時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十九節「神冀詩 命が生を識りて そして至る世界に感謝と祝福を」

~いつか見た太陽の輝きと共に~

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 人は長い年月を経て、複雑な生存本能を構築してきた。
 遺伝子にも組み込み、精神構造をより強固にしつつ。

 その中にはきっと不要な意志さえあったかもしれない。
 無意味な殺意衝動などといった害意の根源などが。
 でもそれをも制御する術を身に着け、本能の一部に組み込んで。
 そうして人々は遥か古より、編み紐の如き意志を継ぎ絡め続けた。

 例え戦いを繰り返そうとも。
 例え滅びへと至ったとしても。
 その意志はどこかで絞縄の様に一つとなって続いている。
 たった数百年の進化では到底追い付けない程に長く、長く。



 そしてその意志が、今また一つになった。
 双つ世界にて幾百億の刻を経て紡ぎ続けた意志が遂に。



 邪神はこれをきっと理解出来ないだろう。
 ヒトの進化というプロセスを経て構築された希望は。
 所詮は〝たった数百年〟側の概念から生まれた存在でしかないのだから。

 なれば邪神は今ここで初めて知るだろう。
 世界が掴みし希望という縄の長さを、大きさを。
 肉と罵った者達より紡ぎ出されし可能性と共に。

 大地一杯に広がる虹光の輝きを目の当たりにする事で。

『そんな馬鹿なあッ!? この星から―――絶望が消えているだとおッ!? 』

 きっとアルトラン・アネメンシーはこう思い込んでいたに違いない。
 破滅の光を見せつければ愚衆は諦め、絶望に堕ちるだろうと。
 その上で滅せば復活も容易なのだと。

 でもその予想と結果は全くの真逆で。
 世界のその殆どが勇に託すという形と成ったのだ。
 皆が皆、生きる事を望んだが故に。

 世界が応えてくれた。
 生命いのちが願ってくれた。

 未来を生きる事を。
 絶望からの脱離を。

 その多くの者達の願いが今、勇達と一つになる。

 一つ一つの力はとても小さいものだった。
 けれど、天に輝く星々にも負けないくらいに幾数多だから。
 それだけの心が集まれば、破滅の光にも負けないくらいに大きくなれた。

 故に力は、無限の更にその先へ。
 今こそ繋がろう、無限環の連輪として。

 この時、押されていた虹光が塞き止まる。
 それどころか光そのものが更に膨らみ始めていて。

 しかも逆に押し返し始めていたのだ。
 境界から弾け飛ぶ閃光雨を空へ打ち上げんばかりに押し上げながら。

『なんだとッ!? 絶望が、押されているッ!!? 有り得なァァァいッッ!!!』

 アルトラン・アネメンシーが幾ら力を籠めてもその状況は変わらない。
 押せば勢いこそ止まるが一時的なだけで。

 遂には境界が中心域を越え、黒光が劣勢へと陥っていく。

『何故だあッ!? 世界は滅びを、快苦を望んでいたハズなのにッ!! どうして、どうしてえッ!?』

「それは、お前がそう思い込みたかったからに過ぎないんだよ。 そうやって思い込んで、決めつけて、他者の意志を汲んだかの様に見せつけながら切り離した―――ただの単回帰思想でしかない」

『なんだとおッ!?』

「お前が知ろうとしたのはただの仕組みで、ヒトの本質なんかじゃない。 でもお前がそうやって別の事を求めている間に、ヒトは本質を―――心を育てていたんだ。 そしてそれに気付けなかった」

 勢いが止まらない。
 なお虹光の力が高まっていく。
 とめどなく、限り無く、溢れんばかりに。

 その中で勇は悟る。
 今感じている力は決して、絶望の力などに負けないのだと。

 希望を求める意思に、無限の可能性を感じずにはいられなかったからこそ。



「それがお前の、絶望の限界なんだ。 例え何万年、何億年積み重なろうとも越えられない、相手の心を知れない者の限界なんだ……ッ!!」



 だからこそこう言い切れた。
 人の示した可能性はまだまだ始まりで。
 これから更に何万、何億年とはてしなく継ぎ続ける事を知っているから。

 今はこうして世界で一つにならなければ返せないかもしれない。
 けどそれだけ長い年月を経て成長し続けれたならば。
 もしかしたらその比率は少しづつ減らせるかもしれない。

