時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第二十九節「静乱の跡 懐かしき場所 苦悩少女前日譚」

~その辿る道 怪都~

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 逃げたひったくり犯の足取りを追い、二人が曲がり角へと躍り出る。
 僅かに暗くなり始めた時間帯。
 建物の陰が一層の闇を作り、先の景色を妨げる。

 だがその時……二人には見えた。
 先に続く通路の先で、更に道を曲がろうとするバイクの後姿を捉えたのだ。

 先程の速度とは思えぬ程に出遅れた感の否めない姿であるが、追う二人にとっては好都合。
 バイクを見失わぬ様にと、ここぞとばかりに足を動かし駆け抜けた。
 ナターシャは目立たぬ様に命力を篭め、竜星を引く様に激しく大地を叩く。
 先程まで大人しかった彼女の荒々しくも素早い走りに、竜星は驚き目を見張る。

―――ナターシャちゃん、凄く速い……!!―――
 
 彼女に引っぱられつつも、足をもつれない様にと必死に足を動かし追従する。
 そんな姿勢スタンスの竜星の想いを受け入れたナターシャは、遠慮する事無くその速度を維持させていた。
 まるで本当にバイクに追い付いてしまうのではないか……そう思われる程に、鋭く、素早かったのだ。

 二人が通路を抜けて日の下へと飛び出た時、そこでようやくひったくり犯の姿を捉えた。
 頭はフルフェイスヘルメット、全身が真っ黒の基調に白のラインが目立つライダースーツを身に纏う。
 バイクは中型で多少馬力があり、小回りの利くスポーティタイプ。
 これも黒を基調に赤と緑の部位が目立つもの。

 そんなひったくり犯もヘルメットの下で驚きを上げていた。
 当然だ、まさかバイクに追い付いてくるとは到底思う訳も無く。
 二人が速度を落としてはいたが、常人が追い付ける速度では無いのだから。

 直線距離での速度こそバイクの方が上であった。
 だが曲がり角を曲がるのであれば、自動機よりも人間の方が圧倒的に素早い。
 うねる様に曲がり角を曲がるひったくり犯へと、ナターシャ達は徐々に距離を詰めていった。

 追い付かれそうになるひったくり犯が更に速度を上げ、人通りの少ない道路を抜けて行く。
 気付けば彼女達の通る道には人影が無くなり始めていた。

 それだけではない。
 周囲に青青しい風景が僅かに見え始めていたのだ。



 そう、そこは変容地区。



 【共存街 渋谷】の端……人が殆ど住まない、観光エリア外地域。
 ナターシャ達が遊んでいた所は、変容地区の外側に比較的近い場所だったのである。



 【共存街 渋谷】の開発は人と魔者によるもの。
 中心地域はといえば、色んな人種の人間や魔者が集まり、賑わいを見せているものだ。
 しかし裏側はそういう訳にはいかなかった。
 裏側……つまり、魔者が実生活を営む場所として住む地域の事。
 それは単純に言えば、人が入り辛い空気を纏う場所。
 当然だ、魔者のプライベートを覗き見ようなどとは誰しも考えはしないだろう。
 人間相手でさえも気にしないのだから。
 
 そんな空気が生まれた場所には大概噂が付きまとう。
 例えば「あの場所は魔者が住むから怖い」と誰かが噂をする。
 するとそれにたちまち尾ひれが付き、「魔者が住むから危険だ」、「危ない魔者が住むから近づくな」、「危ない魔者が人を襲うから近づくな」と拡大していくのである。

 気付けば渋谷との境の地域から人が消え、「空き家屋の壁」が出来上がっていたという訳である。



 ナターシャ達は知らぬ内に空き家屋の壁を越え、変容地区へと足を踏み入れてしまっていた。
 それにようやく二人が気付き、慌てた声を上げる。

「ナターシャちゃん、ここって!?」
「うん……ここ、渋谷だ!!」

 互いに渋谷へ訪れるのは初めてだ。
 ナターシャに至っては入る事を禁じられた場所でもある。

 しかしそれであっても目の前にひったくり犯が居るのだ……引き下がれはしない。

 緊張も最高潮になると、ナターシャが更に速度を上げていく。
 既に竜星は引っぱられるというよりも、半ば浮き上がった状態を維持する様に跳ねていた。



 ナターシャ達の驚異の速力を前に、ひったくり犯もアクセルハンドルを回して速度を更に上げる。
 明らかに焦る様に何度も振り返っては彼女達の様子を伺いながら。

「聞いてねぇぞ、あんな足速ぇなんて!!」

 顔とヘルメットの隙間から小さな男の声が漏れる。
 しかしそれはどこか……妙に聞き取り辛いが、ハッキリとしただった。
 ナターシャにもそれが微かに聞こえ、不意に眉を細めさせた。

 そんな時、バイクが急に進路を変え……鉄板に覆われた工事現場らしき空間へと突っ込んでいく。

 そこは恐らく再開発中の土地。
 元駐車場と思われる小さな広場の先にはビルが建つ。
 外装の半分は剥がされ、コンクリートの肌が所々に露わと成っている。
 粉塵が舞わぬ様に周囲を防護シートで覆われ、中身はよくわからない。
 建物自体は五階建て程だろうか、言うほど高くは無い。
 工事用車両も置いてあってか、現在改装中なのだろうという事を思わせる様相だ。

 その場所を前に二人は立ち止まり、立ち聳えるビルを見上げた。

「ここに逃げてったよね……」

「うん……でも、もしかしてここって……魔者が居るんじゃ……」

 竜星の震えた声が思わず漏れる。

 日本では、日常生活において共存街以外で魔者に出会える可能性はまだ薄い。
 当然、竜星も魔者と出会った事は愚か、実物を見た事さえ無い。
 怖いのも当然だろう……噂もさることながら、未知の生物である事に恐ろしさを憶えない訳も無く。

「大丈夫だよ……いこ?」
「う、うん……」

 大丈夫と言った根拠こそ無い様なものだったが、彼女の言葉に疑う事も無く……竜星はその地に足を突き、前を行くナターシャと共に建物へと歩を進めるのだった。


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