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第八節「心の色 人の形 力の先」
~黄昏、気高き王女は挫けない~
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勇達を乗せた列車が目的地へと向けて南下を始める。
やはり平日の日中とあって、人の数は割とまばらだ。
上り列車も通勤ラッシュさえ外してしまえば大した事も無く。
おまけに地方ともあって、乗る人数は東京都と比べて桁違いに少ない。
という訳で車内も比較的空いていて。
一望出来る内部の様子を、エウリィが眺めて見回していく。
あるのは当然、長椅子、吊り革、色とりどりの広告、そして乗客達。
でもそんな物でも当然、全てが好奇心の対象となる。
「まぁ、立派なお椅子が一杯。 これはどこに座ったらよいのか」
『あちら側』の人間にとっては長椅子も大層立派な代物に見える様で。
緑の柔らかそうな生地と刺繍、しかも長くて丈夫そう。
そんな物が断続的に、しかも沢山備えられているから。
思わず座る事を躊躇してしまう程だ。
だからと言って放っておくほど、勇達は薄情ではない。
「こういう事くらいは福留さん達も教えてあげて欲しかったなぁ」などと思いつつも。
「えっと、全部共用の椅子だから気にしないで座って平気だよ」
「あら、そうなのですね」
なのでこうしてちょっと教えてあげるだけ。
それで十分なのだ。
文化レベルの低い別世界の人間とはいえ、知能もあるし原始的という訳でも無いのだから。
そもそも、適応力に関しては現代人が舌を巻く程に高いので。
「私めは恐れ多いので、この小さなお椅子で十分でしょう」
そんな訳で早速、座りたい椅子を選んで腰を落とすエウリィ。
なお、座ったのは車両の端の端、ほんの少し小さめの長椅子だ。
彼女の謙虚さが導いた結論である。
ただそんな彼女の頭上へ視線を向ければ―――窓には「優先席」の文字が。
「ま、まぁ人も居ないし今だけはね?」
「そ、そうですね」
優先席はあくまで対象者を優先する席であり、健常者が座れない訳ではない。
ルール的には問題無いが、やはり世間の目というものがあるもので。
どうやら彼女の謙虚な心遣いが裏目に出たらしい。
しかしそんな事情を知るはずも無いエウリィ、気分良さそうにニッコニコである。
なお勇達はと言えば、逆に恐れ多くて立ち続けている訳だが。
とはいえ、東京へ近づけば近づく程に乗る人の数は増す一方。
気付けば既に座れる席は既に無く、立つ人も目立ち始めていて。
例え平日でも、こうして人で一杯になるのが都心周りの電車事情だ。
もちろんそんな乗客の中にはお年寄りも居る訳で。
するとエウリィ、颯爽と自ら席を譲るという行動に。
しかも優先席という諸事情など知らないのにも拘らず。
彼女らしい行動ともあって、勇達も改めて感服するばかりである。
ただ、その後―――
吊り革に掴まって佇むプリンセス、なんていうシュールな図柄が生まれていたのは言うまでもない。
電車も進み続け、景色が次から次へと流れる様に過ぎていく。
家ばかりだったり、一面の畑だったり、その様相は様々で。
そんな光景もさることながら、景色そのものもエウリィにとっては珍しい。
「こうして見るとフェノーダラが如何に小さな街だったか思い知らされます。 これが『ヘイワ』という事なのでしょうね」
でも、そう語る彼女の表情は先程までと違ってどこか寂しそう。
自分達の世界との差がこうも如実に現れてるからこそ、素直に喜べないのだろう。
『あちら側』の世界は人間と魔者が常に殺し合う世界。
感情のままに争い、襲い、殺し殺されて。
人も魔者も必要以上に増える事も無く。
国も街も集落も、発展する事は叶わない。
確かに、そんな殺伐とした世界から脱する事が出来たのは不本意でも喜ぶべき事だ。
けれどそれが叶ったのは全てのフェノーダラ国民ではなく、城に居た極一部の者のみ。
