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第24話 想定外の訪問者
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メーリェさんのセラピーは僕に想像以上の効果を与えてくれた。
僕が仕事で犯した失敗をすぐに取り戻せるほどの成果を出せたから。
おかげであの後、僕は精力的に働けた。
心のしがらみとかすべて取り払われたからね、迷いが無かったんだ。
おかげで些細なミスさえ無く、すべてをやり切る事ができたってワケ。
むしろリカバーどころか、本来予定していた売上を上回る成果さえ出せたんだ。
これにはお客さんも大喜びだった。
しかも「ぜひとも次回もよろしく頼みたい、秋月さんに」なんて言われるくらいにね。
社長から直接お褒めの言葉を貰うくらいだよ。
なお、一方で僕を叱った部長はそのお客さんからクレームを貰っていた。
なんでも今回の失敗の詫びのためにと訪問した際、僕の事をやたらと批判していたらしい。
けどその時は既に僕のリカバー対応が効いていたので、その事をよく知るお客さんはこう返してくれたそうだ。
「失敗をした事は許せない。だが何より許せないのは、その失敗を取り返そうとする部下を咎めながらも、何もせずミスを素通りさせた口だけの責任者だ」
これには部長も開いた口が塞がらなかったそう。
付き添いの同僚がその後、笑いながらに僕に教えてくれたよ。
本来はお客さんがここまで言うはずもないんだけどね。
実はうちの社長が既に根回しまでしていてくれたらしい。何言ってもいいって。
あの部長、うちの会社じゃ「口だけモンキー」なんて言われるくらい無能だから。
そんな事情もあって、僕の失敗はほぼ無かった事になった。
おまけに部長も発言権を失って、今ではますます厄介者扱いだ。
このまま有能な先輩に役職を譲ってあげて欲しい所だよ。
――とまぁ、僕の会社の事はこれで解決。
それでメーリェさんにお世話になってから、また一ヵ月。
けど今度は旅館えるぷりやに赴きたいという衝動は無い。
行きたい想いはあるけどね、まだそこまで疲れている訳でもないから。
だから、とびきり疲れた時にだけ行きたいと思う。
最近ちょっと行き過ぎて予算も無いし。
せめて妹が大学を卒業するまでは我慢したいってね。
それで家に帰り、冷蔵庫を開く。
しかし食材を切らしていた事を忘れていて、中を見て思わず溜息だ。
「……仕方ない、何か買いに行こう」
それで今日の夕食の事を考えつつ私服に着替える。
スーパーで安売りの惣菜でも無いかな、なんて期待しながら。
するとそんな時突然、家の呼び鈴が鳴った。
宅配便でも来たのだろうか?
でも最近何も頼んでいないし。
もしかして姉か妹が何か送ってきたかな?
そう思って玄関を開けたのだけど。
「おはようございます、夢路さん!」
「え、エルプリヤさんんん!?」
そう、なんと玄関に立っていたのはあのエルプリヤさん!
旅館の時と同じ着物姿のまま、ニッコリと優しく微笑んでいたんだ。
「ええっと今、夜ですけど」
「あっ、ごめんなさい! 私がつい今しがた起きたばかりでして……」
「あああいや、そんな事より! 一体なぜここに!?」
「あのですね、ちょっと夢路さんにお話したい事がありまして。それでつい来てしまいましたっ!」
「つい来れるもんなんですね……ビックリしましたよ」
しかしまさかエルプリヤさんが僕の家にまで来るなんて。
異世界って一方通行的なイメージあったけど、あの旅館の場合はそういう理屈もう関係無いんだな。
「と、とにかく立ち話もあれなんで、どうぞ上がってください!」
「はい、では遠慮なく」
でもやっぱりエルプリヤさんは外に出ても彼女のままだった。
家に上がると、ちゃんと草履を揃えて寄せているし。
リビングまでスススっとすり足で歩いていて、扉枠につまづいて転んでもいた。
うちバリアフリーじゃなくてごめんなさい……。
それでソファーに座ってもらい、机を囲って対面に僕も座る。
「ここが夢路さんの産出なされた家なのですね」
「さんしゅつ……? あ、うんまぁそうですね。ここで育ちました」
「とっても素敵です。お家族の温かみを感じるかのよう」
「昔は五人家族だったんですけどね、今ではもう僕一人で」
「そうなのですね。でしたら、もしかするとその寂しさも旅館へと誘った要因なのかもしれません」
どうやらエルプリヤさんはこの家から何かを感じ取っているようだ。
しきりに周囲を見渡し、所々で笑顔を浮かべているから。
まぁ言った通り、ここは僕だけの一軒家。
世話になった姉も、大学に通っている妹も今は別々に暮らしている。
姉さんはどこに行ったかわからないけど、あの人だからきっと平気だろう。
「それでですね、夢路さんにお話というのは……これです」
こうしてエルプリヤさんが眺め終えると、懐から封筒を一つ取り出して机に置く。
なんて事のない布封筒なのだけど、ちょっと厚みを感じるな。
