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第二十八節「疑念の都 真実を求め空へ 崩日凋落」
~SIDE空蔵-03 決死の咆哮~
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現在時刻 日本時間19:47......
戦いは熾烈を極め、既に多くのカラクラ兵達が命を散らせていた。
だが彼等の反抗は里の構造的にも有利に働き、魔特隊側にも大きな被害を及ぼしていた。
予定よりも進まぬ進軍に魔特隊兵達が苛立ちを募らせる中、命を賭して襲い来るカラクラ兵に難儀する様を見せる。
そんな中、とある部隊が物陰で矢弾を躱しながら何かを通信している様を見せていた。
『C-5エリアでジョゾウを発見、現在ノックスチームが交戦中。 応援に向かえ』
「向かえだと!? クソが……!! 後退の隙も無いぞ!! 狙撃班は何してやがる!? マーマの〇〇〇〇でもしゃぶってやがるのかッ!?」
兵士が思わず自国の言葉で悪態を付く。
それ程までに反抗が厳しかったのだ。
そんな声を聴いたか聴かずか……間も無く狙撃が行われ、彼等を襲うカラクラ兵が凶弾に倒れる。
その隙を縫う様に、悪態を連ねる間も無く彼等は後退していった。
指示されたポイントへ向かう為のルートへ乗る為に。
その頃、ジョゾウが戦う地点……空が見える一つの広い通路。
命力珠の灯りがまばらに見えるその中で、激しい激戦が繰り広げられていた。
絶え間なく撃ち続けられる銃弾の雨。
まるで狙ったかの如く灯りが撃ち抜かれ、次々と周囲が暗闇へと沈んでいく。
カラクラ側からも、負けじとアーチを描いて飛ぶ矢弾が魔特隊へと襲い掛かっていた。
例えジョゾウであってもその場へ迂闊に飛び込めば無事では済まされない。
普通の命力の盾で防げるただの銃弾ならともかく、対命力弾を前には生半可な命力の盾では突破されかねないからだ。
ジョゾウもまた防ぐ盾を展開出来る実力の領域ではないからこそ、前に出かねていた。
「くっ……なんたる激しさよ、奴等の弾は無限か!?」
ムベイが魔剣を構えるも、その先端を覗かせればたちまち銃弾が魔剣を掠り、弾かれる。
弱音が吐露するのも仕方ない事なのだろう。
銃弾が幾度と無く撃ち込まれ、彼等の潜む岩陰の元を削っていくのだから。
魔特隊は銃弾が容易に補充出来るよう、各自で必要以上の補給物資を備えている。
魔装技術の応用で造られた補助魔装具が彼等への負担を軽減しているのだ。
その為、鉄の塊とも言える大量の銃弾を持ち歩こうが、彼等にとっては手ぶらで歩いているのと変わらない。
一向に見えぬ打開策……そこに、痺れを切らしたビゾが進言を呈する。
「わたくしめが斬りこみましょう!! ジョゾウ王はその隙にエベルミナクで一網打尽に!!」
「待てェ!! ビゾォ!!」
彼もまた若輩者……功を焦り、制止も聞かず飛び出した。
魔剣【天之心得】の力、超加速……刀身に備えられたエリアルエジェクタが彼の体を高速へと誘う。
敵を掻き乱し、そこへジョゾウの一薙ぎがあれば終わり……。
そう思えた矢先―――
タァーーーンッ……
まるで彼を待っていたかの様に、非情の銃弾が放たれた。
彼の進む軌道、それが来ると狙った……予定調和。
知らぬはずも無い……【天之心得】は元々、魔特隊の所持物だったのだから。
非情の銃弾はビゾの体を貫き、大きな鮮血を撒き散らした。
