時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第一節「全て始まり 地に還れ 命を手に」

~決意 に 猛る~

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 統也の事だ、最悪の事態も想定済みだったのだろう。
 だから近くに転がっていたデッキブラシにも気付いていた。
 どういう逃走経路を取ればいいかも予想が付いていた。

 そしていざという時、異形とどう立ち向かえば良いのかも。

 今、統也の前に現れたのは先の異形とは違う個体で。
 個性があるのだろうか、頭髪が黄色で他より長い。
 肌の色こそ同じだが、近くで見るとやたらと筋肉質にも見える。

 見るだけで恐怖が伝わってくる程に。

 だがそんな恐ろしい相手でも、想定していればその恐怖は抑え込める。
 その上で思考を制御すれば立ち向かう事さえ可能だ。
 それが人間という高位知的生物の長所なのだから。

 その準備はもう全て整っている。
 現思考は全て異形の足止めだけに注がれている様なもので。

 ならば、もはや戦う事さえも可能である。

―――間近に立つとデケェ……!! だが、それでも二足歩行生物だ!!―――

 相打つで思考が加速する。
 異形の身体、力強さなどの己との比較など。
 勝てる要素は不明、見た限りでは自身の方が圧倒的に不利だという事も。

 しかし、それでも退きはしない。
 それは単に、勝機自体は見えているからこそ。

―――来るッ!!―――

 勝負慣れしているからこそ見えるものがある。
 統也にはそれだけ、相手の動きが筒抜けだったのだ。

 統也の強みは思考だけに留まらない。
 その反射神経もまた常人よりズバ抜けている。



 だからこそ今、統也は強く振り下ろされた左腕を躱していた。



 それはまさに紙一重。
 まるで動き全てが見えているかの様だった。
 攻撃手段も、腕の振るう軌道も、その範囲すらも。
 故に振り下ろされた巨腕の軌道から、身体ごと横に逸らしていて。

 その全ては反射と予測の賜物である。
 勇と共に培ってきた技術が今生きたのだ。

 しかも統也の動きはそれだけに留まらない。

 異形が攻撃を躱された事に驚く中、統也の身体が捻りを生む。
 回避行動を行うままに、その身体全身を回転させていた事によって。
 それも、両手に握るデッキブラシを深々と引き込んだままに。

 そしてこの時、長々と掴んでいた得物が空を弧に切り裂く。
 大気を抉るかの様な轟音を掻き鳴らしながら。
 それも統也自身の身体の捻りと、強靭な足腰による回転力をも加えて。

 全てを力と換えて今、異形の脳天へと重い一撃を見舞い込む。



ドッガァァァッッッ!!!!!



 重心と、遠心力と、回転力。
 その全てが合わさった渾身の一撃だった。

 それも得物はたかがと侮れないデッキブラシだ。
 その殺傷力は木槌などよりもずっと高い。
 槌部に当たるブラシ部こそ、扱い次第では人頭をも割れるのだから。

 当たり方によっては、熊にさえも大傷を負わせる事が出来るだろう。
 
 その槌部が粉々に砕け散る。
 余りに強い力で叩き付けたからこそ。
 それだけ今の一撃には統也の本気が籠っていたのだ。

―――全てが遅ェ……これなら俺でも対処出来るぜッ!!―――

 異形の攻撃を読み、渾身の一撃を加える。
 窮地へと陥った者が早々出来る事では無い。

 ただ〝窮鼠猫を噛む〟ということわざがあるのもまた然り。
 人間もまた、窮鼠の如く脅威に牙を剥く事の出来る生き物だ。

 そしてその牙を冷静に穿てる統也こそ、まさに真の天才と言えよう。



 だが、その天才さえも予期出来ない事は当然ある。



「うッ!?」

 相手が人型ならば、脳のある頭部が弱点に違いない。
 ならそこに一転集中の打撃を加えれば耐えられはしないだろう。

 そう思っていたのに。

 しかし、なんと異形はまだ立っていた。
 それどころか強烈な一撃を受けてもよろける事さえ無く。
 デッキブラシが砕け散ろうとも全く微動だにしなかったのだ。

 まるで攻撃を一切受けていなかったかの様に。

 それどころか異形が鋭い睨みを利かせていて。
 予期せぬ事態を前にして、統也が遂に怯みを見せる。

「う、嘘、だろ……!?」

 それも当然か。
 今のがこれ以上無い最高の攻撃だったから。
 本気で熊を討ち取る気で奮った一撃だったから。

 これで勝ったのだと思い込んでいたから。



 でも現実は残酷だった。
 天才であろうと凡才であろうとも、突き付けられた事実は避けられない。

 今この時、統也の顔に強い衝撃が走り込む。
 その意志を、意識を、真っ黒に塗り潰す程の衝撃が。

 異形が振り下ろしていた腕を、そのまま返す様に叩きつけた事によって。



―――ごめんな、勇。 お前だけでも逃げ……―――


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