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第二話
2-2
しおりを挟む異世界転生にはよく憧れていたもんです。
それを題材にしたゲームを手掛ける事も少なく無かったんで。
とはいえ仕事柄深く入り込む事も出来なかったりで、イイ思いばかりじゃなかったんですけどね。
私の前世は、それはもうしんどいものでしたわ。
気付いたらデスマーチ組に組み込まれてて。
バグとの戦いに明け暮れる毎日で、プログラム造った奴に何度舌打ちした事か。
それもチーチチッチーってリズミカルにね。
それで思ったんです。
「あぁ、こんな下使いみたいな人生おさらばして、新しい世界に行きてぇ」って。
それくらい追い詰められてたから。
そしたらね、叶っちゃったんですよ。
気付いたら目の前に女神様がいました。
でもってこう言うんですよ。
「貴方は過労死しました。そんな不幸の清算の為にも、別の世界にて転生させましょう」
おまけに何か願いを一つ付けてくれるとかも。
これには「好機!!」ってもう思いましたね。
まぁ女神様には思考駄々洩れでしたけど。
それでも構わず、私は「今の記憶を抱いたまま転生したい」と願いました。
生まれは正直どうにでもなるかなって思って。
知識さえあれば生活の糧を得る手段も増えそうだし。
何より異世界転生って言ったら知識無双でしょうよ。
やっぱ現代知識って恩恵デカいですからねぇ。
「その志、とても素敵ですね。では、そんな想いに私も応えましょう。高貴なお家に生まれるよう、こっそり手配しました」
そしたら、その意図を女神様も汲んでくださって。
優しいお方だったのか、なんとこうして生まれまで保障してもらったんですよ。
いやぁなんて良い方なんだぁってホント感無量でしたわ。
そんな訳で新たな人生が始まりました。
とある上級貴族宗家、第一子としての人生がね。
家柄・立場としてはもう申し分なかったですねぇ。
かーちゃんも綺麗だったし、皆ピカピカしてたし。
前世で女性に甘えられなかった分、もうそのかーちゃんで全て賄いました。
記憶があるから色んな欲望もあったもんで。
もうね、色々それだけで満足したもんです。リアルバブみですわ。
もちろんそのかーちゃんもよく尽くしてくれました。
父親も愛情たっぷりで、多分これ以上無い良シチュエーションだったんじゃないですかね。
そんな訳で人生勝ち組サイコォォォゥ!! なんて思いながら日々を過ごしてはや三年。
そこで私は事実に気が付きます。
やっべ、前世の記憶ほとんど忘れてるわ。
なんかね、思い出そうとしても記憶がボヤけてるんですよ。
「あーあの話出来る板! なんだっけあれ!!」とかそんな感じで。
今の世界にある物は浮かぶんですけど、前世だけの物はもう全然ダメ。
そりゃそうですよね。
三歳までの記憶をしっかり憶えてる人はまず居ないんじゃないですか?
そりゃ頭柔らかいですけど、それ以上に小さく未成熟だから記憶力乏しいでしょうし。
それに魂の記憶ったって、体に染みついたら普通の記憶と同じ扱いみたいで。
だから前世の記憶は幼児期の思い出と共にすっかり消えちまったって訳ですわ。
多分成功した人達は何度も思い返してたんでしょうね。
そんな幼児期にも記憶を忘れない様にって。
どの物語にもそんな描写無かったから盲点でしたねぇホント。
でもね、それでもちゃんと憶えていた事はあったんですよ。
まぁ忘れようも無いですよね、これは。
そう、日本語です。
そりゃもう会話手段となると染みついて離れないもんで。
だから幼児期もずっと日本語で脳内へ過り続けてたもんです。
例えば「おぉーかーちゃんのオ○○○デッケェー!! くれ、はよくれェェェ!!」とかね。
ほら、よくある語りみたいな感じで。
でもね、それがいけなかったんですわ。
はい、異世界言語を憶えられませんでした。
日本語便利過ぎィィィ!!
実は私、元々外国語が苦手で。それに別段必要とも思ってませんでしたし。
だからどんな言語にせよ、まず日本語で考えてから話そうって感じになっちゃうんですよ。
それがなんか転生後もずっと引きずってたみたいで。
結局憶えられたのはヤムとミムとパロンくらいです。
けどそれも自然と日本語で口に出しちゃったりしてて。
それがうっかり親に聴かれてしまって、んでこんな事言われちゃったっていう。
「息子、意味不明、言葉、喋っている!! ……これは悪魔憑き!!」
あ、ちなみにこの親の台詞は私が後で必死に翻訳したものです。
なので実際は多分もっともらしく喋ってるはずです。
雰囲気だけは感じ取ってくれると嬉しいかなぁ。
「息子、幽閉!! 幽閉、する!!」
「夫、嫌!! それ嫌!!」
「ではお前、一緒、する?」
「息子だけでどうぞどうぞ」
コントじゃないよ! ガチでこんな感じだよ!
掌回転速度速過ぎだよママン。
それにこれじゃあ言語憶えるも何も無いよパパン。
という訳でこの後、私は屋敷の地下に隔離されて生き続ける事になります。
誰にも触れられず、言葉も交わす事無く。
これもまさに悪手でした。
数年間誰とも話を交わせなかったので、日本語が他の全てを駆逐していったんです。
子供時代に憶えた単語とかも徐々に忘れて、本気で日本語しか話せなくなってましたね。
誰だよ、子供時代なら言語憶えるの簡単だって言った奴ゥ!!
―― って吐き散らかす人生を送っていました。
それも薄暗い地下の中で一人寂しく。
それから月日が経ち、大体一〇歳くらいになった時でした。
ふと、私は地下から出してもらえる事になったんです。
ただそれは決して親が許してくれたからではなくて。
「お前、長男、違う。今日から、次男が長男、なる。お前、家、追放」
「さよなら息子。お前の事はもう忘れた」
まさか転生モノから追放モノに変わるとは思いもしませんでしたね。
本当にいきなりで、一体何の事やらわからないまま馬車に乗せられました。
理由がわかったのはそれから数日後。
馬車に揺られながら真理に気付く事となったんです。
「あ、俺勘当されたんだ」って。
とはいえもうその時にはそれほど衝撃は無かったですけどね。
しょうがねぇよなぁって感じで。
そりゃさ、息子が意味のわからない言葉喋ってたら怖いよね。
意志疎通も出来ないし、直そうともしないし。
俺だってそんな奴が常々傍にいたら舌打ち返しそうだもん。
とまぁこんな感じで、下手に大人の見識を持ってたから変に納得出来ちゃってて。
当時はそれが逆に憎くてしょうがなかったですよ。
元の記憶なんて要らなかったって思うくらいに。
けど、その記憶の所為でまたもや不幸になるなんて思いもしなかったんだ。
そう、まだ不幸は続いてたんですよ。
というのも、この世界には技心と呼ばれるものがありまして。
約一二歳の頃に儀式を行う事で誰しもが得られるっていう仕組みになってるんです。
技心の種類によっては底辺でも勝ち組になれたりするくらいウェイトが大きいもんで、必ず誰もが儀式を受けるそうな。
でも私はその儀式を受けられなかった。
――いや受けなかったと言った方が正しいかな?
その頃は祖国から遥か遠くの貧民街に捨てられてて。
儀式を受ける場所も遠くて簡単には受けられなかったんです。
加えて、生きていくので必死でそれどころじゃなかった、みたいな。
それも半分言い訳気味に、そんな意味のわからない物どうでもいいって。
要は面倒だったんですね。言葉わからないし。
ただ、これはどうやら時期過ぎるともうダメらしくて。
そんな訳で結局、私はノースキルで人生を過ごさねばならなくなったんです。
んで気付いたらもう足掻く事さえ出来なくなってましてね。
なので、そこで私は女神様に訴えました。
「どうしてこうなった!?」って。
そうしたらね、女神様はちゃんと応えて下さって。
私の前にピカッと顕現したんですわ。
ただし、もの凄く怒ってましたけど。
「貴方には失望しました。最高位の出生も与え、技心も最高ランクを得られる様に仕向けたのですが。まさかそれを全て無為にされるとは思いもしませんでした。いつか貴方にはこの世界の英雄と成って頂き、来たる邪悪を退けて頂くつもりだったのに。本当に残念でなりません」
どうやら私、神の引いた黄金のレールを自ら飛び降りてたみたいです。
女神様は本気で私の事を慈しんで色々手を回しててくれたそうですよ。
けどそれを私が努力を怠ったばかりに全て無駄にして。
更には最後のチャンスとも言える儀式も受けなかった。
本当なら受けれたはずなのに。
けど舐めプしてた所為でこういう結果になっちゃった訳で。
「もう貴方に這い上がる機会はありません。さようなら、もう会う事は無いでしょう」
そんな俺に愛想を尽かして女神様は去りました。
言葉通りこれが最期でしたね。
それから俺はずっとド底辺の生活を続けています。
一応は家族も出来たので、不自由ながらも幸せに。
ただやっぱり心残りはありますよね。
なにせ今はもうすっかり世界に馴染めてるんですから。
ならどうして最初から努力しなかったんだろうって。
境遇や能力を生かすのも結局はやる気次第ですわ。
そう悟ったのが全て無駄にした後っていうオチでしたけどね。
ホント、やり直しの利く世界が懐かしい。
あぁ~いっそ誰か私をアンドゥしてくれェェェい!!!!!
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