その体が衝撃で大きく跳ね上がる。
まるで周囲を赤く染め上げようとするかの様に……傷口の浮かぶ体を大きく仰け反らせながら。
ドシャッ……
カララァン……
ビゾの体が床へ倒れ、魔剣が空しく岩肌を叩いて転がっていく。
間も無く、彼の倒れる床には深紅の液体が大きな溜まりを作っていた。
彼の体はもうピクリとも動きはしない……即死、だった。
「ビゾオォォォーーーーーーーーー!!」
ムベイが咆え、堪らず身を晒す。
そして間も無く放たれる砲撃……その威力は魔特隊達を怯ませるには十分だった。
そんな彼の眼に浮かぶのは涙。
ムベイの部下だったビゾ。
若くとも、一生懸命に働き、前向きで事に挑む姿勢は里随一だった。
そんな彼がこうして簡単に命を散らした。
それが彼には何よりも……辛かったから。
ビゾはムベイの息子だったのだ。
「うおおおーーーーーー!!」
子を失った失意は……彼を怒りへと掻き立てた。
怒りに身を任せ、ムベイは砲撃を絶えず続ける。
その威力を前に、魔特隊兵の一部が直撃を受けて吹き飛ぶなど、大きなダメージを与えていく。
何度も爆発が起き、もはや戦場には爆発音だけが響くのみ。
ムベイの決死の反撃……それは魔特隊にとっては想定外。
あまりの激しい状況にパニックを起こす者も居た。
だが……魔特隊の攻撃が収まった時、状況が突如反転する。
ムベイが膝を突いたのだ。
羽毛の隙間から覗くのは、血色を失った肌。
それは命力切れの証。
魔剣【オウフホジ】の持つ命力消費の高さという欠点が招いた結果であった。
「カッ……ハッ……」
「ムベェイ!!」
枯らした声を僅かに響かせ、地面に倒れていく。
地に頭を突こうとした時……ジョゾウが彼の体を掴み取り、岩場の影に手繰り寄せた。
「ムベイ……其方は……ッ!!」
魔剣の力は諸刃の力。
怒りに身を任せ、その力を際限なく行使すれば……使用者の意思とは無関係に、力を大きく消耗してしまう。
例え死に至ろうと……魔剣は教えてくれはしないのだ。
「ジョ……ゾウ……儂は……ビゾと共に……」
ジョゾウの介抱も虚しく……その言葉を最後にムベイはガクリと頭を落とした。
たったそれだけ……遺したであろう他の家族の事すら呟く事も出来ずに。
「ウオ……オォォ……アアアア……ッ!!」
唸り声とも言うべき叫びがジョゾウの口から堪らず吐き出される。
逝った友をまた抱き、彼は馴れる事の無い胸の苦しみを激しく味わっていた。
ライゴ、ミゴ、ロンボウ、ドゥベ、ボウジ……そしてムベイ。
彼等はみんな逝ってしまった。
かつてカラクラ精鋭七人衆として嬉々と勇んだあの日はもう返らない。
悲しみと共に、過去となってしまったのだ。
「レヴィトーンよ……お主の苦しみ、今なら痛い程わかろうなぁ……」
仲間を失い、国を失おうとしている。
その手に掴む魔剣を握り締め……哀しき想いを心に馳せる。
友が、仲間が作ってくれた道を生かす為に……他の者すら過去にしない為に。
「だが俺は、お前には成らぬ!! 俺はッ!!」
そしてジョゾウは立ち上がる。
仲間の想いを無下にせぬ為に。
例えその身を砲火に晒そうとも……もはや覚悟は出来ていた。
「今逝くぞ友よ!! 俺はジョゾウ!! カラクラが王也ィーーーーーー!!」
握り締めた魔剣に光を灯し、その身を戦場の中央へ晒す。
幾人もの狙撃兵が狙いを定める中……遂に彼等の標準がジョゾウの体を捉えた。
タタァーーーーーーン!!
