時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第二十九節「静乱の跡 懐かしき場所 苦悩少女前日譚」

~その愛用車 魔剣~

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 マヴォの事情聴取によって明らかになったのは以下の通り。

1.全ては如月美愛主導による憂さ晴らしだった。
2.如月の父親はこの事を知らず、立場を利用して魔者を利用したとの事。
3.今回の件が初めてでは無く、過去に二回ほど似た様な事をした事がある。
4.被害者はいずれも無事。 魔者達は口酸っぱく説教し、諭し、言い聞かせて帰したのだとか。
  ちなみに被害者とは今でも仲良く交流すら行っているのだそう。
5.ゼッコォは如月達との面識は殆ど無く、直接つながっていたのはロトゥレだった。
6.当然ながら、ゼッコォ以外はナターシャの事は知らなかった。
7.財布の中身は盗ってないよ、絶対に。
8.殴られた魔者達は死んではいない、気絶しているだけ。 大丈夫。
9.余談だが、見た目怖そうなゼッコォは根が優しく、戦いを好まないイイ人だ。



 全ての状況を聞き出した上でナターシャ達にも確認し、裏を取る。
 当然如月達は嘘を言い放って誤魔化そうとするが、マヴォにその手は通じない。

 彼女達がしたのは立派な恐喝だ。
 それに手を貸したロトゥレ達もそれを認識し、反省する様子を見せていた。
 従わないのは如月達だけ……騒ぎ立て、耳にも貸そうとしない。

 そんな彼女達を前に、マヴォももはや呆れ果てるしかなかった。

「これから君達を警察に受け渡し、今の証言を素に裁量を下してもらう事となるだろう」
「はぁ!? 私達は何も悪くないし、アンタ達魔者が悪いんじゃない!!」
「証拠は既に挙がっている。 君の父親にも一報を入れる必要があるな」
「ふっざけんな!! アンタ達が一体誰のおかげで―――」

 そう言い掛けた時、如月達の目の前にマヴォの顔が「ずいっ」と迫る。
 その目を細らせ、睨み付けると……途端に彼女達は恐れ、その口を止めた。

「ふざけているのはお前達だ。 いいか覚えておけ……感情のままに魔者達を利用した事を彼等は絶対に忘れない。 これでもなおお前達が改めもせず、同じ様な事をしてみせろ。 もしそうなった時は、全世界に居る魔者全員がお前の敵になる。 そうなれば誰にも止められんぞ。 何が有ろうと、彼等は全力でお前達を追い続けるだろう……!!」

 唸る様に低く、怒りを乗せた声が如月達へと向けられる。
 たちまち彼女達は恐れ戦き……途端に縮こまっていった。

「マヴォやりすぎ……」

「これぐらいせんと聴かんだろうよ。 なぁに、この後俺だけでなく多くの人にこっぴどく叱られるさ」

 如月達がした事は犯罪。
 しかも考えようによっては共存街の存続が危ぶまれる可能性が出来かねない行為だ。
 もしも最悪の事態となった場合、魔者達からの反発は避けられないだろう。
 そんな事態を前にすれば、人間側の味方であろう警察も黙ってはいられない。

 彼女達は恐らく……それがわかっていない。

 マヴォはそれを簡単に伝えただけに過ぎないのである。





 暫く後、警察車両が数台、現場へと姿を現した。
 マヴォ監視の下で如月達は連行され、証言の為にロトゥレ達が同行の為に車両へ乗り込んでいく。
 こうもなっては彼女達も観念した様で……終始黙ったままだった。

 マヴォは警官達とも面識がある。
 仕事柄彼等と絡む事が多く、親交すらある程だ。
 そういった事もあって互いの信頼関係がおのずと生まれ、マヴォの言葉に疑いを持つ者はいない。
 スマートフォンに残された彼女達との通話記録や証言から魔者達の協力的な態度も相まって、警官達は早々に状況を把握出来た様である。

