時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十八節「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」

~終末の刻、来たる~

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 朝日が昇る。
 青空から暗闇を拭い去る程に眩しく。
 まるで世界崩壊など嘘だと思える程に煌々と。

 陽光は何物にも振り撒かれ、分け隔てなく温もりを与えてくれる事だろう。
 例えそれが如何な犯罪を犯した者であろうとも。

 ここはとある女性専門の刑務所。
 そんな施設の中庭には、朝空の下にラジオ体操を行う受刑者達の姿があった。

 しかしその中に一人だけ、身体を動かす事も無く空を眺める者が。
 それもベンチに座り込み、ただただボーっとするだけで。

 老婆だった。

 気力無く空を見上げ、視線は虚空に。
 その顔は干からびた無数のシワに覆われていて。
 全身で項垂れ、かつて見せた力強さはどこにも残されていない。
 怨恨に溢れ、人を卑下し、足蹴にしようとしたあの面影は。



 彼女の名は小嶋由子。
 そう、元総理大臣のあの小嶋である。



 重職任期中の場合、本来ならこうして檻に入れられる事もないのだが。
 彼女の場合は特別で、超法規的措置によって収監されたという訳だ。

 それも当然か。
 国際航空法の適用される滑走路上で銃弾を撃ち放って。
 総理大臣という立場でありながらテロリストデュゼロー達に加担し大事件を起こして。
 あまつさえ職務を放棄し、祖国を売り渡さんと国外へ逃亡しようとしたのだから。

 という事もあって現在は地位全てを剥奪されて服役中。
 かつての怨恨に塗れた鬼気は抜け、実歳以上の見た目に。
 野望が潰えた事で生きる気力も失った、といった所だろう。
 日本を陥れようとした者の惨めな末路である。

 そんな気の抜けた小嶋の楽しみはと言えば、こうして空を見上げる事のみ。
 かつて野心に燃えていた頃に想いを馳せ、現実逃避する為に。 
 陽光は冷え切った心に心地良い妄想力をももたらしてくれる様だ。



 だがその妄想も、間も無く突如として断ち切られる事となるが。



キキャアアア!!!
ヒャヒャアアアアアア!!!!



 その時突然、奇怪な鳴音が響き渡った。

 まるで叫びだった。
 喉を裂いて上げる悲鳴と、硝子を掻き毟った様な不快音が合わさった様な。

 それも小嶋にだけではない。
 全ての者達が聴こえる程に、だ。

 そう、〝全てに〟である。
 小嶋だけで無く、刑務所だけでも無く、ましてや日本だけでも無い。

 世界が、宇宙が、悲鳴を上げている。
 全ての生命に対して聴こえている。
 今なお断続的に、不規則的に続きながら。

 余りの激音ゆえに、誰しもが苦しみ耳を塞ぐ。
 不快な音を断ち切らんとして。

 それでも聴こえてくるのだ。
 脳に直接響いてくるのだ。
 余りにも苦しいが為に、中には倒れる者までがいて。
 頭を抱えてのたうち回り、あるいは頭を壁に打ち付けて。

 それでも不快感は止まらない。
 悶え苦しむ程に、止まらない。

 もはや地獄だ。
 逃げる事さえ叶わない絶叫の責め苦が世界を覆っていたが故に。

 その中で小嶋は震えていた。
 空を見上げ、涙を流し、鼻や口からも体液を漏らして。
 手足を震わせ、歯をガチガチと鳴らして恐怖を露わとしながら。

「あ、ああ、ああああ!!! せかいが、せかいがほろぶ! いやぁしにたくない、しにたくないしにたくない、しにたくなぁあぁぁいぃぃぃ~~~!!」

 それでも空を仰ぐ事は止めない。
 いや、止める事が出来なかったのだ。

 おぞましいまでに歪む暗虹色の空から、目を逸らす事が出来なかったのだ。

 そこに先程の青空はもう残されていない。
 今の空は、無数色の絵具を注いで掻き混ぜた解水の様に酷く濁っている。
 濁り続け、歪んで蠢き続けているのだ。
 なお叫び続けられる怪音と共に。