もしかしたら今頃、『あちら側』では残された人々が城壁の無いままの生活を余儀なくされているかもしれない。
そうなればエウリィの母親も、彼女の友人達もきっと。
それを疎いに感じている彼女だからこそ。
そしてまだ幼く、受け止めきれない現実が多過ぎるから。
だから自身で感情を抑え込もうとして、時折今回の様に暴発してしまう。
ここまで頻度が多いのも、それだけ今の彼女が情緒不安定に追いやられてるからなのだろう。
それでもエウリィは気丈だから。
事実を知った今、少しでも楽しもうとしている。
勇達にも悟られぬよう、心配させぬよう。
「うん、そうだね。 でもこの光景を知ったからさ。 もし元に戻ったとしても、きっと国をこんな光景に発展させる事も出来ると思うよ。 だから今は一杯遊んで、楽しんでさ。 何が出来るのかなって沢山知ろう?」
「えぇ、そうですね。 それに今日は本当に楽しみでしたから。 目一杯楽しもうと思います」
でも、勇はそんなエウリィの感情をなんとなく察した様だ。
命力を得て、人の心に触れられる事を知って。
少しだけだけど、エウリィの気持ちに触れられたから。
彼女の思う事がなんとなく読み取れる様になっていたのだろう。
だからこうして支える事が出来る。
もしかしたらエウリィもそれを無意識に理解して、勇を指名したのかもしれない。
支え、支えられて。
それを受け入れ合う二人だから、今は笑い合う事が出来る。
そう自然に寄り添える二人だからこそ、ちゃなもまた笑顔で見守る事が出来る。
それだけお似合いの二人に見えるのだから。
「そうだ勇様、ちゃな様、私やっと日本語を覚えたんです!」
「「えっ?」」
するとその時、しんみりとした雰囲気を打ち払う様な元気な声が。
国の代表者の娘たるもの、常に国民の指標と成れ。
その考えは世界の在り方に拘らず存在していて。
エウリィもまたその考えを良しとしているからこそ、こうして前向きに切り替えられる。
これがエウリィの気丈さたる由縁と言えよう。
「何でも、皆様は『けーたい』という物で文字でやりとりする事が多いと聞いたので。 そこで福留様にお願いして、一ヵ月ほど前から文字の勉強をさせて頂く事になったのです」
しかしてその気丈さは、時に勇達の予想を超える行動をも実現する。
まさかもう既に文字を習い始めていたとは思っても見なかった様で。
二人とも、そんな話を前に驚嘆するばかりだ。
「それは凄いな……」
「エウリィさんって努力家だなぁ」
そもそもがこうして会話が成り立つので、文字など覚える必要は無いのに。
それでも文化に触れて馴染む為に努力する。
こうして自主的に勉強出来るエウリィはまさに努力家と言えよう。
夏休みの宿題だけを済ませてのんびりしていた勇達とは大違いである。
「お陰で『すまぁとふぉん』の知識も多少なりに。 これをいつか勇様達と連絡し合うが出来る様にと、福留様に頂いたのです」
「ええ!?」
そんな時ポシェットから取り出したのは―――勇達と同じ最新【Aphone】。
しかもちゃっかりフェノーダラ王国の紋章が描かれたハードカバー付きである。
こんな物をこの短期間で造ってしまう福留の如何に早い仕事っぷりか。
というか、そんな物を大々的に見せていいのだろうか。
別の意味で驚きを隠せない勇を前に、エウリィもどこか嬉しそう。
褒めて貰えたからか、それとも自慢のスマートフォンを見せる事が出来たからか。
「わぁ! じゃあエウリィさんもスマホで連絡出来ますね。 もう暇じゃなくなりそう」
「えぇ。 でもこれはまだ受け取ったばかりでして。 【れいん】という道具で会話が出来るとは伺っているのですが、連絡先は今日伝えあって欲しいと伺っております」
ただ肝心な所が妙に抜けているのは、どうにも福留らしからぬ所。
こんなコミュニケーションを狙ってわざと事前登録しなかったのだろうか。
でもこうなれば後は早いもので。
「それじゃあ登録やってあげるね」
「まぁ、ありがとうございます!」
