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第一節「全て始まり 地に還れ 命を手に」
~背中 は 押された~
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異形より逃げ始めてからどれだけの時間が経っただろうか。
きっと統也も勇も少女さえも、今がいつ何時かなどわかりもしないだろう。
今はスマートフォンを覗き見る余裕さえ無いのだから。
とはいえ、息を整えるだけの時間は充分に得られた。
休憩を始めてからはたった五分ほど。
でも今はそれだけで充分だ。
「そろそろ行こう。 悠長にはしてられねェからな」
何せまだ助かったとは言い難い。
こうしている間に異形がどれだけ近づいているかもわからないのだ。
加えて相当に足が速いときた。
もしそんな相手に接近を許せば逃げ切れる確証は無い。
だからこそ逃げるにも入念に。
統也が再び表通りを見回し、安全かどうかを確かめる。
とはいえ異形はまだこの大通りまで来ていないらしい。
なら逃げるのは今の内だ。
「この謎草が少ねェ方に走るぞ。 もしもの時は勇もそうしろよ?」
「もしもって何だよ、怖い事言うなよ……」
幸い、逃げ道は道自体が教えてくれる。
統也の言う通り、草木の密度が先に進むほど薄くなっているからこそ。
恐らく生育旺盛の中心地から離れているという事なのだろう。
そして草木と異形の密集度は比例している。
ならば草木から離れれば異形からも逃げ切れるかもしれない。
それが統也の導き出した仮説と結論だった。
勇もその答えに異論は無く、深い頷きで応えていて。
少女の前でそっと屈み込み、ゆっくりとその手を差し出す。
「君、今度は俺が背負うから。 いいかな?」
この問答自体に意味など無いだろう。
少女も二人の間に居て、会話を聴いていたから。
それでもこう訊いたのは、勇なりに少女を気遣ったからだ。
人とは時に、声を掛けられる事で安心を憶える事もある。
彼女もそうであるとは限らないけれど、何もしないよりはずっといい。
少なくとも、身体の震えが止まらない今は。
だから手を差し伸べたいとも思う。
統也がしてくれた様に自分も、と。
「う、うん……」
「よしっ!」
でもこれは統也に無い、勇だけの優しさだ。
自身はこの事にはまだ気付いていない。
心に描く統也の凄みがその長所を覆い隠していたが故に。
ただ、対する統也はどうやらその優しさを知っているらしい。
勇の人個人を思いやる心は誰よりも強いのだと。
だからか、今のやりとりを眺める顔からは微笑みが浮かんで収まらない。
きっとこれも統也が羨む事の一つなのだろう。
そんな事も露知らず、勇が少女をそっと背負う。
でもその間も無く違和感が背一杯に広がり、戸惑いさえ滲む事に。
少女の体は思っていたよりもずっとずっと軽かったのだ。
小柄で軽いのはわかっていたが、その予想さえ遥かと下回る程に。
体重は大体三〇キログラム前後だろうか。
まるで小学生を背負っているかの様にさほど重さを感じない。
状況が状況でなければ、勇なら殆ど負担にもならないだろう。
これが高校生ともなれば、殆ど骨と皮だと言っている様なもので。
首に回してきた腕も極端に細く、本当に栄養を摂っているのかも疑わしいくらいだ。
けど今は余計な詮索をしている暇は無い。
訊くなら先ず、完全に助かってからだ。
だからと勇がそっと立ち上がる。
疲れても、重くなっていても、自慢の体幹があれば何の問題も無い。
むしろその力強さは先程にも増している。
なんとしてもこの窮地から脱する為にも、と。
「こっちはいいぞ」
「それじゃ、行こうぜ」
後は危険の無い表通りを走るだけだ。
突き抜ければきっと殺意の届かない安全圏に辿り着けるはず。
そう思うままに前を見据えた―――その矢先だった。
ドチャリ……
突如、異音が二人の耳を突く。
粘性の感じさせる肉を叩いた様な音が。
それも生臭い血の臭いと、殺意に満ち溢れる気配と共に。
その異質塗れの存在感が二人の意識を引き止める。
足さえも留めさせるまま、ただ無意識に。
そして二人はつい振り返ってしまった。
そのまま逃げれば良かったのに。
気にせず走れば良かったのに。
そうすれば恐怖の対象が迫っていた事など知らずに済んだから。
「ココニ、イタ、カァーーーーーーッ!!!」
そう、異形だ。
あの殺意の怪物が二人の背後に現れたのだ。
接近に気付かなかった。
気付けたはずだった。
でも気付けなかった。
異形が足音も気配をも殺していて、誰も気付けなかったのである。
「勇ぅうーーー!! 逃げろぉおーーーーーーッッ!!!」
「あ、あぁあーーーッ!?」
その途端、勇の肩に衝撃が走る。
統也が表通りへと向けて後押しした事によって。
その衝撃が勢いを生み、勇の身体を表通りへと走らせて。
「逃げなきゃ」という想いが更に強い脚力をも与えた。
それが勇にこれ以上無い加速を与え、たちまち最高速度へと昇華する事に。
一心不乱だった。
足を止めれば捕まると思ったから。
だからもう、統也の叫ぶままにするしか無かったのだ。
だが―――その統也は、走り出してはいなかった。
あろう事か異形の行く手を阻んでいたのだ。
それも、地面に置かれていた木製デッキブラシを手に取りながら。
勇を守る為に今、統也は己が身を盾として送り出したのである。
