5 / 13
5.精一杯の誘い
しおりを挟む「ステラ嬢、少し、いいだろうか」
ステラを誘うために、挨拶をして別れるところを呼び止めた。
「来週の休日に、その、街へ行かないか! 学園から近いところだし、外出許可をもらって、二人で」
「来週の休日……」
ボソリと呟いて思案するステラに、来週は用事があったのだろうかと不安になる。
「えぇ。行きますわ。楽しみにしています」
にこっ、と可愛らしく笑うステラ。
その笑顔が嬉しそうに見えるのは、気のせいであってほしくない。
来週はステラと出かけることができる。そう考えると嬉しさが込み上げてきて頬が緩んでくる。それを何とか押し込め、レイモンドは自分も楽しみにしていることを伝えた。
そしてステラは教室へと入り、その姿が見えなくなった。それを確認したレイモンドは、必死に抑えていた頬から力を抜いて拳を握った。
今すぐに叫んで踊り出したい気分だったが、学園の廊下でそんなことをするわけにはいかない。迷惑になるという常識は持ち合わせている。
「よっしゃ……!」
代わりに力強く呟くことで、体の中を渦巻く興奮を少しだけ吐き出した。
何にせよ、来週の休日はステラと過ごすことができるのだ。今週の下見はステラが喜びそうなところを見つけなければと気合を入れた。
そして、今日がステラと街へ出かける日。
下見をしたときに女性が多く集まっていた店や好きそうな場所を把握し、準備は万全だった。
鏡の前で身だしなみをチェックし、男子寮を出てステラを迎えにいくと、ステラはすでに女子寮の前に立って待っていた。
「すまない。待たせた」
小走りで駆け寄れば、ステラは首を横に振って「私が早かっただけですから」と返した。
今が春で暖かいとはいえ、まだ肌寒い時はある。寒くなかったのだろうかとステラを見て、レイモンドは言葉を失った。普段は黒色の制服を着ているが、今は淡い色のワンピースを着ていることで、ステラがさらに華やいでいるように見えた。
「ステラ嬢、今日は一段と可愛らしいな」
思ったことが勝手に口から飛び出していた。
直後、今何を口走ったのかと我に帰り、俯いているステラを覗き込めば顔を真っ赤にして震えている。
(ま、まずい。何か怒らせてしまっただろうか……! あ、もしや好きでもない男から可愛いと言われるのが嫌だったとか!?)
慌てたレイモンドは咄嗟に付け加えた。
「すまない。今日のステラ嬢は花の妖精のようだっから見惚れてしまってつい……」
「ぅ、あ、りがとうございます……」
消え入りそうなか細い声だったが、ステラからお礼の声が聞こえた。そこでレイモンドは、ステラは怒っていたわけではなく照れていたのだと気づいた。
「やはり貴女は可愛らしい人だ」
「っも、もう勘弁してくださいませ!」
ステラはレイモンドから視線を外すようにそっぽを向いた。
レイモンドにとっては怒っているステラも可愛いに違いないとは思っていたが、照れながら怒るステラはもっと可愛らしかった。滅多に見ることのできない表情を目に焼き付けておこうと、ステラの視線が他所を向いているのをいいことにレイモンドは不躾にもその横顔を眺めていた。
「ではステラ嬢。そろそろ行きましょう」
「は、はい」
いつまでも眺めていたいレイモンドだが、そんなことをしていれば日が暮れる。ステラの顔の熱も下がってきているようだったので、街へと向かった。
学園から街へ向かうには徒歩で行くしかない。道が狭くて馬車は入ることができないからだ。街までは整備されている道しかなく歩きやすいが、普段から運動をしない人にとってはそれでも疲れるだろう。
レイモンドはステラの歩く速度に合わせ、話に相槌を打ちながら歩く。
ステラの話は友人であるメイル・キャロットの話で占められている。メイルは先週も今日も出かけている、来週も予定がある、メイルは兎が好き、メイルには好きな人がいる、など、本当にメイルのことばかりで、今日だけでステラのことよりも詳しくなってしまった。
(……もしかすると一番厄介なのはキャロット嬢なのかもしれない)
今ステラの心の中を最も占めているのはメイルだろう。最悪の場合、レイモンドのことはその心の中にはないのかもしれない。
レイモンドはメイルに対して嫉妬を覚えたが、ステラの口から他の男の話が出ないだけマシだと割り切った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
40
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる