時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第十二節「折れた翼 友の想い 希望の片翼」

~嵐閃豪雨~

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 勇がサヴィディアに勝てる可能性は少ない。
 何故なら、勇はマヴォよりも弱いからだ。

 勇はこれまでにマヴォと何度か模擬戦を繰り返して。
 そうして高め合い、技術を学んだもので。

 その勝敗は、九戦中――二勝七敗。
 圧倒的な勇の負け越しである。

 それだけ勇とマヴォとでは戦力差があるのだ。
 本番と模擬とでは心持ちも違うというが、所詮はそれも誤差に過ぎない。

 しかも勇が持つのは初歩の魔剣で。
 マヴォの魔剣とは違い、恩恵はほぼ無いに等しい。
 となればサヴィディアとの戦力差は相対的に開く一方となる。

 とはいえ、そんな事など勇は重々承知だ。

 それでも勝たなければならない。
 勝って仲間を家族の下へ送り届けなければ。
 その為になら今ある力を振り絞る事だって厭わない。

 いつかの【グリュダン戦】と同様にして。

「気迫は良しッ!! なれば死合おうかッ!!」

「行くぞッ!!」

 その覚悟が勇の力を、気迫を引き立たせる。
 ジャケットを引き裂き、遥か彼方に放り投げる程に。
 泥だらけの衣服などただ邪魔なだけだから。

 こうして軽くなれば、後はもうぶつかり合うだけだ。

 その直後、勇が真っ直ぐとサヴィディアへ突撃していく。
 マヴォ程では無いが、これもまた相応の速さだ。
 戦神の笑窪が堪らず上がってしまうまでの。

 でもそんな勇へ向けて一閃が突き抜ける。
 圧倒的な槍のリーチを利用した超距離一突である。

 しかしそれを勇は、魔剣を滑らせて紙一重で躱す。
 それも突撃の勢いを殺さないままに。

 すると途端、まるでその摩擦を利用するかの様に勇が回転して。
 間も無く、鋭い回転斬撃がサヴィディアの懐へ。

ギャィィィーーーンッ!!

 けれど瞬時に立てられた槍によって防がれる事に。
 動きが見透かされていたのだ。

 それだけではない。
 直後、まるで魔剣を捻る様に槍柄が回転していて。
 更にその槍先が捻るままに斬撃へと置き換わる。

ピュインッ!!

 鋭い斬撃だった。
 勇の頬を掠る程に。
 髪一重で躱したつもりが、躱しきれなくて。

 しかも槍の猛攻はそれに留まらない。

 足払いだ。
 その長さを利用し、しなる様に勇の足元を薙ぎったのである。

 なんて事の無い打撃だが、これは喰らってはいけない攻撃だ。
 これで脚を叩かれたら最期、転倒して突かれて終わりだから。

 だからこそ勇は今、身そのものを上下反転させていた。
 まるで槍に押されて回る歯車の如く。
 加えて地に付いた手で体を押し出していて。

 それさえも間も無く斬撃へと繋げるという。

 一閃二閃、勇の斬撃が残光を刻む。
 サヴィディアが怯み、間一髪で躱す中で。
 斬撃速度だけならマヴォよりずっと鋭いからこそ出来る技だ。

 おまけに足蹴まで加え、再び距離を取る。
 追撃の一突きを弾き返す中で。

ズザザーッ!!

 そして今再び二人が大地を踏みしめ、睨み合う。
 この間、僅か四秒。

 ただそれでも、二人にとっては長く感じられた一瞬だった。
 互いの感触を掴むには充分と言える程の。

「出来るな貴公ッ!! マヴォとやらも相応だったが、質の違う強さを感じるぞッ!!」

「そんな事で褒められたって嬉しくもない……!」

「そうか、ならばこれを凌いでみればどうかなあッ!!」

 けれどこうして打ち合い、互いの長所短所を理解した今ならば。
 次に待つのは、長所を生かした戦い方となるだろう。

 途端、息つく暇も無く刺突が繰り出される。

 しかもただの刺突ではない。
 先のマヴォ戦でも見せた乱れ突きだ。
 それもあろう事か、距離を離していた勇へと届く程のリーチを体現して。

 その間隔、四メートルにも匹敵するにも拘らず。
 二畳分以上の長さである。

「何ッ!? うおおおッッ!!?」

 槍そのものが長いからこそなし得る芸当なのだろう。
 それに加え、それだけの代物を素早く扱える筋力と瞬発力も。
 もしかしたら魔剣にもそう体現出来る力が備わっているかもしれない。