 この時、人々は心で理解する。
 もう間も無く世界は滅ぶのだと。
 もうそこに平穏は無いのだと。

 その前兆であると思える程に絶望的な様相だったのだから。



 しかしそれもまだ崩壊の序曲に過ぎないと、人々は知る事となる。
 空が、音が、またしても別の形で歪み始めた事によって。



 空の歪みが、止まる。
 まるで不具合が起きて停止フリーズしたアプリの様に。
 叫びの音が、ブレる。
 まるで電源が切れて動きの鈍った蓄音機の様に。

 いずれも、余りにも不自然過ぎた。
 人々の恐怖を更に煽り、蝕む程に。

 そして彼等は知るだろう。
 その元凶が一体何であるのか、を。



『この星に住む全ての肉達よ、刮目してください』



 それは、明らかな声だった。
 しかも穏やかさを感じさせる口調で。
 それでいてどこか畏怖を感じさせる言葉遣いの。

 この声を、人々は知っている。
 この声の主が誰かを、知っている。

 だから濁った空を見上げずには居られなかったのだ。
 この声の主は、人々にとって希望を与えてくれた者の一人だったからこそ。



 この時空に映ったのは―――茶奈。
 なんと純白のワンピースを纏った茶奈が空に映り込んでいたのである。



 茶奈のそんな姿を前に、人々は安堵した事だろう。
 空を止め、音を止めてくれたのが彼女だと思っただろう。
 中には「おお!」と歓び露わにする者さえいたのだから。

 しかしそれは彼等が何も知らないからこそ。
 現実は想像を絶する程に残酷だったのだという事を。

『私の名はタナカチャナ、ぐらんでぃばのタナカチャナです。 世界の皆さん、喜んでください。 もう間も無く世界が終わります。 この地球を踏み台にして、ようやく新しい世界へと向けて旅立つ時が来たのです! その時、きっと皆さんは待ちに待った素敵な絶望に包まれる事でしょう。 だから是非ともこれ以上無い苦しみを残して死んでくださいっ!』

 この語りを真に理解出来る者は居たのだろうか。
 そもそも何を言っているのかわかった者が居ただろうか。

 居るはずも無い。
 苦しんで死ねなどと明るく言われて、理解出来る訳が無いだろう。

「え、何を言ってるんだ……?」
「どういう事?、あれ田中茶奈よね?」

 たちまち人々の間から疑念の声が漏れ、不安が、恐怖が滲み出る。
 誰しもが不測の事態に抗えない中で、邪神の意のままに。

『皆さんがどれだけ絶望を、痛みや苦しみを望んでいたのか、私はこの五年間でようやく理解出来ました。 相手を怨み、憎み、妬み、僻み、蔑んで、殺したいと思っていたのかも。 だから私は願ったのです。 この世界はやっぱり滅ぶべきなんだって! そして皆さんの強い想いがそれを遂に成し遂げましたっ!!』

 茶奈の声が恐怖を煽る。
 優しい声色が不安を拡げる。
 言葉を一つ並べる度に、絶望に染め上げる。

 そしてその想いが極まった時、世界は再び揺れるだろう。



『これも全て皆さんのお陰です!! 世界を滅ぼさせてくれて、どうもありがとぉぉぉうっ!!!』



 この感謝の一言をキッカケとして。
 人々の絶望の声が地表を揺らしたのである。

 茶奈は本当に悦んでいるかの様だった。
 両腕を拡げ、光悦な笑みを浮かべていたから。
 まるで大役者がここまで押し上げてくれたファンへと感謝を捧げるかの様に。

 世界が滅ぶ事に今、茶奈は心の底から感謝を向けていたのだ。
 ここまで至らせてくれた人々の絶望に感極まらせて。

『そんな皆さんに私からせめてものお礼を贈りたいと思います。 より良い絶望を味わう為に、恐れや痛み、苦しみを拡げる為に。 ご覧くださいっ! 彼等が皆さんを死の恐怖へと追いやる【六崩世神】の皆さんですっ!!』

 するとその時、両腕を拡げた茶奈の周りに六つの光が。
 白、赤、青、緑、黄、黒。
 ハッキリとした色を持つ輝きが現れ、等間隔で彼女の周囲をぐるりと回っていく。

 自分達の存在感を示すかの様に、如何にもわざとらしく。

『これから彼等を人の多い場所にお贈り致します。 どこに行くかは私にもはっきりとはわかりませんが、きっと満足させてくれる事でしょうから安心してくださいね。 さぁ、どこの街でどれだけ多くの肉が叫びながら死んでいくのでしょうか。 当たった皆さんは是非とも楽しんでくださぁい! それでは、ごきげんよう~!』

 その間も無くに、光達が六方へと飛んで姿を消して。
 茶奈の姿もまた、濁った空の彼方へと掠れて消える。

 その空を元の青空へと戻しながら。

 今の光景はまるで夢幻の様だった。
 集団幻覚を目の当たりにしていたのではないかと思える程に。
 全部嘘なのでは無いかと錯覚してしまう程に。

 でもすぐに人々はそれがただの現実逃避なのだと気付くだろう。
 今の出来事が決して嘘でも幻でも無かったのだと。

 心が、そう理解してしまったが故に。

 茶奈の残した言葉は人々にそれ程までの恐怖を植え付けたのだ。
 一人残らず、彼女の語った事が真実だと信じてしまう程に。



 世界はもうすぐ滅ぶ。
 人々はもう、そう信じる事しか出来ないのか。
 抗う心を取り戻す事は出来ないのか。

 今、ア・リーヴェの恐れていた事態が遂に現実へ。
 混迷の極みへと陥った世界で、勇達は果たしてどう抗うのだろうか。


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