時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」

~善意と悪意と定められぬモノ 禁~

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「人を治す方法、だと……?」

 勇達がドゥーラの話題で盛り上がっていたその時だった。
 話題が接合術の事へと切り替わった途端、思わぬ人物が食い付く事に。

 この時強い反応を見せたのは他でもない、剣聖だった。
 しかも何故か勇達を睨み付けているという。

 始めはドゥーラの話題で機嫌が悪いとしか思えなかった。
 でもその顔はいつに無く引き締まっていて。
 壁にもたれかかっていた背を起こし、その身体を大きく見せつける。

 まるで威嚇するかの如く。

「そいつぁどういう手段を講じるんだ?」

「え? どういうって、命力を指に籠めて傷口をなぞるっていう―――」

カァーーーンッ!!

 更にはその足先を床へと打ち付け、勇の説明を遮る程の打音を響かせる事に。

 余りの突然の事に、勇もちゃなも「ビクンッ」と怯みを見せる。
 それ程までに、今の打音には強い意思が籠っていたのだ。

 〝それ以上言うな〟という、あからさまな意図を乗せて。

「悪い事は言わねぇ、そんな方法忘れちまえ。 憶えてたって良い事ぁぇからな」

「えっ、良い事が無い……?」

 そんな思いもしなかった反応が勇達を困惑させる。
 あれ程の効果を見せた技術を忘れろなどとは。

 実際のところ、見せられた効果は絶大で。
 あれほどの接合は現代技術を以てしても再現出来ないだろう。
 まさに命力の可能性とも言うべき力だったのだ。

 けれど、剣聖が命力の関わる事で嘘偽りを語った事は無い。

 それを勇はよく知っているからこそ、押し黙るしかなく。
 〝どういう事なのだろう〟と顎を手で支え、思考を巡らせていて。
 何かしらの理由があると踏み留まった様だ。

 しかし、ちゃなの方は別だった。

「で、でも、あの方法は本当に凄かったんです。 マヴォさんが傷を負って危なくて、だから実際に試してみたらちゃんと傷口が塞がって―――」
 
 実践した彼女だからこそ、実感出来た事もあって。
 マヴォを治して見せたという実績を経て、更には自信も得たから。
 それなのに忘れろなどと言われたら、こうして反論したくもなるだろう。
 今までに見せた事の無い、ちゃなの反抗的態度だ。



 だがその時、剣聖が細めていたその眼を突如として大きく見開かせる。



「実際に試しただとォッ!? こンの馬鹿野郎があッッッ!!!!!」



 それと同時に打ち上がったのはなんと怒号。
 今までに聞いた事の無い様な叫びを上げ、強い怒りを露にしていたのだ。

 ちゃなを怯えさせ、身をすくませる程の威圧感を以て。

「ならおめぇは知ってんのか!? そいつの肉の厚さ、筋肉の弾力性、神経の繊細さ、血管の太さ、血流の量、骨の丈夫さを……ッ!?」

「え、あ……」

「それを知らねぇでその施術を行うという事はすなわち、相手の体組織をおめぇの想像通りの形に造り変えるって事に他ならねぇ!!」

 しかもその威圧感を、一歩一歩踏み出しながら強めていく。
 ちゃながしでかした事の重大さを如実に示すかの如く。

「それが何をもたらすのかわかるか? あるべき形を失い、強引に繋げられ、遂には身体が異常をきたす。 身体の知る事と異なる肉体情報が同居してるって事だからなぁ! だから最初は良いがすぐに身体が気付き、次第に異常が噴出してくるだろうよ。 常軌を逸した激痛という形でな……!!」

「あ、ああ……」

 そしてちゃなの目前へと立ち塞がった時、その大きな口が真実を告げる。
 知らずに行った事がもたらすであろう、その結末を。



「その先に待つのは大抵―――死だ」
「「「ッ!?」」」



 伝えられた結末は余りにも残酷だった。
 命を救おうとして行った施術が結果的に絶大な苦痛と死をもたらすという。
 まるで死に行く者に鞭を打つ様な所業だ。

「身体が元に戻ろうとして体組織の自己崩壊を始めんだ。 その痛みは半端じゃあねぇぞ? 幾ら強靭な肉体を持とうが関係ねぇ、身体が勝手に千切れて行きやがる。 余程の強い精神力と命力を持ってりゃ耐えられる可能性もあるが、俺の見立てじゃまず無理だな」

 そう、ドゥーラが教えた技術は決して治療術でも、接合術ですらない。
 肉体を無理矢理造り変えるという禁忌の〝改造術〟だったのである。

 だから彼女に襲われた者は須らく死んだ。
 それは決して体内を弄られたからでも、放置されたからでもない。
 切開され、内部を弄られ、そして改造術で塞がれた後の激痛の中で死んでいった。

 これはドゥーラだけに使える技術と言えよう。
 体の中を組み替えてみる事を知識と言い切った彼女だけの。
 〝他者の痛みや苦しみを知らない者にとっての治療術〟なのだ。

