時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

文字の大きさ
850 / 1,197
第三十一節「幾空を抜けて 渇き地の悪意 青の星の先へ」

~前編戯曲〝不穏〟~

しおりを挟む
 【機動旗艦アルクトゥーン】が空へと消えた日の翌日。
 お茶の間に流れる朝のニュース番組では、未だグランディーヴァの話題で持ちきりだった。
 それだけ日本国内では【救世同盟】に対する反感が強まっているという事なのだろう。

 そんな形で始まる曇り空の日。

 そこは日本、千葉県北部のとある街。
 茨城県にも近いその場所は東京が近く駅もある、活気に溢れたベッドタウンだ。

 そんな住宅がひしめく街中にとある一件のマンションがあった。
 五階建ての小柄さで、築年数もそこそこ経っているのか外壁の汚れも目立つ。
 間取りは三部屋ダイニングキッチン付きDKといった所で、家族で住むにも丁度いいくらいだろう。

 それは何の変哲も無い、どこにでもある様な建造物。
 


 しかし、その中のある一室だけは……何かが違っていた。



 他の部屋と変わらぬ間取りの室内。
 リビングに備えられたテレビでも、グランディーヴァを話題にした番組が流れていた。
 音量は小さめ……というよりも、その部屋に居る人間が耳を澄ませば聴こえる程に小音。
 それを眺め観るのは、窓を背にしてダイニングチェアに座った一人の中年女性。
 丸めた背に淡い日の光を浴びる姿は穏やかさを伴う。
 テレビに見入っているのだろうか……流れる映像に顔を向け、微動だにもしない。

 しかしそれは……ただの体裁に過ぎなかった。

 テレビへ向けた顔に覗くのは、左右に開いて向かれた瞳。
 僅かに開いた口からはよだれが流れ落ち、喉元を伝って服に染みを作る。
 体は本当に微動だにしていない……呼吸すらしているのか怪しい程に無動。

 その隣、ダイニングテーブルを挟んだ場所には同年代であろう中年男性の姿もあった。
 机に腕を乗せ、背筋を伸ばして座っている。
 しかし、真っ直ぐ壁に向けられた顔を見ると……何処を見ているかもわからない視線のズレた両瞳が異常さを醸し出す。
 時折目玉が痙攣するかの様に「ピクピク」と動き、異常さを物語っていた。

 そこは四階……周囲から覗ける建物は遠くに見える別のマンションのみ。
 明らかな異常な場である事に、気付ける者は誰一人としていない。



 そんな一室で、普通に動く者が一人―――



 個室であろう玄関前の部屋からノブの音を「ガチャリ」と微かに鳴らして扉が開かれる。
 そこからゆっくりと姿を現したのは……一人の少女だった。

 ショートの髪型にスッキリとした細身の体格、血の気を感じさせない程の蒼白の肌。
 身に纏うのは普通の学生服……これから通学なのだろう。
 玄関へと足を踏み出した彼女はそっとリビングの固まったままの男女へと視線を向ける。
 その視線はまるで異物を見るかのように冷たく鋭い。

 そんな彼女は何を思ったのか、緩く口角を上げ……微笑みを浮かべていた。

「行ってきます……」

 それは気持ちの籠っていない、掠れて聞こえる一声。
 外面だけを繕った……愛想の無い挨拶。
 


 だが……その声が上がった途端、先程まで微動だにすらしなかった男女が突然動き出した。



「「いってらっしゃい!!」」

 男女がまるで息が合った様に声を重ねて返す。
 顔が先程のままなのが不気味さを助長させる。

 しかし彼女はそんな事に目も暮れる事無く……玄関の扉を開けて外へと歩み出ていた。

ガタン……

 その手によって扉が締められる。
 間も無く鍵を掛けたであろう音がガチャリと鳴ったのを最後に、その場は再び静寂を取り戻していた。

 男女は先程と同じ様に……既に再び動かなくなっていたのだ。
 先程と同じ体勢へと戻って。
 その様子は言うなれば、挨拶するためだけの機械。
 そこに個人の意思が介在している様には全く見えなかった。



 彼女の名は小野崎紫織。
 内に異質を秘めし者。
 
 二人の男女……それは詩織の両親のだろう。
 元は普通の家庭で、普通の家族だったのだろう。

 いつからこうなったのかは定かではない。
 ただきっと、彼女がこうなってしまった時から。





◇◇◇





「シーオちゃーん!!」

 マンションを出て一人歩こうとしていた詩織の背後から、突如元気な声が張り上がる。
 続いて影から姿を現したのは……一人の少年だった。

「相変わらず冷たいなぁシオちゃんはぁ……置いて行かないでっていつも言ってるじゃんか~」

 そんな小言を言いつつも、少年の顔はどこか嬉しそうなにやけ顔が浮かぶ。

 彼の名は小倉おぐら 海斗かいと
 小野崎紫織の旧知の仲である少年である。
 時間を掛けて整えたのだろう、丁寧に跳ねさせた頭髪はお洒落好きを物語る。
 顔立ちや体付きも比較的整っており、彼女の一人くらいは居てもおかしくないスタイルだ。

 その性格さえなければ……であろうが。

「まぁでもそんなシオちゃんも大好きなんだけどね~!! あ、今日のシオちゃんいい感じじゃん~、実は髪のセットに力入れたりしてる~?」

 黙々と一人歩く詩織、その周囲ををグルグル回りながら海斗が一人しゃべくり倒す。
 彼女の視線の前に躍り出ては、視線を外されても幾度と無くそれを繰り返し続けていた。
 詩織は不機嫌そうな顔を浮かべているのだが……海斗は一向に気にする事は無く。

「でもさでもさ、やっとここまで元気になってくれて良かったよ~! 俺、二年前にシオちゃんが【東京事変】に巻き込まれて塞ぎこんだって聞いた時、ほんとすげぇ心配したんだから!! 俺としちゃ、同じ学年になったのは嬉しい事なんだけどさ」

 海斗の年齢は詩織の一つ下、つまり年下だ。

 実の所、詩織は一年留年している。
 その原因は二年前の【東京事変】に巻き込まれたショックで塞ぎこんでしまい、一年休学を余儀なくされたからというもの。
 もちろんそれは表向きの話。
 当然だろう、彼女の身に何が起きたのかなど誰も知るはずもないのだから。

 そんな時、ここぞとばかりに海斗が詩織の前に立ち、行く手を阻んだ。

「昔の明るいシオちゃんも懐かしいなぁ~、いつかあの時のシオちゃんに戻ってくれるって俺信じてるから!!」

 気付けば、そこは二人が通う高校の前。
 他の生徒達がその様子を見て嘲笑する中、立ち止まった二人の間を静寂が包む。

 しかし詩織は何を気に掛ける事も無く……彼の横をすり抜ける様に迂回し、そのまま学校へと向けて歩き去っていった。

 海斗はどこか不満そうに口を窄めるも、すぐに健やかな笑顔へと戻して彼女の後を追っていったのだった。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【1/20本編堂々完結!】自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

処理中です...