時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

文字の大きさ
上 下
271 / 1,197
第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」

~善意と悪意と定められぬモノ 答~

しおりを挟む
 アージとマヴォの再会という役目は果たした。
 なら二人の事は二人だけに任せよう。
 勇達にはまだ成すべき事があるのだから。

 成すべき事とはすなわち、フェノーダラ王の意思確認。

 ドゥーラが危険な存在である事はわかっていたはず。
 にも拘らず、その事を秘密としたまま勇達に託した。
 これは明らかに両国間の関係に影響をもたらす程の大問題である。
 事と次第によっては、友好関係に修復不可能な亀裂さえ及ぼしかねない。

 だからこそ問おう。
 その真意を。

 ヘリコプターが城壁の前に降り立つ。
 すると早速、福留を筆頭とした面々が飛び出していて。
 立ち止まる事も無く、真っ直ぐと壁内へ。

 いつもならこれから開かれるはずの大扉が、今は既に開かれている。
 加えて、多くの兵士達による人の道という歓迎の下に。
 まるで勇達に申し開きを請うかの如く。
 もしかしたら、彼等はもう勇達が訪れた理由をわかっているのかもしれない。

「よく戻って来てくれた。 まずは無事の帰還を心より祝福したい」

 そんな城内を抜けてやってきた勇達を、王のこの一声が迎える。
 本来であれば当事者が「よくもぬけぬけと」と返せてしまう様な一言だ。
 勇やちゃなはまだ優しいからそんな事など思いはしないが。

 ただ、仲介を任命された福留としては黙っている訳にはいかない。

「ありがとうございます。 ですが我々が頂きたいのは祝福よりも弁明です。 今回の一件は少し―――いや、かなりのリスクをを伴っておりましたから。 その辺りの納得いく説明を頂けなければ、今後の国家間の関係にも影響が出る事でしょう」

 こう唸るのも当然だ。
 最悪の場合、勇やちゃなの命が失われたかもしれない一件だったのだから。

 福留は言わば二人の上司であり、かつ保護者代理という存在で。
 二人を戦地に送り届ける以上、必要最低限の安全は確保しなければならない義務がある。

 戦いに行く前に交通事故で死んでは意味が無い。
 戦いに勝った後に怪我が元で半身不随になれば意味が無い。
 だからこそ勇達には必要以上のサポートやアフターケアを用意しているのだ。

 しかしそんなサポートに協力国からの罠が仕込まれていればどうしようもない。
 そうして最悪の事態が起きた場合、当事者が居なければ原因もわからなくなるだろう。
 するとたちまち謀略の完成である。

 だから見極めなければならない。
 フェノーダラ王に謀略の意図があるのかどうか。
 その如何次第では、日本政府は正式に王国への援助を打ち切るだろう。
 例え仮に、知らず今回の様な結果となった、のだとしても。

「さぁ返答を願います。 納得し得る返答を」

 そう問う福留の声色は厳しい。
 通訳であるエウリィが戸惑ってしまう程に。
 家臣達が思わず頭を抱えてしまう程に。



「まぁそうカッカしねぇでやってくれねぇか。 この阿呆なりに考えてやった事なんだからよ」



 そんな時、勇達の耳に聞き慣れたあの野太い声が届く。

 剣聖である。
 遅れて部屋の奥から現れたのだ。
 相変わらずの不躾な身軽さで。

「えぇ、私としても本意ではありません。 ただ、言うべき事は言わせて頂かなければ、事を成してくれたこのお二人に申し訳が立ちませんから」

「おう。 そこんとこはこの阿呆王もわかってらぁ。 なぁユハよぉ?」

 でも事は全て知っているのだろう。
 当然、王の真意も。
 だからこそ今こうして間に立ってくれている。
 剣聖はなんだかんだでどちらの立場も尊重してくれているから。