何発もの狙撃弾が同時に発射され、ジョゾウへと一直線に飛んでいく。
それは簡単には見切る事の出来ない弾道速度。
それを理解していた魔特隊が想定する……ジョゾウへの最後の攻撃であった。
ヒュオッ―――
その時……駆けるジョゾウに、風の様な何かがふわりと触れた。
その一瞬を誰が予想しただろうか。
その事態を誰が理解出来ただろうか。
撃ち出された弾丸が、まるで流水を泳ぐ花びらの様にゆらりと舞い……そしてあらぬ方向へと飛んでいく。
そして慣性のまま歪んだ軌跡を描き、何も無い岩肌へと撃ち抜かれたのだった。
ジョゾウはただ驚き、唖然とする他無かった。
その場に居合わせた者もまた同様に。
彼等の前に立つのは瀬玲。
彼女が咄嗟に生み出した命力の渦が弾丸をいとも容易く弾丸の軌道を変えたのである。
まるで微風を撫でるが如く、しなやかな腕の動きからなる両の手指が空をなぞらせながら。
その動きを止めた彼女はまるで、自身を抱擁するかの様に……細い腕を回す。
天と地を示す指に、輝く光を灯して。
魔特隊兵達が一斉に騒めく。
「なぜ彼女がここに」、「彼女は今頃東京に居るはずなのに」と声を上げて。
だが何より、それが彼等は全く理解出来なかった。
何故弾丸が反れたのか……と。
驚きが場を支配する中、呆気に取られたジョゾウが瀬玲と思しき背後に小さな声を漏らす。
「まさか其方……セリ殿か……?」
「ん、久しぶり、ジョゾウさん」
振り向く事無く返された一言は、穏やかさを纏った優しい声色。
続く微笑みの囀りに、ジョゾウは思わず懐かしさを感じずには居られなった。
「何故セリ殿が……これは一体……」
そう思うのも仕方の無い事だろう。
彼女は魔特隊で、敵も魔特隊……何故こうしてジョゾウを庇う様に立っているのか不思議でならなかったからだ。
「まぁ……事情は後で話すよ……でもね―――」
そんな中、状況を理解した魔特隊兵達が今度は瀬玲へと銃口を向け始める。
彼等の耳には入っていたのだ……『一番隊は謀反を起こした、カラクラと共に処理せよ』と。
彼女へ向けられた敵意は殺意へと変わっていく。
瀬玲はそれを嬉々として受け入れ……己の顔を変貌させた。
悦びと怒りが混じり合った歪んだ表情へと。
「先に愉しませてもらう……ッ!!」
もう、彼女を止める者は居ない。
止める事など出来はしない。
ジョゾウですら、彼女を前に……ただ呆けるのみ。
目の前で乱れ舞う鬼神は……それ程までに圧倒的だったのだ。
彼女の戦う様を遠くで眺めていたディックは、鬼気迫る彼女の姿を前に震え……そして笑みを浮かべていた。
彼は唯一知っていたのだ。
彼等一番隊が明らかにおかしい存在だという事を。
ディックは一度だけ彼等が訓練する姿をこっそりと見ていた事がある。
共に訓練の様子を見る事は禁止されていた。
それは小嶋が五番隊、六番隊の力を茶奈達に知られない様にする為に取った措置だった。
小嶋は茶奈達の実力の根底を理解していない。
ただ力がある……そう思っているに過ぎなかった。
それは彼女が常識的という観点から見た、閉鎖的な価値観からの理解。
だから小嶋にとって、魔特隊五番隊、六番隊こそが最強だったのである。
だが現実は違った。
圧倒的に……違ったのだ。
茶奈達の人知を超えた力を前に、ディックはただ驚愕した。
彼等は人間じゃない、超人だと。
五番隊、六番隊は所詮人間の集まりで、並みでは立ち向かえない強力な武器を持っているに過ぎない。
普通の魔剣使い相手ならば対等以上に戦う事が出来るのは間違いないだろう。
しかしそれだけでは互いの隔たりを越える事は出来ないのだと。
それからディックは瀬玲達と接触する様になった。
彼等の力の源がなんだったのか、それを知りたかったから。
それはただの個人的な興味本位……そして彼女達はそれとなく彼に教えた。
魔剣使いとは意思の力で成り立つのだと。
それ以降、彼は理解したのだ……自分の意思を押し殺すのではなく、解放した者の方が強い事を。
彼の持つ銃の引き金からは、既に指は退かれていた。
もう彼が銃を撃つ意味が無くなったからである。
瀬玲を撃つのをためらったから?
