時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」

~その翼と成りて行こうぞ~

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 雲を越えた青空を一機の黒い塊が突き抜けていく。
 栃木周辺にて巡回・索敵を行っている無人偵察機だ。

 これも一種のドローンではあるが、形は勇達の下にあるものとは全く違う。
 航空機型の形状を有し、高速航行が可能な機体である。

 そんな機体が空を突き抜けつつ、備えたカメラで延々と撮影し続ける。
 景色に異物が混ざっていないか、何一つ逃さぬようにと逐一視界を動かしながら。

 本来ならば何も居ないであろう大空を、ただひたすらに。



 もちろん、そんな無人機の映像は勇達の下にも届いている。
 福留が運んできた大型トレーラーの後部―――コンテナ型の中継基地へと。

 やはり福留が運んできた物は伊達ではない。
 外からでは只の運送用トラックにしか見えないが、内部は最新設備の塊だ。
 例のインカムの中継器は元より、ドローンや無人偵察機を操縦する為の機器が揃っている。
 乗り心地はそれ程では無いが、総勢で二〇人近くが搭乗可能という。
 広域作戦を考慮して用意された、いわば移動基地なのである。

 そんなコンテナの内部では既に隊員達がせわしなく動いている。
 移動こそまだ開始していないが、作戦は既に始まっているのだから。

 無人機操縦担当が機を操縦し、勇や杉浦を始めとした待機人員が映像を凝視する。
 たった今送り続けられているリアルタイム映像を。
 それも五台分、似た様で全く異なる景色を延々と。
 
 当然、余計なお喋りは禁物だ。
 彼等の集中力を削ぐ訳にはいかない。
 もう勇達の戦いはここから始まっているのだから。

「ん、これは……」

 そんな中、隊員一人が異変を見つけて声を上げ。
 声に気付いた勇達が咄嗟に視線を映像画面へと移していく。

 すると間も無く、勇達が異変の正体に気付く事に。

 その画面の中には、確かにあったのだ。
 並走して浮き上がった数個の黒い影が。

 そしてたちまち画面が光り輝き―――



 ―――途端、画面が真っ黒に。
 それも「NO SIGNAL信号途絶」の文字と共に。



「遭遇地点は!?」

「ここより北北西三八キロ先! 目標、日光じっこう方面です!!」

「思っていたよりずっと近いぞ!! 総員、二段階目フェイズツーへ移行ッ!!」

 恐らく、無人機が撃墜されたのだ。
 もうロゴウ達も潜んでいるつもりなど無いのだろう。

 ならこれはすなわち狼煙だ。
 フェノーダラ攻城戦の始まりを告げる、ロゴウ達からの。

 故に杉浦達が緊張感に包まれる事に。
 静かだったコンテナ内が突如として騒がしくなり、人が流動的に動き始める。
 皆が配置に就こうとしているのだ。
 空戦戦闘に向け、ドローン各機を操縦する為に。

「俺達も外へ!」

 つまりここからはコンテナ内が自衛隊員達の戦場と化す。
 ならばこの中に勇達の居場所はもう存在しない。

 彼等が行くべき場所はもはや空しかないのだから。

「上昇時には多少人々の目に付くだろう。 だが気にするな。 隠蔽工作は我々の方でなんとかする。 君達は戦いに集中してくれ」

「「ハイッ!」」

 杉浦がコンテナの外へと歩きながら最後の説明を執り行う。
 周囲で自衛隊員達が走り回るその中を堂々と。
 勇達もそれに続き、緊張感を見せたその顔で頷き応えていて。

 その姿にはもはや先程までの緩さなど欠片も残されてはいない。
 まるで自衛隊員として溶け込んでいるかの如く。

「杉浦さん、これを使ってください。 逐一状況を教えて貰いたいんです」

「これか、福留氏から聞いていた物は。 了解した」

 その中で勇が杉浦へと一つ、新型インカムを手渡す。
 福留からも言われていた通り、地上からのサポートを託す為に。

 当然の事ながら、空と地上でのやりとりは通信機が無いとほぼほぼ不可能で。
 こういう時こそまさしく新型インカムの出番だと言えよう。
 勇とちゃな、そして杉浦がリアルタイムで声を交わせれば、戦況はずっと有利に運べる。
 そうして構築する情報包囲網こそが勇達側の優位点と言えるからこそ。

 するとそんな勇の横からスッと大きな手が伸びて来る。
 ジョゾウがその両手を差し出してきていたのだ。
 その顔には万遍の笑みが。
 期待に目を輝かせてキラッキラのままに。