 間も無く警察車両は如月達を乗せて走り去っていった。
 ナターシャや竜星は結果的に事件に居合わせただけという事になり、証言聴取だけで連れていかれる事はなかった。

「マヴォの旦那、俺はもう行きますんで」

「ああ、これからも皆を纏めてくれ、頼んだぞ」

 ゼッコォも本当に何も知らず、警察には同行せず。
 マヴォとナターシャへと別れの挨拶を交わすと、彼はノシノシとその場から歩き去っていく。
 周囲に集まっていたギャラリーの魔者達も、ゼッコォの合図を前にするとまばらに散っていった。

 ナターシャら三人だけが残され、たちまち周囲を静寂が包み込む。
 ナターシャも、竜星も……無事に事が済み、安堵の微笑みを向け合っていた。

 しかしナターシャはふと今回の事を思い返し、微笑みの顔が徐々に沈んでいく。
 とうとう竜星と合っていた視線が外れ、どこか申し訳なさそうに身をよじらせていた。

「あ、その……ごめんね、ボク、なんだ」

 それは彼女が魔特隊関係者であった事。
 その事を秘密にしていた事がどこか申し訳なくて……後ろめたさを感じていたのだろう。

 二人の間に沈黙が包む。
 そんな彼女を前に竜星の手が思わず握り締められ、力が籠り震える。
 その様がチラリと見え、ナターシャは下げた瞳を僅かに細めさせた。



「……ナターシャちゃん、僕は……だよ」



 その時彼女の耳に届いたのは……予想外の優しく囁かれた声だった。

 それに気付き、ナターシャが堪らず竜星へと顔を向ける。
 彼女の目に映ったのは彼の微笑み。

 先程ナターシャが竜星に魅せたのと同じ、澄んだ笑顔だった。

「それよりも僕、感動しちゃった……ナターシャちゃんが魔特隊だったなんて……」

 「えへへ」と笑いが零れ、恥ずかしそうに頭を掻く。
 それだけでなく、握っていた片拳を開き、堪らず指を「わしゃり」と揺らさせた。

 そこに覗くのは……彼の溢れ出る感情。

「……凄い、凄いよ……あはは、ナターシャちゃんが副隊長って……ほんと凄いっ!!」

 その笑顔は万遍の笑みへと変わり、喜びに身を打ち震えさせ始める。
 何故なら……彼はこんなシチュエーションを堪らず好む、サブカル大好き少年だから。

「それに、本物のマヴォさんだ……!! 初めて見たんだ!! うわぁ、凄い、凄すぎて興奮が止まらないよ!!」



 何を隠そう、彼は魔特隊の大ファンだったのだ。



 きっかけは二年前の【東京事変】から。
 あの時、デュゼローを止め、ギューゼルを倒した魔特隊の活躍があまりにもカッコよくて。
 気付けば彼は、魔特隊の隠れたファンになっていたのである。
 ドキュメンタリー、インタビュー、そしてアニメ……魔特隊のありとあらゆる情報を集め、彼等に憧れる。
 彼にとって魔特隊とは……本物のヒーローだった。

 そして自分を好きだと言ってくれた人も魔特隊。
 感動しない訳が無いだろう。



「実は最初に会った時から、感動で震えが止まらなくて……マママヴォさん!! 握手してくれませんか!?」

「おぉ? ああ、それは構わないが……」

 どうやら先程から震えていた拳はその為だった様だ。
 そんな緊張から解放された小さな手が、マヴォの毛に覆われた大きな手と触れ、握手が交わされる。
 大きい手が竜星の手を包み込んだ途端、彼の頬が堪らず膨らみ……笑窪が大きく釣り上がっていた。