それは違う。
彼はそこまで情に脆くはない。
撃つ行為そのものが無意味だという事を理解していたからだ。
その証拠に、銃を下げた彼を除いて次々と狙撃班の通信が途絶えていく。
悲鳴一つ上げる事すら無く。
瀬玲は狙撃手の居る場所を把握していたのだろう。
狙撃手が何かをすれば、反撃は必至。
例えば彼女が小石を放てば、それはライフル弾にも等しい破壊力となる。
それを知っている彼にはもはや参戦する意義は無かった。
「セリィーヌ……君はちょっと圧倒的過ぎなんだよ。 全く面白くないじゃないか」
狙撃ポイントで屈めていた体を起こし、「フゥー」と大きく溜息を付く。
そして懐に仕舞っていた小さな箱を取り出すと、そこから一本の煙草を抜き出した。
安物の煙草……そこら中に売っている、良く知られた銘柄のものだ。
それをおもむろに口に咥えると、遠慮する事無くライターで火を付けた。
「ふぅー……」
もはや戦う意思を欠片も見せぬディックは、スナイパーライフルの照準器をカチリと外す。
ただの単眼鏡と化した照準器を目に充て、そっと戦場を覗き込んだ。
相変わらず目にも止まらぬ戦いを繰り広げる瀬玲を前に、またしても笑みを浮かばせながら。
「これが賭け事だったら成り立たないよ? 少しは苦戦してもいいんだからねぇ?」
独り言が闇夜の下でぶつぶつと呟かれる。
それを聴く者など誰一人としていない。
そもそも、まともに生きている者が居るかどうかすら怪しい。
遠くで銃声らしき鳴音が幾度と無く響き渡るも、離れに離れたこの場所は静寂。
ディックはただ静かにその光景を、まるで猛獣の戦いを観戦する観客の様な視線で眺め続けていた。
戦いは熾烈を極め、既に多くのカラクラ兵達が命を散らせていた。
だが彼等の反抗は里の構造的にも有利に働き、魔特隊側にも大きな被害を及ぼしていた。
予定よりも進まぬ進軍に魔特隊兵達が苛立ちを募らせる中、命を賭して襲い来るカラクラ兵に難儀する様を見せる。
そんな中、とある部隊が物陰で矢弾を躱しながら何かを通信している様を見せていた。
『C-5エリアでジョゾウを発見、現在ノックスチームが交戦中。 応援に向かえ』
「向かえだと!? クソが……!! 後退の隙も無いぞ!! 狙撃班は何してやがる!? マーマの〇〇〇〇でもしゃぶってやがるのかッ!?」
兵士が思わず自国の言葉で悪態を付く。
それ程までに反抗が厳しかったのだ。
そんな声を聴いたか聴かずか……間も無く狙撃が行われ、彼等を襲うカラクラ兵が凶弾に倒れる。
その隙を縫う様に、悪態を連ねる間も無く彼等は後退していった。
指示されたポイントへ向かう為のルートへ乗る為に。
その頃、ジョゾウが戦う地点……空が見える一つの広い通路。
命力珠の灯りがまばらに見えるその中で、激しい激戦が繰り広げられていた。
絶え間なく撃ち続けられる銃弾の雨。
まるで狙ったかの如く灯りが撃ち抜かれ、次々と周囲が暗闇へと沈んでいく。
カラクラ側からも、負けじとアーチを描いて飛ぶ矢弾が魔特隊へと襲い掛かっていた。
例えジョゾウであってもその場へ迂闊に飛び込めば無事では済まされない。
普通の命力の盾で防げるただの銃弾ならともかく、対命力弾を前には生半可な命力の盾では突破されかねないからだ。
ジョゾウもまた防ぐ盾を展開出来る実力の領域ではないからこそ、前に出かねていた。
「くっ……なんたる激しさよ、奴等の弾は無限か!?」
ムベイが魔剣を構えるも、その先端を覗かせればたちまち銃弾が魔剣を掠り、弾かれる。
