時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第十一節「心拠りし所 平の願い その光の道標」

~逃げろッてェ言ってるだろおーッ!!~

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 ちゃなの放った一撃はとてつもない威力だった。
 あの強靭無比な【グリュダン】の頭部を跡形も無く消し去ったのだから。

 おかげで今、脅威の巨人は見事大地に伏していて。
 そして勇とちゃなは共に微笑み合う事が出来ていた。

 もちろん共に満身創痍でもある。
 今の爆発で【ドゥルムエーヴェ】はもうどこかへ。
 【アメロプテ】に至ってはもう完全に溶解し尽くしてしまった。
 どちらも命力をほとんど残していないし、歩くのもやっとと言った所だ。

 それでも、生き残る事が出来たから。
 ただそれだけでもう満足だったから。

 だから二人は今、手を繋いで【グリュダン】を背にしていた。

 後はもう遠足と同じ。
 帰るまでが戦いなのだと。

 なら一緒に帰ろうと、互いに思うまま頷き合って。



 だがそれは結局、束の間の安寧でしかなかった。
 世界を知らない二人の、願いで曇って見えていた幻想に過ぎなかったのだと。



ゴゴゴゴゴ……!!

 突如として場に激震が走る。
 大地が揺れ、空気が震えて。

 そして、振り返った勇達もが見上げて驚愕する。

 なんと、【グリュダン】起き上がろうとしていたのだ。
 それもまるで何ともなかったかの様に悠々と。

 その巨体にはもう首から上が無い。
 木っ端微塵に砕け散り、今なお大きな破片を落とし続けている。

 にも拘らずだ。
 それにも拘らず肘を突き、腕を立て、膝を滑らせ、遂には立ち上がる。
 しかもあろうことか、勇達を見下ろすかの様に空を覆いながら。

 本当に見下ろしている様だった。
 頭が無いのに、見えている訳が無いのに。
 けれど、それでも敵意だけは伝わってくるから。

 勇達には何となく感じ取れていたのだ。
 ピリリと肌を刺す様な感覚を。
 すぐさま今にも襲い掛かって来そうな重圧を。

 今にも、押し潰されんばかりに。

「田中さん、逃げるんだ……!」

「えっ!?」

「いいから、今すぐ、ここから逃げるんだ……ッ!!」

 ただ、本当に見えていないのだろう。
 頭部が無いとすれば聴覚・嗅覚も恐らくは機能していない。
 その所為か動きは実に慎重で、起き上がるにも今までの速さは無かった。
 恐らく、感覚的なもので周囲を探っているだけの状態なのかもしれない。