スマートフォンの事となれば、今はちゃなの方が断然強い。
抑圧され続けた好奇心が解放されたが故の賜物だ。
たったこれだけでも友達の様に触れ合う事が出来るから。
それを見越して仕掛けたであろう福留の配慮に、勇はもう感服するしかない。
「終わりました」
「早ッ!?」
……などとしみじみする間も無く作業は完了。
IDから友達登録、更には二人とのプライベートメッセージチャンネルまで開設済み。
至れり尽くせりである。
こういう事に限ってはやたらと動きが速い事で定評のあるちゃな。
今も軽く自身のスマートフォンを触れているが、指の動きが明らかにおかしい。
勇もこれには「普段の動きもこれくらい速ければいいのになぁ」などと思ってならない。
「わぁ……実は操作がわからなくて困っていたのです。 ありがとうございます、ちゃな様!」
とはいえ、やってもらったエウリィとしては感激極まれり。
遂には二人で「キャッキャ」とスマートフォンを弄り始めていて。
そこにもはや機械に疎い勇の入る隙間は微塵も無い。
「お、何か来た」
と思われた矢先に、勇の懐に仕舞われたスマートフォンが振動を始める。
どうやらちゃながちょっとした手心を加えたらしい。
ちゃなとエウリィが見上げる中、勇が端末を覗いてみれば。
画面には知らないIDからのメッセージ通知が。
それを早速開いてみると―――
『*:こんにちは、エウリィはわたしです』
やはりエウリィからのメッセージだった様で。
もちろん、これを打ったのは彼女自身で。
そこにちゃなの入れ知恵は介在していない。
そう、彼女は本当に日本語を習っていたのだ。
まだ不慣れなだけあって、ほんの少し文法はおかしいが。
それでも伝わるには充分。
「おっ! 本当だ、日本語習ってたんだね」
「はいっ、まだ上手く出来てないかもしれないのでお恥ずかしいですが……」
言葉というものは端的な単語だけでも大抵伝わるもので。
それさえ間違えなければ意思疎通はさほど難しくないから。
「ううん、これなら今日が終わった後でも普通に話せそうだ」
「そうなのですか!? ……よかったぁ」
努力が実ればこれ程嬉しい事は無い。
好きな人とこれから自由に会話出来るとなればなおの事。
それも余程だったのだろう。
スマートフォンを胸に抱え込み、安堵と喜びを一杯に享受する姿が。
「ふふっ、エウリィさん頑張った甲斐がありましたね」
「やっぱり凄いよな。 俺も夏休みもうちょっと勉強しとけばよかったかなぁ」
「ですね……私ずっとスマホ触ってただけな気がします」
そしてそんな気持ちは伝搬するもので。
勇もちゃなも夏休みを無駄にした様な気持ちで一杯だ。
もっとも、自由に過ごせる事が学生の特権なので問題は無い。
やる事もやっていれば当然の権利である。
「よろしければ今度、私達の言葉をお教え致しますよ」
「うん、時間があったらお願いしようかな」
それにこうして意欲も貰う事が出来たから。
二人は揃ってもう既にやる気十分だ。
惜しむらくは、夏休みが今日を含めて二日しか無い事ではあるが。
「でも、翻訳されちゃう言葉とかどうやって覚えるんだろう? 全部そっちの言語で聞こえちゃうんじゃないのかな?」
「言葉ではそうですが、『エ』とか『ヴェ』といった一文字程度の声はそのまま伝わる様なのです」
「へぇ~……」
という訳でちょっとした豆知識などを語りつつ。
気付けばあっという間に道程は半分ほどまで過ぎ去っていて。
時折練習を兼ねた【RAIN】での会話も挟み、遂には三人が揃って黙々と文字を打つ姿が。
こうしてスマートフォンに触れるエウリィの様子は実に普遍的。
一国の姫たる存在であろうとも、何の特別でもない少女の姿がそこにあった。
別世界の人間と言えど、体の作りは現代人と大差無い。
こうしてスマートフォンを人並みに使えている所が何よりもの証拠だろう。
そう、何も変わりは無い。
立場や生まれが違うだけで何もかも。
もしかしたら魔者も同様に。
だから勇は願わずにはいられない。