 その所為で勇はもはや防戦に回るしか無い。
 魔剣を細かく刻み、【極点閃ガードライン】で一つ一つを弾いて。

 だがその数が余りにも圧倒的過ぎた。
 レンネィの斬撃など比べ物にならないほど多いのだ。

 加えて、弾く度に軌道が読み難くなる。
 衝撃で槍先がブレてしまう為に。
 それもまたこの攻撃手段の一環なのだろう。

「かあああーーーーーーッ!!」
「うぐっ、うわあああーーーッッ!?」

 故に今、勇は弾かれていた。
 余りの猛襲を防ぎきれずに。
 【鋭感覚】によって得られた自慢の防御が、あろう事か突破されたのである。

 それでも勇は耐え、大地を滑る。
 湿気の凝り固まった泥を弾き飛ばしながら。

 とはいえ勇の体にはもう既に幾つもの切り痕が。
 いずれもそこまで深くは無いが。
 ただ出血も伴い、体力の低下は免れそうにない。

「ダメだ、今まで通りの防御じゃあれは防げないッ!! なんとかして抜けないとッ……!」

 それに勇自身も長続きはしないだろう。
 先の戦いで相当に消耗しているから。
 このままでは確実に命力か体力が尽きてしまう。

「どうすればいい、どうすれば――そうかッ!?」

 するとそんな時、ふと勇の脳裏にとある閃きが過って。
 たちまち魔剣を構えさせ、腰を低く落とさせていて。 

 その叛意にも足る姿勢に、サヴィディアが再び笑みを浮かべる。

「何を思い付いたかは知らぬが、我が連撃を躱しきれると思うなッ!!」

 きっと乱れ突きには相当な自信があるのだろう。
 だからこそ惜しげも無く再び繰り出すという。

 この嵐の如き力を突破出来るものならして見せろと言わんばかりに。

 故に今、勇へとまたしても刺突の雨が降り注ぐ事に。

「――ッ!?」

 しかしこの時、あのサヴィディアが目を見張らせる事となる。
 勇の取った行動が信じられなかったからこそ。



 なんと、勇は体を横に向けて応戦していたのである。
 それはさながらフェンシングの構えが如く。



 勇は考えたのだ。
 身体が大きいから、守る所も増えてしまうと。
 ならその面積を減らせば自然と守る場所も減るのだと。

 そうすれば無駄な動きも減る。
 例え槍先がブレようと、芯さえ守れば関係無い。

 そうして体現したのはまさに刺突の雨を切り拓く――傘だった。
 狭くとも体を守りきれる程の安全性を誇るという。

 僅かに切り裂かれても支障は無い。
 この豪雨を切り拓き、懐に潜る事が出来るならば。

 懐ならば勇にも付け入る隙があるのだと。

「我が突きを、正面突破だとッ!?」

 勇の執った戦術は効果的だった。
 着実に一歩づつ踏み締める事が出来ていて。

 しかもサヴィディアも歩を下げる事が出来ないでいる。
 これだけの連撃なのだ、地に足を付けていなければ叶わないのだろう。

 だからこそ徐々に二人の間が狭まっていく。

 これにはサヴィディアも「信じられない」と言わんばかりに驚愕していて。
 僅かに見えるそんな表情を前に、勇が眼を戦意で輝かせる。

 近づけば近づく程、猛攻が緩くなっているのだ。
 恐らく有効距離が遠い分だけ、近場側の勢いが犠牲となる所為で。

 更に生物であれば息継ぎもしなければならない。
 この様な攻撃を続ければ当然、息も切らすだろうから。

 そしてその読みは正しかった。
 勇が一定の距離へと到達した途端、なんとピタリと攻撃が止んだのである。

「い ま だぁぁぁーーーッ!!」

 その隙を勇は見逃さない。
 だから今、防御姿勢のままに飛び出していて。

 ここまでに溜めて来た力を起死回生の一撃として今、解き放つ。



「――と、我がこの状況を予測していないとでも思ったか?」



 だが、その一撃がサヴィディアに届く事は無かった。

 この時、勇は目を疑う事となる。
 突きばかりだった槍捌きが、今では全く違う形へ置き換わっていた事に。

 その変化はもはや、勇では捉えきれない程に奇抜。

 故に勇はこの時、激しく弾かれていたのである。
 その腹側部を、しなる槍柄で強く叩き付けられた事によって。


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