 だとすればすなわち、動体を狙う可能性は極めて低い。

 ならまだ逃げられる可能性はある。
 それもちゃなだけならあるいは。

〝自身を囮にするならば〟

 勇は今、密かにそう思っていた。
 己を犠牲にしてでもちゃなを逃がそうとしていたのだ。
 腕を伸ばそうとしている巨人の前で、魔剣を手にして。

 残る力を魔剣に籠め、鞄を裂いて振り払いながら。

「で、でも……」

 しかしその中で、ちゃなは躊躇していて。
 背中を向けた勇に震えた手を伸ばす。

 一人で逃げろなんて言われても、彼女には出来なかったのだ。

 一緒に帰れると思ったのに。
 共に生き残れたと思ったのに。
 途端にそれが出来無くなったなんて思いたくなくて。

 だけど現実は非情だ。
 そんなか細い手だけじゃなく、巨大な手も同じ様に迫っている。
 それが到達したらもう、誰もが生き残れないから。

 それならいっそ。





「逃げろッてェ……言ってるだろおおおーーーーーーッッッ!!!!!」





 決意と覚悟を決めた勇の怒号が場に響く。
 ちゃなの心を打ち貫く程に強く、強く。

 勇はもう退くつもりは無かったのだ。
 守りたいのはちゃなだけじゃないから。

 遠くに居る福留も、送ってくれた兵士も。
 そして、これから蹂躙されるかもしれない人々を。

 少しでも、一人でも、多くの命を守る為にも。

「あ、ああ……うあああ~~~~~~!!!」

 その決死の意志がちゃなを泣き叫ばせていた。
 恐怖に、絶望に、そして悲しみにも打ちのめされて。
 それでいてただ言われるがままに逃げ惑いながら。

 そんなちゃなに巨大な手が迫る。
 恐らく彼女の命力に惹かれているのだろう。

 けれど、そんな事はさせない。
 そんな想いが勇の心に迸り、魔剣に命力の輝きを灯させる。

「いかせるもんか、やらせるもんか……ッ!! 絶対に食い止めてやるぞッ!! 何が何でもおッッ!!!」

 通用するかどうかなんて関係無い。
 やるしかない。
 成さねばならない。

「だから魔剣よ、俺に力を貸せえーーーッ!!」

 でなければ、今日この日まで生きて来た意味なんて無いのだから。



「はぁぁぁッ!! 【大地が為の楔アースッバインド】ォォォッッ!!!」



 その信念こそが魔剣の力となる。
 この想いの強さこそが力を引き出す鍵となる。

 故に今、振り上げた魔剣から凄まじいまでの光が迸っていた。

 その刀身を象る幾つもの分刃から、光が幾つも立ち上る。
 しかもハッキリと象った光の楔として。

 それがとうとう、迫る巨腕にも負けぬ程の巨大さへ。

 すると刃達が突如として伸び、空を裂く巨腕へと飛び掛かって。
 たちまち降り注ぐ様にして突き刺さり、巨体を大地へと打ち付けていく。

 これはまるで大地への磔だ。
 それも【グリュダン】でさえ身動きが取れなくなる程に強烈な。

 そして遂には巨腕が動きを止める。
 勇の目の前で、指一本動かす事さえ叶わないままに。

「おおおおおーーーーーーッッッ!!!!」

 だけど、いつまでこのままでいられるかどうかはわからない。
 勇の命力が尽きるのも時間の問題だ。
 魔剣の秘める命力でさえ持つかどうか。

 現に、もう既に兆候が表れ始めている。
 【グリュダン】を抑える光刃が僅かづつ崩れ始めているのだ。
 勇の少ない命力では維持するのも困難なのだろう。

 でも、それでも構わない。
 一分でも、一秒でも長ければ。

 ちゃなが逃げる時間を稼げればそれだけで。

――退くな、怯むな、狼狽えるなッ!! 最後まで出し切るんだッ!!――

 その為にも発憤興起はっぷんこうきし続ける。
 己を常に奮い立たせ、命力を限界まで引き出す為に。

 そう成せる程の覚悟は、死の恐れさえ完全に拭い去ろう。

――振り絞れ!! 出し尽くせ!! 限界を超えてでもおッ!!――

 元より、これまで何度も死にかけて来た。
 死への恐怖に慣れてしまうほど。
 けどその度に、勇は救われてきた。

 ちゃなに救われたのだ。

 長野ウィガテ戦でも。
 熊本ザサブ戦でも。
 北海道アージ戦でも。
 北栃木ロゴウ戦でも。

 ならば今度は自分が救ってみせる。
 何が何でも、ちゃなを生かして帰してみせるのだと。

――【大地の楔】よ、頼む! 俺にもっと力を寄越せえええッッ!!――

 その意志に応じて魔剣の珠が輝きを増す。
 それが光刃を変質させ、鋸刃の様な形へと換えさせていて。
 削れようとも更に強く【グリュダン】を抑え付ける。
 大地が割れ、歪む程に。

