凌ぎでやり過ごす事も吝かでは無いだろう。
だが、勇にはそれを行う「勇気」は無かった。
ミシェルという存在を蔑ろにする事に等しいそれは……彼の信念に反する事なのだから。
「……正直、今の俺達にはわかってはいない事が多すぎます。 だから、まだ理解に至る余地は無いと言えます……」
だからこそ、彼は正直に打ち明ける事にしたのだ。
「だから知りたいんです……いや、知らなきゃならない!! 守りたい人が居るから……守りたい人とずっと寄り添いながら歩む事の出来る道を進みたいから……!!」
その時、勇が茶奈の腰を取り、そっと抱き寄せる。
「守りたい人が居るから」……それが彼女である事を惜しげも無く、ミシェルへと見せつけた。
それが勇の選択。
見栄でも、虚構でもなく……ただありのままを伝える事。
しかしそれが彼にとっても、そして彼女にとっても正解だったのかもしれない。
勇の力強い一言を前に、ミシェルが顔に陰りを落とす。
だがふと、そんな彼女の口元を覗くと……僅かな照明の光に充てられて浮かぶ唇が僅かに下向きの反りを描いていた。
「……それが今の貴方の成すべき事なのですね。 わかりました……では、少しお話をしましょうか。 このメモリの中の情報の一端、貴方達の知る日本とは違う、今の日本の真実について、ね……」
彼女の口から語られる現状の日本に関する事実。
それを耳にした時……勇と茶奈は驚愕する事になる。
自分達の信じてきた世界が想像を絶する程に歪んでいた事に……ただ、戸惑うしかなかったのだ。
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