「これは……?」
「今までの宿泊費の四割ほどを包んであります。これを夢路さんに返却したくて」
「え、ええっ!?」
でもその中身の正体を聞いたら驚かざるを得なかった。
まるで何かまずい事があったのではないかと思えてならなくて。
「な、なんでです!? 僕なんかまずい事でも――」
「いいえ違います。まずいのは我々の方。夢路さんへの顧客対応に不備があまりにも多過ぎました。そのお詫びも兼ねて本日参ったのです」
「不備、だって……!?」
でも決して冗談でもなんでもないのだ。
エルプリヤさんは今、本当に思いつめたような険しい顔だから。
唇をキュッと絞り、視線さえ逸らしているし。
「ロドンゲさんから詳細を伺いました。ピーニャさんが供述したすべてと、その仕事の粗末さに」
「あーーー……」
「他にもジニスさんの件もありますし、ロドンゲさんの粘液の件とかも。あとメーリェさんからもなんだか肉体関係を迫ったとかなんとか――あ、それはいいんですが」
「いいんだ!?」
「それなのに、それなのに夢路さんを満足させていたと勘違いしていた私達の至らなさがあまりにも情けなくて……うっうっ……」
しかも遂には泣き出してしまった。
これには僕も愕然とするばかりだ。
エルプリヤさんは本気だったのだろう。
僕を満足させようとして、想いに応えようと全力で対応してくれた。
けど成果が芳しくなかったから、自分で期待を裏切ってしまって。
本気ゆえに情けなく思う。
これは僕が先月やらかした失敗と同じなのかもしれない。
だとすればその気持ちは、とてもよくわかる気がするよ。
「でずので、どうがうげどっでぐだざいっ!」
「わ、わかりましたからこれで涙と鼻水を拭いて!」
「あいっ! ブーン!」
そんな悲しみをティッシュと共に吐き出してもらった。
箱ごとブーンされたのでまるごと台無しになったのはちょっと残念だけど。
しかしおかげで涙と鼻水でドロドロだった顔がすっかり綺麗に。
あの一発でどうしてここまで綺麗になれるのか理屈はわからない。
「ともかく、今後は我々もしっかりと誠心誠意対応していきますゆえ、どうか今後とも旅館えるぷりやをごひいきに」
「うん、それはもちろんです! 僕、あの旅館大好きですから! こんなの返してもらわなくたって行きます!」
「あ、ありがとうございます……!」
ともあれこれでエルプリヤさんの気が済んだらしい。
僕があえて封筒を受け取ると、にっこりとした笑顔が待っていた。
ほんと誠意が人型になったような女性だよなぁ、この人。
けどね、僕の方はまだ納得してはいないよエルプリヤさん。
僕が仕事で犯した失敗をすぐに取り戻せるほどの成果を出せたから。
おかげであの後、僕は精力的に働けた。
心のしがらみとかすべて取り払われたからね、迷いが無かったんだ。
おかげで些細なミスさえ無く、すべてをやり切る事ができたってワケ。
むしろリカバーどころか、本来予定していた売上を上回る成果さえ出せたんだ。
これにはお客さんも大喜びだった。
しかも「ぜひとも次回もよろしく頼みたい、秋月さんに」なんて言われるくらいにね。
社長から直接お褒めの言葉を貰うくらいだよ。
なお、一方で僕を叱った部長はそのお客さんからクレームを貰っていた。
なんでも今回の失敗の詫びのためにと訪問した際、僕の事をやたらと批判していたらしい。
けどその時は既に僕のリカバー対応が効いていたので、その事をよく知るお客さんはこう返してくれたそうだ。
「失敗をした事は許せない。だが何より許せないのは、その失敗を取り返そうとする部下を咎めながらも、何もせずミスを素通りさせた口だけの責任者だ」
これには部長も開いた口が塞がらなかったそう。
付き添いの同僚がその後、笑いながらに僕に教えてくれたよ。
本来はお客さんがここまで言うはずもないんだけどね。
実はうちの社長が既に根回しまでしていてくれたらしい。何言ってもいいって。
あの部長、うちの会社じゃ「口だけモンキー」なんて言われるくらい無能だから。
そんな事情もあって、僕の失敗はほぼ無かった事になった。
おまけに部長も発言権を失って、今ではますます厄介者扱いだ。
このまま有能な先輩に役職を譲ってあげて欲しい所だよ。
――とまぁ、僕の会社の事はこれで解決。
それでメーリェさんにお世話になってから、また一ヵ月。
けど今度は旅館えるぷりやに赴きたいという衝動は無い。
行きたい想いはあるけどね、まだそこまで疲れている訳でもないから。
だから、とびきり疲れた時にだけ行きたいと思う。
最近ちょっと行き過ぎて予算も無いし。
せめて妹が大学を卒業するまでは我慢したいってね。
それで家に帰り、冷蔵庫を開く。
しかし食材を切らしていた事を忘れていて、中を見て思わず溜息だ。
「……仕方ない、何か買いに行こう」
それで今日の夕食の事を考えつつ私服に着替える。
スーパーで安売りの惣菜でも無いかな、なんて期待しながら。
するとそんな時突然、家の呼び鈴が鳴った。
宅配便でも来たのだろうか?