 ただ単に気分屋で、気が向かないと黙っているだけで。
 さすがに今はそうも言っていられない状況だと悟ったのだろう

「うむ。 正直この立場でなければ頭を擦り付けて許しを懇願したい所だ。 本当に申し訳なく思う」

 そんな剣聖の仲介を経て、ようやく王が座上から頭を下げる。
 これが今の立場で出来る精一杯の誠意な様だ。

 またその傍では、エウリィ達もまた傾倒する姿が。
 それも日本式に合わせた綺麗なお辞儀を見せていて。 
 きっとこういう時の為に練習していたに違いない。
 
 それでも福留がまだ納得したという訳では無いが。

「実は皆の命を盾に取られていた。 直接そう言われた訳では無いが。 アレはそういう類の者だからね、少しでも逆らえば敵とみなされる可能性があったのだ」

 それは当然、王にもわかっている。

 故に王の弁明はまだ続く。
 王とドゥーラの背景に纏わる逸話も含めて。

「彼女は命力に関わる技術が非常に卓越していてね、少しでも謀反的な行動を起こせば意思を察知されてしまう。 でも逆に言えば、事実を知らず謀反さえして見せなければ何の問題も無い。 だから君達に害は無いと思ったのだ」

「でもそれなら剣聖さんがどうにか出来るんじゃ? もしかして剣聖さんより強いとか?」

「んな訳あるかぁ―――だが、正直戦いたくねぇ相手だ。 何せ考えてる事が全く読めねぇ。 思考が人間のそれと全く違うんだぁよ。 見る事さえ気持ち悪くなるくれぇになぁ」

 つまり王曰く、基本的には敵意さえ見せなければ危険は無かった、という事だ。
 なまじアージと出会ってしまったから真実を知ってしまっただけで。
 もしアージと和解せず倒していれば、今ごろ円満離脱で済んでいたと。

「人の敵意には敏感だが、それさえなければいつもあの調子だ。 むしろ他の我が強い魔剣使いよりは扱い易いと言えよう。 その点、勇殿達は無暗に敵意を振り撒いたりはしない。 だから安心して見送れたという訳なのだ」

「ふむ、そういう事でしたか。 となると誤算は、勇君達のその心意気があの二人を引き込んだ事にある、という訳ですねぇ。 いやはや数奇な運命を感じずにはいられません」

 世の中どう転ぶかわからないものだ。
 平気だと思っていた事も、全く別の形に思わず転んで不利益と化して。
 でもその結果、最良の出会いに恵まれたのだから。

 そうなると福留も怒るに怒れなくなる。
 ドゥーラの失踪はマイナスだが、仲良くなる事にもメリットは無いから。
 なら今の形がずっと勇達にもアージ達にも良いのだと。

「わかりました。 ならば納得する事に致しましょう」

「そう言って頂けると助かる。 以後はこの様な事が無いよう気を付ける事にする」

 確かに危険だったが、実際に事が起きた訳ではない。
 なら可能性の話で問答を続ける程、福留も愚かでは無いから。

 こうしてフェノーダラ側が反省してくれるならば、今はもうそれだけで充分だ。
 無暗に敵意を振り撒いても、互いにメリットは何も無いのだから。

 だからこれでこの件も終わりだ。
 少なくとも、王に謀略を図るつもりなど無いとわかった。
 その情報だけでも来た甲斐はあっただろう。



 だがしかし、予想外とは常々起きうるもの。
 どうやら無垢な少女の好奇心は、場の円満解決さえも許してくれないらしい。



「あの……じゃあなんでドゥーラさんの要請に従ったんですか? 最初に突っぱねちゃえば良かったのに」

「う、そ、それはだな……」

 ここでまさかのちゃなの質問である。
 今までに渡る二度の勇気がどうやら三度目をも呼び込んだ様だ。

 しかも今度はちょっとばかり鋭い突っ込みで。
 たちまち双方に穏やかではない雲行きが包み始める。

「―――昔まだ若かった頃な、若気の至りという奴で~そう、少し大人の合いがあったのだ。 なので逆らえないというかなんというか、はは……」

「だそうですウフフッ。 お父様、控えめに言って最低ですね。 娘にそんな事言わせるなんて」

「……その件は報告文に記載させて頂く事にしましょうか」

「ったく阿呆が。 やたらめったらテメーのの扱いを雑にしやがるからだ」

「剣ですか。 なるほどー魔剣の先生とかだったんですねっ」

「う、うん、そうだね。 そういう事にしておこう」

 でも幸い、無垢な少女は真意に気付かずとも満足した様だ。
 フェノーダラ王の全体的な印象が急降下したのは言うまでも無いが。



 人の欲望は己の行いさえ歪める事もある。
 ついさっきマヴォの事もあったので、あながち珍しい訳でもないみたいで。

 故に勇は心の中で強く誓う。
 昔のフェノーダラ王やマヴォの様にならないよう気を付けよう、と。


しおりを挟む

処理中です...