 もはやこれは敵意を向けたからやり返すといった生易しい話ではない。
 自己満足の極致、悪行極まりない行為と言えよう。

 まさに鬼畜―――いや、悪魔の所業術なのである。

「今頃その施術を受けた奴は激痛に苛まれてる頃だろうよ。 持つのは遅くても今夜くらいか」

「そんなッ!? じゃあマヴォさんは……ッ!?」

「あ、ああ……う あ"あ"あ"ーーーーーーッッ!!!」

 その真実はちゃなにとって余りにも酷だった。
 たちまちその場で泣き崩れ、嗚咽を通り越して叫びを上げてしまう程に。

 今ようやく気付いてしまったから。
 己の犯した罪の深さに。
 命を扱う事の責任の重さに。



 ちゃなは今まで思うままに命力を奮ってきた。
 自分達を脅かす魔者には容赦無く力を奮って殺したりなどで。
 その事に対して何の罪悪感も抱かず、むしろ役目なのだと張り切っていたものだ。

 その勢いで今回初めて、人を救おうとしてその命力を奮った。
 そしてそれも成功して救えた―――と思っていた。

 けれどそれはただの勘違いで。
 自分の行為が結果的に、救おうとした相手を殺そうとしている。
 何も考えず、何をもたらす事かもわからずに力を使った所為で。

 確かにあの時は、この施術を使うしか道は無かっただろう。
 でもそれは所詮言い訳にしかならない。



 地獄の苦しみを与えて殺すくらいなら、いっそあのまま死なせた方が幸せだろうから。




 その地獄を選んだのは他でもないちゃな自身である。
 アージに言われるまでも無く実践するつもりだったから。
 そう実行しようとした事への罪悪感が心を叩いたのだ。
 心壁の向こうに潜んでいた己の浅はかさに気付かせるほど強く。

 故に今ちゃなは床に突っ伏し、絶叫を上げていた。
 目から口から鼻から、これでもかと言う程に悲哀の雫を零れ落とさせて。

 きっとこれだけ泣き叫んだ事は今まで無かっただろう。
 これほど苦しかった事は、今までの辛い人生の中でさえも無かったから。

 自分の悲劇よりも何よりも、救いたい人を陥れてしまった事の方が苦痛だったからこそ。

「田中さんッ!! なら泣くよりもやらなきゃいけない事があるだろッ!? 今すぐマヴォさんの下に戻ろうッ!! 福留さんは先にヘリパイロットへ連絡をッ!!」

「ッ!? わかりました。 勇君も急いでください!」

 しかしちゃなにはそう泣き叫んでいる暇など与えられてはいない。
 マヴォが今苦痛で苦しんでいるのなら、その意識が失われる前に戻らなければ。
 それがちゃなに与えられた責任なのだから。

 福留や兵士達が急ぎ走り去る中、勇が無理矢理ちゃなの肩を取って抱き上げる。
 力が抜けて歩けない事などわかりきった事で。
 なら今は強引であろうと力任せに連れて行くだけだ。

 後々、彼女を後悔させない為に。

「急げ勇殿! 多少は城を揺らしても構わん!!」

「はいッ!! 行くよ田中さんッ!!」

 だからもう勇は走っていた。
 先行した福留達に追い付かんばかりの脚力で。
 剣聖やフェノーダラ王の視界から即座に消える程の速さを以て。

「剣聖殿、あれは言い過ぎなのでは?」

「そんな事はねぇ。 あの技術は絶対にあっちゃあいけねぇモンだ。 例え戦乱の世の中であろうとな。 なら知った以上は意地でも使わせちゃならねぇ。 でなきゃ不幸を広げるだけだ」

 ならば後は祈ろう。
 願わくば事が最悪を迎えない様に、と。
 例え祈りが届かなくとも、最後の時に巡り合えん事を。





 城外へと駆け抜けた勇達をヘリコプターが迎える。
 既にローターは回り始めており、離陸準備はもう間も無く済もうとしていて。

 するとそんな中、ヘリコプターの傍に見知った顔が。

「おお勇、北海道ではどうだったんだ?」

 勇の父親である。

 それというのも、勇達は本来ここで福留達と別れる予定で。
 勇の父親はその為に遠路はるばる迎えに来た、という訳だ。

 しかしその問答に応える事も無く、勇達が颯爽とヘリコプターへと乗り込んでいく。
 そんな緊張の面持ちを浮かべる者達を前に、父親もどこか動揺を隠せなくて。

「親父、乗るのか、乗らないのかッ!? 時間が無い、急いで決めてくれッ!!」

「えっ!? あ、わわかった、乗るっ!!」

 しかも勇の剣幕を前にそれ以上の言葉も無く。
 勢いのままに乗る事を選び、そのまま勇の手に掴まれて機内へ飛び込む事に。

 そしてその直後、扉が閉まる前に機体が浮かび上がっていく。
 上昇すら待つ事無く、斜に傾けて前進させながら。

「急いで本部までお願いします!」

了解ラジャー、揺れますのでどこかに掴まって!」

 そのままヘリコプターが栃木の青空へと消えていく。
 太陽の傾き始めた、僅かな朱色を彩らせた中へと。



 勇達に焦燥感が滲む。
 空舞う機内から溢れ出んばかりに轟々と。

 果たして、マヴォの運命は如何に。


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