弱音が吐露するのも仕方ない事なのだろう。
銃弾が幾度と無く撃ち込まれ、彼等の潜む岩陰の元を削っていくのだから。
魔特隊は銃弾が容易に補充出来るよう、各自で必要以上の補給物資を備えている。
魔装技術の応用で造られた補助魔装具が彼等への負担を軽減しているのだ。
その為、鉄の塊とも言える大量の銃弾を持ち歩こうが、彼等にとっては手ぶらで歩いているのと変わらない。
一向に見えぬ打開策……そこに、痺れを切らしたビゾが進言を呈する。
「わたくしめが斬りこみましょう!! ジョゾウ王はその隙にエベルミナクで一網打尽に!!」
「待てェ!! ビゾォ!!」
彼もまた若輩者……功を焦り、制止も聞かず飛び出した。
魔剣【天之心得】の力、超加速……刀身に備えられたエリアルエジェクタが彼の体を高速へと誘う。
敵を掻き乱し、そこへジョゾウの一薙ぎがあれば終わり……。
そう思えた矢先―――
タァーーーンッ……
まるで彼を待っていたかの様に、非情の銃弾が放たれた。
彼の進む軌道、それが来ると狙った……予定調和。
知らぬはずも無い……【天之心得】は元々、魔特隊の所持物だったのだから。
非情の銃弾はビゾの体を貫き、大きな鮮血を撒き散らした。
その体が衝撃で大きく跳ね上がる。
まるで周囲を赤く染め上げようとするかの様に……傷口の浮かぶ体を大きく仰け反らせながら。
ドシャッ……
カララァン……
ビゾの体が床へ倒れ、魔剣が空しく岩肌を叩いて転がっていく。
間も無く、彼の倒れる床には深紅の液体が大きな溜まりを作っていた。
彼の体はもうピクリとも動きはしない……即死、だった。
「ビゾオォォォーーーーーーーーー!!」
ムベイが咆え、堪らず身を晒す。
そして間も無く放たれる砲撃……その威力は魔特隊達を怯ませるには十分だった。
そんな彼の眼に浮かぶのは涙。
ムベイの部下だったビゾ。
若くとも、一生懸命に働き、前向きで事に挑む姿勢は里随一だった。
そんな彼がこうして簡単に命を散らした。
それが彼には何よりも……辛かったから。
ビゾはムベイの息子だったのだ。
「うおおおーーーーーー!!」
子を失った失意は……彼を怒りへと掻き立てた。
怒りに身を任せ、ムベイは砲撃を絶えず続ける。
その威力を前に、魔特隊兵の一部が直撃を受けて吹き飛ぶなど、大きなダメージを与えていく。
何度も爆発が起き、もはや戦場には爆発音だけが響くのみ。
ムベイの決死の反撃……それは魔特隊にとっては想定外。
あまりの激しい状況にパニックを起こす者も居た。
だが……魔特隊の攻撃が収まった時、状況が突如反転する。
ムベイが膝を突いたのだ。
羽毛の隙間から覗くのは、血色を失った肌。
それは命力切れの証。
魔剣【オウフホジ】の持つ命力消費の高さという欠点が招いた結果であった。
「カッ……ハッ……」
「ムベェイ!!」
枯らした声を僅かに響かせ、地面に倒れていく。
地に頭を突こうとした時……ジョゾウが彼の体を掴み取り、岩場の影に手繰り寄せた。
「ムベイ……其方は……ッ!!」
魔剣の力は諸刃の力。
怒りに身を任せ、その力を際限なく行使すれば……使用者の意思とは無関係に、力を大きく消耗してしまう。
例え死に至ろうと……魔剣は教えてくれはしないのだ。
「ジョ……ゾウ……儂は……ビゾと共に……」
ジョゾウの介抱も虚しく……その言葉を最後にムベイはガクリと頭を落とした。
たったそれだけ……遺したであろう他の家族の事すら呟く事も出来ずに。
「ウオ……オォォ……アアアア……ッ!!」