 だが、それと同時に魔剣にも変化が訪れていた。

 刀身に亀裂が走る。
 分刃が欠ける。
 更には強烈な重圧が勇の身体をも沈ませる。

 自分達にも影響が及び始めたのだ。
 余りに強大な力で抑え込んでいるが故に。 

 それでも耐えなければならない。
 筋肉が、骨が、血管が、全身が悲鳴を上げようとも。
 振り翳した魔剣に無数の亀裂が走り込もうとも。

 この力が及び続ける限り、上げた腕を降ろす気など毛頭無いのだから。

――そうだ、これでいい。これで、いいんだ……ッ!!――

 とうとう一部の皮がズリ剥け、噴いた血飛沫が赤い蒸気と化して。
 その中で歯を食い縛りながら力をなお振り絞り続ける。
 意識さえどんどんと削られながらも。

 そうして力が失われ、拘束力が弱まっていく。
 すると【グリュダン】の身体が動き始め、光刃への反発力が高まる事に。

――最初から、こうすれば良かったんだ。それで、君が助かるなら――

 なれば更なる重圧が勇へと襲い掛かるという。

 だからもう、勇の意思は限界に近かった。
 意識が朦朧としてしまう程に。

 今自分が何をしているのかもわからなくなる程に。

――だから……これが終わったら……皆でまた、遊びに行こう――

 その混濁した意識が友人達を思い起こさせて。
 不意に涙が溢れて零れ行く。
 流れる度に蒸発しようとも。

 そんな淡い蒸気でさえ魔剣の輝きを歪ませるには充分だった。

 珠が黒く塗り潰されていく。
 虹色の輝きが濁っていく。
 もう魔剣も限界に近いのだ。

――だからさ、俺は、死なない、よ――

 もう手の感覚も無い。
 魔剣からの意思も感じない。
 目の前が真っ暗になっていく。

 そして巨腕が徐々に迫って来る。

――シン、セリ、あずー、エウリィさん、カプロ……――

 刀身の先が折れ、破片が崩れて空を舞う。

 勇が瞼を降ろしていく中で。

 その中で只一つ、想いを迸らせて。



――田中さん、君だけは……生きて…………――



 その心に、後悔なんて無かった。

 ただちゃなに生きてもらいたかったから。

 きっと彼女なら、自分の代わって幸せになってくれるだろう、と。

 だからもう、その心から――力は消えていた。

〝今までありがとう〟 

 そんな想いを最期として、心に囁いて。

 その心を、真っ黒に染め上げて。





 だがその時、真っ暗となった世界に――虹色の筋が幾つも走った。
 まるで意識を強引と、闇底から引き上げんばかりに。





『おう、ここまでよく耐えたもんだ。ならもうちっとだけ粘りやぁがれ』

 こんな声が聴こえたのだ。
 耳には届かなかったけど、心には間違い無く響いたのだ。

 あのふてぶてしいまでの大男の声が。

 その声が聴こえた途端、勇の瞼が大きく見開かれる。
 そうした中で、景色の先から突如として何かが飛んで来るという。

 剣聖である。

 なんと剣聖は生きていたのだ。
 それどころか、恐ろしいまでの超速度で空から飛び込んできて。

ドッギャァァァーーーーーーンッッッ!!!!!

 その勢い、その力、その技術を以て、あの【グリュダン】が再び空を舞う。
 またしても遠く遠くに弾き飛ばす程に強く激しく。

 たった一撃、その拳が殴っただけで。

「剣聖……さん……!?」

 そして勇が意識朦朧とする中で、その雄々しい姿が大地へ舞い戻って。
 相変わらずの笑みを返し、頷く姿が目の前に。

「悪かったな、遊び過ぎちまった。だがもうこうなった以上は……加減は無しだ」

 まさかの剣聖復活に、思わず勇の身体の力が抜けていく。
 それどころか、支えきれずにその身体を大地へ倒れさせていて。

 でも不思議と意識は保てていた。
 剣聖という存在がそれだけ頼もしかったのだろう。
 加えて、その一言もまた勇気をくれたから。



「おめぇらをここまでやったからにゃ、徹底的に返してやらねぇとなあッ!!」



 それだけ剣聖もまた滾っていたのである。
 勇が今まで見た事も無い程に。

 先にも増して、闘志、戦意が命力として高く高く迸るまでに。

 そうして輝く眼が彼方の【グリュダン】を捉える。
 もはやこの昂り、そう簡単には収まりそうに――無い。


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