でも最近何も頼んでいないし。
もしかして姉か妹が何か送ってきたかな?
そう思って玄関を開けたのだけど。
「おはようございます、夢路さん!」
「え、エルプリヤさんんん!?」
そう、なんと玄関に立っていたのはあのエルプリヤさん!
旅館の時と同じ着物姿のまま、ニッコリと優しく微笑んでいたんだ。
「ええっと今、夜ですけど」
「あっ、ごめんなさい! 私がつい今しがた起きたばかりでして……」
「あああいや、そんな事より! 一体なぜここに!?」
「あのですね、ちょっと夢路さんにお話したい事がありまして。それでつい来てしまいましたっ!」
「つい来れるもんなんですね……ビックリしましたよ」
しかしまさかエルプリヤさんが僕の家にまで来るなんて。
異世界って一方通行的なイメージあったけど、あの旅館の場合はそういう理屈もう関係無いんだな。
「と、とにかく立ち話もあれなんで、どうぞ上がってください!」
「はい、では遠慮なく」
でもやっぱりエルプリヤさんは外に出ても彼女のままだった。
家に上がると、ちゃんと草履を揃えて寄せているし。
リビングまでスススっとすり足で歩いていて、扉枠につまづいて転んでもいた。
うちバリアフリーじゃなくてごめんなさい……。
それでソファーに座ってもらい、机を囲って対面に僕も座る。
「ここが夢路さんの産出なされた家なのですね」
「さんしゅつ……? あ、うんまぁそうですね。ここで育ちました」
「とっても素敵です。お家族の温かみを感じるかのよう」
「昔は五人家族だったんですけどね、今ではもう僕一人で」
「そうなのですね。でしたら、もしかするとその寂しさも旅館へと誘った要因なのかもしれません」
どうやらエルプリヤさんはこの家から何かを感じ取っているようだ。
しきりに周囲を見渡し、所々で笑顔を浮かべているから。
まぁ言った通り、ここは僕だけの一軒家。
世話になった姉も、大学に通っている妹も今は別々に暮らしている。
姉さんはどこに行ったかわからないけど、あの人だからきっと平気だろう。
「それでですね、夢路さんにお話というのは……これです」
こうしてエルプリヤさんが眺め終えると、懐から封筒を一つ取り出して机に置く。
なんて事のない布封筒なのだけど、ちょっと厚みを感じるな。
「これは……?」
「今までの宿泊費の四割ほどを包んであります。これを夢路さんに返却したくて」
「え、ええっ!?」
でもその中身の正体を聞いたら驚かざるを得なかった。
まるで何かまずい事があったのではないかと思えてならなくて。
「な、なんでです!? 僕なんかまずい事でも――」
「いいえ違います。まずいのは我々の方。夢路さんへの顧客対応に不備があまりにも多過ぎました。そのお詫びも兼ねて本日参ったのです」
「不備、だって……!?」
でも決して冗談でもなんでもないのだ。
エルプリヤさんは今、本当に思いつめたような険しい顔だから。
唇をキュッと絞り、視線さえ逸らしているし。
「ロドンゲさんから詳細を伺いました。ピーニャさんが供述したすべてと、その仕事の粗末さに」
「あーーー……」
「他にもジニスさんの件もありますし、ロドンゲさんの粘液の件とかも。あとメーリェさんからもなんだか肉体関係を迫ったとかなんとか――あ、それはいいんですが」
「いいんだ!?」
「それなのに、それなのに夢路さんを満足させていたと勘違いしていた私達の至らなさがあまりにも情けなくて……うっうっ……」
しかも遂には泣き出してしまった。
これには僕も愕然とするばかりだ。
エルプリヤさんは本気だったのだろう。
僕を満足させようとして、想いに応えようと全力で対応してくれた。
けど成果が芳しくなかったから、自分で期待を裏切ってしまって。
本気ゆえに情けなく思う。
これは僕が先月やらかした失敗と同じなのかもしれない。
だとすればその気持ちは、とてもよくわかる気がするよ。
「でずので、どうがうげどっでぐだざいっ!」
「わ、わかりましたからこれで涙と鼻水を拭いて!」
「あいっ! ブーン!」
そんな悲しみをティッシュと共に吐き出してもらった。
箱ごとブーンされたのでまるごと台無しになったのはちょっと残念だけど。
しかしおかげで涙と鼻水でドロドロだった顔がすっかり綺麗に。
あの一発でどうしてここまで綺麗になれるのか理屈はわからない。
「ともかく、今後は我々もしっかりと誠心誠意対応していきますゆえ、どうか今後とも旅館えるぷりやをごひいきに」
「うん、それはもちろんです! 僕、あの旅館大好きですから! こんなの返してもらわなくたって行きます!」
「あ、ありがとうございます……!」
ともあれこれでエルプリヤさんの気が済んだらしい。
僕があえて封筒を受け取ると、にっこりとした笑顔が待っていた。
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けどね、僕の方はまだ納得してはいないよエルプリヤさん。
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