今この時の様に、エウリィと一緒に些細な事で笑い合える明日を。
その隣でカプロ達や他の魔者達もが囲んで喜びを共有する未来を。
そう出来る可能性が大いにある今だからこそ。
やはり平日の日中とあって、人の数は割とまばらだ。
上り列車も通勤ラッシュさえ外してしまえば大した事も無く。
おまけに地方ともあって、乗る人数は東京都と比べて桁違いに少ない。
という訳で車内も比較的空いていて。
一望出来る内部の様子を、エウリィが眺めて見回していく。
あるのは当然、長椅子、吊り革、色とりどりの広告、そして乗客達。
でもそんな物でも当然、全てが好奇心の対象となる。
「まぁ、立派なお椅子が一杯。 これはどこに座ったらよいのか」
『あちら側』の人間にとっては長椅子も大層立派な代物に見える様で。
緑の柔らかそうな生地と刺繍、しかも長くて丈夫そう。
そんな物が断続的に、しかも沢山備えられているから。
思わず座る事を躊躇してしまう程だ。
だからと言って放っておくほど、勇達は薄情ではない。
「こういう事くらいは福留さん達も教えてあげて欲しかったなぁ」などと思いつつも。
「えっと、全部共用の椅子だから気にしないで座って平気だよ」
「あら、そうなのですね」
なのでこうしてちょっと教えてあげるだけ。
それで十分なのだ。
文化レベルの低い別世界の人間とはいえ、知能もあるし原始的という訳でも無いのだから。
そもそも、適応力に関しては現代人が舌を巻く程に高いので。
「私めは恐れ多いので、この小さなお椅子で十分でしょう」
そんな訳で早速、座りたい椅子を選んで腰を落とすエウリィ。
なお、座ったのは車両の端の端、ほんの少し小さめの長椅子だ。
彼女の謙虚さが導いた結論である。
ただそんな彼女の頭上へ視線を向ければ―――窓には「優先席」の文字が。
「ま、まぁ人も居ないし今だけはね?」
「そ、そうですね」
優先席はあくまで対象者を優先する席であり、健常者が座れない訳ではない。
ルール的には問題無いが、やはり世間の目というものがあるもので。
どうやら彼女の謙虚な心遣いが裏目に出たらしい。
しかしそんな事情を知るはずも無いエウリィ、気分良さそうにニッコニコである。
なお勇達はと言えば、逆に恐れ多くて立ち続けている訳だが。
とはいえ、東京へ近づけば近づく程に乗る人の数は増す一方。
気付けば既に座れる席は既に無く、立つ人も目立ち始めていて。
例え平日でも、こうして人で一杯になるのが都心周りの電車事情だ。
もちろんそんな乗客の中にはお年寄りも居る訳で。
するとエウリィ、颯爽と自ら席を譲るという行動に。
しかも優先席という諸事情など知らないのにも拘らず。
彼女らしい行動ともあって、勇達も改めて感服するばかりである。
ただ、その後―――
吊り革に掴まって佇むプリンセス、なんていうシュールな図柄が生まれていたのは言うまでもない。
電車も進み続け、景色が次から次へと流れる様に過ぎていく。
家ばかりだったり、一面の畑だったり、その様相は様々で。
そんな光景もさることながら、景色そのものもエウリィにとっては珍しい。
「こうして見るとフェノーダラが如何に小さな街だったか思い知らされます。 これが『ヘイワ』という事なのでしょうね」
でも、そう語る彼女の表情は先程までと違ってどこか寂しそう。
自分達の世界との差がこうも如実に現れてるからこそ、素直に喜べないのだろう。
『あちら側』の世界は人間と魔者が常に殺し合う世界。
感情のままに争い、襲い、殺し殺されて。
人も魔者も必要以上に増える事も無く。
国も街も集落も、発展する事は叶わない。
確かに、そんな殺伐とした世界から脱する事が出来たのは不本意でも喜ぶべき事だ。
けれどそれが叶ったのは全てのフェノーダラ国民ではなく、城に居た極一部の者のみ。
もしかしたら今頃、『あちら側』では残された人々が城壁の無いままの生活を余儀なくされているかもしれない。
そうなればエウリィの母親も、彼女の友人達もきっと。