唸り声とも言うべき叫びがジョゾウの口から堪らず吐き出される。
逝った友をまた抱き、彼は馴れる事の無い胸の苦しみを激しく味わっていた。
ライゴ、ミゴ、ロンボウ、ドゥベ、ボウジ……そしてムベイ。
彼等はみんな逝ってしまった。
かつてカラクラ精鋭七人衆として嬉々と勇んだあの日はもう返らない。
悲しみと共に、過去となってしまったのだ。
「レヴィトーンよ……お主の苦しみ、今なら痛い程わかろうなぁ……」
仲間を失い、国を失おうとしている。
その手に掴む魔剣を握り締め……哀しき想いを心に馳せる。
友が、仲間が作ってくれた道を生かす為に……他の者すら過去にしない為に。
「だが俺は、お前には成らぬ!! 俺はッ!!」
そしてジョゾウは立ち上がる。
仲間の想いを無下にせぬ為に。
例えその身を砲火に晒そうとも……もはや覚悟は出来ていた。
「今逝くぞ友よ!! 俺はジョゾウ!! カラクラが王也ィーーーーーー!!」
握り締めた魔剣に光を灯し、その身を戦場の中央へ晒す。
幾人もの狙撃兵が狙いを定める中……遂に彼等の標準がジョゾウの体を捉えた。
タタァーーーーーーン!!
何発もの狙撃弾が同時に発射され、ジョゾウへと一直線に飛んでいく。
それは簡単には見切る事の出来ない弾道速度。
それを理解していた魔特隊が想定する……ジョゾウへの最後の攻撃であった。
ヒュオッ―――
その時……駆けるジョゾウに、風の様な何かがふわりと触れた。
その一瞬を誰が予想しただろうか。
その事態を誰が理解出来ただろうか。
撃ち出された弾丸が、まるで流水を泳ぐ花びらの様にゆらりと舞い……そしてあらぬ方向へと飛んでいく。
そして慣性のまま歪んだ軌跡を描き、何も無い岩肌へと撃ち抜かれたのだった。
ジョゾウはただ驚き、唖然とする他無かった。
その場に居合わせた者もまた同様に。
彼等の前に立つのは瀬玲。
彼女が咄嗟に生み出した命力の渦が弾丸をいとも容易く弾丸の軌道を変えたのである。
まるで微風を撫でるが如く、しなやかな腕の動きからなる両の手指が空をなぞらせながら。
その動きを止めた彼女はまるで、自身を抱擁するかの様に……細い腕を回す。
天と地を示す指に、輝く光を灯して。
魔特隊兵達が一斉に騒めく。
「なぜ彼女がここに」、「彼女は今頃東京に居るはずなのに」と声を上げて。
だが何より、それが彼等は全く理解出来なかった。
何故弾丸が反れたのか……と。
驚きが場を支配する中、呆気に取られたジョゾウが瀬玲と思しき背後に小さな声を漏らす。
「まさか其方……セリ殿か……?」
「ん、久しぶり、ジョゾウさん」
振り向く事無く返された一言は、穏やかさを纏った優しい声色。
続く微笑みの囀りに、ジョゾウは思わず懐かしさを感じずには居られなった。
「何故セリ殿が……これは一体……」
そう思うのも仕方の無い事だろう。
彼女は魔特隊で、敵も魔特隊……何故こうしてジョゾウを庇う様に立っているのか不思議でならなかったからだ。
「まぁ……事情は後で話すよ……でもね―――」
そんな中、状況を理解した魔特隊兵達が今度は瀬玲へと銃口を向け始める。
彼等の耳には入っていたのだ……『一番隊は謀反を起こした、カラクラと共に処理せよ』と。
彼女へ向けられた敵意は殺意へと変わっていく。
瀬玲はそれを嬉々として受け入れ……己の顔を変貌させた。
悦びと怒りが混じり合った歪んだ表情へと。
「先に愉しませてもらう……ッ!!」
もう、彼女を止める者は居ない。
止める事など出来はしない。
ジョゾウですら、彼女を前に……ただ呆けるのみ。