「ごめんジョゾウさん、福留さんからは三つしか渡されてなくて……」

 しかし期待溢れたそんな顔もたちまち歪む事に。
 歩き行く勇達の背後にて、目を潤わせたとても寂しそうな顔で一人佇んでいたという。





「皆の者、今こそ我等【カラクラ族】の意地を見せる時が来たぁ!!」

「エイホーーーッ!!」

 そして遂に出立の時が来た。

 先程の落胆は一体どこへ行ったのやら。
 ジョゾウが筆頭となり、カラクラ七人衆が揃って声を上げる姿がここに。

 というのも、彼等の頭部には漏れなく軽ヘッドセットが。
 杉浦が急遽用意した無線通信の汎用装備である。

 一般でも使われるレベルの装備には違いない。
 でもジョゾウ達にとっては紛れも無く新装備な訳で。
 新しい物好きな彼等の気持ちを押し上げるには充分な代物だった様だ。

「いいんです? 渡しちゃって」

「構わん。 どうせ彼等の言葉を解読出来る者など内外拘らず居ないからな。 聞き流せばいい。 それでも彼等だけの通信機としてなら上々だ」

 もちろん外部への情報漏洩しようとも何の心配も無い。
 相手側が傍受出来るなら話は別だが、そんな技術を持っている訳も無く。
 日本語を話す勇達と違い、世間にバレた所で何の支障も無いのだから。

 そもそも先日栃木駅でやらかしたから、彼等の存在に関しては隠蔽も何もないので。

 浮かれるジョゾウ達を前に、勇達も新型インカムをその耳に備え付ける。
 通信テストも既に済んでいるから何の憂いも無い。

 後はもう、空を飛ぶだけだ。

「ではジョゾウ氏は陣形を。 藤咲氏と田中氏は櫓へ」

「「「エイホー!」」」

「それとここからは君達が戦いの主導役となる! 我等が出来るのはサポートだけだ! 遠慮は要らん、全員が君達の部下だと思って使い潰せ!」

「「わかりました!」」

 ドローン達がローターを回し始める中、杉浦からの最後の助言が皆に飛ぶ。
 暖かさと厳しさを織り交ぜた、勇気奮い立たせる一言を。

 その言葉が勇達に決意と覚悟を与える。
 大空という不慣れな場所での戦いへ向けた意気込みをも乗せて。

「各々方ァ、立頭二翼陣形ィよォゥし!」

 ジョゾウ達も気力は充分だ。
 並び立つは、ジョゾウを筆頭とした想定通りの形に。

 勇側にミゴを先頭とした、ドウベ、ロンボウを。
 ちゃな側にボウジを先頭とした、ムベイ、ライゴを。
 ここまでの訓練で導き出されたベストな組み合わせである。

 そんな彼等が大きな翼を広げ、大地へ伏せさせる。
 まるで何かに祈りを捧げるかの如く、その面さえも俯かせながら。
 これも彼等の流儀の一つだ。
 飛び立つ前に、信奉する創世の女神へと安翔祈願の黙祷を捧げるという。

 しかしそれも束の間、遂にその翼が揃って天へと向けられる事に。

飛翔ひしょおゥッ!!」

 そしてたちまちジョゾウ達が翼を羽ばたかせ始める。
 全員が同じタイミング、同じ動きを見せつけながら。

 練習の成果が出ているのだろう。
 どんどんとジョゾウ達が浮かび上がっていく。
 今までに無い程の力強さを伴って。

 しかも遂には細ワイヤーで繋がれた櫓もが浮き上がり始めていて。
 ドローン無しでもしっかりと持ち上げられていくという。
 さすが精鋭、やる時はきちんとやってくれるらしい。

 でもこのままで飛ばせる訳にはいかない。
 そう言わんばかりにドローン達もが続いて浮き上がり、ジョゾウ達の頭上へ。
 間も無くドローンに掛けられた紐が張り上がり、櫓の負荷がたちまち消え去る事となる。

 すると、その上昇速度は見る見るうちに速くなり。
 とうとう勇達がフェノーダラ城の城壁さえも越える高さへと到達する事に。

 そんな城壁では、エウリィが手を振っていた。
 勇達を送り出す為に、ジョゾウ達を応援する為に。
 これが今彼女に出来る精一杯の事だから。

「行ってくる!」

「幸運を!」

 こうして、勇達がエウリィに見送られながら空へと飛び去って行く。
 本来ならば来たかったであろう王に代わるエールを受けて。
 守るべき国と街を戦火に沈めない為にも。

 同様の想いを秘めた杉浦達も同様に。
 トレーラーへと駆け込み、たちまち車両を日光方面へと走らせる。
 課せられた使命を果たす為にも。



 空と陸。
 魔者と人。
 二つの精鋭の力を合わせる時が今、とうとうやってきたのだ。


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