たった一本の木棒を己の武器とし、猛る男が殺意と相打つ。
その顔に、異形すら一目置く鬼の形相を浮かばせて。
「行かせねェ!! この先はッ!! 俺があッッッ!!!!!」
きっと統也も勇も少女さえも、今がいつ何時かなどわかりもしないだろう。
今はスマートフォンを覗き見る余裕さえ無いのだから。
とはいえ、息を整えるだけの時間は充分に得られた。
休憩を始めてからはたった五分ほど。
でも今はそれだけで充分だ。
「そろそろ行こう。 悠長にはしてられねェからな」
何せまだ助かったとは言い難い。
こうしている間に異形がどれだけ近づいているかもわからないのだ。
加えて相当に足が速いときた。
もしそんな相手に接近を許せば逃げ切れる確証は無い。
だからこそ逃げるにも入念に。
統也が再び表通りを見回し、安全かどうかを確かめる。
とはいえ異形はまだこの大通りまで来ていないらしい。
なら逃げるのは今の内だ。
「この謎草が少ねェ方に走るぞ。 もしもの時は勇もそうしろよ?」
「もしもって何だよ、怖い事言うなよ……」
幸い、逃げ道は道自体が教えてくれる。
統也の言う通り、草木の密度が先に進むほど薄くなっているからこそ。
恐らく生育旺盛の中心地から離れているという事なのだろう。
そして草木と異形の密集度は比例している。
ならば草木から離れれば異形からも逃げ切れるかもしれない。
それが統也の導き出した仮説と結論だった。
勇もその答えに異論は無く、深い頷きで応えていて。
少女の前でそっと屈み込み、ゆっくりとその手を差し出す。
「君、今度は俺が背負うから。 いいかな?」
この問答自体に意味など無いだろう。
少女も二人の間に居て、会話を聴いていたから。
それでもこう訊いたのは、勇なりに少女を気遣ったからだ。
人とは時に、声を掛けられる事で安心を憶える事もある。
彼女もそうであるとは限らないけれど、何もしないよりはずっといい。
少なくとも、身体の震えが止まらない今は。
だから手を差し伸べたいとも思う。
統也がしてくれた様に自分も、と。
「う、うん……」
「よしっ!」
でもこれは統也に無い、勇だけの優しさだ。
自身はこの事にはまだ気付いていない。
心に描く統也の凄みがその長所を覆い隠していたが故に。
ただ、対する統也はどうやらその優しさを知っているらしい。
勇の人個人を思いやる心は誰よりも強いのだと。
だからか、今のやりとりを眺める顔からは微笑みが浮かんで収まらない。
きっとこれも統也が羨む事の一つなのだろう。
そんな事も露知らず、勇が少女をそっと背負う。
でもその間も無く違和感が背一杯に広がり、戸惑いさえ滲む事に。
少女の体は思っていたよりもずっとずっと軽かったのだ。
小柄で軽いのはわかっていたが、その予想さえ遥かと下回る程に。
体重は大体三〇キログラム前後だろうか。
まるで小学生を背負っているかの様にさほど重さを感じない。
状況が状況でなければ、勇なら殆ど負担にもならないだろう。
これが高校生ともなれば、殆ど骨と皮だと言っている様なもので。
首に回してきた腕も極端に細く、本当に栄養を摂っているのかも疑わしいくらいだ。
けど今は余計な詮索をしている暇は無い。
訊くなら先ず、完全に助かってからだ。
だからと勇がそっと立ち上がる。
疲れても、重くなっていても、自慢の体幹があれば何の問題も無い。
むしろその力強さは先程にも増している。
なんとしてもこの窮地から脱する為にも、と。
「こっちはいいぞ」
「それじゃ、行こうぜ」
後は危険の無い表通りを走るだけだ。
突き抜ければきっと殺意の届かない安全圏に辿り着けるはず。
そう思うままに前を見据えた―――その矢先だった。
ドチャリ……
突如、異音が二人の耳を突く。
粘性の感じさせる肉を叩いた様な音が。
それも生臭い血の臭いと、殺意に満ち溢れる気配と共に。
その異質塗れの存在感が二人の意識を引き止める。
足さえも留めさせるまま、ただ無意識に。
そして二人はつい振り返ってしまった。
そのまま逃げれば良かったのに。
気にせず走れば良かったのに。
そうすれば恐怖の対象が迫っていた事など知らずに済んだから。
「ココニ、イタ、カァーーーーーーッ!!!」
そう、異形だ。
あの殺意の怪物が二人の背後に現れたのだ。
接近に気付かなかった。
気付けたはずだった。
でも気付けなかった。
異形が足音も気配をも殺していて、誰も気付けなかったのである。
「勇ぅうーーー!! 逃げろぉおーーーーーーッッ!!!」
「あ、あぁあーーーッ!?」
その途端、勇の肩に衝撃が走る。
統也が表通りへと向けて後押しした事によって。
その衝撃が勢いを生み、勇の身体を表通りへと走らせて。
「逃げなきゃ」という想いが更に強い脚力をも与えた。
それが勇にこれ以上無い加速を与え、たちまち最高速度へと昇華する事に。
一心不乱だった。
足を止めれば捕まると思ったから。
だからもう、統也の叫ぶままにするしか無かったのだ。
だが―――その統也は、走り出してはいなかった。
あろう事か異形の行く手を阻んでいたのだ。
それも、地面に置かれていた木製デッキブラシを手に取りながら。
勇を守る為に今、統也は己が身を盾として送り出したのである。
たった一本の木棒を己の武器とし、猛る男が殺意と相打つ。
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