 だとすればいつかきっと人が個々で絶望を振り払える―――そんな日が来るだろうと。

 その可能性を勇も茶奈も信じた。
 今その身に受けた希望を信じた。
 故に今、全ての願いが力となって二人へ注がれる事となる。

 余りにも虹光が強くなっていた。
 邪神を空へ空へ押し返す程に。
 果てには宇宙にまで押し上げて。

 そこで垣間見る。
 星と星の狭間より、暗黒の宇宙に羽ばたく煌めきを。

 勇と茶奈から迸る輝翼はもはや、星さえ抱かんとしていたのだと。



 この時、空蒼と優紅の翼が闇を果て裂く。

 輝く太陽にも負けない程に輝羅輝羅きらきらと煌かせながら。

 その優しき輝きを以って双つ星を抱きて撫でよう。

 漆黒の絶望をも溶かし包む様に、光之羽衣ひのはごろも宇宙せかい虹色こころへと変えて。



『これが世界の答えだというのかッ!? 絶望は不要だとおッ!?』

『いいや違うさ。 この世界は希望と絶望があるから強くなれた。 二つが程よく働けば、それが進化へのキッカケになるんだ。 それが出来るから〝ヒト〟なんだよ』

 その輝きの中でアルトラン・アネメンシーの心に声が届く。
 勇と茶奈、二人の重なった心の声が。

『でも貴方は絶望一つに拘り過ぎたんです。 もし貴方の中に希望の一つでも混じっていたら、もしかしたら立場は逆だったかもしれません』

 その中で虹光の柱がアルトラン・アネメンシーの目前へと迫る。
 まるで破滅の崩力球を盾とする程までに。

 しかも引き絞り掴む腕にまで強い波動を与えて。

『いっそやり直しを望めば良かったんだ。 【無情界ユペト】なんていう停滞を望まずに。 でもその世界を望んでしまった。 その諦念がお前の停滞をも意味していたとも知らずに』

『停滞だとッ!? いいや違う、我は―――』

『そして停滞して拘り過ぎた心はもう、他を受け付けません。 何もかもをも自分色に染め上げるまで。 でもそれは絶対に叶わないんです。 人は貴方ではないから』

『―――ッ!?』

 更には崩力球に亀裂が走る。
 虹の閃光を裂け目より打ち放ちながら。

 力が、希望が、絶望の塊を内より崩壊させていく。

『そう、ここまで歪んでしまったから人らしい心にはもう戻れない。 だから俺達はお前を滅ぼすよ。 ただそれは決して無かった事にするって訳じゃない。 もう二度とお前の様な存在を産まない為に、教訓を人々の心に刻むんだ』