それを疎いに感じている彼女だからこそ。
そしてまだ幼く、受け止めきれない現実が多過ぎるから。
だから自身で感情を抑え込もうとして、時折今回の様に暴発してしまう。
ここまで頻度が多いのも、それだけ今の彼女が情緒不安定に追いやられてるからなのだろう。
それでもエウリィは気丈だから。
事実を知った今、少しでも楽しもうとしている。
勇達にも悟られぬよう、心配させぬよう。
「うん、そうだね。 でもこの光景を知ったからさ。 もし元に戻ったとしても、きっと国をこんな光景に発展させる事も出来ると思うよ。 だから今は一杯遊んで、楽しんでさ。 何が出来るのかなって沢山知ろう?」
「えぇ、そうですね。 それに今日は本当に楽しみでしたから。 目一杯楽しもうと思います」
でも、勇はそんなエウリィの感情をなんとなく察した様だ。
命力を得て、人の心に触れられる事を知って。
少しだけだけど、エウリィの気持ちに触れられたから。
彼女の思う事がなんとなく読み取れる様になっていたのだろう。
だからこうして支える事が出来る。
もしかしたらエウリィもそれを無意識に理解して、勇を指名したのかもしれない。
支え、支えられて。
それを受け入れ合う二人だから、今は笑い合う事が出来る。
そう自然に寄り添える二人だからこそ、ちゃなもまた笑顔で見守る事が出来る。
それだけお似合いの二人に見えるのだから。
「そうだ勇様、ちゃな様、私やっと日本語を覚えたんです!」
「「えっ?」」
するとその時、しんみりとした雰囲気を打ち払う様な元気な声が。
国の代表者の娘たるもの、常に国民の指標と成れ。
その考えは世界の在り方に拘らず存在していて。
エウリィもまたその考えを良しとしているからこそ、こうして前向きに切り替えられる。
これがエウリィの気丈さたる由縁と言えよう。
「何でも、皆様は『けーたい』という物で文字でやりとりする事が多いと聞いたので。 そこで福留様にお願いして、一ヵ月ほど前から文字の勉強をさせて頂く事になったのです」
しかしてその気丈さは、時に勇達の予想を超える行動をも実現する。
まさかもう既に文字を習い始めていたとは思っても見なかった様で。
二人とも、そんな話を前に驚嘆するばかりだ。
「それは凄いな……」
「エウリィさんって努力家だなぁ」
そもそもがこうして会話が成り立つので、文字など覚える必要は無いのに。
それでも文化に触れて馴染む為に努力する。
こうして自主的に勉強出来るエウリィはまさに努力家と言えよう。
夏休みの宿題だけを済ませてのんびりしていた勇達とは大違いである。
「お陰で『すまぁとふぉん』の知識も多少なりに。 これをいつか勇様達と連絡し合うが出来る様にと、福留様に頂いたのです」
「ええ!?」
そんな時ポシェットから取り出したのは―――勇達と同じ最新【Aphone】。
しかもちゃっかりフェノーダラ王国の紋章が描かれたハードカバー付きである。
こんな物をこの短期間で造ってしまう福留の如何に早い仕事っぷりか。
というか、そんな物を大々的に見せていいのだろうか。
別の意味で驚きを隠せない勇を前に、エウリィもどこか嬉しそう。
褒めて貰えたからか、それとも自慢のスマートフォンを見せる事が出来たからか。
「わぁ! じゃあエウリィさんもスマホで連絡出来ますね。 もう暇じゃなくなりそう」
「えぇ。 でもこれはまだ受け取ったばかりでして。 【れいん】という道具で会話が出来るとは伺っているのですが、連絡先は今日伝えあって欲しいと伺っております」
ただ肝心な所が妙に抜けているのは、どうにも福留らしからぬ所。
こんなコミュニケーションを狙ってわざと事前登録しなかったのだろうか。
でもこうなれば後は早いもので。
「それじゃあ登録やってあげるね」
「まぁ、ありがとうございます!」
スマートフォンの事となれば、今はちゃなの方が断然強い。
抑圧され続けた好奇心が解放されたが故の賜物だ。
たったこれだけでも友達の様に触れ合う事が出来るから。