「うわぁ……感動だァ……あのマヴォさんが僕の手を握ってくれてるゥ~……アハハハ」

 完全に自分の世界へ没頭し、まるで彼だけに明るい「パァッ」とした光が灯るよう。
 そんな彼を横目にしたナターシャは「ぷぅ」と頬を膨らまし、どうにも不機嫌そうだ。

「マヴォばっかりずるいよ! ボクも魔特隊なのに!」

 プンスコと怒りを上げるナターシャに、なお握手を続けるマヴォが堪らず苦笑を浮かべる。
 彼女が我慢の限界とばかりに竜星の肩を揺らすと、そこで初めて自分の世界から帰還を果たした。

「あ、ごめん……だってほら、ナターシャちゃんはアニメになってないし、居ない事になってるから実感沸かなくてさ……」

「あばーーーーーー!!!!!」

 その瞬間、ナターシャの頭上に雷の様な衝撃が走った。

 今日ほど、秘密にされていた事がショックだったのは無かっただろう。
 知られていればアニメに出演出来たかもしれない事に今更ながら気付いた様だ。
 何せ彼女も魔特隊のアニメは大好きなのだから……出られたらどれだけ嬉しかった事か。

 余りのショックに頭をぐらりと揺らし、その身をよろめかせる。
 それを竜星が受け止めると……不意に二人の顔が向き合った。

「で、でも、僕は……それでもナターシャちゃんが好きだよ!」

「乾君……」

 途端二人の間に良いムードに包まれ、蚊帳の外なマヴォが「おっ?」と零して僅かに距離を取る。
 「知らぬ間に彼女も大人になったものだ」などと心に思いつつ、彼は静かに二人を見守っていた。





 僅かに時間が過ぎ、二人の空気に落ち着きを見せる。
 既に周囲は暗がりが覆い始め、空には僅かな赤の光が彼方に覗くのみ。
 空気が僅かな涼しさを伴い始め、それが二人の興奮をも冷めさせたのだろうか。

 二人が手を繋ぎ、マヴォの傍へと歩み寄ると……マヴォが「ニコリ」と笑窪を上げ、まるで二人を迎える様に腕を広げた。

「さて、時間も時間だ……帰るとしようか」

「うん!」

 しかしもう既に夜、しかもここは街外れで街灯もまばら。
 ナターシャが居るとはいえ、そんな場所に子供二人を残していける訳も無く。

「このまま二人だけっていう訳にもいかないしな、二人共俺が送って行ってやろう」

 マヴォは共存街の保安員という事もあって特別に外への外出が許されている。
 共存街のみならず、必要であればこの様に外部への干渉も多少なりに許されているという訳だ。

「ええっ!? いいんですか!?」

「ああ、当然だとも。 さぁ二人ともついてこい」

 マヴォに誘われ、三人が揃って工事現場から道路へと足を踏み出す。
 間も無く、彼等の前に姿を現したのは……とてつもなく大きな一台のバイクであった。

 まるで乗用車とも思える巨体。
 ビッグスクータータイプのデザインを踏襲したボディは銀色、周囲の電灯の光を集めて瞬き輝く。
 サイドパックが座席後方に下がり、見た目からして重そうだ。
 タイヤも大型車顔負けの大きさを誇り、そこから生まれるグリップ力は計り知れない。
 もちろんメーカー製ではなく特注品である。

「これって……【ヴォルトリッター】!? うわぁ、本物だぁ!!」

 それを見掛けた途端、竜星が堪らず声を張り上げる。
 このバイクもまた彼の良く知る物……マヴォが駆る愛車であった。
 その証拠に、デザインのあらゆる場所には魔剣と同じ紋様が浮かんでいる。

 そう、この【ヴォルトリッター】もまた魔剣なのである。

 厳密に言えば、魔剣の機構を持った魔導装甲車両ソウルビークル
 彼の為に製造された、彼の為だけの車両である。

「このデザイン、本で見た通りだ……凄い!!」

 そのフォルムが竜星のオタク心をくすぐり、その眼を暗闇に輝かせる。
 思わずマヴォが笑ってしまう程に……彼は魔特隊のあらゆる事が大好きだったのだ。


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