『人が望んだからではなく、私達がそうしたいからでもなく。 いつかこの世界が、そして続く新世界でもこんな過ちを犯さない為に』

 そして募る想いのまま、虹光が遂に黒光を引き裂いた。

 この時邪神に見えていたのはなんと剣。
 虹光が刃へと姿を変えていたのだ。

 その刃が遂にアルトラン・アネメンシーの眉間に突き刺さる。
 崩力球を裂光崩壊させる中で。

 その額より幾筋もの輝光をも走らせて。
 


『『だから、わたし達は明日に行くよ。 皆の希望とお前あなたの絶望を引き受けて』』



 崩力球が砕け散る。
 虹刃が刺さり込む。
 新たな翼を生まんばかりに幾光筋を宇宙へと迸らせて。

 その中で四つの巨掌が刃を圧し挟む。
 これ以上押し込まれてなるものかと力の限りに。

 だがそれでも刃の突貫力が収まる事は無い。
 それどころか―――

『と、止まらないッ!!? ウア"ア"ア"ーーーッ!?』

 どうしても引き剥がせない。
 身体を刃から逸らす事さえ出来ない。
 刃を捉えているのに。
 引き抜くどころか僅かに離す事さえ叶わない。

 まるで刃が身体に吸い込まれているかの如く。

『ち、違ウ!? こレは―――我の身体ガ希望を受ケ入れよウとシていルのかッ!? 何故だ、何故ダあッ!!?』

 いや、実際に吸い込まれている。
 幾ら掌で押し返そうとも、刃がそれ以上の力で飲み込まれているのだ。
 掌を削り滑り、破砕しようとも抵抗叶わない程に強く。

 そうして刺し込まれた刃が遂には背面へと突き抜けた。
 
 だとしても止まらない。
 黒ずんだ傷口を押し広げ、黒片を撒き散らしてもなお。
 太く厚い刃の奥へと身体を埋めていくばかりで。

『オ"ア"ア"ア"ア"ッ!? 嘘ダッ!! 我ハ、我は希望ナド欲しテいなイ、決シてえッッ!!!』

 巨大な身体が傷口から次々と崩壊していく。
 バキバキと裂音を掻き鳴らし、光の亀裂をも走らせながら。

 更には表皮までにも変化が及ぶ。
 象られていた人の部位が末端から溶け始めたのだ。
 地表から余りにも強い光を打ち放たれていたが故に。

『絶望ハ、絶望ハ―――ハァァァアァ……!! ニイ、サン―――!!』

 その光が何を思い出させたのだろうか。
 どんな記憶をもたらしたのだろうか。
 偽魂が今までに無い程の痛みに悶える中で。

 黒紋の走る眼が大きく開かれて。
 バラバラと紋様が削れて散っていく。

 それと共に、絶望が喰らった者の記憶までが解き放たれていく。

『ニイサ……絶望ハ、ワタシ、引キ受ケ、レタヨ―――アア ソウカ コレガ 希望カ。 忘レテタ、コノ輝キハ』

 もう抵抗していた腕にも力が入らない。
 掌も崩壊し尽くし宇宙へ消えて。
 翼ももはや溶け尽くし、扇ぐ部分さえ残ってない。

 その中で見えたのは、かつてある男の中で見たモノと同じ輝きで。

 太陽だった。
 大地を、世界を育む陽光だった。

『アア、ア・リーヴェ サン アナタ ハ ソコニ……ニイサン ハ キット マッテル ヨ』
 
 それが誰の記憶からかはわからない。
 恐らく本人でさえもわからないだろう。

 でも求めて止まらなかった。
 何もかもが砕けた腕を伸ばしたくて。
 それさえも砕け散って消えていく。
 そんな悲しい事にも気付かないままに。

『―――ア オ オ……ワレ、ゼツボウ、メッシ、ア・ア・アアッ!!』

 そして遂にこの時が訪れる。
 希望と太陽の輝きが照らす中、身体全体に亀裂が覆った事で。

 もう吹き出すものは無かった。
 何もかもが希望の剣によって浄化され尽くしたから。
 後はただ、偽魂を覆う皮を砕くだけだったから。

 絶望はもう全て、引き受けられたから。





『オ、オ……ウ" ア" ア" ア" ア" ア" ア"ーーーーーーッッッ!!!!!』





 故に今、邪神滅びる。

 これが最期の叫びだった。
 絶望を司る者の最期の瞬間だった。

 その身全てが光に呑まれ、押し尽くされて。
 黒欠片一つ残さず綻んで消える。
 欠片に秘められた幾多の記憶に至るまでを何もかも。

 その中で誰かだった心が弾け、記憶を舞わせていく。
 まるで希望を差し向けた者達へと何かを伝えるかの様に。



 その先で、漆黒の彼方へと消え行こう。
 何事も無かった時と同じ、穏やかで静かの包む星空へと……。


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