目の前で乱れ舞う鬼神は……それ程までに圧倒的だったのだ。
彼女の戦う様を遠くで眺めていたディックは、鬼気迫る彼女の姿を前に震え……そして笑みを浮かべていた。
彼は唯一知っていたのだ。
彼等一番隊が明らかにおかしい存在だという事を。
ディックは一度だけ彼等が訓練する姿をこっそりと見ていた事がある。
共に訓練の様子を見る事は禁止されていた。
それは小嶋が五番隊、六番隊の力を茶奈達に知られない様にする為に取った措置だった。
小嶋は茶奈達の実力の根底を理解していない。
ただ力がある……そう思っているに過ぎなかった。
それは彼女が常識的という観点から見た、閉鎖的な価値観からの理解。
だから小嶋にとって、魔特隊五番隊、六番隊こそが最強だったのである。
だが現実は違った。
圧倒的に……違ったのだ。
茶奈達の人知を超えた力を前に、ディックはただ驚愕した。
彼等は人間じゃない、超人だと。
五番隊、六番隊は所詮人間の集まりで、並みでは立ち向かえない強力な武器を持っているに過ぎない。
普通の魔剣使い相手ならば対等以上に戦う事が出来るのは間違いないだろう。
しかしそれだけでは互いの隔たりを越える事は出来ないのだと。
それからディックは瀬玲達と接触する様になった。
彼等の力の源がなんだったのか、それを知りたかったから。
それはただの個人的な興味本位……そして彼女達はそれとなく彼に教えた。
魔剣使いとは意思の力で成り立つのだと。
それ以降、彼は理解したのだ……自分の意思を押し殺すのではなく、解放した者の方が強い事を。
彼の持つ銃の引き金からは、既に指は退かれていた。
もう彼が銃を撃つ意味が無くなったからである。
瀬玲を撃つのをためらったから?
それは違う。
彼はそこまで情に脆くはない。
撃つ行為そのものが無意味だという事を理解していたからだ。
その証拠に、銃を下げた彼を除いて次々と狙撃班の通信が途絶えていく。
悲鳴一つ上げる事すら無く。
瀬玲は狙撃手の居る場所を把握していたのだろう。
狙撃手が何かをすれば、反撃は必至。
例えば彼女が小石を放てば、それはライフル弾にも等しい破壊力となる。
それを知っている彼にはもはや参戦する意義は無かった。
「セリィーヌ……君はちょっと圧倒的過ぎなんだよ。 全く面白くないじゃないか」
狙撃ポイントで屈めていた体を起こし、「フゥー」と大きく溜息を付く。
そして懐に仕舞っていた小さな箱を取り出すと、そこから一本の煙草を抜き出した。
安物の煙草……そこら中に売っている、良く知られた銘柄のものだ。
それをおもむろに口に咥えると、遠慮する事無くライターで火を付けた。
「ふぅー……」
もはや戦う意思を欠片も見せぬディックは、スナイパーライフルの照準器をカチリと外す。
ただの単眼鏡と化した照準器を目に充て、そっと戦場を覗き込んだ。
相変わらず目にも止まらぬ戦いを繰り広げる瀬玲を前に、またしても笑みを浮かばせながら。
「これが賭け事だったら成り立たないよ? 少しは苦戦してもいいんだからねぇ?」
独り言が闇夜の下でぶつぶつと呟かれる。
それを聴く者など誰一人としていない。
そもそも、まともに生きている者が居るかどうかすら怪しい。
遠くで銃声らしき鳴音が幾度と無く響き渡るも、離れに離れたこの場所は静寂。
ディックはただ静かにその光景を、まるで猛獣の戦いを観戦する観客の様な視線で眺め続けていた。
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