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6.街へ
しおりを挟む街へついてからレイモンドはステラに尋ねた。
「ステラ嬢はどこか行きたいところはある?」
これで「ない」と言われれば、レイモンドはステラに劇を見るのはどうかと誘うつもりだ。下見に来た時、ちょうどこの日に初演となる劇があると若い女性が口にしていたのを聞いていたのだ。時間帯も調べており、もし寄りたいところがあると言われても次の時間に合わせるつもりであった。
「いいえ。……あ、でも」
何かを思い出したようだが、ステラは言葉にするのを戸惑っているようだった。このまま黙って続きを待っていればステラは口を噤みそうだと思ったレイモンドは続きを話すように促した。
「行きたいところがあるなら何でも言って欲しい」
「えぇと、帰りに、その、メイルにお土産を買っていきたいのです。……いつも買ってきてくれるので」
ステラはどこか申し訳なさそうに言った。
何でも言ってと言った手前、反対することもできない。そもそもレイモンドがステラのやりたいことに反対することもないが。思うことは一つである。
(キャロット嬢……! 羨ましい……!)
内心では悔し涙を流していることなどおくびにも出さず、レイモンドはステラの申し出を了承した。
「では、帰りに女性に人気の雑貨店へ寄りましょう。今から観劇はいかがですか?」
観る予定の劇の名前を伝えれば、ステラを目を輝かせてうなずいた。
「その劇、今話題になっていて観たいと思っていたんです! メイルは今日観に行くと言っていたので、誰と観に行こうか困っていたの!」
レイモンドはステラの喜び具合を見て、今日劇を観に行くことを決めた先週の自分を称賛した。
劇場へ行き、事前に購入しておいたチケットで中へと入る。やはり女性が多く、男性は少ない。それに男性は全員女性の付き添いのようだ。仲睦まじく話している男女もいれば、女性の話にもう飽きたと言わんばかりの態度の男性もいる。
何について話しているのだろうと聞き耳を立てれば、今から始まる劇についてのことが多かった。
ステラも話したいと思っているのだろうかと思い、ステラを見ても話したそうには見えない。話したいなら話すだろうと勝手に思いながらレイモンドは開演を待った。
劇場から出たレイモンドとステラは、昼食を摂るために貴族向けに作られた飲食店へとやってきた。
「ステラ嬢、劇は楽しかった?」
「はい! とっても……! 主人公である平民の男性が貴族の女性を攫って駆け落ちしたところが素敵でした」
「そうだね。素敵だったね」
レイモンドはステラの言ったことに頷いたが、劇の内容なんて一切頭に入っていない。まず見てすらいない。
隣で一喜一憂するステラを見て悶えていただけである。
(そもそも、貴族の女性が平民になって暮らせるものか。苦労を前に愛は廃れていきそうだ)
レイモンドの感想はこんなものである。
似たような感想を初恋の少女に直接言ってしまい、冷たい目で見られた経験があるのだ。今度は絶対に言わないと決め、思ったことは忘れることにした。
「——それに対して主人公が、君以外目に入らないよ、と言っていたところ、も……ぅ、ごめんなさい。話しすぎですよね」
「構わないよ。もっとステラ嬢が思ったことを聞かせて欲しい」
恥ずかしそうに身を縮こめたステラだったが、レイモンドに続きを促されたことでおずおずと話し出した。
途中からは生き生きと語っており、レイモンドはその表情を見て幸せを噛み締めていた。
昼食を終えた後、二人は様々な場所を回った。
そして、最後に雑貨屋へと寄った。
ステラがメイルへのお土産を選んでいる間、レイモンドは店内を見回した。特に興味の惹かれるものはないが、なんとなくだった。
(あ、これ)
レイモンドは目に入った髪飾りを手に取った。小ぶりでシンプルな髪飾り。
絶対にステラに似合うと確信したレイモンドは、その髪飾りをすぐに購入した。
「あ、レイモンド様。購入してきますね」
「うん。ここで待ってるよ」
わざわざそれを言うためにレイモンドを探していたのだろうか。もう少し早く戻ればよかったかと思いながら、レイモンドはステラを待った。
「お待たせしました」
「急がなくても良かったのに。……それじゃあ帰ろうか」
待っていたステラが隣に来たのを見て、レイモンドは歩き出した。
来た時と同じで、レイモンドはステラの話に耳を傾けて頷くだけだったが、一つだけ違ったのは、その話の内容だ。メイルのことではなく今日楽しかったことを話すため、レイモンドの参考になった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、もう学園が見えてきた。その事にがっかりしながらもステラを寮の前まで送った。
「ではレイモンド様。今日は本当に楽しかったです。おやすみなさい」
「あ、ステラ嬢!」
「はい」
寮の中へ入ろうとしたステラを呼び止め、レイモンドは購入した物を取り出した。
「今日はありがとう。俺も楽しかった。これ、ステラ嬢に似合うと思って」
「開けてみても?」
「もちろん」
レイモンドはステラが髪飾りを取り出すのを緊張しながら見ていた。
どんな反応が来るだろうか。
ステラの好みを知らないため、似合うと思った物を購入したのだ。
一番いいのは喜んでくれる事だ。
「……可愛い」
取り出した髪飾りを見てステラはそう呟いた。
「嬉しいです! ありがとうございます、レイモンド様!」
頬を上気させながら笑ったステラは、大事そうに胸の前で髪飾りを抱きかかえた。
レイモンドは今まで見たことがないほどに嬉しそうな笑顔のステラに、渡してよかったと言う喜びとまたその笑顔を見たいと言う欲求に駆られた。
「それじゃあ本当にありがとうございました! また明日!」
しかし時間というものは無常で、もうすぐ寮の門限になるということもあり、ステラは中へと入っていった。
翌日、ステラから髪飾りのお礼にとステラが刺繍したハンカチをもらった。そして、その日から髪飾りを毎日つけてくるようになったステラを見て、レイモンドは嬉しさと可愛さに悶えるのだった。
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