それを見越して仕掛けたであろう福留の配慮に、勇はもう感服するしかない。
「終わりました」
「早ッ!?」
……などとしみじみする間も無く作業は完了。
IDから友達登録、更には二人とのプライベートメッセージチャンネルまで開設済み。
至れり尽くせりである。
こういう事に限ってはやたらと動きが速い事で定評のあるちゃな。
今も軽く自身のスマートフォンを触れているが、指の動きが明らかにおかしい。
勇もこれには「普段の動きもこれくらい速ければいいのになぁ」などと思ってならない。
「わぁ……実は操作がわからなくて困っていたのです。 ありがとうございます、ちゃな様!」
とはいえ、やってもらったエウリィとしては感激極まれり。
遂には二人で「キャッキャ」とスマートフォンを弄り始めていて。
そこにもはや機械に疎い勇の入る隙間は微塵も無い。
「お、何か来た」
と思われた矢先に、勇の懐に仕舞われたスマートフォンが振動を始める。
どうやらちゃながちょっとした手心を加えたらしい。
ちゃなとエウリィが見上げる中、勇が端末を覗いてみれば。
画面には知らないIDからのメッセージ通知が。
それを早速開いてみると―――
『*:こんにちは、エウリィはわたしです』
やはりエウリィからのメッセージだった様で。
もちろん、これを打ったのは彼女自身で。
そこにちゃなの入れ知恵は介在していない。
そう、彼女は本当に日本語を習っていたのだ。
まだ不慣れなだけあって、ほんの少し文法はおかしいが。
それでも伝わるには充分。
「おっ! 本当だ、日本語習ってたんだね」
「はいっ、まだ上手く出来てないかもしれないのでお恥ずかしいですが……」
言葉というものは端的な単語だけでも大抵伝わるもので。
それさえ間違えなければ意思疎通はさほど難しくないから。
「ううん、これなら今日が終わった後でも普通に話せそうだ」
「そうなのですか!? ……よかったぁ」
努力が実ればこれ程嬉しい事は無い。
好きな人とこれから自由に会話出来るとなればなおの事。
それも余程だったのだろう。
スマートフォンを胸に抱え込み、安堵と喜びを一杯に享受する姿が。
「ふふっ、エウリィさん頑張った甲斐がありましたね」
「やっぱり凄いよな。 俺も夏休みもうちょっと勉強しとけばよかったかなぁ」
「ですね……私ずっとスマホ触ってただけな気がします」
そしてそんな気持ちは伝搬するもので。
勇もちゃなも夏休みを無駄にした様な気持ちで一杯だ。
もっとも、自由に過ごせる事が学生の特権なので問題は無い。
やる事もやっていれば当然の権利である。
「よろしければ今度、私達の言葉をお教え致しますよ」
「うん、時間があったらお願いしようかな」
それにこうして意欲も貰う事が出来たから。
二人は揃ってもう既にやる気十分だ。
惜しむらくは、夏休みが今日を含めて二日しか無い事ではあるが。
「でも、翻訳されちゃう言葉とかどうやって覚えるんだろう? 全部そっちの言語で聞こえちゃうんじゃないのかな?」
「言葉ではそうですが、『エ』とか『ヴェ』といった一文字程度の声はそのまま伝わる様なのです」
「へぇ~……」
という訳でちょっとした豆知識などを語りつつ。
気付けばあっという間に道程は半分ほどまで過ぎ去っていて。
時折練習を兼ねた【RAIN】での会話も挟み、遂には三人が揃って黙々と文字を打つ姿が。
こうしてスマートフォンに触れるエウリィの様子は実に普遍的。
一国の姫たる存在であろうとも、何の特別でもない少女の姿がそこにあった。
別世界の人間と言えど、体の作りは現代人と大差無い。
こうしてスマートフォンを人並みに使えている所が何よりもの証拠だろう。
そう、何も変わりは無い。
立場や生まれが違うだけで何もかも。
もしかしたら魔者も同様に。
だから勇は願わずにはいられない。
今この時の様に、エウリィと一緒に些細な事で笑い合える明日を。
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